第21話 『後継者』
コンサートが終了し西宮の屋敷に帰ってきた和希は、西宮財閥の令嬢である西宮咲と一緒に夕食を食べていた。
「今日のコンサート本当にすごかったわ。和希が歌っている間はずっと聞き入っちゃうくらいだったのよ」
咲はチャリティーコンサートの和希の歌をとても興奮した様子で語っていた。
「本当? 実は自分でも殻を破れたんじゃないかって思う出来だったんだ」
「えぇ、本当にすごかったわ。私も感動しちゃったくらいだもの」
二人が他愛無い会話をしているとテレビから今日行われた、チャリティーコンサートのニュースが流れ始める。
『今日は高野亜里沙さんのチャリティーコンサートが都内のコンサートホールで行われました。そこにゲストで登場したのがこの二人、氷室和希くんとサー・イトゥーさんです。サプライズで和希くんが観客の方を占ってくれて、とても会場が盛り上がっていました。しかし、全員とはいかず、数人でしたが占ってもらえた方はとってもラッキーでしたね。それでは和希くんのインタビュー映像をどうぞっ!!』
その後、テレビでは和希が受けたインタビューの映像が流れる。
高野のコンサートがメインの話題のはずなのに和希の話題ばかり話していていいのだろうかと和希は考えるがこの男が貴重な世界では仕方がないのかもしれない。
画面には和希が笑顔を浮かべながら映りリポーターの質問に答えている。
「今日は沢山の方に会場まで来ていただけてとっても嬉しかったです。また、ファンの方とこういった形で交流できてとても貴重な経験が出来たと思います」
「会場に来たがっていたファンはもっとたくさんいたと思いますよ。チケットは即完売でしたから」
「そうですね、またこういう機会を頂ければ出たいと思います。その時は皆も俺に会いに来てね。もっと沢山の人を呼べるような場所で歌えるように頑張るから」
そう言ってテレビの中の和希はカメラに向かって手を振っていた。
そして、画面は切り替わりインタビュー映像からスタジオのアナウンサーの映像に切り替わる。
アナウンサーの表情は目を細めて夢を見ているかのようにうっとりとしたものになっていた。
『はぁ~、こんなカッコいい男の子に微笑まれたら女性としては惚れてしまいそうですね……。おっと、それでは和希くん……スパノバとピアニストの高野亜里沙さんが演奏しているVTRもございますので、どうぞ』
すると今度は和希たちが最初に演奏した曲『PRIDE』が流れる。
和希は歌っているときにも手ごたえを感じていたが、こうやって改めて自分の歌を実際に聞いてみると中々いいのではないかと思ってしまう。
「和希はこの短い期間で本当に歌が上手になっていくわね。もう、プロ並み……いいえ、プロ以上の歌唱力じゃないかしら」
「ありがとう、咲。でも、まだまだだよ。もっと練習して今度の歌のオーディションは絶対に合格したいんだ」
「そっか、和希も頑張ってるのね。私も負けてられないわ」
そう言う咲は久しぶりにとても穏やかな表情だ。
和希はその咲の表情から後継者問題で何か進展があったのだろうかと考える。
「咲、何かいい事でもあった?」
「えっ? う、うん、実はお爺様が後継者問題で西宮財閥が割れない様にしてくださるって言ってくれたの。だからもうすぐこの問題も解決するわ」
「へぇ、咲のお爺さんが……。よかった、でも、もう一人の後継者も凄い人みたいだからね、油断はしちゃダメだよ。だけど咲も凄い人だからね、絶対西宮の会長になるって信じてるよ」
「そうね……それが私の小さいころからの夢だもの。譲る気はないわ」
そう言って和希と咲は笑い合う。
「俺は歌手になって、咲は西宮の会長になる。お互いの夢を叶えよう」
「えぇ、約束よ。もし、お互いの夢が叶ったら……」
「叶ったら?」
「ふふっ、なんでもないわ」
「えぇ?! なんだよ、気になるから言ってよ、咲」
「じゃぁ、お互いの夢が叶ったら和希は私の言う事をなんでも一つ聞くの、いいでしょ?」
「それって咲にしかメリットないじゃないか。まぁ、でも俺に叶えられる範囲でって条件ならいいよ」
「本当? 約束よ、絶対忘れちゃダメだからね」
「あぁ、分かったよ。約束だ」
そう言って和希と咲は指切りを交わす。
それはとても小さく細やかだけれどとても幸せな時間だった。
◇ ◇ ◇
【氷室和希】スパノバを応援するスレPart182【サー・イトゥー】
86:
いやー、今日のコンサートすごいよかったー。
90:
コンサートのチケット当たった人いいなぁ。
生で和希くんの歌聴きたかった。
93:
私、夕方のニュースで流れたコンサートの動画を何度もリピートしてるわ。
97:
あれ、和希くんの歌唱力もイトゥーと高野の演奏もすごかったよねー。
生だったらもっとすごかったんだろうなって思って本当にチケット当たらなかったことが悔しい。
100:
確かにそれも羨ましいけど、会場で和希くんに占いで手を握ってもらえると言うイベントがあった事をご存知だろうか。
104:
>> 100
それ……マジ……?
106:
>> 100
男性の、それも和希くんの手を合法的に握っていいだと?
108:
>> 100
嘘だ、嘘だと言ってくれ!
111:
5,6人だったけれど確かに手を握ってもらってたよ。
私は血の涙を流しながらそれを見ていたんだ。
118:
幸運すぎるだろ!!
