第23話 『一緒に帰りましょう』
和希は西宮のビルを出た後、あてもなく街をフラフラと歩いていた。
ビルを出る時に安藤からこれからしばらく生活できる場所に車で送ると言われた。しかし、和希はそれを断り自分で歩いていくと安藤に言い、新たな住居の地図などを貰ったが、和希はそこでお世話になる気になれなかった。
――この世界に来たばかりの俺は能力になれる事ばかり考えていてその影響を全く考えていなかった……。
それどころか、浮かれていた。結果的に沢山の人に迷惑をかける様な事に、それも一番お世話になっていた咲の迷惑に……俺は……。
和希の顔色は悪く、足取りは重い。
和希は自責の念に押しつぶされそうになっていた。それでも、歩き続けなくてはならない。少しでも遠くに、西宮から少しでも離れたかった。
咲や専属メイドの河内に会って謝りたかった。しかし、それすらも和希には許されなかった。
街をトボトボと歩く和希の姿はとても目立っており多くの女性が和希に気が付いていた。
「ねぇ、あれって……」
「和希くん?!」
「なんでここに?!」
「何かのイベントかな」
「は、話しかけていいのかな?!」
「あ、あんた話しかけてみてよ」
「えぇ?! なんか怖いボディーガードが何時もついてるって話じゃなかった?」
「でも、今はいなそうだよ? もしかして、チャンス?!」
「よ、よし、私行ってみる!!」
何時もならすぐに気づく和希だが今日はちょっとした騒ぎにもなっているにも関わらず、全く周りの声が聞こえていなかった。
「ねぇ、キミ、氷室和希くんだよね。大丈夫? 具合わるそうだよ? よかったら、そこのホテルとかの部屋で休憩していく? あっ、お金とか全然心配しなくて大丈夫だよ。私が払うから、なんだったら――」
「ちょ、ちょっと、何アンタ抜け駆けしてんのよ!」
「はぁ? アンタだれよ? 今私は和希くんと話してるの邪魔しないで!」
「ねぇ、和希くん暇なら私達と遊ばない?」
「ちょっとあんた達も抜け駆けしようとすんな!」
和希が気が付くと沢山の女性に囲まれており、和希は逃げるに逃げられない状況になっていた。
「す、すみません、俺は今そんな気分じゃないので……」
「キャー和希くんが喋った!!」
「本物の和希くんだ!!」
周りに集まってきた女性たちは大騒ぎで和希の話なんて聞いていなかった。
そして、和希の周りに集まった女性の中には無理やり和希の手を掴む者まで現れた。
「ねぇねぇ、いいじゃん遊びにいこうよ」
「ちょっと、そこ、何してるの?!」
「手を離しなさいよ!!」
「ちょっと、そこの集団! 何してるの?!」
女性が騒ぎを起こしている所に警察官が駆けつけてきた。
それは偶然ではなく安藤が和希を心配して付けていた監視員が通報したからなのだが、和希がそれに気づくことはなかった。
「男性が襲われそうになってると通報がありました。すぐに男性から離れなさい!」
「げっ、警察!」
「に、逃げろっ」
「わ、私はただ見てただけだから!」
和希は周りの女性たちが離れた隙に一目散に駆け出した。
ここで警察に保護されてしまっては西宮に連絡が言ってしまうかもしれない。そしたら、また咲に迷惑が……それだけは避けたかった。
「あっ、ちょっと――!」
「和希くんが行っちゃったー!」
◇ ◇ ◇
それから和希は何処をどう走ったかなんて覚えていない。
ただ、我武者羅に走り続けた。
日が落ちかける夕方になった頃、和希は疲れ果てて足を止めた。
そして偶然目に入ってきたのは、かつてこの世界に初めて転移して来た時の公園だった。
和希は誘い込まれるようにその公園へと歩き出す。
もう、咲に迷惑をかけられないという気持ちと裏腹に、もしかしたら、あの公園で待っていたら咲がまた迎えに来てくれるのではないかという淡い期待を抱きながら。
公園に足を踏み入れると、そこは夕方という事もあり子供たちの姿もなく無人だった。
和希は公園のブランコに座る。
