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第19話 『コンサート開演-2』

 スタッフが斎藤にギターを持ってくる。

 和希はギターを受け取る斎藤の指が震えている事に気が付いた。


「それじゃぁ、そろそろ演奏に戻ろうか。曲はスパノバの曲、PRIDEやで」


 高野の宣言で曲が始まってしまう。

 ――このままでいいのか? 俺は斎藤さんの相棒なのに何もしないのか? このままじゃきっと――。


「二人とも準備はええかいな?」


 高野が和希と斎藤に最終確認をする。

 斎藤は高野に頷き返し、和希は――。


「待ってください」


「ん? どないした和希くん? なんか気になる事でもあった?」


 和希は一瞬だけ高野に目線で謝り、斎藤の元へとツカツカと歩き始めた。


「どうしたんだい、和希くん? 僕なら心配いらないよ、必ず成功させるから」


 そう言った斎藤の両手を和希は優しく包み込むように掴んだ。

 その時、和希は斎藤の額には汗が浮かんでいるのに手が氷の様に冷たくなっている事に気が付いた。


「斎藤さん、大丈夫です。今日は思い切って失敗しちゃいましょう」


 そう言って和希は斎藤の目を見てほほ笑む。


「な、何を言ってるんだい和希くん?! 今日は高野氏とも一緒に演奏するんだ失敗なんて出来るわけ――それに、芸能界でトップを取るにはここは絶対に失敗出来ない所なんだ」


 和希と斎藤のやり取りは服につけられたマイクが拾っており会場中に聞こえている。

 その様子に会場は少しだけ騒めいたが二人を心配そうに見守っていた。


「大丈夫です。ここで失敗しても、俺は絶対に芸能界のトップを取ります。だから、音楽を、音を楽しみましょう」


 和希は斎藤のカチコチになった指を優しく解いていく。

 斎藤の手は冷たく震えていたが、和希の掌から僅かに熱が伝わっていく。


「だが……僕はキミの足を引っ張りたくないんだ。キミと音楽をずっと続けていきたい、だから――」


「斎藤さん、俺たちは相棒なんです。斎藤さんだけが音楽で辛い思いをしながら演奏するなんて嫌です。もし、斎藤さんの失敗を責める人がいたら俺も一緒に謝ります。だから、今日は思いっきり失敗して、音楽を楽しんじゃいましょう。斎藤さん、前の歌のオーディションの時に俺が緊張で震えてた時言ってくれましたよね、俺が斎藤さんの自信なんだって。俺も同じなんです、どんなどん底にいても二人でなら必ず伸し上がれます。伸し上がれるって俺は信じています。だから、一度どん底まで一緒に落ちちゃいましょう、そしてまた這い上がればいいんです。二人でならどんな失敗だって怖くありません」


 斎藤は和希の言葉に指先の震えが止まった事を感じた。

 そして、今度は逆に心の奥が震える様な感覚を味わっていた。


「いいのかい、本当に失敗してしまっても……? 音楽を楽しんでしまって……僕は今日の演奏を滅茶苦茶にしてしまうかもしれないよ」


「はい、俺が許します。思い切りブチかましてやりましょう」


 和希は斎藤に自分の拳を突き出した。

 斎藤はそれに自分の拳を当てて答え、二人で笑い合う。


「なんや? 蚊帳の外みたいでかなしいな、それと演奏を無茶苦茶にされると困るんやけど」


 高野は二人に若干呆れたように声をかけた。

 しかし、内心では何かが起こるような予感でワクワクしていた。


「すみません、高野さん。ですが今日の俺たちはそれくらいの気持ちでやらせて貰います。ちゃんと、俺と斎藤さんのコンビに付いてきてくださいね」


「誰に物を言うてるんや」


 和希は高野に頷いて、ステージの中央に立つ。

 そして、曲はスタートした。


◇ ◇ ◇


「さぁ、行こうステージへ♪ 僕がこの場所で一番輝けると証明するために♪」


 和希の歌声がホール全体に響き渡る。

 そして、それをいろどるのは高野のピアノと斎藤のギター。


 ホールにいる観客は和希の歌声、そのワンフレーズだけで鳥肌が立つのを感じた。

 和希のファンは、今までとは明らかに何かが違う歌声を聞いて期待する。

 そして、その歌声を包み込む色のない澄んだ水の様に流れるピアノの旋律と、凪いだ海の様にキラリと光り、歌声を盛り上げていくギターの音色が和希の歌声と重なり合い進化させていく。