でも、そいつらチケットが当選しただけじゃなく手まで握ってもらえるとか人生の運を使い切ったレベルだな。
きっと明日事故る。
121:
でも、和希くん占いが趣味だなんてしらなかったなー。
125:
大変、お可愛らしいご趣味です。
128:
占いが趣味の美少年、尊い。
132:
そういえば、私の友達が和希くんの歌が上手くなってる説を唱えている。
135:
実際あれは誰が聞いても分かるレベルで上手くなっているでしょ。
139:
確かに上達してるけど、今回はイトゥーと高野が和希くんの力を演奏で引き出した感じじゃない?
142:
あー、それはあるかも。
あの三人の演奏はもう今後しばらくはないのかー。
147:
【速報】 世界的ピアニストの高野亜里沙が引退または活動休止を宣言。
152:
>> 147
はぁ?! いや、何があったし。
155:
>> 147
いやいや、意味わからん。
えっ? マジで?
158:
>> 147
あれだけの演奏をしておいて引退ってマジ?!
161:
>> 147
え、またスパノバとなんかあった感じ?
ヨシオの再来か?!
166:
ヨシオとか懐かしくって草
また不正があったのか? まさか募金の金を……。
170:
【速報】高野亜里沙、ピアニストの活動を休止してスパノバに加入か?
175:
そっちか!
また不正があって高野が引退させられるのかと思ったわ
177:
テレビ見たらマジで速報でテロップでててビビった。
180:
なんで最後が疑問形なんだよ、ちゃんと言い切ってくれよ。
183:
高野がスパノバ入ったらまたあの演奏が聴けるって事ですね。
186:
いや、でも高野ほどのピアニストがデビュー前のグループに入るってやばくね?
189:
テレビの映像見た感じ、和希くんもイトゥーも実力的にはプロ並み……ヘタなプロ以上なんだよなぁ。
193:
これは今度の歌のオーディションは合格したも同然ですね。
196:
和希くんが歌手デビュー出来るんですか? やったー。
200:
>> 196
まだ、デビュー決まってないから落ち着け。
しかし、並のグループではもう和希くんたちに対抗できないだろな。
出来レースみたいなのは勘弁。
204:
高野の加入か……。
なんか歴史的にすごい瞬間に立ち会っているかのようだ。
206:
やっぱり、和希くんは歌手になるべきだね、前に役者に推してた奴みてるー?
◇ ◇ ◇
街を一望できるほど高いビルの一室にその男はいた。
「それで、咲の様子はどうだ?」
問われた執事の男は淡々と答える。
「はい、後継者候補としては申し分ないかと。ただ……」
執事の男はそこで言葉を詰まらせる。
「氷室和希か……?」
「はい、一定数ですが彼の方を咲お嬢様より次期後継者として推すものがいます。彼の人の才を見抜く目は群を抜いて優れています。彼が屋敷に来た当初、配置移動を要請した人材は替えが効かない程の人物となり幅広く目覚ましい活躍を見せています」
和希が気まぐれで――西宮の使用人の配置移動を安藤に申し出た人物達は和希が思った以上の活躍を見せ今や西宮財閥に大きな影響力を与えるまでに成長していた。
「それで……氷室和希をお前から見てどうだ? お前はどちらが後継者に相応しいと思う、安藤」
問われたのは咲の専属執事、安藤であった。
安藤は自分の一言で咲と和希の運命が決まるかもしれないプレッシャーに冷や汗を流す。
この数カ月、安藤は和希を我が子の様に接し、また執事としての礼儀作法などを教えていた。
和希もたまにだが使用人として働き、その吸収の速さから周りを驚かせていた。
そして、和希自身は自分自身を鑑定できないため知らなかったが神が用意した器は化け物じみていた。
その成長速度はスポンジが水を吸い込むなどどいう可愛らしい物ではなく、砂漠に水を撒くようにいくらでも吸い込み吸収する。
何より親に売られるという不幸だった過去を感じさせないおおらかで温かくまるで陽だまりの様な人柄、絶世の美少年と言っていいほどのルックスと魅力、人を助ける優しさ、政財界の重鎮と意図しなくても何気なく結ぶ縁――そして、何より 人の本質、能力を瞬時に見ぬくような目、その人物に適した――いや、天職とも言える役職を与え人を導くカリスマ性。
実際、彼に配置換えされた人物たちは彼を崇拝しているかのようだった。
自分たちの可能性を広げてくれた和希をそう見るのはしょうがないのかもしれないが……。
安藤自身も和希を実の息子の様に思っている。だからこそ、だからこそなのだ。
互いを思い合う咲と和希の将来が決まるかもしれないプレッシャーに言葉を紡げなくなる。
西宮財閥の将来を思えば能力、人柄、魅力、そしてカリスマ性……。
自ずと答えは出てくるか。
安藤は意を決して口を開く。
きっとこの決断は二人を不幸にすると知っていながらも。
「……氷室和希様が後継者として相応しいかと」
もし、和希がそんな傑物じゃなかったら。
もし、咲が跡取りとしてこんなに優秀じゃなかったら。
安藤はこんなにも悩んだりしなかっただろう。
安藤の答えに初老の男性、西宮財閥会長、西宮源一郎はゆっくりと息を吐き出すように答え椅子に深く座る。
「そうか……ご苦労だった、安藤」
この続きは明日の朝起きてから投稿します。
お昼まで寝てたらすみません。




