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第8話 『契約』

「お母さん、ただいまー!」


 国木田さんは元気にアパートの中に入っていく。

 さっきまで泣いてたのにお母さんの前では気丈に振る舞ってるらしい。

 アパートの外見だが正直ぼろい。お風呂とトイレが一緒の部屋にありそう。

 ちなみに、俺はドアの前で待機している。いきなりお邪魔するのは悪いからね。

 部屋の中から国木田さんのお母さんの声が聞こえる。

 

「おかえりなさい、涼子」


「今日は、友達連れてきたんだ」


「お友達? でも、お母さんこんな格好だし何も出してあげられないわ……」


「大丈夫だよ、すっごいカッコいい人だけど驚かないでね」


「あら? もしかして涼子がいつも話してくれる和希くん?」


「い、いつもなんて話してないよ! たまにだよ、たまに! 今、ドアの前で待っててくれてるんだから変な事言わないで。それで、入ってもらっていいでしょ?」


「え、えぇ……それは構わないのだけれど、貴女たちそう言う関係になったと思っていいのかしら?」


「違うよ! 今日は無理言って来てもらったの!」


「あら、そうなの……残念ね」


「もう、お母さんたら! ごめんね、和希くん入って」


 俺は国木田さんに言われるまま玄関の中に入る。

 するとベッドの上に上半身を起こした状態で座ってる女性がいた。

 鑑定しなくても分かる。どうやら体の方はまだ完全に治ったという訳ではないようだ。


「あらあら、予想以上にカッコいい方ね。本当にアイドル……いえ、それ以上かしら」


「あはは、よく言われます」


「ふふっ、そうなの? 聞いてた通り面白い子ね」


「和希くんはね、占いも出来るんだよ。しかもすっごい当たるの! クラスでも人気なんだよ、今日の朝もね――」


 国木田さんは普段教室で見せないほど元気な様子でお母さんに出来事を報告している。


「そうなの、ごめんね、涼子。貴女にまで心配かけて……」


 国木田さんのお母さんはそう言って国木田さんの頭を優しくなでている。

 とても、優しいお母さんの様だ。だが、とても今の状態では肉体労働はできるように思えない。

 あぁ……神様、どうか彼女の適職が肉体労働ではありませんように。


 あっ、よく考えたら神って俺に鑑定だけつけて放り出した糞野郎だった。


「今日は来てもらってありがとね、和希くん。何もお出しできなくてごめんなさいね、それとこんな見苦しい恰好で……」


「いえ、お構いなく。それに涼子さんも可愛いけど、お母さんもお綺麗ですね」


 俺がさらりとそんな事を言うと二人は顔を真っ赤にして照れ始めた。

 やっぱり、親子だなこの二人、照れ方がそっくりだ。


「あっ、名前で呼んでくれた……それに可愛いって」


「あらあら、そんなことオバサンに言っちゃダメよ」


「あの早速ですが占ってみてもいいですか?」


「えぇ、お願いするわ。なんだか占いなんて学生の時以来だからドキドキしちゃうわ。それでどうすればいいの?」


「お母さん、手をね和希くんに見せるの」


「あぁ、手相占いなのね。こんなカッコいい男の子に手を握ってもらえるなんて嬉しいわ」


 そういって手のひらを俺に差し出してくる国木田さんのお母さん。

 彼女に触れるまでに手が少しだけ震えてしまう。


 これから彼女達の人生を左右する鑑定をするかと思うとプレッシャーがすごい。

 俺が手をなかなか掴まないことを不審に思ったのか国木田さん(娘)が声をかけてくる。


「和希くん?」


「……ごめん、本当に国木田さんのお母さんが美人だから少し、緊張しちゃった」


「あらあら、あんまりオバサンを揶揄わないで」


 そう言ってはにかむ、国木田さんのお母さんの手を俺は覚悟を決めて取った。その瞬間、国木田さんのお母さんのステータスグラフが頭の中に流れ込む。

お母さんの名前は国木田久美子くにきだくみこと言うらしい。


 久美子さんのステータスはっと……。

 体は確かに壊している様子だった。心も弱っている。それでも気力だけは高かった。きっと娘を護る為に必死なのだろう。


「和希くん……どう?」


 娘の涼子が心配そうに声をかける。


「うん……体の調子はあんまりよくないかも、これからも定期的に通院しないとダメかな。精神的にも少し参っているみたいだから、もう少し休養したほうがいいみたい。あと、能力だけど独創性と創作能力、文章力がずば抜けて高いよ。多分昔からお話とか作ってたんじゃないかな?」


