第1話 『新生活』
和希は真中和美に連れられて真中財閥の所有する屋敷の一室に通される。
「今日からここが和希くんのお部屋です」
今日から和希の部屋になると言うその一室はとても綺麗な内装に家具なども揃えられていた。今まで西宮財閥が用意してくれていた和希の部屋より少しだけ広いように感じる。
「ここが……今日から俺の部屋」
「はい、和希くんの新生活のスタートですね。足りない物があったら遠慮なく言ってください。それから紹介したい方たちがいるのですが良いでしょうか?」
和希は軽く頷くと、真中和美は部屋の外に合図を送る。
すると短いノックの後、三人の人物が部屋に入ってきた。
「失礼します」
三人のうち二人はメイドの格好をしている女性、もう一人は和希の知る人物だった。
「ハーイ、和希元気でしたか?」
「リナ?!」
それは和希のクラスメートであり世界的歌姫と呼ばれるアリナ・エヴァノフだった。
「ふふっ、驚いてるね」
リナは悪戯が成功したような表情を浮かべている。
「当然だよ、リナはどうしてここに?」
「私のスポンサーは真中財閥ですよ? だからお屋敷でお世話になっていたのです。それより和希こそ西宮を追い出されたと聞きましたが大丈夫ですか?」
リナのその問いに和希は目を少しそらしつつ色々あってねと答える。
「まったく西宮もひどいです、和希みたいな男の子を追い出すなんて!」
「リナ、俺の為に怒ってくれてありがとう。でも、俺が悪いんだ……」
「そんなことありません! それに、どんな理由があったとしても和希を追い出すなんて信じられません!」
リナの勢いに少し驚く和希。
「リナ、落ち着きなさい」
かずみに窘められるリナ。それでも納得のいかない様子だ。
しかし、かずみはそれを無視して更に続ける。
「それで、リナの紹介はいいとして……こちらが和希くんの専属メイドになる今川佳賀里です、年齢は和希くんと同じだから遠慮なく申し付けてね」
メイド服を着た女性のうちの一人である今川佳賀里と言う少女は一歩前にでて和希に一礼する。背は150センチ程だろうか、同学年と言うには少し幼く見えるがとても可愛らしい少女だった。
専属メイドと聞いて西宮でお世話になったメイドの河内が頭をよぎるがすぐに振り払うように強く思う。
――これ以上、西宮には迷惑はかけられない。西宮での出来事は忘れるんだ……。
「……今川佳賀里です。私は、これから和希様の一番のメイドになります。気軽にカガリと呼び捨てにしてください」
「宜しく、カガリ」
そう言って和希はカガリに手を差し出す。
カガリは一瞬だけ呆けた様子だったがすぐに和希の手を取って握手をした。
「そして、もう一人のメイドは私の専属メイドの真鍋と言うの。私が最も信頼する女性です。私が和希くんに会えないときは真鍋に言伝を頼むこともあると思うので覚えておいてください」
「真鍋です、よろしくお願いします」
真鍋はそう言うと和希に綺麗なお辞儀をした。
彼女はモデルのようにすらっとしており、顔立ちも綺麗で立ち姿も美しい女性だった。
「宜しくお願いします、真鍋さん」
和希は真鍋とも握手を交わす。
「それで和希くん、これからのことなのですが……」
かずみがそこで一瞬言いよどむ。
「迷惑かけてごめん、かずみ。これから……俺はどうすればいいんだろう」
学校の学費から芸能活動まで今までは全て西宮財閥がサポートしてくれていた、しかし今後はそうはいかないだろう。
「迷惑なんて全然思っていませんよ」
そう言って和希の手を取るかずみ。
「一緒に考えていきましょう、これからの事を。私はいくらでも付き合いますよ和希くん」
「ワタシだっています、和希! いくらだって頼ってくれ良いんです!」
そう言ってリナは和希に抱き着く。
「私も和希さまの為に……一緒に悩んだり考えたりします!」
そう言って和希の専属メイドになったばかりのカガリも気合を入れる。
