第17話 『チャリティーコンサート当日』
チャリティーコンサート当日、既にリハーサルを終えて控室で待機していた和希と斎藤。
しかし、そわそわして落ち着かないのか、控室の中をうろうろしている和希に斎藤が声をかける。
「和希くん、どうしたんだい? 落ち着かない様子だけれど」
「あっ、すみません。気が散っちゃいますよね」
「それは大丈夫だけれど、何かあったのかい?」
「実は――」
和希は斎藤に作詞担当になるかも知れない人物が見つかった事を伝える。
それを聞いた斎藤は何度も頷く。
「ほう、そうだったのか。でも、その人物が今日来てくれるか分からなくてそわそわしてると……」
「はい、行けたら行くって言われてしまいまして」
「なるほど、しかし、今まで通り和希くんが作詞しても問題ないんじゃないかい?」
「まぁ、そうなんですけど……」
和希は若干気まずくなり、斎藤から目線を逸らして答える。
「でも、斎藤さんも彼女の詞を見たら驚くと思いますよ。俺が歌ったメロディーにすぐに作詞してくれたんですけれど、此方の要望通りでクオリティーも凄く高いんです」
「えっ? 和希くん、また新曲作ったの? 聞かせてよ」
斎藤の興味は詞よりメロディーに移ってしまったらしく目をキラキラと輝かせていた。
「えぇ、このコンサートが終わったら聞いてください」
「なんだ、それまでおあずけか。まぁ、それは良いとして和希くんとしてはその子に作詞してもらいたい訳だ」
「そうですね、作詞家は彼女以外に考えられません」
「和希くんにそこまで言ってもらえるなんて、なんとも羨ましいね、その子は。そろそろお客さんが入場してくる時間だし、そんなに気になるならちょっと様子を見てきたら? ここでそわそわしてるよりいいでしょ」
「そうですね、少し様子を見てきます。斎藤さんはここにいますか?」
「あぁ、少しここで曲の練習してるよ。それと、行くなら河内氏に連絡してからにしなよ」
「分かってますよ。子供じゃないんだから……」
◇ ◇ ◇
私の名前は山本かのん、11歳の小学五年生だ。
突然だけれど、私の話をしたいと思う。
私の家は2年前の自然災害で突然無くなってしまった。大雨がふり土砂崩れにあい大量の土砂によって家が潰されてしまったのだ。
幸い、家族全員で私の通う小学校の体育館に避難していたので無事だったけれど……。
当時から裕福とは言えない暮らしだったけれど、家がなくなってからはそれはもう酷いくらしだった。
なんとか、母と小さな妹と共に仮設住宅という家に移り住むことが出来たが、雨漏りはひどいし、カビもひどい。学校の制服もみんなダメになった。
母が教えてくれたが仮設住宅と言うものは一時的な物で長期間の住居として作られていないので仕方がないらしい。
まぁ、住居があるだけ有り難いのだけれど、学校の制服がダメになったのが辛かった。
私一人だけ皆と違う私服で通う事になり、その私服もやはりすぐにカビが生えたりするのでボロボロになる。
学校で嫌がらせを受けるには十分な理由だった。そして、私は母に学校で嫌がらせを受けるのは新しい家を用意できない母のせいだと言った。
すると、母は涙を流しながらごめんねと私に謝っていた。
でもその時に思った、辛かったのは私だけじゃなくて母も同じだったのだと。
母の会社に来ていくスーツだってカビでダメになっていたのに、私の学校に着ていく私服などを優先して買ってくれていた事を思い出す。
私は泣きながら母に謝り、こんな貧乏な生活からいつか脱け出してやると決意した。
そして、そんな生活も一年ほどで終わる事になる。
なんでも5大財閥という所が復興支援金と言うのを出してくれて新しい復興住宅に移ることになった。
そこは昔住んでいた家より綺麗で新しかった。
学校の制服なども新しい物を貰い、学校での嫌がらせもなくなった。
私も大人になったら5大財閥みたいに誰かを助けられる人になりたいと思った。