 俺がそう伝えると二人はとても驚いた様子だった。


「すごい、すごいよ和希くんっ! そんなことまで分かっちゃうんだ。そうなんだ、お母さんは昔から寝る前に絵本の代わりに色々な話を作って聞かせてくれてたんだよっ!!」


「えぇ、本当にすごいのね、和希くん。おばさん驚いちゃった」


「それで適職だけど、作家だよ。えっと国木田さんのお母さんは今まで肉体労働の仕事をしていたみたいですけど、そっちではだいぶ無理をされていたようですね」


「作家っ?!」


「えぇ……もしかして、娘から少し話を聞いてた?」


「ううん、私はお母さんの事を和希くんに何も話してないよ」


「そうなの……でも、作家じゃ厳しいわね」


 ぽつりと久美子さんが呟いた。

 確かに作品が出来るまでは無収入だし、何処かのコンテストに応募して賞を取ったとしても収入を得るまで早くて半年から遅くて1年からそれ以上かかると思われる。とてもじゃないがこの親子がそれまで食べていく事は不可能といえる。仮に働きながら執筆活動したとしても一度体を壊しているので無理はできない。

 

 でも、それでも、諦めるには惜しいほどの才能だ。

 この人は必ず人気作家になれる。俺は鑑定結果で断言できる。


「恐らくですがジャンルはライトノベルにしてファンタジーを作るのが最もヒットすると思われます」


「ライトノベル? ファンタジー?」


 国木田さんが首を傾げる。だが、俺は構わず話を続ける。


「それなら高い確率でアニメ化まで狙える作品が作れるかと」


「アニメ?! それって夕方にやってるあれだよね!」


「それなら、ドラマとかの脚本とかは無理かしら?」


「うーん、できなくはないですけど、想像力がすごいから現代って縛りがあるとあんまり活躍できなさそうなんです、それより自由に想像できる異世界ファンタジーのほうがいいですね。そもそもドラマの脚本とかってやっぱりキャリアがないと難しいと思うんです。まぁ、俺は脚本家になる方法とかは詳しくないのでわかりませんけど……」


「そうなんだ……」


「でも、今って異世界転移とか異世界転生とか悪役令嬢物とか流行ってるじゃないですか?」


 俺がそう言うと二人は顔を見合わせた。


「涼子、知ってる?」


「ううん、私結構、本を読むけど知らないなぁ。明日皆にも聞いてみるね」


 あれ? もしかして、この世界だとこのジャンルってまだ流行っていないのか?


「その、恥ずかしい話なんだけど、異世界転生とか悪役令嬢物? っていうのを詳しく聞かせてもらえる?」


 そこから俺は怒涛のように二人に異世界ファンタジーのすばらしさを語った。

 俺は前世でこの手のジャンルを読みまくってたので大好きなんだ。


「そ、そう、分かったわ……」


 久美子さんが若干疲れた様子でそう言った。


「うぅ……こんなに話す和希くんは初めて見たよ」


「でも、確かにそれなら面白い話が書けそうだわ」


「お母さん、本当?!」


「でも、涼子ごめんね。お母さん作家にはなれないかな」


 そう言って優しく国木田さんの頭を撫でる。


「な、なんで?! お母さんなら絶対にすごい作家になれるのに」


「それじゃ作家になる前にご飯食べられなくなっちゃうわ」


「そんなぁ、私がアルバイト増やして頑張るから……ううん、私、学校辞めて働くよ。お母さんの作った話また聞きたいし本になった所も見てみたいから」


「本当にごめんね、涼子……色々苦労をさせてしまって。アルバイトは増やさなくていいわ、学校も辞めちゃダメよ。せっかく和希君みたな優しくてカッコいい男の子と同じ学校なんですもの、もったいないわ、それに涼子だって本当は辞めたくないでしょ? お母さんなんとか、頑張ってみるから」


