8、それから
本日、2話更新しています
投資詐欺事件を載せた『スキャンダル』は、問題なく発行された。
記事によってバルトロ男爵は捕まるかと思われたけど、そうはならなかった。
なぜなら、記事が出る前にさっさと逃げてしまったからである。
セルジュが警告したことを、恐喝男が正しく雇い主に伝えたのだろうか。バルトロ男爵は娘を含めた家族皆で、商売先である隣国を経由して逃げたようだ。
しばらくしてから、遠く離れた国でバルトロ男爵を見かけたという情報が入った。ミリア嬢は男連れだったというので、結局第二王子には本気ではなかったということだろう。
事件が公になってから分かったことだが、男爵の商社では顧客から得た投資金をワインとは全く関係ない事業に使っていたという。一部は配当金として払っていたのでカムフラージュ出来ていたようだけど、記事で明らかにならなくても、早晩破綻したはずだ。
領地の今後の扱いについては管轄する上位貴族で検討されているらしい。
ミリア嬢がいなくなってしまったことで第二王子の結婚話も流れてしまったが、国王はほっとしているだろう。
投資詐欺に引っかかった貴族や俳優のエリックたちは青くなっているようだけど、まあなんとかすると思う。多少投資で遊んだところで、金持ちが金持ちであることに変わりはないのだ。
エリザベス嬢からは『スキャンダル』編集部宛に、それはそれは心のこもった手紙と、見たこともなく美しい菓子が届いた。
彼女は第二王子から復縁を匂わされたが、それをきっぱり断って、他の公爵家との縁談を進めているという。
私は可憐なエリザベス嬢を思い出す。また描かせてもらいたいな、と思ったけど、慌ててその考えを頭から払った。
私が描くということは、すなわちゴシップ誌のネタになるということだ。
彼女にはこれからは幸せになって欲しい。ゴシップ誌なんて、載らないで済むならそれに越したことはない。
そして。
私はというと、変わらずセルジュと組んでいる。
ニュースレターに異動するのはいつになるのだろう。まさか立ち消えにならないだろうなと不安だけど、でもしばらくはこのままでもいいかなとも思っている。
「ニーナさん、次の仕事聞きました?」
「聞いてない、なに?」
「歌姫ララの二股疑惑」
「本当!? やったーー!」
ララとは、素晴らしい容姿と歌声で人気の歌手だ。二股疑惑だろうがなんだろうが、美女が描けるなんて嬉しい。
ララに会えることを想像して惚けていると、セルジュが呆れた声で息をついた。
「ニーナさんって、結構ミーハーですよね。相手、男女問わず」
「なによ。私は綺麗な人やものを描くのが好きなの」
「ふーん」
それから私の顔をにやにやと覗き込んでくる。緑色の瞳と目が合って頬に熱が集まってしまい、そっぽを向いた。
あれから、たまにセルジュを描かせてもらっているのだ。
「ま、いいですけど。また張り込まなきゃいけないので、行きましょう」
鞄を持ったセルジュと編集部を出ようとしたところで、編集長に「おーい」と呼び止められた。
ひらひらと書類を振って、手招きされる。
「ニーナとセルジュ、そっちの歌姫ネタはやっぱりなし。王宮の役人の汚職疑惑の方に回ってくれ」
「えーーーっ!!!」
「これ、資料。とりあえず汚職に関与しているって言われているところ調べてみてくれ」
「分かりました」
セルジュがなんともない顔で編集長から書類を受け取る。
すでに頭の中で、歌姫と彼女をめぐる男二人の構図を考え始めていた私は抗議した。
「歌姫の二股は!?」
「まあ、また今度ってことで」
「えーー!」
ふわふわの長い髪、うるうるの瞳、つやつやの唇、フリフリのレースを描きたかった。
それが、汚職役人だなんて。冴えないおじさんに決まっているじゃないか。
「……美女を描けると思ったのに……」
「まあまあ、そのうちまた描けますよ」
「もういい、役人を王子様仕様にしてやる」
「弾劾される役人をきらきらさせてどうするんですか」
肩を落とす私の腕をぐいと引き寄せ、耳元でセルジュはそっと囁いた。
「代わりに、俺がご要望通りの服を着て描かせてあげます」
どきりとして、勢いよく身を引く。声を吹き込まれて熱くなった耳を押さえた。
しかし今の提案に、一瞬で様々な服装のセルジュを想像してしまった。
「うわ、ニーナさん、俺に何着せるか考えたでしょう。やらしい」
「なっ!」
くっくっと笑うセルジュに頭の中を読み取られ、否定できない。腹が立って鞄で背中をバシンと叩くと、セルジュは「いたっ」と背を反らした。
「生意気なのよ! 年下のくせに!」
「はいはい。もう取材に行きますよ」
追撃しようとしたが、セルジュはそれを避けてさっさと先を行く。その後ろ姿はずいぶんと上機嫌に見えた。
腹が立つけど、まあいいか。
ここでは物語の王子さまやお姫さまは描けないけど、現実の人間も結構面白いし、美しいところもある。美しくないところだって、描くのが楽しいことが分かった。
当面はここで、事件を追うのだ。
私は小走りで、遠ざかる彼の背中を追いかけた。
《 おしまい 》