第22話 『後継者-2』
その日、和希は咲の専属執事である安藤に呼び止められ一緒に車に乗って出かけることになった。
和希の専属メイドである河内も同行を願い出るも安藤に拒否され引き下がった。
和希は執事である安藤と二人だけで出掛けるのはずいぶん久しぶりだなっと思っていた。
内心ではまた何時ぞやかのように政治家の鑑定をさせられるのではないかと思っていたりもした。
そして数十分後、車は西宮財閥が所有する大きいビルに到着する。
和希は安藤に促されるままそのビルに入り、二人でエレベーターに乗り込む。
安藤がエレベーターを操作しドアが閉まるとエレベーターは動きだす。
エレベーターが上昇する独特の感覚を感じながら、和希は口を開いた。
「あの、安藤さん、俺はなんでここに呼ばれたんですか?」
「和希さまにはある方に会って頂きたいのです」
その答えに和希はやっぱりまた政治家かなんかの偉い人かなと当たりを付ける。
「ある方……ですか?」
「えぇ、西宮財閥の会長である、西宮源一郎様でございます」
その答えに和希はわずかに動揺する。
「それって咲の……」
「源一郎様は咲お嬢様の祖父にあたります。」
和希は一瞬のうちになんで咲のお爺さんが、まさか咲と一緒に住んでる事を咎められるとか? でも、今更だしな、それともずっと挨拶に行かなかった事を怒られるのかなぁ……などと考え少し顔いろを悪くする。
和希が色々と考えているうちにエレベーターは目的の階層に到着したらしくチンッという音と共にドアが開いた。
そして、安藤に案内されて付いていくと豪華なドアが見えてきた。
そのドアの前には黒のスーツを着た警備員と思われる女性が二人立っていた。
そのうちの片方が安藤と和希に気付くと声をかけてきた。
「安藤様、氷室様、中で会長がお待ちです。どうぞ、お通り下さい」
「ご苦労様です」
安藤が警備員と軽く挨拶をしていると部屋の中から秘書と思われる女性が出てきて、ドアを開けて安藤を和希を中へと通す。
和希は軽く会釈してから部屋の中へと入室する。
部屋の中は広いわりに物が少なく来客用と思われるソファーと会長席のデスクだけだった。壁に絵などが飾ってあるが部屋の一部として溶け込んでおりとても調和がとれている、そしてカーペットなどもとても高そうだと和希は感じた。
そしてその部屋では一人の男性が待っていた。
男性は部屋にある大きなガラス張りの窓から外の景色を見ていたが和希たちの入室に気付くと振り返って和希を鋭い眼光で見つめた。
その男性はひげを生やした初老で、着物を着用しておりとても雰囲気がある。
「会長、氷室様と安藤が到着いたしました」
「ふむ、キミはもうさがってくれて大丈夫だ。」
声は渋さもあるがとても良く通る声だった。
男性に声をかけられた秘書の女性は深くお辞儀をした後、退室していった。
「それで、キミが氷室和希くんかね」
「は、はい、すみません、今まで西宮財閥のお屋敷でお世話になっておきながら挨拶もできず……」
「気にしなくていい、安藤もここまでの案内ご苦労だった。」
そう言って男性は安藤を労いながら和希に部屋にあるソファーへと促す。
和希は失礼しますと言ってソファーに腰かける。
その和希の正面の席に男性が座り、和希と数秒視線を交わす。
和希は目をそらしたい衝動にかられるがなんとか耐える。
10秒ほどそれが続いたところで男性が口を開いた。
「自己紹介がまだだったね、私は西宮財閥会長、西宮源一郎と言う」
「はい、存じております」
源一郎は口調こそは柔らかいがその視線は和希を射抜くかのような鋭い物だった。
「さて、氷室くん。今日ここにキミを呼んだのは他でもない、西宮の次期会長……後継者の話をしたいと思ってね」
「後継者……ですか?」
「あぁ、今西宮では咲とは別にもう一人後継者候補がいるのを知っているかね」
「はい、とても優秀な方だと聞き及んでいます」
でもそれと自分に何の関係があるのだろうかと和希は考えた。
もしかすると、鑑定でその後継者をみろという事なのだろうか。
しかし、和希のそんな思考は源一郎の次の言葉で吹き飛ばされることになる。
「そうか、単刀直入に言おう。その後継者とはキミだよ、氷室くん」
