第7話 『クラスで人気の占い師』
俺が転校してきてから3週間がたってクラスにも大分なじんだ。しかし、あと数日もすれば夏休みだ、少し寂しい。
「加奈は……デザイナーに向いてるかなぁ」
「えっ、本当?! 実は私、誰にも言った事なかったけどデザイナーに憧れてたんだ。お洋服とかのイラスト書くの好きだし、お裁縫も得意だからそう言ってもらえてすごく嬉しい」
そんな俺は今、朝の清々しい教室でクラスメートの加奈を手相占いと称して鑑定していた。
俺の鑑定で分かった事は相手に触れると鑑定が発動できるという事だ。最初はうまく制御出来なくて誰かに触れるたびに鑑定が発動していたけど今はだいぶ慣れてきていた。
「うん、加奈は独創性に優れてるから売れっ子になるかも。将来は自分のブランドを立ち上げられる可能性も大いにあるかな。これからも色々なことを経験して感性を磨くと良さそうだよ」
鑑定するのに慣れてきても、日々の訓練は大切なので凄腕占い師としてクラスメートを鑑定する日々を送っていた。
まぁ、手相の手のひらに触れて鑑定して適性のある職業を言う簡単な遊びだ。可愛い女の子のすべすべで柔らかい手を合法的に握れる至福のひと時だ。
「加奈ちゃん、いいなぁ」
「えぇー、柚子ちゃんだってキャビンアテンダントでしょ? そっちだっていいじゃんっ! 色々な国周れて楽しそうだし」
「違うよ、和希くんに手を握って貰えて羨ましいって事ー」
「あははっ、柚子ちゃんだってこの前占ってもらったじゃない?」
「確かに、そうなんだけどさー」
女の子たちとの楽しいひと時の頬を緩ませる俺であった。
◇ ◇ ◇
そもそも、なんでこんな事になったかと言うと丁度2週間前、隣の席のサッカー女子であるユウコとサッカー部で伸び悩んでるみたいな事を朝の雑談で話していたのだ。
なんでも今のポジションはフォワードで点が中々とれなくてレギュラーになれるかギリギリらしい。
でも、一年でレギュラーとれるかギリギリなんて十分すごいと思うけど。
俺はお節介だとは思ったが鑑定スキルの検証のため彼女を見てみることにしたのだ。
別に転入初日に下着姿を見せてもらったお礼ではない。ただ「簡単な占いだから大丈夫、大丈夫」みたいな感じで。
そして手を取って鑑定してみるとなんと彼女は将来は日本代表になれるくらいのポテンシャルを持っていたのだ。だけどそれはフォワードじゃなくて中盤のミットフィルダーとしての才能だった。
「ユウコは、視野が広いからミットフィルダーの方が活躍できそうだよ。クラスの事とかよく見てるし司令塔としてすごい活躍ができそう。将来は日本代表かも」
「に、日本代表?! でも、フォワードの方が点が取れるし派手でカッコいいと思わない? 男子にも人気出そうだし……」
最後の方は小さく呟いていたけど、ちゃんと聞こえていたぞ。
「うーん、そうかな? 俺はどのポジションでも一生懸命にやってる人はカッコいいと思うな。それにチームを勝利に導く司令塔もカッコいいと思うよ」
俺はアドバイス程度の軽い気持ちでユウコにそう伝えたのだが何故かユウコはその日のうちにフォワードからミットフィルダーにコンバートすることを部活顧問の先生に伝えたらしい。
そして僅か数日で頭角を現し、先週の練習試合では見事チームを勝利へ導いたとの事だ。きっと監督も試しに使ってみたら予想以上に活躍して驚いたことだろう。
◇ ◇ ◇
そしてこの話がクラスで話題となり今に至るという訳だ。
「か、和希くん、私、昨日も大活躍したんだよっ! 今週も練習試合あるしちょっと占ってよ」
なぜかユウコは俺を呼ぶときにどもるんだよな。そんなに言いずらいか? 和希って。
「あっ、ユウコちゃん! ユウコちゃんは先週も見てもらったじゃない、和希くん、私を占ってよっ!」