 力こぶを作って笑みを浮かべる久美子さん。

 でも、明らかに無理をしているのが分かる。


「お母さん……」


「和希君も、今日はわざわざ来てくれてありがとうね。それに占いもとても参考になったわ」


「あっ……いえ……こんな初対面の俺のいう事を真剣に考えてくれてありがとうございました」


 俺はそう言って頭を下げる事しかできなかった。たとえ社会人だったとしても彼女達を救えただろうか? 前世の俺ではまず無理だ。高校生だからしょうがない? そんなのは言い分けだ。

 やっぱり鑑定スキルだけじゃ人は救えない……。

 どうして神様は俺に鑑定スキルなんて物を授けたのだろう。これが回復スキルとかなら沢山の人を救えたのに。

 やっぱり、俺は美少女たちには幸せでいてほしいと心の何処かで思ってしまう。


「和希くん、私からもありがとう。わざわざ家にまで来てくれて。だからそんな思いつめた顔しないで。私もお母さんも大丈夫だよ」


「そうよ、それじゃぁ涼子、和希くんをちゃんと送ってあげるのよ」


 それから俺は娘の涼子に咲の屋敷の前まで送ってもらう事になった。


◇ ◇ ◇


「和希くん、ありがとね」


 咲の屋敷への帰り道、涼子は笑顔で俺にお礼を言ってくれた。

 何の力にもなれなかった俺に。


「ううん、俺の方こそ涼子の力になれなくてごめん」


「そんな事ないよ、お母さん、和希くんが来てくれてすごい喜んでた。それに私の事も名前で呼んでくるようになって嬉しい」


 そう言えば、無意識に名前で呼んでた。

 国木田さんが二人いるとややこしいから、何となくだけれど。


「そういえば、そうだったね。今更だけど名前で呼んでもいいかな?」


「うん、もちろんだよ! ねぇ、和希くん、その……また少しだけ手を繋いでもいいかな?」


 涼子が恥ずかしそうに手を差し出してくる。

 それに対する、俺の答えは決まっている。


「もちろんいいよ」


「えへへ、ありがとう」


 そういって、どちらからともなく、恋人繋ぎをして指を絡める。


「私もね、和希君には笑顔でいてほしい。だから本当に今日の事は気にしないで」


 なんだか逆に俺の方が励まされてしまう。


「なんかね、和希くんとこうして手を繋いでると自然と笑顔になれるんだ。それに胸がすごくドキドキするんだけど、同時にすごくポカポカもするんだ。不思議だよね」


 うん、それは恋だね。なんて、そんなすぐに恋に落ちる訳ないか。俺がいくらイケメンでも。


「分かるよ。なんか幸せな気持ちになるよね」


「うん、そうなの。よかった、和希君も幸せな気持ちになってくれて、それに笑顔も……」


 そう言う彼女を俺は肩がぶつかる位近くまで引き寄せる。

 それから、俺たちは手を繋いだまま静かに歩いた。


 隣を歩く可愛らしい少女の力になれる事は本当にないのかと、ただそれだけを考えながら。


◇ ◇ ◇


 屋敷に帰った俺はしばらく自室で過ごし、今は夕飯を咲と一緒に食べていた。

 

「和希、どうしたの? 元気がないようだけど……」


 夕食を食べながら咲が話しかけてくれた。


「もしかして、夕食が口に合わなかった、それなら――」


「違うんだ……咲、ちょっと聞いてもらっていいかな?」


「もちろん、和希の話ならなんでも聞くよ」


 咲は笑顔でそう言ってくれた。それから俺は国木田さんの話を掻い摘んでする。

 