「和希さま、何か心配事や、気がかりがあれば、カガリをはじめ私たち真中のメイド一同に何なりとお申し付けくださいませ。全力で解決にあたらせて頂きます」
「みんな、ありがとう……」
「それで、とりあえずなのですが学校を転校しませんか?」
かずみのその発言に思わず声をあげる和希。
「転校?! でも、俺は……」
「西宮咲さんと顔を合わせ辛いでしょうし……どうせなら、私と同じ学校に来ませんか? 学費なら心配しないでください、編入試験も和希くんなら……きっとクリアできます!」
咲の名前を聞き一瞬だけ表情が曇る和希。
――西宮財閥を滅茶苦茶にした俺がどんな顔して咲に会えばいいんだ……。
だから和希は選択してしまう。西宮から、咲から逃げる事を。
「お願い……してもいいかな?」
それを聞いたかずみは花が咲いたような笑顔を浮かべる。
「はい! もちろんです」
「和希が転校するならワタシも転校します! いいですよね、カズミ?」
リナがかずみに迫る。
「はぁ……貴女は言い出したら聞かないでしょう」
「当然です、これでまた和希と一緒です!」
「全く……それと折角なのでカガリも和希くんのサポートとして学校に通いなさい」
それを聞いたカガリはとても嬉しそうな表情をした。
「わ、私も通っていいんですか?! ほ、本当に?!」
「えぇ、そのかわり和希くんに尽くすのよ」
「もちろんです! 夢が……私の夢が叶います。ありがとうございます、ありがとうございます!」
とても嬉しそうに涙を浮かべるカガリ。
それを少しだけ不思議そうに見ていた和希にリナが小さな声で説明する。
「カガリはあまり裕福な家庭の生まれじゃないから高校に通えなかったみたいです。真中で働いてそのお金で将来学校に通いたいって言っていたのです」
その発言で和希は自分がいかに恵まれているかを思い知った。
「私、頑張ります。仕事も勉強も! 和希さまに認めてもらえるような立派なメイドになって、かずみ様に恩返しします」
そんなカガリの様子にかずみは満足そうに頷く。
先輩メイドである真鍋もカガリに頑張るんですよと笑顔で伝えていた。
「カガリが喜んでくれて私も嬉しいです。それで、和希くん芸能関係の仕事のマネジメントも真中に任せてくれませんか? 実は既に西宮には連絡していて……先方からは和希くんの自由にしてくれてよいとのことです」
和希はその言葉に自分は本当に西宮から追放されたんだと思い胸が痛んだ。
そして、同時に真中にそんなに甘えてしまっていいのだろうかと思い悩む。
そんな和希の様子に、かずみは頬を膨らませた。
「和希くん、また私に、真中に迷惑がかかるとか考えていませんか? 私は和希くんのお仕事のお手伝いが出来て嬉しいんです。だからそんな事考えないでくださいね」
「ありがとう、かずみ」
かずみの言葉に和希は穏やかな表情を浮かべる。
しかし、そんな和希の表情はかずみの次の発言ですぐに驚きに代わるのだった。
「はい、それでいいんです! それで早速ですが、許可がでたらお仕事しませんか? CMにでましょう。必要な書類などは真中が全て揃えておくので和希くんはサインだけしてくれれば問題ありません」
かずみはにこやかにそう告げる。
「それならワタシも一緒にCMに出ます! そしてゆくゆくは和希と――」「アリナ」
リナの言葉に被せるようにかずみが発言を遮った。
「アリナ、これは遊びではないんです。CMは短いとはいえ、きちんと演技が出来ないといけません」
「カズミ、分かっています。ワタシだって和希ほどじゃないけどきちんと演技できます。だから、チャンスをください」
「はぁ……仕方ないですね。アリナも有名人ですから、スポンサーの真中がアリナを推せば大丈夫でしょう。でも、もし監督やスタッフがダメだと判断したら降りて貰いますからね」
「スパシーバ! カズミ、ありがと! 和希、一緒に頑張りましょうね!」
リナは和希に抱き着きながらぴょんぴょん跳ねて喜んだ。
こうして和希の真中財閥での初仕事が決定した。