そして、そんな私は数カ月前にあるテレビ番組で一人の青年を知ることになる。
その人物とは氷室和希くんだ。
彼は私と5歳ほどしか違わないのに音楽活動のお金を全て恵まれない子供達や、被災地に寄付すると言っていた。
和希くんはオーディション番組ですごく輝いていた。その番組に出ていた誰よりも。当然、私にとって彼の歌は生涯忘れられないほど衝撃的な物だった。
その時、私は思ったのだ、和希くんはどうしてお金を寄付しようと思ったのだろう? 私と同じ理由だろうか? 誰かの為に輝ける人は素敵だな……。私は一瞬で彼の虜になってしまった。
そして、彼がオーディションで見せたのは夢をあきらめない強さでもあった。
彼はオーディションの審査員などに酷い批判をされていたけれどそれでも諦めないと言っていた。
その時からだ、私は和希くんを応援したいと思ったのは。
そして、次の日和希くんの出ていたオーディションで不正があったのを知った。
和希くんは本当なら合格していたかもしれないのに、ヨシオという男性が和希くんを陥れようとしていたと学校中で話題になっていた。
学校の皆も和希くんが落ちるなんておかしいって言っていたし、私もそう思う。
そして、少し前の出来事になるが突然、私の家に復興支援団体という所の人がやってきて、ピアニストの高野亜里沙さんのチケットをくれた。
私はピアノには興味なかったけれど、すごいピアニストの人らしく氷室和希くんにもコンサートのオファーを出しているらしいから、もしかすると、このチケットで和希くんに会えるかもしれないと支援団体の人たちが教えてくれた。
チケットは母と私と妹の合わせて三枚分あり、私は支援団体の人にお礼を言ってチケットを頂くことにした。
和希くんに会えるかもしれない、それだけで日々が楽しい物になった。
そして、前回の和希くんの生放送でこのチケットで和希くんに会える事が分かった。
私の家にはパソコンがないので、学校の友達が教えてくれたのだけれど高野さんのコンサートに和希くんが出る事が決まったと言っていたので間違いない。
そして今日、コンサート当日。
母と妹と一緒に東京のコンサートホールまでバスを乗り継いでやって来た。
「チケットはちゃんと持ったのよね?」
母が私に確認してくる。
「チケットなら妹のパンちゃんの中に入ってるよ」
「そう、なら安心ね」
そう言って母は優しく妹の頭を撫でる。
パンちゃんとはパンダの顔のポーチで妹のお気に入りだ。
チケットは妹がどうしても、持っていたいと言うので渡してある。
ちなみに妹は保育園に通っている。
コンサートホールに到着し、既に並んでいる人の列の最後尾に加わる。
そして、しばらくすると前の方が動き出して私達も入口から中に入る事になった。
「チケットをお見せいただけますか?」
スタッフの人が私達にチケットの有無を確認する。
「妹ちゃん、パンちゃんからチケット出してもらえるかな?」
母が妹にチケットを出すように言った。
そして、妹が何時も下げているポーチからチケットを……。
「あれ? パンちゃん、いない……」
妹が突然、泣きそうな声で呟いた。
「えっ?! パンちゃん落としちゃったの?!」
私は驚いて大きな声を出してしまう。
「パンちゃん、いないの、うぇぇぇえええんっ」
妹はお気に入りのポーチが無くなったのと私の声に驚いたのか泣き出してしまった。
でも、私だって泣きたい気分だった。
そして、私達のせいで会場に入る列の流れが止まってしまい、後ろに並んでいる人達がザワザワしている。
「申し訳ないのですがチケットがない方を入れる事は出来ません……」
スタッフの人が私達を見て本当に申し訳なさそうに言う。
きっと、先程乗ったバスの中にパンちゃんを置き忘れたのだろう。すぐにバス会社に連絡できれば……。
