1話:目覚め
闇の中、何かが蠢いていた。
パキ、パキ。
乾いた何かがひび割れる音が響く。
恐怖を感じた俺は、そこで初めて四肢が拘束されているのに気が付いた。
闇の中、目を凝らす。
自分の四肢を掴んでいたのは、生き物ように蠢く樹木だった。
ギリリと、手首と足首に巻き付く樹木の強さが増す。
痛みで悲鳴が出そうになるが、何故か声が出ない。
まるでこの闇が全ての音を吸収しているかのようだ。
だが、パキ、パキと何かが割れる音だけが鮮明に聞こえる。
そして、その音の正体が次第に分かってきた。
暗闇の向こう。
そこには、大量の蠢く樹木があった。
俺の手足を拘束しているのと、同じ種類と思われる樹木が闇の中に所狭しと詰め込まれている。
それらは、まるで芋虫のように蠕動運動しながら、確実に俺の方へ向かっていた。
怖かった。
恐ろしかった。
必死に逃げようともがくが、手足の拘束は益々強まっていく。
そして、樹木の一本が俺の足に触れた。
瞬間、樹木は足の皮膚を食いちぎり、体の中に侵襲してきた。
感じたことのない、激痛と不快感。
必死に暴れ、樹木を追い出そうとするのも空しく。
他の樹木たちが次々と到着し、同じように俺の中に入ってくる。
腕が千切れる。
腹の中身が掻きだれていく。
口の中から樹木が広がり、脳や眼球に絡みついてくる。
意識があるのが不思議なくらい、俺の身体は樹木たちに弄ばれていく。
既に痛みは感じない。
分かるのは、自分の身体が自分のモノでは無くなっていく、奇妙な違和感。
早く終わってほしい。
夢なら覚めてほしい。
そう、懇願した瞬間……
──それでは、イってらっしゃい。あの子を頼みます。
聞いたことのない声。
それに後押しされるように、意識が遠のいてく。
◆◇◆◇
「──っ!! ……はあ、はあ、はあ……夢、だったのか?」
目を見開きながら飛び起きる
額や背中が冷や汗でびしょ濡れだった。
恐ろしい夢だった。
ひどくリアルティにある。正に悪魔だ。
「でもよかった。夢じゃなかったらどうしようかと……っ?」
立ち上がり、一息ついたタイミングで、おかしなことに気が付く。
「どこだ、ここ?」
無意識に、俺は自宅の部屋で起きたモノだと思っていた。
だが、違った。
俺は今、洞窟の中にいた。
薄暗く、そしてやけに広い洞窟だった。
そこかしこに光る苔のようなモノが生えており、視界は確保できる。
天井はかなり高く、十数メートルはありそうで、広さに関してもテニスコート十数個分の広さはありそうだ。
「どうして俺、こんなところで寝て…………ダメだ、全く分からない」
目覚める前の記憶を必死に手繰り寄せる。
しかし、何も分からない。
直近で覚えているのは、自宅のベットで横になった記憶だけ。
「は、はは……俺、まだ夢を見てるのか?」
だが、頬を抓るときちんと痛みを感じる。
洞窟内で流れる冷たく、どこか生臭い匂いに一瞬吐き気を覚える。
「ゲホっ! ゴホっ……ゴホっ……」
咽ながら、涙でぼやける視界を擦りながら、実感する。
これは夢ではない。
現実なのだと。
「とにかく落ち着け。冷静になれ。考えを整理するんだ」
動悸が徐々に早くなるのが分かる。
背筋に冷たいモノがはしり、思考がやけにクリアだ。
異常事態。
その真っただ中にいることを理解し、冷静になるよう自分に言い聞かせる。
「まずは……そうだ。俺がどういった場所にいるのか理解しないと」
そもそもここは安全な場所なのか?
