雨と貴方の記憶を消して
ぱら、ぱら、ぱらぱらぱらぱらぱら。
部屋の外から雨音がしてきて、それまでの堂々巡りから、意識が僅かに引き戻された。
いつの間にか部屋の中は薄暗くなっており、窓の方へと目をやると、ガラスには雨粒が張り付き、そして細く線を描いて流れていた。
立ち上がって、灯りを点け、カーテンを閉めた。
雨音がやけにはっきりと聞こえた。
雨は嫌いだ。
途端に、部屋の中までが寒々しく感じられた。
足元にひんやりとした空気が伝わる。
雨音を掻き消すためだけに、CDプレーヤーのスイッチを押した。
シャララ~ン
スピーカーからは、繊細でありながら煌びやかなバロックハープの音色が流れた。
そして、緩やかに、しかし、部屋の隅々にまで響き渡るソプラノが続く。
そのソプラノを追いかけるように、リュートの旋律が重なる。
部屋の中は、次第に、古の響きで満たされていく。
こんな時、時間の感覚がおかしくなっていくのは危険なことであるのは知っていたが、それでも、雨音が聞こえるのが嫌だった。
雨音が記憶の底から引き摺り出してしまう暗い感情が怖い。
曲が変わった。
てぃるりりりぃ~、てぃりてぃりてぃるるるりりぃ~
これは何の音だったっけ?
弦楽器だとは分かるが、バイオリンではなさそうだ。
陽気なメロディに、打楽器も加わる。
少し落ち着いてきた。
それどころか、なぜか少し楽しくなっている気がする。
音の力に、今更ながら、驚かされるのだった。
古楽器の音は好きだ。
聞いていると落ち着くのだ。
昔の人は、こんなふうに音楽の力を享受していたのかもしれない。これは単なる楽しみではない。
不安や心の底に沈んだ澱のような何かが取り除かれていくような感じがする。
意味の分からぬ太古の時代のまじないのように、理屈や仕組みなどを超越した不思議な力が宿っているのかもしれない。
小さな木の人形たちが楽器を鳴らして行進していく。
人形には顔が無く、丸みを帯びた長いビーズのような胴体と腕に脚。
単調な動きなのに、どことなくユーモラスで、そして謎めいている。
いったいどこから来て、どこへ向かうのか?
ふいに頭に浮かんだイメージの世界に沈んでみる。
音で満たされた部屋は、外の世界と隔絶され、自分が守られているような安心感を醸し出していた。
このまま、眠ってしまえたら。
そう、雨がやんでしまう明け方まで。
雨音は聞きたくない。
雨が貴方を連れてくることは、二度とない。
うつらうつらとしてきた意識の中で、淡い希望を見た気がした。
『劇伴企画』開始当日に合わせての予約投稿です。
オープニングには、晴れやかなファンファーレが相応しいと思ったのですが、ちょい暗めかもしれません。
投稿1番の方の作品は、きっと明るいヤツに違いない(あくまでも他人任せ、他力本願)。
本文中に登場する曲は、架空のバロック音楽曲です。あくまで架空です。
アンサーストーリー希望します。