花畑の狼
小畠愛子さまのカドゲボドゲカフェ企画参加作です。
作中のゲームは、企画活動報告の小畠愛子さまのネタをアレンジさせていただいています。(作中でのルール説明はかなり省略されています。ご了承ください)
逗留した宿で久しぶりに二人の友人と再会した旅の戦士ドライオは、日が落ちるのも待ちきれず、二人を連れて酒場に繰り出した。
友人の一人、娼婦出身のメリッサは、ドライオとはかつては馴染の客と娼婦という関係だったが、その器用さを買われてドライオの遺跡探索に同行して以来、味を占めてしまい、今では独立して多くの戦士たちの遺跡探索に同行して生計を立てていた。
「だいぶ稼いでるらしいじゃねえか」
ドライオはメリッサの衰えない美貌に目を細めてそう言うと、がぶりと酒を飲んだ。
「お前を連れて行きゃ罠に嵌る心配がねえって噂を、俺も聞いたぜ」
「おかげさまでね」
メリッサはそう言って艶やかに笑った。
「ドライオ、今私を買おうと思ったら高いわよ」
「そりゃ残念だ」
ドライオは心から残念そうにそう言うと、その隣で酒を口に運ぶ隻眼の男に目を移す。
「ギッパ。おめえも元気そうで」
「おう」
ギッパは、残った右目を細めて笑う。
「何とかな。目はまだちゃんと残ってるぜ」
腕利きの戦士で、実は遠くの国の高貴な出だという噂のある隻眼のギッパも、ドライオとは古い付き合いだ。
彼が左目を失うことになった戦いでも、ドライオは彼の隣で戦っていた。
「お前のおかげで片方残ったからな。そう言うお前の方こそ」
そう言ってギッパはドライオを見る。
「頑張ってるみたいじゃねえか。色んなところでお前の名前を耳にするぜ」
「色んなところ、な」
ドライオは苦笑する。
「大体、ろくなところじゃねえだろ」
「まあ半々だな」
ギッパは笑った。
「いい方と、悪い方と」
「命を懸けてるんだもの」
メリッサが微笑む。
「かっこいいことばかりじゃないわよ」
「まあな」
ドライオは笑顔で酒を口に運んだ。
そうやって、しばらく互いの近況を話し合った後。
「で?」
ドライオはそう言ってメリッサを見た。
「また仕入れてきたんだろ?」
「あら」
メリッサはいたずらっぽく微笑む。
「分かる?」
「分かるも何も」
ドライオはメリッサの傍らの革袋を指差す。
「そんなところにこれ見よがしに置いてあったら気になってしょうがねえ」
「うふふ」
メリッサは革袋の口を開くと、中からカードの束を取り出した。
その絵柄を見て、ギッパが興味をそそられた顔をする。
「花だな」
ギッパは言った。
「花が溢れてる。花畑みてえなカードだ」
その言葉通り、カードの束には、赤、青、白、黄、紫、色とりどりの花の絵が描かれていた。
「どこで見付けてきたんだ、今度は」
ドライオが尋ねると、メリッサは西の港町の名を挙げた。
「もともとは海の向こうで遊ばれてたカードらしいわ」
「ふうん」
ドライオは頷く。
「相変わらず、好きだな。お前は」
メリッサは娼婦の頃からずっと、各地で遊ばれているいろいろなカードを収集するのが好きだった。
ドライオもよく、娼婦宿で一戦終えた後に、見たこともない絵柄のカードのゲームに付き合わされたものだ。
「この仕事でいろいろなところに行くようになってから、はかどるのよ、収集が」
メリッサは嬉しそうに言った。
「でもその分、遊ぶ時間がなくてね。今日はたっぷり付き合ってもらうわよ」
メリッサの笑みに、ドライオとギッパは顔を見合わせて苦笑した。
「花のカードを最初に5枚集めた人の勝ち」
メリッサは、花が描かれたカードをひらひらと振ってみせた。
「最初は手札3枚から始めて、順番にカードを1枚ずつ山札から引いていくの」
そう言ってテーブルの中央に置かれた山札からカードを引く。
「手札は最大10枚まで持てるわ」
「10枚のうち5枚が花ならいいのか。それならあっという間に集まっちまわねえか」
ドライオがそう言って山札をひっくり返した。
「ほら。ほとんどが花のカードだぜ」
彼の言葉通り、100枚近いカードの大部分には花が描かれていた。
「そう思うでしょ」
メリッサは微笑んで、カードの中からひょいと一枚のカードをすくい上げる。
口からよだれを垂らした凶悪な狼の絵が描かれたそのカードをドライオに見せて、メリッサはいたずらっぽく笑う。
「うちの店に通ってた時のドライオみたいじゃない?」
「うるせえな」
ドライオは顔をしかめる。
「俺はよだれまでは垂らしてねえよ」
「狼のカードが手札に一枚でもあると、花のカードを5枚持っていても上がれないのよ」