でも、私達一家は携帯電話なんて言う高価な物は持っていないし、知らない人に貸してもらう訳にもいかない。
私は消えそうな声でスタッフの人に頭を下げて言った。
「すみません、お騒がせしました……」
折角、和希くんに会えると思って来たのにこんなのってないよ……。
でも、私はもう二度と家族を傷つけるような事を言わないって決めたのだ。
だから妹を責めたりは絶対にしない。
「うぇぇぇえええん、ごべんなざぁぁいぃぃ」
妹も私が楽しみにしていたのを知っているし、妹自身だって楽しみにしていたのだ。
私はしゃがんで妹に目線を合わせる。
「ううん、大丈夫だよ。とりあえず、公衆電話を探して、バス会社の人にパンちゃんを探してもらおうか」
私は妹の頭を撫でて落ち着かせる。
そして、後ろに並んでた人達とスタッフにもう一度頭を下げて列を離れた。
母と一緒に泣きじゃくる妹の手を引いて会場を後にしようとした時だった。
「あの、どうかしましたか?」
突然、男性の声がした。
驚いて振り返るとそこにはメイド服の女性を連れた、氷室和希くんが立っていたのだ。
そして、列に並んでた人達や既にホールに入っていた人たちも和希くんに気が付いた様子で遠巻きに見つめている。
「和希くんだっ」
「和希くん?! 本物!!」
「どうして、和希くんがここに? まだ開演時間じゃないのに」
スタッフの人が和希くんに事情を説明する。
「どうやら、チケットを紛失してしまわれたようなのです」
私は、歌は聞けなかったけれど和希くんを一目見れてよかったと思った。
そして意を決して和希くんに話しかける。
「あ、あの、私、和希くんのファンで、その……妹と一緒にいつも応援しています!!」
すると和希くんは私に目線を合わせてくれて、優しく微笑んだ。
「ありがとう。そっちの小さなお嬢さんがポーチを無くしちゃったのかな? ここには何で来たの?」
「は、はい、えっと、バスで来ました。多分、バスの中に置き忘れたんだと思います……」
「そっか、じゃぁ、バス会社にまずは連絡だね。河内さん、お願いしていいかな?」
和希くんがメイド服の女性に話しかける。
「かしこまりました、和希さま」
メイド服の女性は和希くんの言葉に深くお辞儀をして、私の母から乗ってきたバスの話を聞いていた。
「ポーチ……えっと、パンちゃんだっけ? 見つかるといいね」
和希くんは妹の頭を撫でながら妹に話しかけています。
正直、妹がすごく羨ましい。
「うん……パンちゃん、見つかるかな?」
「うん、絶対見つかるよ」
和希くんは優しく微笑んで妹を励ましてくれました。
「和希さま、バス会社に連絡をした所、パンダのポーチの忘れ物が見つかったとの事です」
「そっか、よかった。それで、届けてもらうのは流石に無理だよね」
「そうですね……」
メイド服の女性は和希くんの護衛と思われる黒服の女性を数人呼び集めてそのうちの何人かをバス会社へ向かわせるように手配してくれた。
それでも、バス会社まで車で往復一時間ほどかかるらしくコンサートには間に合わないという話になった。
「パンちゃん、見つかったって良かったね。それとコンサートを楽しんでくれてる間に届けてくれるみたいだよ、お姉さんたちにお礼を言おうね」
「うんっ!」
和希くんと妹は護衛の黒服の女性のお姉さんにお礼を言っていた。
「チケットは間に合いそうにないから、これを使ってくれるかな」
そう言って、和希くんが私に三枚のチケットを差し出してくれました。
「えっと、いいんですか?」
「うん、知り合いに渡す用だったんだけれど、余ってたんだ。だから使ってくれると嬉しいな」
「あ、ありがとうございます!」
私は和希くんからチケットを受け取って何度も頭を下げた。
今日は来て本当に良かった。
和希くんと話せたのもそうだけれど、こんなに優しくしてもらえてすごく感激した。
後日、私達のこのエピソードが神対応としてsnsなどで話題となるのだった。