「は?」
和希は思わず首を傾げながら声を出してしまう。
「氷室くん、今西宮財閥の中ではキミを次期会長として推すものが多い。それもかなり力を持った人物達がだ」
「ちょ、ちょっと待ってください、なんで俺が?!」
「キミに覚えはないかね?」
「な、無いですよ。俺は西宮ではたまに安藤さんに教えてもらって執事の真似事をしているだけですし」
「そうか、キミは西宮の屋敷に来たばかりの頃、屋敷に使用人の配置換えを要求したね」
和希は当初、鑑定スキルの練習の為に多くの使用人にスキルを使用したことを思い出す。
「い、いえ、要求と言うかあれは……」
「安藤から報告があったが、キミはどうやったのか他の財閥から送り込まれていたスパイなども見抜いたらしいではないか」
その言葉に和希は言葉を紡げなくなり、生唾を飲み込む。
「氷室くん、キミが導いた人材たちは今では西宮財閥にとってとても替えの利かない人材へと変わったよ。そして、その多くが上司や同僚、部下を説得しキミを西宮の次期会長へと推している」
和希はこの言葉を聞いて自分がとんでもない事をしていたことに今更ながら気づくのだった。
「それだけではない、芸能界で活躍するキミは多くの人を惹きつける。キミの輝きに魅せられた者達もまたキミの支援者だ」
和希は動悸が激しくなり呼吸も少し荒くなる、そして頬には冷や汗が伝う。
「このままでは西宮財閥はキミの派閥と咲の派閥で真っ二つに割れてしまう。いや……そうではないな、正直に言おう。咲よりキミのを推す声の方が多いと。そこで、今ここで氷室くんには選択してもらいたい」
「選択……ですか?」
「あぁ、西宮の次期会長になるか、ならないかという選択だ」
「そ、それなら――」
和希の答えは決まっていた。
咲の夢を潰すわけにはいかない、潰さなくて済む、その選択ができるならそれにすぐにでも飛びつく。
「だが!」
和希が言葉を発しようとした瞬間、源一郎の空気が震える様な声が和希の声を遮るように言葉を紡いだ。
「氷室くん。キミが会長にならない場合は、キミにはこの西宮財閥から出て行ってもらう。理由は言わなくても分かるね」
それは恐らく、和希が西宮にとどまれば和希を次期会長へと担ぐ者達がいるという事なのだろう。
「もし仮にだが……キミが会長になった場合は咲に西宮を出て行ってもらう。ここに残れるのはどちらか一方、西宮財閥の後継者のみだ。こんなことを突然言われて戸惑うのは分かる。そして、このような形で伝えることになった事も謝罪しよう。しかし、私は咲より氷室くん、キミの方が後継者に相応しいと判断した。だから、氷室君が後継者になるのなら我々は最大限のサポートをすることを約束しよう」
「俺は……」
「悪いがあまり時間を与えてあげる事もできない。今の西宮の後継者問題はそれほどまでに猶予は残されていないんだ。こんなギリギリな状況で説明したことを心からお詫びする」
西宮源一郎は和希に頭を下げる。
「今、ここで返事を聞かせてほしい」
そして彼は和希に決断を迫った。
和希が出せる答えは初めから一つしかなったと言うのに。
◇ ◇ ◇
和希が退室した部屋で西宮源一郎はふぅっと息を吐き出す。
「安藤、私は孫に、咲に甘いと思うかね……? 氷室くんが出す答えなど初めから分かっていた。それでも私は彼に残酷な決断を迫った。しかし、そこまで後継者候補の問題は深刻化していたからだ」
執事長である安藤は会長である源一郎の言葉をただ黙って聞いている。
「私は汚い大人だ、咲がこの西宮を継ぐ確率が最も高い方法を選らんだ。だが、それに対して後悔はしていない。しかし、彼が去った後も西宮の内部は荒れるだろうな。安藤、どうか、咲を支えやってくれ」
安藤はそれに深くお辞儀をして返事をするのだった。
◇ ◇ ◇
その後しばらくして安藤は一人で車にのり西宮の屋敷へと帰ってきた。
そこに和希の姿はない。
安藤が西宮の屋敷の玄関のドアを開けると、安藤の帰宅に気が付いた、咲と和希の専属メイドだった河内が駆け寄ってくる。
「安藤さま、おかえりなさいませ」
「おかえりなさい、安藤。和希と出かけてたの? それで、和希はどこかしら。今日は和希と久しぶりに遊ぼうと思ったのに出かけちゃうなんてひどいわ。でも、そのかわりにこれから一緒に夕飯を食べて寝るまで一緒にいてもらうけれどね」