ドライオの言葉に構わず、メリッサが言った。
「花畑に潜む狼か」
ギッパが口元を緩めて別のカードを持ち上げる。
「そいつを狩るには、こいつが要るんだろ?」
そのカードに描かれたのは、弓と鉈を携えた狩人。
「正解」
メリッサは頷く。
「狩人のカードは、狼のカードと一緒に捨てて代わりに山札から2枚引くことができるの。狩人なしでも狼のカードは捨てられるけど……」
メリッサは狼のカードをはらりとカードの山の上に落とす。
「その時は、自分の次の番を飛ばされるわ。一回休みね」
「なるほどな」
「これは、何だ」
ギッパが手を伸ばす。拾い上げたカードには、葡萄酒とパンの絵。
「それは、お互いに分け合うカード」
メリッサが答える。
「それを出したら、自分の右隣の相手のカードを一枚ずつ引きあうの」
「なるほど。狼が邪魔なら、わざわざ捨てなくてもこれで相手に引かせてしまえばいいのか」
ギッパが頷く。
「相手が自分の望みどおりのカードを引いてくれるとは限らないけどね」
メリッサがそう言って、山札を整える。
「さあ、そろそろ始めましょうか」
「おい、待て」
ドライオが目ざとく一枚のカードを引き抜いた。
「今、説明してねえカードがあったぞ」
ドライオが指で挟んだのは、穏やかな表情の老婆の描かれたカードだった。
「ああ、そうだ。忘れてたわ」
メリッサがそのカードを受け取って苦笑する。
「ほとんど入ってないんだけどね、このおばあさんのカード。これを出されたら、全員手札を全部捨てるの。それで山札も捨て札もみんな混ぜ合わせて、自分が持っていた手札と同じ枚数だけ新しいカードを受け取るの」
「全部ひっくり返すカードか」
ドライオが頷く。
「厄介なばあさんだな」
「カードの説明はこれで本当に全部」
メリッサは言った。
「それと、上がったときの花の色で得点が違うわ。紫が20点、赤10点、青5点、黄3点、白1点。花が6枚以上あれば、そこから自分で5枚選べるの」
「紫を5枚揃えたら100点ってことだな」
ドライオが言うと、メリッサは頷いた。
「ええ。でも、その上があるわ。5色の花を全部揃えて手札も5枚ぴったりで上がったら200点よ」
「おう」
ギッパが片眼を細めてドライオを見る。
「そういうルールがあるんなら、仕方ねえ。賭けるもんは賭けねえとな」
「そうだな」
ドライオが頷く。
「白を揃えてもたった5点で、5色揃えりゃ200点か。そりゃ、金を賭けてくれと言ってるようなもんだ」
「お金なんか賭けなくたってゲームは面白いと私は思うけど」
メリッサは肩をすくめる。
「あなたたちがそれで本気になるなら、止めはしないわ」
どうせ私が勝つしね、と涼しい顔で言い放つメリッサを見て、ドライオはにやりと笑う。
「よく言うぜ。さあ、始めようぜ」
ドライオは山札から1枚カードを引いた。
赤い花。
それを含めた手札の4枚はどれも花のカードだ。
次の俺の番で花が出りゃ勝ちじゃねえか。
ドライオは内心ほくそ笑む。
ゲームは自分から始まっている。
つまり、最初に手札が5枚になるのは俺だ。
簡単だな、こりゃ。
メリッサ、ギッパとカードを引いた後で、ドライオの順番になる。
よし、来い。
ドライオが引いたカードは狼だった。
くそ。邪魔ものが来やがった。
そう考えた次の瞬間、カードを引いたメリッサが歓声を上げた。
「上がり」
「なんだと」
ドライオは目を剥く。
メリッサがテーブルに広げたカードは、確かに5枚全て花が描かれていた。
「くそ、こういうのは早めに使わねえとダメだな」
ギッパが自分の手札から葡萄酒とパンのカードを放り出す。
「大したことねえよ」
ドライオはメリッサのカードの花の色に目を走らせて、そう言った。
「青、黄、白、白、白。たった11点じゃねえか」
「最初はこんなもんよ」
メリッサは微笑む。
「さあ、次行くわよ」
こういった類のゲームに慣れているメリッサはやはり強かった。
誰かが大きな手を狙っていれば低い点数でぱっと上がり、お互いに均衡しているような状況では果敢に高得点を狙ってくる。
だが、ギッパはメリッサの隙をかいくぐって紫の花4枚、赤い花1枚という高得点を叩き出し、一気に形勢を逆転した。
「ああ、やられたぁ」
メリッサがカードを投げ出して頭を抱える。
「嘘でしょ。ギッパ、そんな大きい手狙ってる顔してなかったじゃない」
「いや、びびってたぜ。いつお前に上がられるかと思ってよ」
ギッパは笑って、自分の左の眼窩を指差した。
「だけどな、動揺は全部この穴ん中に隠した」
