第15話
次の日、俺は約束通り東間財閥の御曹司である東間聡くんとその妹である、東間すずかちゃん改め、すーちゃんと一緒にお店でジャンクフードを食べていた。
ちなみに俺は帽子と伊達メガネをかけて変装をしている。
自意識過剰かもしれないけれど騒ぎになったら困るからね。
「かじゅきお兄ちゃん、おいしいね、はむっ、もぐもぐ……」
すーちゃんは俺の隣に座って口元をソースでベトベトに汚しながら、美味しそうに照り焼き味のハンバーガーを食べていた。
俺はすーちゃんの口元をナプキンで拭いてあげる。
「すずか。和希くんにあまりご迷惑をかけてはいけないよ」
俺の正面の席に座っている聡くんが妹のすーちゃんを窘める様に言った。
「ごめんなしゃい……」
「気にしないでいいよ、すーちゃんも食べたいように食べな。その方がおいしいし、また汚れたら俺が拭いてあげるから」
俺はすーちゃんの頭を軽く撫でる。
「はぁ……全く。和希くん、あまりすずかを甘やかしてはダメですよ」
聡くんがため息をつきながら言う。
少しだけ呆れられている気もするけど、俺は子供が昔から好きなのだ。だからついつい甘やかしてしまう。
「ごめんごめん、でも、すーちゃんは可愛いから甘やかしたくなるんだよなー」
「すーちゃん、かわいい?」
すーちゃんがこてんと首を傾げた。
「あぁ、可愛いよ、食べちゃいたいくらいだー、がおー」
「えへへっ、でも、すーちゃんを食べちゃだめー」
すーちゃんと俺のやり取りを見て聡くんが額に手を当てながら呟いた。
「本当に何をやってるんですか……」
でも、聡くんも少しだけ楽しそうだった。
◇ ◇ ◇
そんなやり取りをしている俺たちだけれど、この世界では希少な男性二人と幼女が楽しそうに食事をしているとやはり結構目立つようで、他のお客さんが俺たちの事をチラチラとみている視線を感じる。
「ねぇねぇ、あそこの男子二人カッコ良くない?」
「二人とも優しそうだし声かけてみようか」
「でも、小さい女の子もいるよ」
「どっちかの妹でしょ? それより、アンタはどっち狙い?」
「んー、私は知的そうな方にしようかな、眼鏡はあんたにあげるわ。眼鏡男子好きだったでしょ?」
「さすが分かってるー」
そんな会話が聞こえてきたかと思うと、二十歳前後の二人組の女性が俺たちに近づいてこようとする。
しかし、そこに立ちふさがる影が複数あった。
「あの方たちに何か御用でしょうか?」
「へっ……?」
それは東間の護衛をしている黒服の女性と俺のボディーガードをしてくれている人達だ。
流石、護衛とボディーガードだけあって圧がすごい。
俺たちをナンパしようとしていた女性たちはあっという間に追い返されてしまう。
まぁ、こんな感じで俺たちに話しかけようとしてくる人達は結構いて、今の人達で5組目くらいだ。
俺は一応、ありがとうございますっとお礼を言うと「仕事ですのでお気になさらず」っと言ってくれた。
◇ ◇ ◇
すーちゃんはそんなやり取りを知ってか知らずか、マイペースにポテトを頬ぼっていた。
「これ、おいちい……。しーちゃんに持って帰ってあげよ」
すーちゃんはポテトをとても気に入ったらしく、しーちゃんなる人物に持って帰ってあげたいらしい、でも、ポテトって一度冷めるとすごく味が落ちるんだよね……。
やっぱり、出来立てが一番だよ。
まぁ、それは兎も角、しーちゃんについて少し聞いてみるか。
「すーちゃん、しーちゃんって誰?」
「うん、しーちゃんはしーちゃんって言うの」
「へぇ……そうなんだ」
ごめん、全然分からない。
俺は思わず聡くんに助けを求める視線を送る。
「あぁ、僕の上の姉になるのですが雫って言うんです」
「あぁ、だからしーちゃんなんだね」
「うん、しーちゃん、お部屋にこもって元気ないからこれで元気出してもらうの」
そう言うとすーちゃんは席を立ち護衛の人たちにポテトを持ち帰りたいと、身振り手振りで一生懸命話している。
部屋にこもっているか、病気か何かだろうか? すーちゃんの気持ちはとても尊いけれど冷めたポテトは……。
「言いたくなければ大丈夫だけれど、お姉さんは病気かなにかなの?」
俺は聡くんに話しかける。
「いえ……病気と言う訳ではないのですが」
そう言って言葉を濁す聡くん。
なるほどね、引きこもりってやつかな。前世の世界でも社会現象になっていたっけ。
一度引きこもると、そこから立ち直るにはかなり勇気がいるときくからなー。
「その、昔……友人と思っていた人物を姉に会わせたら暴力を振るわれて男性不信になってしまったんです」
聡くんはとてもつらそうな表情で声を絞り出した。
友人と思っていた人物って今は友人じゃないって事だろ? まぁ、身内に暴力を振るうような人を友人とは呼べないよな。
「かじゅきお兄ちゃん、しーちゃんに会ってあげて」
「え? 会うってそのお姉さんって男性不信なんでしょ? 会って大丈夫なの?」
「そうですね……ショック療法ってやつでしょうか? すずかは意外と鋭い所があるからそう言うなら会ってみてくれませんか。意外といい方向に進むかもしれません」
