第12話 『夜』
俺は先ほどまで生放送をしていた機材の片づけをしていた。
片づけと言ってもパソコンの電源を落としたりとか、カメラを片づけたりなど簡単な事だけだ。
片づけが終わって部屋にあるソファーに座り込む。
今日の配信は失敗だったな、斎藤のお姉さんをフォローするどころか自分の事しか考えられず結果的に歌と演奏のテンポがズレてしまった。
いつもはヒョウヒョウとしている斎藤のお姉さんもすごく落ち込んでいたみたいだし、もう少しうまく気づかってあげられたのではないか……。
俺がそんな事を考えていると部屋のドアがコンコンっとノックされた。
俺が返事をするとドアからこの屋敷の主人である西宮咲が顔を覗かせた。
「和希、配信お疲れ様」
「咲、ありがとう。配信見ててくれたんだ?」
「当然よ、近くの部屋で安藤と河内と待機していたわ。それと、斎藤さんは先ほど帰られたわ。車で家まで送ると言ったのだけれど歩いて帰りたいって事だったので今は安藤と河内が玄関までお見送りしているわ」
「その……斎藤さんの様子はどうだった?」
「そうね……演奏が途中で止まってから配信中もどこか上の空って感じだったわね。さっきお会いして挨拶したときもそんな感じだったかしら、でも、大丈夫よ。きっと安藤と河内が上手くフォローしておいてくれるわ」
咲は俺を安心させてくれるように穏やかな笑顔でそう言った。
今日の事が今後に響かないといいんだけど、上手く切り替えてくれるといいな。
「それより、お腹空いたでしょ? ご飯用意してあるから食べていらっしゃい」
「ありがとう、咲」
俺はソファーから立ち上がりドアから部屋の外に出る。
咲とすれ違う瞬間に咲から声を掛けられる。
「和希、あのね、今日……一緒に寝てもいいかしら?」
咲は体をモジモジさせて顔を赤らめ少し上目遣いで尋ねてくる。
うん、可愛い。そして、一緒に寝る……そう言う事なのだろうか? いや、本当にただ一緒に寝るだけだろう。
きっと、何か話したいけど話しにくい事があるのだろう。俺の勘がそう言っている。
「うん、もちろんいいよ」
俺が了承の返事をするとぱっと花が咲いたような笑顔を浮かべた。
「あ、ありがとう、それじゃぁ、私も準備があるから――終わったら和希の部屋に行くね」
そう言うと、咲は顔を赤くしてにやけながら廊下をスタスタと歩いて行ってしまった。
そうか、俺の部屋なのか……何となく残念な気持ちになる。
咲の部屋って未だに入った事がないからどんな感じなのか気になる。両親とか家族の写真とか飾っているのだろうか。
まさか咲は俺にそういう写真を見られたくないから部屋に入れないとか? なんて、そんな訳ないか。
変な事考えてないでさっさと食堂いって俺も寝る準備をしなくちゃ。
◇ ◇ ◇ ◇
遅い夕食を食べ終えて、自室で咲が来るのを待つ。
時間は23時を少し回った所、欠伸がでて伸びをしているとドアを軽く叩く控えめなノックが響いた。
「開いてるよ」
俺がそいうと、可愛らしいパジャマ姿の咲がドアを開けて入ってきた。
手には咲が普段使っていると思われる枕を持っている。
「ごめん、和希、少し遅くなっちゃった」
「大丈夫だよ。だけど、今日は疲れたからもう寝ようか」
俺は欠伸で出た涙を手で拭ってベッドへ入る。俺が使っているベッドは元々部屋に備え付けられていた物で咲と二人で寝ても十分な広さがある。
咲もトコトコと俺のベッドまでやってきて「おじゃまします」と言って入ってきた。
「電気消すね」
「うん……」
俺が電気をリモコンで消すと部屋は真っ暗になる。
けど、息遣いで咲がどこに居るのか分かる。
普段ならいろんな事を話せる咲でもなんとなく気まずい感じだ。
「ねぇ、もう少し和希の方によってもいい?」
「うん、いいよ」
咲はモゾモゾと動いて、俺のすぐ近くまで来る。
「今日の生放送を見てね、改めて和希ってすごい人気者なんだなって思ったんだ」
咲の言葉に俺は今日の配信の様子を思い出す。
確かにコメントの嵐がすごかった。
「沢山の人に応援してもらえてありがたい事だよ」