「こういうゲームは、あなた強いのよね」
メリッサがため息をつく。
一方、ドライオはというと。
次のゲーム。
「よっしゃ」
ドライオが勢い込んでカードをテーブルに広げる。
「見ろ、赤、赤、赤、青、青。どうだ、高得点だろ」
「ドライオ」
メリッサが下からじろりとドライオを見る。
「これ、なあに」
そう言って摘まみ上げたのは。
「あっ」
ドライオは目を丸くした。
「狼じゃねえか」
「よく見てよね」
そう言ってメリッサはドライオの肩を叩いた。
「はい。あなたは手札ゼロからスタートね」
「肝心なところで抜けてるな」
ギッパが笑う。
「お前の戦い方そっくりだ」
「この人、いつもそうよ」
メリッサも言う。
「二人でゲームしてても、すぐにルールを間違えるんだから」
「うるせえな」
ドライオは顔をしかめる。
「見てろ。すぐに逆転してやるから」
だが、それからもドライオは肝心なところで葡萄酒とパンのカードのせいで狼を引いて来たり、高得点の花を揃えても最後の一枚が来なかったりと精彩を欠き、結局低い点数ばかりで上がる羽目になった。
その間にも、メリッサとギッパは点数を稼いでいく。
「そろそろ最後にしようか」
ずいぶんと遊んだ頃、メリッサが言った。
日が落ちる前に飲み始めたはずが、もうすっかり夜が更けていた。
メリッサがカードを混ぜる。
「一位はギッパ。二位が私。点差は少ないから、まだ私にだって勝ち目はあるわよ」
「ああ、分かってる」
「おいおい、待てよ」
ドライオは口を挟む。
「俺にだって逆転のチャンスはあるだろうが」
「5色ぴったり揃えれば、ぎりぎりね」
メリッサはそう言って微笑んだ。
「頑張ってね、ドライオ」
メリッサが3枚ずつ手札を配り、カードの山をテーブルの中央にぽん、と置く。
「言われなくてもやってやるぜ」
ドライオは勢い込んでカードを引いた。
くそ。
花が来ない。
来たのは、狩人だ。
持っていたって上がるのに邪魔にはならないが、狼もいないのに使い道はない。
ドライオはちらりと二人の表情に目を走らせる。
隻眼のせいでギッパの表情はいつも読めない。
メリッサは意外に表情に出やすい性格だが、今は渋い顔をしていた。
注意するのは、ギッパだな。
自分の番が来て、山札をめくる。
くそ。2枚目の白い花だ。
ドライオは内心歯噛みする。
お前はお呼びじゃねえんだよ。
山札を引くメリッサの表情は相変わらず冴えない。
だが、次に山札を引いたギッパが、ちらりと舌で唇を舐めた。
こいつ、来てやがるな。
ドライオは直感した。
でかい手が来てやがる。
ドライオは山札から6枚目の手札になるカードを引いた。
次の瞬間、雄たけびを上げてそのカードをテーブルに叩きつける。
出されたのは、老婆のカード。
全員の手札を強制シャッフルするカードだった。
「おい!」
ギッパが声を上げる。
「ふざけんな。俺にどんな手が来てたと思ってんだ」
「ざまあみろ」
ドライオは笑う。
「よかったわ。私、全然いいカード来てなかったから」
メリッサが手札を捨てて、山札を崩すとカードを混ぜた。
「よっしゃ、俺は6枚だ、お前らは5枚」
そう言ってドライオはカードを切ると、ギッパとメリッサに5枚ずつ配る。
その後で自分のカードを6枚引くと、三人は同時に自分の手札を見た。
「きゃああ」
喜びの歓声を上げてメリッサがカードをテーブルに広げた。
「嘘だろ」
ギッパが叫ぶ。
「うん、嘘みたい」
メリッサも叫んだ。
「でも、本当よ。見て」
そう言って両手を広げる。
テーブルの上に咲き誇ったのは、きっかり5色の花。
「くそ、逆転された」
ギッパが天を仰ぐ。
「最後でそれを出すかよ」
「ありがとう、ドライオ」
メリッサは声を弾ませた。
「あなたって最高ね」
それに答えず、黙って自分の手札を見ているドライオに、ギッパが声をかける。
「どうした、ドライオ。ゲームは終わりだぜ」
「ん、ああ」
ドライオは頷いて、自分の手札をメリッサの5色の花の上に置いた。
「メリッサ」
「何?」
笑顔でメリッサがドライオを見る。
「お前、今だったら高いって言ってたよな」
「え?」
「それでも買うぜ。今夜はそういう気分だ」
そう言ってドライオは自分の6枚の手札をめくってみせた。
メリッサがそれを見て目を見張る。
「ははは」
ギッパが笑う。
「こりゃいいや」
「払うもの払ってくれればね」
メリッサは艶やかに微笑んだ。
「別にいいわよ」
5色の花の上。
咲き誇った花畑の中で、よだれを垂らした6匹の狼が、けしかけるようにドライオを見ていた。