この転生女子は特別な覚醒なんてきっとしない
この星は五百年ほどの昔より、星外からの攻撃を受けている。
相手の正体は不明だった。同時に、奇妙だった。
そもそも、大気圏外から突入して来る様子ではあれ、どこから来ているのかが分からない。
そして見た目は愛らしい動物の着ぐるみを着た二足歩行の何か、である。カラフルで、ふわふわで、もこもこしている。しかし中身はびっしり機械と凶器だ。
しかしこの機械部分がこの星のものと根底から違った。ほとんど全ての仕組みが電気信号で動いている。動力源でさえ太陽電池のようだった。それでいて原理未解明だが、屑を放置しているといつの間にかどこかで寄り集まって小さな殺戮人形になってしまうらしい。そしてそれらが更に集まって通常サイズまで戻る。厄介なことこの上ない。
対して、この星で作られる機械はそんな物理に偏った造りをしていない。主に魔石を動力源とし、魔法元素をどう導くかを機械や魔紋で組み上げる。エーテルは燃料としては他に類を見ない優秀さを誇るが、すべての人が操作できるわけではないため、半魔法の機械が発達してきたのだ。
こうした違いからも異星からの侵略である可能性が考えられているが、それにしては五百年の膠着状態は長いのではと、誰もが首をかしげていた。
そのため、このファンシーな何かを投下することで何らかの実験を行っている可能性を指摘する者も居る。
そんな星外からの殺戮人形に加えて、もともと地上は魔物の巣窟である。もとはただの野の獣であったものがエーテルの濃度や流れなどに干渉されて突然変異したもの、と考えられているが、これが通常の生物とは比べ物にならない程に強い。
それらの体内に蓄積されたエーテルが結晶化したものが魔石、である。
魔石はこの他、鉱石や植物にも宿ることがある。
そんな中で人類が今に命を繋ぐことができているのは、ひとえに魔法と科学のおかげだろう。
この星の人類は、地上のほんの一部に城塞都市を築きその中で辛うじて生きている。
ヘッジベール王国もその一つだ。
おおまかに見れば、中心都市の東西南北を辺境都市が囲んで守る形になっている。
四方それぞれを軍事に長けた辺境伯が治め、王の居る中央を守っている。
中央は中央で上から降って来る物などのためにもきちんと軍備を整える必要があるが、四方辺境伯がいるのといないのとでは大違いだ。
だから辺境伯と王家は親密であるに越したことはなく、この西の辺境伯を務めるスローンズ家の次女と第二王子の婚約話が持ち上がった。
持ち上がったと言っても従者に連れられて王子がスローンズを訪ねてきた時点でもう確定なのだろう。
しかし、本人たちでゆっくり話してみなさいと残された客間で、第二王子シリル=クト=ヘッジベールは西の次女レティシア=スローンズに八つ当たりしていた。
「……言っておくけど、お前みたいな田舎者なんか愛さないからな」
五歳の少女は固まった。
今自分は何を言われたのか、それが情報として頭に入ってこない。
急激に目の前のすべてが遠のいていく。
〖──……ああ。まただ〗
(また、ってなに?)
〖そして彼はこう言うんでしょう?〗
「私はいつか真実の愛を見つけるんだ」
〖ほらね?〗
五歳の少女は考えた。
くるくると頭を働かせる。
少女がこんなに何か考えたのは初めてなのかもしれなかった。
そしてすべてが現実なのだと受け止めた。
五歳の少女は微笑んだ。
「私もそのようなものを、見つけてみたいですね。できれば、殿下と」
五歳の少年は鼻白む。
辺境伯は国防の重鎮だ。だから地位自体は高い。
それでも中央にいないからこその弛んだ点が見られるのも事実で、だから田舎者と見下したのに。
西の辺境まで連れてこられて少年は不満だった。
こんなところに来る手間と時間が惜しい。中央でやりたいことはいくらでもあるのだから。
ただの癇癪に淡々と返された少女の言葉から、少年は二つの意志を汲み取った。
ひとつ。『真実の愛』がなかろうと政略結婚なので仕方なく婚約を受け入れます。
ふたつ。『真実の愛』を求めるとしたら婚約相手にだけですが、期待していません。
少女にとっても相手が少年でなくても構わないのだ。
テーブルを挟んで真向いのソファにゆったりと座るその少女が無機質な人形のように見える。
(……田舎者どころか、この年で回りくどい言い方とかの教育、王族くらいしか……いや)
少年はフンと鼻を鳴らす。
(私が深読みしただけ、だ)
一気に腹立たしさが加速する。
「……お前、来年入学なのにまだスフィア丸いだけなのか? 個性は外見だけなんだな」
少女の外見はかなり独特だった。恐らく中央でも目立つだろう。
艶やかに背に流れるストレートの銀髪はほんの少し青みを帯びている。銀髪の者はそう多くない。
左の瞳は深い金青色。右の瞳は淡い黄檗色。こうして左右で色が違う者は多くない。
対して随伴AIはデフォルトの白い球体のままであり、どこか奇妙だった。
「私のはもう色がついたぞ」
少年の隣にはくるくると回転している赤い球体があった。回転しているのが分かるのは、表面につぎはぎのような凹線が走っているためだ。動力源や回路の発する光がわずかに漏れ出ている。
「そろそろ造形も始まりそうだ」
自慢げに胸を張る少年だったが、少女はただ微笑んで目を伏せ、小さく呟くのみ。
「たいへんお早いのですね」
少年は不満げに唇を曲げた。もう少し驚くか褒め称えればいいのに。
「……本当につまらない人間だ」
そう言われても少女は薄っすらと不気味に微笑んでいた。
(……そうか。この『お話』とやらを『特に問題もなく』終わらせるってわけだ)
どうせもう、婚約自体は決まっているのだから。
(……絶対に私がこいつを愛することはないだろう)
少年の胸には、そういう、妙な確信があった。