「それで和希はどうしたいの?」


「うん……まだ誰にも言って無いけど俺は、彼女と一緒にゲームを作ろうと思うんだ。もちろん、国木田さんのお母さんが了承してくれるならだけれど……ビジュアルノベルっていうジャンルの。でも、俺には人脈がない、そしてお金もない。ノウハウだってない……」


 そう、ラノベでは国木田さんのお母さんは雇えない、雇うならきちんと月給を払う必要がある。

 そして資金を回収できそうなものを考えた。この世界にはアニメやラノベは流行っている事はいるのだがバトル物、や、純愛物が多い。異世界転生物やハーレム物はこの世界には殆どなかった。

 なので、逆ハーレム物を作れば売れるのではないかと俺は予想した。


 しかし、声優がほぼ女性で男性キャラの声も女性がやっている物しかないのだ。

 だからある種の賭けでもある。だけど、俺は恋愛シュミレーションゲームを作る。

 ジャンルはファンタジーで、悪役令嬢追放物とか人気出るかな……。


「そう、予算どれくらい必要? 人脈なら何人か紹介できるわ」


「咲、どうして俺にそこまでしてくれるの? なんの勝算もないんだよ?」


「ふふっ、どうしてかしらね。でも私には分かるの。和希にはすごい何かがあるって。だから何も心配していないわ。でも……もし、失敗したら和希は一生私の物よ? 約束できる?」


 俺は咲の目を見る。国木田さんのお母さんの才能は本物だ。それは俺の鑑定スキルが物語っていた。でも実際に作品を見たわけではない……。

 それにシナリオライターだけじゃダメだ。サウンドクリエイター、イラストレーター、ディレクターなど様々な人材が必要だ。今の時代だとフルボイスでないと人気が出ないかもしれない。

 しかし、男性声優がいない世界だから、最悪俺が声優やるしかないか?

 でも、一キャラしか担当できないしどうするか。

 

 それと、いったい予算がいくら必要になるのかも想像がつかない。いや、予算から必要な人員を計算していくものなのか? クソ、社会人だった経験が何の役にも立たない。


 それでも――。


「約束するよ。予算が回収できなければ俺は咲の物になる」


 俺がそう言った瞬間、一瞬だが咲は歓喜とも言える表情を浮かべた。

 本当に一瞬だったが俺はそれを見逃さなかった。


 例え俺が咲の物になろうとも、俺は信じてみたいんだ。

 神がくれたこの鑑定スキルの可能性を。

 べ、別に咲が凄い美少女だから彼女の物になるのも、それはそれで悪くないかもなんて思ってなんかいない。本当だ。


「そう、私が出せるのは3000万までよ。今の私の動かせる額だとこれが限界なの。安藤、そのビジュアルノベルだったかしら? それの予算としてこれでは不足かしら?」


 俺と咲のやり取りを静かに見ていた安藤さんが口を開く。


「確か2000万ほどで攻略対象キャラクター4人のフルプライスのゲームが作れると聞いたことがあります。予算としては十二分かと。それとゲーム事業部からプログラマーなどの人員を派遣いたします」


「ありがとう、安藤。和希、これで契約成立ね。予算が回収できなければ貴方は私の物よ。絶対忘れないでね」


「うん、ありがとう咲。絶対に資金を回収してみせるよ」


 俺たちは二人静かに笑い合った。

 咲には咲の思惑があるのだろうけれど、俺にも全く勝算が無い訳でもない。

 それと、この世界は一夫多妻政だ。だから、俺は咲だけの物になるつもりは毛頭ない。

 俺はこの世界で必ず美少女ハーレムを築いてみせる!

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[良い点] 再開ありがとうございます! 1から読み直していますがやっぱり面白い! [気になる点] 細かい点で申しわけありませんが、気になったので一応… 最後の方に安藤さんが 「確か2000万ほどでヒ…
[一言] 数少ない貞操逆転、応援しています!
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