「でも、そんな和希を今は私が独り占めしてるんだね」
そう言って咲はクスリと笑った。
咲が近くに寄ってきてから咲のいい香りがする。なんで女の子ってこんなにいい香りがするんだろう。
俺が今、こうして充実した日々を送れてるのはあの日、咲に助けてもらったからなんだよなぁ。
あの日咲に拾われてなかったら俺ってどうなってたんだろう? 少なくとも今みたいな充実した日々は送れていなかっただろう。
俺は改めて咲に感謝を伝えたくなった。
「そうだね、俺は今あの日、咲に会えて、拾ってもらえてよかったと改めて思っているよ」
「ふふっ、何それ。どういう意味? でも、私も和希に会えてよかった」
咲はそう言うと布団の中で腕を動かして俺の手を握ってくれた。
「えへへっ、和希の手を握っちゃった」
咲の手は細くて小さくて柔らかい。そして少しだけ冷たかった。
「咲、何時もありがとう」
顔を咲のいる方に向けると本当にすぐ近くに咲の顔があった。
もう少しでキスするんじゃないかっという距離に少しだけドキドキしてしまう。
「うん、どういたしまして……そして、私からもありがとね」
「俺は咲に何かしてあげられているかな?」
「和希が頑張ってるの見てると私も頑張ろうって思えるの、だからね、和希にはいつも助けられてるよ」
咲の言葉に手を少しだけ強く握り返した。
「そっか、ならよかった。でも、俺はもっと咲の助けになりたい……最近、色々と大変なんだろ? その……西宮財閥の後継者の問題とか」
俺がそういうと咲は一瞬だけ悲しそうに目を伏せた。
「そう……だね。和希も聞いたんだ、その話」
「あまり詳しくは知らないけれど噂くらいは……」
「うん、私も詳しくは知らされてないんだけど、もう一人……とても優秀な人がいるらしいの」
咲は今までずっと西宮財閥の後継者として頑張って来たんだ。
それをぽっとでの誰かに取られるなんて、俺は認められないし、咲の頑張りが認められていないような気がして悔しい気持ちになる。
「安藤に聞いても、ううん、どの使用人に聞いても誰も答えてくれないの。和希は……私が西宮の後継者じゃなくなったら嫌いになる? 私の前からいなくなっちゃう?」
咲の声色が強張り、薄っすらと暗い部屋に目が慣れてきたのか、咲の綺麗な瞳が見えた。
そしてその瞳には不安の色がとても強く見えた。
「大丈夫だよ、咲。俺はずっといるよ。もし、仮に咲が西宮の後継者じゃなくなったその時は、俺が養ってあげる」
「ふふっ、和希ってやっぱり変わってるわね。普通、女性が男性にいうセリフなのに。でも、ありがと」
この世界は色々とあべこべになっているからね。
「それで、その相手の事で何か分かっている事は無いの?」
「なにも……名前も、年齢も、性別すら分からないの。でもね、少しだけ安心しちゃったんだ」
「安心?」
「私は、西宮から解放されるかもしれないって……ずっと、怖かった。私なんかが本当に西宮財閥の会長になってやっていけるのかって。だから、もう一人後継者がいるって聞いたとき安心したの」
咲は西宮財閥の後継者として、周りの期待とかを一身に背負っていたんだろう。
いや、今だって背負っている。
「でもね、同時にもっと怖い事に気が付いてしまったの。もし、私が西宮の会長になれなかったら周りの皆は離れていくんじゃないかって、和希が何処かに行ってしまうのではないかって……それから、一人ではほとんど寝れなくなって。でも、今日は和希と一緒に寝れてよかった、凄く安心する」
咲は目を閉じて深呼吸をした。
「ここは和希の匂いがするから……和希がそばに居てくれるって安心できる。明日からまた頑張るから、だから今日だけはここで眠らせて」
「大丈夫だよ、咲。どんな未来だとしても俺が咲の隣にいるから。だから安心して、おやすみ」
「あり……がと、おやす、み……」
そう言って咲は吐息を立てて眠ってしまった。
最近眠れてなかったらしいし、今日はゆっくり眠れるといいな。
そして、俺も咲の暖かい体温を横に感じながら寝ることにした。