「結局、ここに逆戻りか……」
和希はこれからどうしようかと考える。
行く当てなんか当然ない。こういう時に、東間聡などの友人を頼りたくなる弱い心をなんとか押しとどめ、俯く。
このままではいけないと思い、なんとか自分を慰めようと前世の曲を口ずさむことにした。
「~♪」
こんな時に口から出てくるのは明るい曲ではない、何となく心に寄り添ってくれるような曲を選んだ。
それでも、和希の心は晴れる事はない。
どこで間違ったのだろうか、神が和希に鑑定スキルさえ与えなかったら、和希が鑑定スキルを使わなかったら……そんな事ばかりが頭の中をぐるぐるとめぐり始める。
西宮の屋敷で過ごした、咲や河内や安藤と楽しく穏やかだった日々の思いでが蘇り、胸が痛い。
こんな能力初めから無ければよかったんだ、こんな鑑定能力なんていらなかった。
「~♪ ……」
歌が終わっても全く元気が出ない。
自然と涙がこぼれ落ちそうになるのを必死に堪える。
ぱちぱちぱち――。
すると突然、誰も居ないと思っていた公園から拍手がおこる。
「えっ?」
和希は音のした方に驚いて視線を向ける。
そこには和希と同い年くらいの少女が一人立っていた。
「いい曲ですね。でも、こんな時間に男性が一人でいると危ないですよ」
それは奇しくもこの世界に初めて来た和希と咲の会話に似ていた。
「こんな所でどうしたんですか? 体調が悪いのでしたら病院までお送りしますよ」
当然、和希は少女との会話にデジャブを感じた。
そういえば、咲と初めて会った時そんな会話をしたっけ。
「病院は大丈夫かな」
少女は和希の言葉を聞くとそうですかと言って和希の隣のブランコに腰かける。
「それで、どうしたんですか? 貴方は有名なんですから本当に一人でいると危ないですよ。お家までお送りしますから車に乗ってください」
「家ね……家はないんだ。ホームレスってやつかな」
和希はそう言いつつ公園の入り口に視線を向ける。
そこには高級そうな車が止まっていた。
少女は和希の話を聞いて少し驚いた様子だった。
「ホームレスですか……それは大変ですね」
「ごめん、本当は行ける場所はあるんだ。でも、そこでこれ以上お世話になる訳にはいかないからどうしようかと思ってね……」
「そうですか……なら、うちに来ませんか?」
和希は少し考えてから答える。
「きっとキミに迷惑をかけることになるから、それは出来ない……」
「迷惑? そんな事ないです。それに、私が迷惑かどうかなんてどうでもいいことです、私は貴方の力になりたいんです」
そう言って彼女はブランコから立ち上がり和希に笑顔で手を差し出した。
「改めまして、私は真中和美と言います。これでも真中財閥の令嬢をやっています。コンサートでは氷室和美と名乗りましたね、占いもしてもらったんですけれど覚えてくれていますかね?」
「あぁ、覚えてるよ。真中さん」
和希は差し出された手を見つめる。
「よかったです、和希くんに覚えて貰えて嬉しい。それでは一緒に帰りませんか? 私たちのお家に」
そう言って彼女は和希に手を差し出したまま優しく微笑んだ。
「俺は……」
「貴方が私の手を取ってくれるまで絶対にこの手を引っ込めたりしませんよ。行く所がないんですよね? なら私と一緒に行きましょう」
かずみの優しい声に和希は――彼女の差し出した手に手を伸ばしかけて迷う。本当に彼女の手を取っていいのかと。
しかし、途中で止まった和希の手を和美は更に手を伸ばして強引に掴んだ。
彼女の手から熱が伝わってくる。人の手ってこんなに温かかったんだっけ。
「一緒に帰りましょう、和希くん。私は……私を信じてください。」
かずみの優しい言葉に思わず涙がこぼれ落ちた。
これから真中財閥での和希の新しい日々が始まる。
これで二章の前半が終了になります。
次回から二章の後半、真中財閥での生活がスタートします。
良かったらこれからも応援よろしくお願いします。