 この前の生放送で聞いた時もすごいとは思った、けどその時とはまるで別物の出来に誰もが度肝を抜かれる。


 この演奏を聞いて驚いていたのはホールにいる観客だけじゃない、演奏している高野自身も驚いてた。


 ――なんやこれ……リハーサルの時と全然ちゃうやん。


 高野はピアニストとしてオーケストラなどと一緒に演奏する事もあったが、その時と比べ物にならない程、興奮している自分に気が付く。

 一音、また一音と響かせれば斎藤のギターが答えてくれる。それも、高野が思った以上の音が返ってくるのだ、これで興奮しない訳がなかった。

 そして、和希の青年特有の透き通るようで耳ざわりの良い声が響く。


 ――なんやこれ、この感覚、いったい……。


 高野は自分の胸に湧き上がる、演奏が楽しいという気持ちに戸惑っていた。

 そして、冒険をする子供の様にワクワクした気持ちを抑えきれず、手探りながらこの音色ならどう返す、この音色ならどうや? と二人を試す様に演奏をしていく。

 時折、アドリブでメロディーすら入れていく高野に対して斎藤はギターで瞬時に対応しアドリブで返して和希の歌との調和を取る。

 それは高野にとって信じられないほどの衝撃だった。もともと高野は和希の歌を、演奏を壊すつもりはなかった。

 しかし斎藤が絶対に和希の歌の邪魔はさせないと言う強い意志すら感じる演奏で対応してくるためついつい音で試してしまうのだった。


 ――なんや、この斎藤という女、騎士ナイトにでもなったつもりかいな。そないしても、和希くんの歌とうちのピアノの音を聞き分けて瞬時に対応してくるとかバケモンかこいつ……。


 斎藤の視線がチラリと高野に向いた。

 それに高野は軽く頷いて返した。


 ――安心してええよ、もう和希くんの歌を邪魔するつもりはないわ。でも、思いっきり盛り上がるサビではうちも更に本気で行かせてもらうで。


 高野は予め和希たちに渡されていた譜面に多少のアレンジを加えながらも演奏を壊さない程度に調整する。

 高野自身は気づいてなかったが、彼女は今、誰がどう見ても満面の笑みで子供のようにはしゃいでいた。


◇ ◇ ◇ 


 高野の演奏に音で返しながら斎藤も感情が高ぶっていた。

 リハーサルの時はまるで動かなかった指が今は嘘のように軽い。いや、それどころか今までのどの演奏よりも指がよく動いた。


 斎藤のギターの音色はまるで目に見えるかの様に色を持ち和希の歌声を華やかに彩っていく。


 ――和希くん、やっぱりキミは凄いよ。キミと一緒に音楽をやれて本当に良かった。そして、高野氏、キミも楽しんでるんだね、音でわかるよ。


 そして、高野の音が変わった事に斎藤は気が付いた。

 今までその音は和希くんを、そして斎藤を試している。いや、全力で喰いに来ている様な音だった。

 しかし、今は鳴りを潜め、ただ純粋に音を楽しむ子供の様だった。


 ――高野氏、キミも音を楽しんでいるんだね。そのまま多少のアレンジを加えてもいいから譜面に従順に演奏してくれたら僕も楽なんだけれど、きっとサビで一気にくる気だ……。なら、僕ももっとギアを上げないとねっ!!


 斎藤は高野の音に答えるように、いや、二人の音を食い尽くすような音色を奏でる。

 和希はそんな高野と斎藤の音を聞きながら、二人がとても楽しんで演奏している事を嬉しく思った。


 曲もいよいよサビに差し掛かろうとしているが、このままだと斎藤と高野の二人の演奏に歌声が押し負けてしまう。

 しかし、不思議とそうはならないと和希は、いや、三人は確信していた。


 ――すごい、斎藤さんも、高野さんも本当にいい演奏をしてくれている。この二人の演奏があるなら俺はもっといいパフォーマンスを――歌声を出せるんじゃないか?


 和希の心にそういった思いがこみ上げていた。


 ――いや、出せる出せないじゃない、出すんだ。


 和希は今ここで自分の殻を破らなければ、プロになど、芸能界のトップになどなれないという思いが熱く、それこそマグマの様に燃えさかる意志が胸に渦巻いた。


 ――応えたい、この二人の期待に。


 和希がチラリと二人を見れば、斎藤も高野もニヤリと笑い頷く。

 そして和希は気づいた、二人の目にも燃える様な意思が宿っている事に。


 ――ブチかませ、和希くん。

 ――高く飛ぶんや。


 斎藤のギターが音色がホールに響き渡り、いよいよサビだ。


「さぁ、飛び出そう♪ 君がいれば僕は誰より高く飛べる♪」


 そして、和希の歌声がホール全体へと響いた。


◇ ◇ ◇


 その歌声を聞いた観客は胸のドキドキを抑えきれず叫び出したいほどの衝動にかられていた。

 また半数ほどは自然と涙が出てきていた。

 何故かは分からない、だけど、心の何かを刺激されたのは確かだった。


 しかし、誰も涙を拭おうとはしない。自分が泣いている事にすら気づいていないのだ。

 観客はほぼ全員が和希たちの演奏に聞き入っていた。


 このコンサートに来ていたテレビ局のカメラはその光景をただ撮影している。

 そして、カメラクルーである音楽リポーターは和希の歌声に畏怖の念すら覚えていた。


 ――これは、こんな歌声を高校生が、それも男性が出せると言うの……。こんなのもう、プロを超えているわ。それをデビュー前の男性が歌っているなんて信じられない、才能に恵まれているってレベルじゃないわ。才能だけの人間ならいくらでも見てきた、でも、彼、氷室和希はそれだけじゃないというの……。