パッと見、人の手が入ってない自然そのものとった場所だ
。
そこにどんな危険が潜んでいるのか分からない。
この広さだ。もしかしたら、巨大な野生動物がどこかの岩陰に隠れているかもしれない。
俺は息を殺し、極力足音を殺しながら移動することにした。
洞窟内の景色は、この意味不明な状況でなければ呑気に観光したいと思うほど、雄大で綺麗だった。
地面や岩肌に張り付く光る苔により、どこかプラネタリウムを連想させる神秘的な光景が広がる。
だが、洞窟内の肌寒い気温や、時折感じる生臭さによって、その神秘的な情景が一転して不気味なものに思えてくる。
気を張り詰めながら、俺は必死に周囲を探索する。
しかし、いくら歩いても洞窟内の景色に変化はない。
俺以外の人間や、予想していた野生動物との遭遇もない。
下手に気を張っているせいで、ただ歩いているだけなのにやけに体が重い。
徐々に溜まる疲れも相まって、恐怖心よりも現状への苛立ちが募っていく。
「──くそっ! ここは一体どこなんだ! 俺は一体何をすればいいんだよ!!」
つい、声を荒げて叫んでしまった。
自分の迂闊な行動に、再び体が冷えていくのを自覚する。
声が洞窟の中を反響し、奥へと消えていく。
もしかしたら、その声に反応して、奥から何かが現れるかもしれない。
恐怖で体が竦んでしまう。
軽率な数秒前の自分を恨む。
俺はその場に釘付けになり、何か変化があってもいいように必死に周囲を見渡す。
すると、視界の突然何かが映りこんできた。
──『世界樹の迷宮を攻略せよ』
「…………は? なんだ、これは」
目の前に文字が浮かんでいる。
視界に連動し、映るそれは俺の視界そのものに文字が表記されているのが分かった。
まるで、SF映画のような出来事に、頭が追い付かず呆然とその文字を見つめる。
「世界樹の迷宮を攻略せよって……なんだよ、それ。意味が分からない。俺にゲームの攻略でもしろってことか?」
文字から俺はテレビゲームのことを連想した。
そう考えると、未だ目の前に映るこの表記もまるでVRゲームで出てくるものではないかと思えてきた。
自然と、頭部を触ってみる。
SFアニメで出てくるような頭部一体型のディスプレイを被っているのかと思ったから。
しかし、当たり前の話だが、頭には何もつけていない。
「当り前だよな。……でも、どうしてさっきから文字が視界に浮かんでいるんだ?」
目を擦ってみる。文字は表記されたままだ。
何かの機械を着けているわけでもない。純粋に、視界に文字が映りこんでいるだけ。
奇妙なその事実に、もしかしたら俺の身体は知らぬ間に何かされてしまったのではないかと疑念が湧いてきた。
それと同時に脳裏に過るのは、目を覚める前の悪夢。
樹木に体を食い破られ、蹂躙される悍ましい夢。
「もし、あれば夢ではなく現実だったのなら?」
悍ましい妄想に、少しばかり体が震えた。
だが、体中のどこを触ってもどこか変なところはない。
正真正銘俺の身体だ。
血が通った肉の身体。決しても、樹木で出来たものではない。
「そうだ。あれは夢だ。俺は俺だ」
俺は別の何かじゃない。
馬鹿げた妄想を振り払うように、俺は自分にそう言い聞かせた。
すると、突然視界の文字がぼやける。
そして……
──ステータス
折上樹
ジョブ:異邦人
スキル:『異邦人(EX)』
『観測者(EX)』
『???』
魔法:『強化』
『収納』
『操植』
『魔種』
「…………は?」
視界に新たに表記されたのは、文字を信じるのならば俺のステータスだった。
酷く簡易的で、昨今のフリーゲゲームでももう少し凝った作りだと思う。
急に出てきた表記に思考が追い付かない。
だが、今までの出来事が点と点で繋がって一つの妄想を連想させる。
【洞窟で目覚める】【ゲーム】【ステータス】。
ぐちょり。
そして、このタイミングで初めて俺が発する以外の物音が洞窟内に響いた。
音がした方へ振り返る。
すると、岩陰から何かが這いずってくるのが見えた。
それは、ゲームでよく『スライム』と称されるモンスターによく似た生き物だった。
「もしかして……ここって──『ゲームの世界』……なのか?」
俺の問いに答えるように、目の前のスライムは俺に襲い掛かってきた。
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