この転生女子には特別な話術なんて何もない
中央のロースクールに入学しての最初のティアの感触は『面倒臭い』だった。
クラスメイトたちもティアもお互いに接し方に迷っている。
あのままウェスト校に行けていればというのもあって、ティアは早速気疲れしていた。
戦闘可能な人間は多いに越したことがないのと、教育格差を防ぐために、ロースクールもハイスクールも身分に関係なく門戸を開いている。そのためなのか各領区にひとつづつしかない。
そして完全実力主義であるために、高学年になるほどに貴族の声だけやたらでかいのが緩和されていく。
どの年であろうと平民からも優秀な人間が多数現れ、五年次以降はクラス分けが成績順になるためだろう。
つまり入学直後というのは一番貴族がうるさい時期である。
自由時間では身分が近いもの同士で固まっていることが多く、家の地位が高そうな者たち程粋がっている(とはいっても強そうに見えるよう頑張っているんだろうなあと感じる程度だが)。
最初から分け隔てなく接するのが難しいのは、実家では使用人に仕えられる立場だからなのだろう。
無理もない気はする。
ただ、皆同じ制服を着ているために外見にそう差はないのだが、よくよく観察してみると、髪が綺麗にセットされているようなどことなくきらきらした雰囲気のグループが、素朴そうなグループに気さくに話しかけている場合もなくはない。懐が広そうだなとティアは胸中で敬った。
そんな中、顔見知りがいないティアは一人で浮いていた。
グループ同士で接するのとは話しかけるハードルが違うのかもしれない。
幸いなことに(?)あのいけ好かない第二王子とティアはクラスが違った。
また、王宮にご挨拶に伺った時に聞いたが、婚約自体も今はまだ王の側近たちが知るくらいで、大っぴらには公言されていないらしい。学校生活に変に干渉しないためだそうだ。
そのため、公の場で彼に『田舎者!』と詰られるような事態にはなっていない。あの人ならやりそうだとティアは思う。
王子の鶴の一声だけでつまはじき物になりかねない。
ただ、彼に言われたところでそうはならないような気もした。
(扱いづらいからって無視しようとされているわけじゃないから、きっと皆いい人だわ)
お互いに、話しかける機会をうかがっている節があった。
あちらにしてみたら、見たことのない子が一人でいるから話しかけてみたいけど、もし家が格上だったらどうしよう、などと躊躇ってしまうだけなのだろう。
ならばと自分から話しかけられればいいのだが、実はティアは人見知りである。
今でこそ家族や使用人や幼馴染とは言葉が崩れるくらい気の置けない仲を築いているが、見ず知らずの他人に最初から気さくな態度で接することなどできない。そもそも話の引き出しが狭い。
唯一豊富な話題を提供できるとしたら悪役令嬢物語なのだが、どうもクラスの誰も話題に挙げていないようだった。中央と西では流行り物が違うのかもしれない。
話している人がいたら喜んで混ざることができるのに。
ティアはまだ、過去に読んだ流行りの物語であるとだけ受け取っている。
事実そうではあるのだが、まさか過去生のものだなんて思っていなかった。
ティアは溜め息にならないほど小さくひと息をついた。
(本当に、あのまま西にいたかったわ)
そんな一抹の不安を抱えながらのスタートだったが、一か月、二か月と過ぎていき、夏の長期休業前にはある程度仲のいいグループの中に入っていた。
実家にいる頃から少し鍛えていたティアの成績はなかなかのもので、『話しかけづらいな』から『話しかけてみたいな』と変わっていったらしく、ちらほらと話しかけてくれる生徒が現れ出したのである。
そうやって周りから近づいてくれた友人たちが素直にありがたかった。
ティアから話しかけようとしたことが本当に一回もない。何だか情けなかった。
しかし夏季休業に入れば即西に帰るという意思は変わらず、皆で遊ぼうとか勉強しようとかで盛り上がっているところ、どう伝えればいいものか思案する。
地方の親戚の手伝いに行かなければならない、とかにしよう。
「えっ夏休み中ずっとだったりする!?」
「うん」
「たいへんだねえ……!」
心配そうにしてくれる友人たちに良心が痛む。
せめて本当にお手伝いを頑張ろう。
「でも、毎日毎日というわけじゃないの。遠いからずっと泊まらないといけないだけで、のんびりしたものよ」
「何の手伝いなの?」
「作物のお手入れと、この時期は収穫する物もあるわね」
「わあああ、そっか……遠そうだし、人手が要りそうね……」
そうなのだ。
西の領区はつまり北と南と中央に接していることになるが、間に横たわるのは広大な農園だ。反対の東も同じようなものだった。
その広大な農園は専門の農家がありはしても、人手はいつも足りていない。
毎年小さな子供に出来る範囲での手伝いはしてきている。今年も幼馴染たちと一緒に行くことになるだろう。
「いい運動にもなるし、結構楽しいのよ」
もうちょっと成長すればそれこそ毎日でもやれることがあるのだろうが、今はまだちょっとしたことしか手伝えない。遊んでいるような気分で楽しくできるものもある。
「ふふ。ティアったら本当体育会系よね」
「でも筋肉だるまってわけじゃないのよね。あなたの身体は一体どうなっているのかしら」
また皆そういうことを言う。ティアは困惑する。
「こんな時期から筋肉つけないよ、身長伸びなくなっちゃう」
姉の受け売りである。
「そこを知ってる時点でなんかプロだよな」
「なんのプロ……?」
「……筋肉?」
「わけわかんない!」
そんなふうに笑い合いつつ、前期の終業日は過ぎていった。
そしてティアは宣言通り一度別邸に帰っただけで、メイド三人も連れてそのまま西への列車に乗車した。
数日前からそわそわと準備していたのである。
「やっと帰れるわ!」
随分元気にそう言うティアに、婚約成立以前の溌剌とした様子を思い出して、メイド三名は柔らかく微笑んだ。




