おまけSS
2021/12/24 クリスマスSS
自宅に向かう帰り道。
ぶすっとむくれたセルジュが一歩後ろをついてくる。「はああ」というわざとらしいため息に、私は振り返って彼を見上げた。
「ちょっと、いつまでいじけてるのよ。仕事なんだから仕方ないじゃない」
「仕事ですけどね、とはいえ、あれはなあ……」
クリスマスイブ。
ゴシップ誌『スキャンダル』は年末にかけて大忙しだ。
セルジュがむくれているのは今日の仕事について。バディを組む私たちだけれど、今日は別行動だった。
彼は大物俳優のクリスマス密会デートの張り込み、私は社内で貴族令嬢のインタビューに同席し、彼女を描いていた。
しかし俳優の密会デートは空振りだったようだ。
寒い中、手ぶらで寂しく戻ってきたところで私が若きご令嬢にでれでれしていたものだから、セルジュはぷりぷり怒っているのである。
「ニーナさんって、本当男女問わずミーハーですよね」
「なによ、だって彼女、可愛かったでしょう」
『スキャンダル』にいて、花のように可憐な令嬢を描ける機会なんてそうそうない。大抵は、悪人面で太鼓のような腹の中年男性ばかりなのだ。今日のようなことは稀である。
描いた艶やかな髪を思い出してうっとりすると、セルジュは不機嫌そうに眉を寄せた。
「俺が寒い中興味もない男を追っかけて、しかも空振りだったって言うのに、ニーナさんは若い娘に鼻の下伸ばして……」
「なに言っているの、相手は女の子じゃない。おかしくない?」
「恋人が他の人に夢中になってるのにどうも思わない方がおかしくないですか?」
「でも相手同性だし、別にそれはおかしくなくなくな……、あれ?」
なに言っているか自分でも分からなくなって首を捻ると、セルジュはまた不満げに顔をしかめた。それを見て、私もため息をつく。
バディ兼恋人となってから、セルジュは意外とやきもち焼きであることが分かった。
私が美しい取材相手に前のめりになるのが気に食わないようなのだ。
しかし、私は綺麗な人や物が好きなだけであって、それ以上のことはない。
むしろ、セルジュの方が相変わらず、取材相手から熱のこもった視線を向けられるようなことが多いのだ。
彼にその気がないのは分かっているけれども。
――でも、それを棚に上げて。
「……私は確かに美しいものを描くのが好きだけど、でもそれだけよ。あなたなんて異性から好意を持たれてばかりじゃない」
咎めるような言い方をすると、セルジュははっとして目を瞬いた。
「妬いてくれてます?」
「別にそうじゃないけど」
セルジュの方を振り向かず、歩く足を速める。
今朝降った雪がわずかに残り、濡れた地面から寒さが伝わってくる。
いつもならまだ人通りのある時間帯だが、クリスマスイブの夜だ。行き交う人は少ない。
そのまま無言で家に着いた。
扉に手をかけようとすると、すぐ後ろにいたセルジュに背中越しにそれを押さえられた。
「ねえ、ニーナさん」
先ほどと違って機嫌の良さそうな声。
首だけ振り向くと、微笑んだセルジュが視線を上に向けた。
そこには、ぶら下がったクリスマスリース。
「俺はニーナさんにしか興味ないので、他の人に行くことはありません。なので、ここで誓いのキスをしても?」
なぜ急に、と疑問に思って首を傾けると、セルジュはリースを指差した。
「だって、ヤドリギの下だ。ニーナさんは断れない」
「これ、ヤドリギじゃないわよ」
「――え゛っ?」
変な声を出してセルジュが固まる。
驚いて呆けたその表情が可笑しくて、思わず噴き出した。せっかくの決め顔も台無しだ。
「じゃあこれなんですか?」
「知らない。公園で適当に拾ってきたやつで作ったから」
ひどく顔をしかめて脱力したセルジュが、ため息をついて扉にもたれかかる。
笑ってそれを見ていたら、なんだかどうでもよくなった。
綺麗なものを愛でることは止められないけど、でも私だってセルジュにしか興味ないし、彼も同じだ。
セルジュの襟元をぐい、と引っ張ってこちらに引き寄せた。
すこし驚いた顔をして体を寄せたセルジュを見上げる。
「別にヤドリギの下じゃなくたって断らないし、誓いのキスはいつでも出来るわよ」
そう言うと、セルジュの喉が上下したのが分かった。
冷えた指先が頬を撫で、目を閉じる。
それから触れた互いの唇は、ひどく熱かった。
《 おしまい 》
素敵なクリスマスを!