なんかサッカー女子達がわらわらと集まり始めてしまった。そして、俺の周りは女の子特有の甘い香りに包まれる。
「ちょっと、皆! 和希くんが困ってるでしょ!」
「そうよっ! 大体貴女達、和希くんの手を握りたいから占ってほしいとかいってるんじゃないでしょうね?!」
「「「ち、違うよっ!!」」」
「あはは、まぁ、俺のは簡単な占いみたいなものだから実際になれるかは自分の努力しだいだよ。それに毎週占っても結果は変わらないよ」
「みんな、おはよー」
皆でワイワイやっていると隣の席の女子である国木田さんが登校してきた。
みんなも国木田さんに挨拶して、彼女の席を開けてくれる。
「おはよう、国木田さん」
「……うん、おはよう和希くん」
なんだか顔は笑顔だけど心なしか元気が無さそうな国木田さん。
ここ最近ずっとこんな調子だ。少し話を聞いてみるか。
「国木田さん、何かあった?」
「えっ? ……う、ううん、何でもないよ」
いや、あからさまに何かあったような顔されても……。
さすがにクラスの皆も何か気づいたようだった。
「どうしたの? 国木田さんも悩み事? だったら和希くんに占ってもらうといいよ、元気出るし」
誰かの言ったその一言に皆は名案とばかりに俺に押し付けてくる。
いや、これただの鑑定だからっ! 悩み事までは分からないから。あと元気出るって何?!
「そっか……、ねぇ、和希くん。放課後時間あるかな? 少し話を聞いて欲しいの」
国木田さんは顔を赤らめて少し恥じらうそぶりを見せた。
男女で二人きりで話ってなんか告白みたいでドキドキしちゃうね。
「うん……それは構わないけど」
放課後は咲と帰る予定があったけど今日は歩いて帰るとするか。
なんか、深刻そうだけど俺に力になれるだろうか……。
◇ ◇ ◇
お弁当を食べ終えた昼休み、俺は咲のもとへ向かう。
咲のいる1組まで行き、ドアの近くにいた人に咲を呼んでもらう様に頼んだ。
咲は俺に気が付くと笑顔で近寄ってくる。
「和希っ」
「咲、ごめんね。せっかくの昼休みに」
「ううん、和希に会えてうれしい。学校だとなかなか会えないから」
せっかく嬉しそうな咲には悪いけど今日は一緒に車で帰れない事を伝える。
すると咲はとても、悲しそうにしていたが分かってくれた。なんだか罪悪感が。
「それで、その国木田さんと和希はどんな関係なの?」
「関係? 普通に友達だよ」
「友達……そう。」
なんだか咲の元気がどんどん萎んでいってしまっている、いったい何が原因なんだ。っと鈍感な俺ではない。
咲は俺が呼び出す前も一人で読書をしていた。
前から思ってたけど咲ってもしかして、友達いないんじゃ……。
でも、咲の悪い噂は殆ど聞かないんだよな。近寄りがたい雰囲気があるとはよく聞くけど……。
咲の友人関係をどうにかしてあげたいけど下手に手を出すとかえってよくない事もあるし、うーん、前に鑑定した時の能力的には社交性も問題ない筈なんだけれどな。
「ごめんね、急に。でも今日は帰ったら沢山話そう」
「うん、和希、約束よ」
咲は嬉しそうに笑った。
◇ ◇ ◇
放課後、俺は国木田さんの家に向かって国木田さんと二人で歩いていた。
教室で話を聞くのかと思っていたがどうやら家に来てほしいらしい。
本来ならこの世界だと男が知り合いとは言え女性の家に一人で遊びに行くのはあまり良くないらしいけど、俺は国木田さんみたいな美少女の家なら何時でもオッケーだ。
そして、国木田さんの家に向かう途中、少し話を聞いた。
「今どき珍しくもないんだけれど、私の家も母子家庭でね……」
俺は黙って相槌をうつ。
男性が少ないこの世界では母子家庭は少なくない、俺のこの体の持ち主だってそうだった。
「学校には補助金っていうのがあってそれで通わせてもらってるんだけれど……最近、お母さん体を壊しちゃって仕事もクビになっちゃったんだ。私、このまま……このまま学校に……通えなくなるんじゃ……思って……」