 和希たちの演奏を聞いてリポーターは嘗て自分がプロの歌手を目指していたことを思い出す。

 

 ――全く嫌になるわね。こんな年にもなってまだ夢を追いかけたくなるじゃない。一度諦めたっていうのに……彼の様な人を見ていると否応なく嫉妬心を掻き立てられるわ。それに胸が熱くなるようなこの歌声、まるで自分の殻を突き破れと言われているかのようだわ。


「しっかり撮っておきなさい。彼は、彼らはきっとすごいグループになるわ」


 そんなリポーターの声すら撮影スタッフのカメラマンは聞こえていなかった。

 なぜなら、彼女もまたその演奏に心を奪われ魅入られていたからだ。


◇ ◇ ◇


 曲も終盤に差し掛かり、和希の歌声がホール全体を満たす。そんな中、ピアニストの高野は焦りにも似た感情を覚える。


 ――待って、待ってくれ、まだ終わらんといて。もう少しでなんかが掴めそうなんや。


 この曲の最後は斎藤のギターではなく高野のピアノが主旋律となる。

 高野の指が鍵盤を叩くたびに色のついた音が飛び出す。


 高野の奏でる旋律に観客の心はぐっと演奏に引き込まれる。

 高野は必死に鍵盤をたたくことだけに集中しているが、昔父親に言われた言葉が頭をよぎる。


「亜里沙、いつか亜里沙だけの演奏を見つけられたらキミを迎えに来るよ」


 そう言って高野の父親は家を出て行った。

 世界一のピアニストになれば父親が迎えに来てくれる、そう信じて高野は来る日も来る日もピアノの練習に明け暮れた。

 そして、海外のコンクールでも優勝し、いつの間にか世界的ピアニストと言われるようになっていた。


 そして、世界のすごいピアニストたちが出場する由緒正しいコンクールでも優勝し、日本に帰ってきて今度こそ父親が迎えに来てくれるそう信じていたが父親が現れる事は無かった。 

 それでも、諦めきれずに昔、父親と住んでいた近くにある駅のピアノで演奏もしてみたが父親らしき人物は現れなかった。

 失意を悟られない様に最後の曲の演奏を終え帰ろうとした時だった、誰よりも大きな拍手をくれた男性が現れたのだ。

 その人物は、高野より少し年下の男の子で高野の父親よりだいぶイケメンだったが。

 父親ではなかったけれど、そのキラキラとした瞳は今でも忘れなれない。

 演奏してよかった、心からそう思えるほどに彼は一所懸命に高野の為に拍手をしてくれていた。


 ――和希くん、覚えてへんかもしれんけど駅前の演奏で拍手をくれて、うちはキミに感謝してんで。もう父親を追いかけるのは止めよう。キミと二度目に会うた時、恥ずかしゅうてサー・イトゥーに絡んでしまったけれど、これからはウチはウチだけの音楽でキミと音楽をやっていきたい。

 こんなに心躍る演奏ができるなら、こんなに楽しい音があると知ってしまったら、もう孤独だったピアニストには戻れへん。

 それでええよな? とーちゃん。


 最後の音色が高野のピアノから優しく響いて演奏は終了する。

 三人の演奏はお互いを高め合い、そして、あまりにも卓越しすぎていた。


 会場にいる観客は演奏が終わったのに微動だにする事が出来なかった。

 演奏以外の音を聴くことを嫌い、拍手すら起こらなかったのだ。


「……えっと、終わりです。どうでしたか? 楽しんで頂けましたか?」


 そんな無反応な観客に和希は若干戸惑いながらも声を出す。

 そして、観客はお互いの顔を見合ってからようやく演奏が終わったのだと理解する。

 それからパラパラとまばらな拍手があり、和希と斎藤、そして高野が頭を下げた。


 それを見た観客から突如割れんばかりの拍手と歓声が挙がる。 


「和希くん、すごかった、すごかったよー」

「鳥肌物だったよね」

「私、演奏の間、息してたかな?」

「やばい、なんかよく分かんないけどやばかったよね?!」

「私、今日来てよかったー」


 観客たちは近くの観客同士で口々に感想を言い合っていた。

 その様子を見てようやく演奏をした三人は安堵した。


こうしてチャリティーコンサートは大成功で終わったのだった。

感想、評価、誤字報告などいつもありがとうございます。

何事もなければ次回は来週の金曜か土曜にまた更新します。

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― 新着の感想 ―
[一言] 何事かあったんか...
[一言] 読んでて楽しいです 頑張って下さい
[一言] 面白かったっす!(ノ≧▽≦)ノ
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