いい方向に進まなかったらどうなるんだろうね。
俺はカウンセラーじゃないからそう言う女性とどうやって接したらいいか分からない。
「かじゅきお兄ちゃん、いこうっ!!」
善は急げと言わんばかりにすーちゃんが俺の手を引っ張って店の外に連れ出そうとする。
会うって今日会うの?! まだ心の準備が……。
「すずかは一度言い出したら聞きませんよ。それに和希くんはすずかを甘やかしたいみたいですから、断りませんよね?」
そういって聡くんはにっこりと笑った。
◇ ◇ ◇
私の名前は東間雫、17歳だ。
自分で言うのもなんだけれど東間財閥の令嬢でそれなりに整った容姿をしていると思う。
「ふ~ん、ふふん~♪」
私は今、部屋で一人お気に入りの動画を見ながらポテチを食べている。
一応学校には通っているが女子高で刺激のない日々を送っている。
まぁ、私は今、男性恐怖症って事で絶賛プチ引きこもり生活を送っているのだけれど。
学校から帰ったらすぐに部屋に籠り、最近お気に入りのスパノバの音楽や配信動画をみて過ごすのだ。
「やっぱ、和希くん神だわー。この前の配信のダンスもいいし、一瞬だけれどお腹がチラっと見えるのよねぇ」
私がこの引きこもり生活を始めたのは東間の跡取りとしての重圧に耐えられなかったからだ。
だって自由な時間がないんだもん。
それに、私って基本的に無能だし……。勉学とかは努力でなんとか取り繕ってはいるけれどそれもそろそろ限界に近いだろう。
弟の聡のほうが優秀で東間の跡取りとして向いている。だからそう言ったしがらみを捨てる事に成功した今はパラダイスなのだ。
事の始まりは聡が友人を連れてきた事に始まる。
まぁ、私は一目見てその友人の本質に気が付いたね。
あっ、こいつはクズだって。
だって言葉の端々に根性がねじ曲がってるような言動が出てるんだもん。天使である和希くんとは大違いね。
まぁ、大方東間の後継者である私に近づこうとして聡に取り入ったという所だろう。
そんな訳で聡の前ではちょっと愛想よくしてやって、聡が居なくなったところでお前なんて眼中にねーよって言ってやれば簡単に本性を現して暴力まで振るってきた。
想像以上のクズだったわ。
まぁ、男の力で叩かれたくらいではそんなに痛くもなかったけれど、これ以上こいつを聡の近くに居させておくのも良くないと考えて演技をすることにしたのだ。
5分くらい好きに殴らせてやってたら、ちょうどそこに退室していた聡が帰ってきて、大激怒からの絶交宣言。
そして、その時に私の天才的な頭脳が閃いたの、この状況を利用して引きこもりになろうって。
だから私は男性恐怖症になったふりをして、東間の跡取りも辞退する事に。
まぁ、それは保留って事になってるけどこのままいけば間違いなく聡が跡取りになるわ。
聡自身も何だかんだで乗り気みたいだしね、よかったよかった。
「あら? ポテチがなくなった、ポテチ食べると喉も乾くのよね……ちっ、飲み物ないじゃない。しょうがない、コンビニに買いに行くか……」
私は仕方なく、出かける服装に着替える。
そして、誰にも見つからないようにこっそりと部屋をでる。
もう、護衛という監視が付くのも嫌なのだ。
私の部屋は3階にあるので階段かエレベーターで一階に降りる事になる。
エレベーターを使おうと思っていると、その時ちょうどエレベーターが1階から上がってくるのが見えた。
誰かと鉢合わせするのはまずいわね、仕方ない。階段で行こう。
それに、ポテチ食べたから少し運動しないとね。
私は階段に向かうと、一段飛ばしで駆け下りていく。
「疾きこと風の如くってね」
そして、玄関のドアがあるフロアまで一気に駆け下りていく。
しかし、一階に着くという所で突然人影が現れる。
「へっ? ちょ、ちょっと退いてっ!!」
私はそう言うが相手も驚いた様子で動きが止まる。
当然、私も避ける事が出来ずにその人物と激突してしまう。
私はその人物を押し倒してしまい、その逞しい胸板を両手で触る形に重なってしまった。
あれ? ちょっと待って、逞しい……? ってこれ、男性じゃねーかっ!! やっべっ、セクハラで訴えられるっ!!
私は慌てて両手を胸から放して男性の上から退こうとしたが、その瞬間に男性に右腕を掴まれてしまう。
あっ、これ詰んだわ。痴女で男性に訴えられる奴だ。
聡、スズカ、そして母さん、東間財閥に泥を塗ってごめん……。
私は心の中で家族に謝罪をしてから男性の顔を初めて見た。
すると、そこには――大天使、和希くんがいたのでした。
私の脳はその事実を受け入れられずショート寸前だ。
「和希くんっ! 大丈夫ですかっ?! 姉さん、どうしてここに?!」
あっ、聡……とすずかがすごく驚いた表情でこっちを見ている。
それと聡が和希くんって呼んでるしこれはどう見ても本物だ。
「え、えっと……ご、ごきげんよう」
私は内心冷や汗を流しながら和希くんと思われる人物にご挨拶をした。
しかし、和希くんはとても驚いた表情で私の腕をつかんだまま一言だけ呟いたのでした。
「見つけた……」
え? み、見つかっちゃった?