そういって国木田さんは泣き出してしまった。
おぉ……思ったよりもヘビーな内容だった。正直、ただの高校生の俺にどうこうできる問題じゃないな。
でも、こんな女の子が胸のうちに抱えるには大きな問題にやるせない気持ちになる。
「そっか……それで国木田さんは俺にどうしてほしいのかな?」
「和希くん……の占い……すごい当たるって言うから、お母さんを見てほしいと思って、それに少しでも元気になってほしくて、ごめんねこんなに急に」
「ううん、それは全然大丈夫だよ。まかせといて占いには自信があるんだっ!」
なんて安請け合いしたけど正直やばいかも。
鑑定で適職は言い当てることはできるけど仕事の斡旋とかは俺には無理だ。せいぜい、咲の財閥にコネで押し込むくらいか? でも、いきなりこの人入れてくださいって言って入れてくれないよな、普通。それに、仮に適職がハロワとかで応募できる職だっとしても国木田さんのお母さんの年齢は30から40代だろ? キャリアのない人には難しいとか言われそうだ。
「和希くん……ありがとう」
そう儚げに笑った少女の手を俺は無意識に取っていた。
「どういたしまして、でも、俺は国木田さんには、やっぱり泣いてる顔より笑ってる顔が似合うと思うな」
「はわわっ、和希くん手が……」
「俺と手を繋ぐのは嫌?」
俺がそう尋ねると国木田さんは顔を赤らめて若干俯きながら答えた。
「い、嫌じゃないです」
「じゃぁ、もう少しだけこうして歩こうか」
「う、うん、なんかドラマとかで恋人同士がこうしてるのみてずっと夢だったんだ。なんか嬉しい」
「恋人ならこうじゃない?」
そう言って俺は国木田さんと繋いだ手を、恋人つなぎに変える。
「は、はぅ……」
国木田さんはこれ以上ないくらい顔を赤らめて黙ってしまった。
こんな可愛らしい女性と恋人繋ぎしながら下校出来るなんて最高だな。
この世界に来てよかった。そう思いながらもうしばらく彼女と二人並んで歩いた。
◇ ◇ ◇
国木田涼子は彼、氷室和希が転校してきてからの3週間を振り返る。
少し前までは自分がこんなに男性と仲良くなれるなんて思ってもみなかった。
それまでは、何の変哲もない少し退屈だけど、平和な日常がずっと続くものと思っていた。
それが、彼が転校し来てから涼子の日常はとても華やかなものになった。優しく明るい和希は涼子にとって特別な存在になり学校生活が今までとは比べ物にならないほど、楽しいものとなった。
毎日学校に行く前の日の夜には早く明日にならないかな、とか、明日は和希君となにを話そうなどと、楽しそうに和希と話す自分を想像しながら眠るのが日課になっていた。
涼子は和希の傍に居られるだけで幸せだったが、前から体調を崩しがちだった母親が倒れて、仕事をクビになってしまった。
そこからは和希に話した通りで、日に日に暗い表情を浮かべるようになっていた。
そして、涼子を心配した和希は今日わざわざ家まで来てくれる事まで了承してくれた。
その事に涼子は深く感謝した。
――こんなに優しい男性なんて、それこそ物語にだっていないかもしれない。
涼子は最後の思い出に和希と学校から下校する時間を楽しもうと決めていた。
しかし、母親の事を和希に説明するとつい思いがこみ上げてきて泣いてしまった。
そんな涼子を和希は優しく励ましてくれて、今なんて手を繋いでもらっている。
街行くOLや他の学校の生徒が羨ましそうに涼子を見ているが分かった。
この前まで男性は怖いとしか思ってなかったのに和希だけはやっぱり特別で、手を繋いでるだけで心がポカポカしてきて、顔も火照ってしまうし、それに表情が勝手に緩んでしまい和希に見せる事ができないのでやや俯いて歩いた。
しかし、この時間がいつまでもつづけばいいのに、そう思わずにはいられない涼子であった。