ケンタ君とリオさん
入学式も終わり、だいぶ新しい生活に慣れた今日この頃。ケンタは今日も今日とて放課後の部活を楽しみにしていた。ガラガラ、と少し重い体育館のドアをスライドさせる。
「おはようございまーす」
中学生のころから思っていたが、なぜ朝昼夜関係なくおはようと言って体育館に入るのだろうか。まあそこまで詳しく知りたいことでもないので今の今まで聞かないでいる。でもなんでだろう?
そんなどうでもいいことを考えながら、ケンタは礼儀として入り口で頭を軽く下げた。そして顔を上げたその先。まだ誰もいないと思っていた体育館に、先客がいたので声をかけた。
「あ、先輩、おはよう…」
ございます、とは残念ながら続かなかった。なぜならケンタは、その先輩…マネージャーであるリオに胸ぐらを掴まれたからだ。
「せ、先輩…?」
「おはよう、ケンタ…早速だが、これは何かなぁ?」
胸から手は離されず、リオのもう片方の手で何かがひらりひらりと揺れる。女性の割に力が強いなぁと感心しながらケンタはそれに目を凝らすと、それが見覚えのあるものだと気付いた。
「えーと、昨日提出した…」
「そう。この1週間の食事内容を私が部員全員に書かせたものだ」
「ですよね」
それが?と言わんばかりに首を傾げるケンタに、リオはかろうじて繋がっていた堪忍袋の緒がプッツンと切れた音を聞いた気がした。
そしてその衝動のまま声を荒げる。
「お前!!この内容はなんだ?!これが成長期真っ只中の人間の食事だと?!しかもお前は運動部に所属しているんだ!!体が大事なんだよ、ふざけんな!!」
がくがくとケンタを揺さぶるリオの持つ紙のタイトルには『1週間の食事』とあり、名前の欄はケンタの名前が書いてある。その内容はというと…
日曜日
朝 なし
昼 焼そばパン、牛乳
夜 パスタ(ミートソース)
月曜日
朝 牛乳
昼 コロッケパン、野菜ジュース
夜 テリヤキバーガー、コーラ
火曜日
朝 食パン、牛乳
昼 ピザパン、牛乳
夜 コンビニ弁当(唐揚げ)
水曜日
朝 なし
昼 おにぎり、お茶
夜 チーズバーガー、ジンジャーエール
木曜日
朝 ウィンダーゼリー
昼 クロワッサン、牛乳
夜 コンビニ弁当
金曜日
朝 シリアル
昼 おにぎり、お茶
夜 カップラーメン(シーフード)
土曜日
朝 なし
昼 コンビニ弁当
夜 ハンバーガー、グレープファンタ
「…不健康極まりないなぁ、ケンタ…?」
青筋を浮かべたリオは、女性であるのにものすごい威圧感を醸し出す。それにケンタは頬を引きつらせた。
この女性は言い訳が大嫌いなのだが、弁明しなければそれはそれで怖い。ケンタは控えめに声をかけた。
「で、でも先輩…」
「でもぉ?」
「そ、その…親は遅いし忙しいから食事を準備するのは難しいし、オレはオレで帰ったらしんどくて作る気力が…」
「スポーツマンの自覚があんのかないのかはっきりしろ!!」
「すいません!!あります!!」
「ならなんなんだこの食習慣は!!」
「すいません!!」
リオは一通り怒鳴ると、深い深ーい溜息をついた。
ケンタの言い分もわかるのだ。両親が共働きで、自身は部活のハードメニューをこなして、帰宅したらすぐに布団へダイブ。食欲よりも睡眠欲を満たしたくなるのは人間なら当たり前だ。
だがこれはあまりにもひどい。リオはもう一度溜息をついた。
「監督、ちょっと私とこいつ、出てきます。今日は戻りません」
「え、先輩?!」
「うん、イイよイイよ、いってらっしゃーい」
「ちょ、監督?!」
ひらひらと手を振る大人(監督)に、ケンタは動揺を隠せない。
この監督はかなり厳しい。そのシゴキに何度も何度も泣かされそうになったのに、このあっさりとした手の平の返し具合。なんなんだとケンタは目を白黒とさせる。
そんなケンタを華麗に無視しながら、リオはケンタの首根っこを掴んで、他の部員の好奇の視線を受け流しながら、引きずるように体育館を後にした。