咲はにこにこと笑顔で楽しそうにこれからの予定を語っている。
安藤はこれから告げる残酷な現実に胸を痛めながらも出来るだけ声色を穏やかに咲に話しかける。
「ただ今戻りました、咲お嬢様。それと、和希さまはお戻りになりません」
今まで笑顔だった咲が和希が戻らないと言われてしかめっ面になる。
「戻らないってどいう事? 夕飯は一緒に食べられないのかしら? それとも何かトラブル?」
咲は心配そうに安藤に詰め寄って聞き出す。
「咲お嬢様、和希さまは、ここ、西宮を……咲お嬢様の元を去りました」
その話を聞いた、咲と河内は目をわずかに見開き驚く。
だが、咲はそんな事をすぐには信じられない。
「えっ……? 嫌だわ、安藤、あなたでもそんな冗談言うのね。でも笑えないわよ」
安藤は真っすぐに咲の瞳を見る事が出来ない。それでも、咲に安藤は事実を告げなくてはならない。
「冗談ではありません……。和希さまはここを出ていかれました」
「う、嘘よ! だって、和希は私が西宮の会長になるまでずっといてくれるって、ううん、会長になってもそばに居てくれるって約束したもの。和希が私の元を去るわけがない、出ていくはずがないわ!!」
「安藤さま、何があったのですか……?」
今まで黙って聞いていた河内もたまらず安藤に問いかける。
「そうよ、何か理由があるはずよ、安藤、説明しなさい! 和希が出て行かなくちゃならない理由があったんでしょ?! それを解決すれば和希はすぐにでも戻ってくるわ」
咲は安藤に詰め寄り、理由を聞き出そうとした。
「和希さまが……もう一人の西宮の後継者候補だったのです」
咲は安藤の言葉をすぐに理解する事が出来なかった。
「和希が……西宮の後継者候補? それこそ、何の冗談よ……」
「本当の事です。このままでは、西宮財閥は咲お嬢様の派閥と和希さまの派閥で二つに割れてしまいます、なので私と会長は和希さまに西宮を出ていくように説得したのです」
安藤はあえて自分が悪役になる事を選んだ。
それが和希をここから、咲の元から追い出してしまった自分への罰なのだと。
「和希さまには、通帳や少しのお金を入れた鞄など必要最低限の物だけを渡して出て行っていただきました。携帯に連絡しても無駄ですよ……西宮で支給した物は殆ど回収しましたので」
「ひ、酷いわ! 和希をそんな状態で放り出すなんて!」
「全ては咲お嬢様が西宮の会長になるために必要な事なのです。西宮に後継者は二人も要らないのです」
咲はただをこねる子供の様に顔を横に振り安藤の言葉を否定する。
「嘘よ……嘘、だって、和希が西宮の後継者候補だなんて誰も教えてくれなかったじゃない! 和希がここから出ていくくらいなら、私は会長になれなくたっていい。和希と一緒にいられればそれでよかったのに……どうして」
「咲お嬢様、貴方は会長になるべきお方です。今は和希さまの事より西宮財閥の事をお考え下さい」
咲はその綺麗な青い瞳から大粒の涙を流す。
「嫌よ……そうだ……探しに行かなくちゃ、和希を。きっと一人で困っているに違いないわ。和希は私が支えてあげないといけないの……」
咲は幽霊の様なフラフラとした足取りで玄関を出て行こうとする。
それに付き従う様に動く河内。
「お前たち、咲お嬢様を御止しろ」
安藤の命令に屋敷に使用人たちが咲を慌てて追いかける。
「河内、お前は何をしている!」
安藤に声をかけられ河内は体をビクリと揺らす。
「咲お嬢様を御止する立場にある我々が一緒に出て行こうとするなど……」
「し、しかし、私は和希様の専属の――」
「元だ。和希さまは既に西宮を出られている。河内、お前は誰に雇われているのかを自覚しろ。……いや、お前はもういい。今日は休んでいなさい」
「っ……申し訳ありませんでした」
河内は自分の無力感に苛まれながらもなんとか頭を下げた。
安藤は未だ騒然とする屋敷内を見ながらひとり心の中でため息をつく。
――これはまだ始まりにすぎないのですね。やぱり、和希さま、貴方の影響力は途轍もないものでした。
次のお話で二章前半が終了です。




