この転生女子には特別な個性なんてないのだろうか?
内心の不満はスローンズの家族にぶつけたところで何にもならない。
政治的理由なんてほぼ回避不能な暴力である。
それがなんとなく分かったため、ティアは家族の前で口に出したり拗ねたりはしなかった。
気分が沈んだまま、長期休業に入れば即帰省すると幼馴染たちに宣言して、しかしその一時の別れの挨拶を交わしたことで更に気分が重くなり、中央行きの列車に乗り込む時にはティアはほぼ無表情になっていた。
一緒に来てくれることになった使用人は、護衛を兼ねているメイベルを始め、アリス、リネットのメイド三人だった。
ティアの母フィリスはもっとたくさん人をつけようとしたのだが、メイベルが手が余ると言って丁重にお断りしていた。
ティアにもその『手が余る』がなんとなく分かる気がした。メイベルは一人で何でもやれてしまうからだ。
家事を一通りこなすのはもちろん、どうも凄腕の護衛、らしい。らしいというのはティアが今までそう危険な目にあっていないためだ。まだ彼女の戦闘行為を直接目にしたことはない。
ただティアだけでなく他の屋敷の者たちにも戦闘を手ほどきしていたくらいだから、「強そうだなあ」くらいの認識はある。
あとなんだかよく分からないが素早いのだ。気付いた時には何かがどうにかなっている。例えば、風で飛んでいった帽子が次の瞬間にはメイベルの手にあったりした。彼女が移動した様子は皆無だった。
彼女は瞬間移動できるのだろうか?
もしやメイベルは領内の技術の粋を集めたロボットでは?
なんて疑問をティアはたびたび浮かべた。
ちなみに最近それは、アンドロイドでは? になったらしい。しかし実を言えばティアには両者の違いなんてよく分かっていない。覚えたての言葉は使いたいお年頃なのだ。
「そう言えばアリスは中央出身なのですよね?」
「あ、はい! そうなんですよ」
四人で座席に落ち着くと、リネットが思い出したように聞く。目をきらきらさせてほんの小さく首を傾けた彼女の仕草はかわいらしく思えて、他の三人は少し心が和んだ。
「多分それもあってお嬢様の側仕えをお許しいただけたんだと思います」
微笑んでそう言うアリスは少し誇らしげに見えた。
ティア個人にはそう誇ってくれる心当たりがなく、雇い主であるスローンズの家そのものに対する敬意か何かだと思った。
アリスの人となりも彼女の作ってくれるお茶やお菓子も大好きなティアは、着いて来てもらえて素直に嬉しい。
「皆さんのお時間のある時に、お勧めのお店とかをご案内させてくださいね」
「まあ。頼もしいわ!」
リネットが相変わらず目をきらきらさせている。彼女は主に着付けなどを好きで担当してくれるメイドだから、きっと服飾系の商店めぐりが楽しみになったことだろう。
そんなふうに和気あいあいとしていると、そろそろ発車の時刻である旨アナウンスが入る。
そのためか改札で別れを済ませた家族や幼馴染たちのことが思い出されて、ティアは沈んだ表情を浮かべてしまった。
はっとするが、ティアの左の手のひらが暖かい手にやんわりと包まれた。
「……必ずお守りいたします」
隣に座るメイベルがふんわりと微笑んでそう言った。
「……うん。ありがとう」
これ以上頼もしいことがあるだろうか。
そして彼女の手の温かさに、たびたび機械ではと思ってしまうことが申し訳なくなる。
「私、メイベルみたいに強くなりたいの。だから私の師匠になってくれる?」
ティアは思わずそんなことを言ってしまった。
メイベルは目を丸くした。いつも穏やかな彼女のそんな表情は、初めて見たかもしれない。
そして何故か少しだけ視線を泳がせたように見えた。
……どうしたんだろう?
しかしそれは一瞬のことだった。だからティアの見間違いか勘違いだろう。
「ええ。これまで通り、訓練のお相手をさせていただきますね」
「ありがとう」
ティアの嬉しそうな笑顔に、メイド三人も柔らかく微笑んだ。
メイドたちももちろん、というよりも、人類のほとんどが皆、随伴AIであるスフィアを従えている。
黒髪に翠の瞳を持つメイベルのスフィアは真っ黒なローズ系の花だった。蔓と葉の装飾が一周半ほど緩く巻いている。途中三つほど宝石のような無色透明の結晶体があしらわれた、とてもお洒落な見た目をしている。
そして彼女はメイド服ではなくスーツのような服を着ていた。ただ少しだけギャザーやフリルが覗いているために、キリっと締まっていながらも柔らかな印象を受ける。
丸眼鏡をつけているのもあり、理知的な秘書か何かのような印象を受ける。
彼女のことだからきっとそういう事務作業もしっかりこなしそうだとティアは思った。
金髪碧眼のアリスのスフィアは、淡いオレンジとピンクが互い違いになった小さな正八面体を中心に置き、直径と太さが多少異なる二つの金輪が斜めに交差する、という、独特の形状をしている。
その金輪の大きな方の一か所には三連の無色透明な結晶体が並んでおり、小さな方には淡い黄色の結晶体がひとつついている。そして二つの金輪はかなりゆっくりと、交差角度を変えながら逆方向に回転していた。
茶髪に水色の瞳を持つリネットのスフィアは、深い青色のリボンの中心にローズ系のコサージュが収まっている。全て布のような質感を見せているが、スフィアは特殊合金で作られているので布ではないはずだ。
彼女の趣味が色濃く反映されているようで、なんだか眩しかった。
対して、ティアのスフィアは相変わらずデフォルトの白い球体のままである。
そして相変わらず魔力を消費するといちいち音声で報告するままだ。
体力と違って自覚しづらいための機能だが、AIが成長すれば目立たない方法で教えてくれるようになるというのに。
(何で全然学習してくれないの? ……それとも、ほんとに私には個性がないのかしら)
そんなことを思ってしまい、ティアは即刻その思考を頭から閉め出した。
(あんな嫌なやつの言うことなんて気にしないことだわ)
そしていよいよ、発車のアナウンスが流された。
ティアは気を引き締めた。