第10話 『配信開始』
あれから四日たった、そして配信当日、和希は今も歌いながらダンスの練習をしていた。
斎藤はそれを見ながら内心で冷や汗を流す。
――思い付きでダンスを取り入れてみたけど、案外いい案だったんじゃないだろうか?
むしろ、初心者とはとても思えないキレのある動き、そしてなにより振り付けがすばらしい。
斎藤は考える。
しかし、誰がこの曲の振り付けを考えたんだ? 和希くんはダンスは殆どやったことがないと練習を始める前に言っていた。だとすると、和希くんにこのダンスを教えた人物がいる?
「和希くん、この曲は和希君が考えたものだよね?」
「えっ? あっ、はい、そうですね。いつも通り僕のオリジナルです」
ふむっと斎藤は顎に手を当てて考える。
いつも通り、メロディがよく、今回の曲はなんというか中毒性がありそれでいて、カッコいいと言う印象を受ける曲だった。和希が躍るキレのあるカッコいいダンスにぴったりと言う感じの曲だ。
「その振り付けは誰が考えたんだい? その人物に他の曲の振り付けも頼めれば問題は解決するんじゃないかな?」
「あー……、それは無理だと思います」
「何故だい?」
「……この振り付けを考えた人はこの世界にいないからですかね。それに結構古いからなぁ」
その気まずな返答に斎藤は僅かに眉を動かした。
――既に亡くなった故人が考えた物だったか。しかも、和希くんの物言いから、かなり過去の曲らしい。それなりに親しい人物だったのだろうか? まさか、父親とか……?
斎藤が考えを巡らせている間に和希もまた内心で冷や汗をかいていた。
――振り付け考えた人の事考えてなくて焦ったー。斎藤さんに見せるダンスはこの曲だけにしよう。
和希からすれば前世の曲と振り付けなので当然両方とも考えた人はこの世界には存在しない。
そして、古いと言うのは和希が前世で社畜となる前、学生だった頃に流行った物だったので出た言葉だった。
「それじゃぁ、配信の一時間前だしそろそろ準備しようか。和希くんのダンスもかなりいい仕上がりだよ。これなら配信で皆に見せられるね」
「そうですかね、まだまだ拙いですけど。まぁ、お試しって事で頑張ってみます」
そう言って和希は汗をタオルで拭きながらスポーツドリンクを飲む。
「斎藤さん、それじゃぁ俺はシャワーだけ浴びて来ます。20分前には戻りますから」
「あぁ、分かったよ。機材の設定の確認なんかはやっておくよ。まぁ、殆ど西宮の人たちがやってくれているから本当に確認だけになると思うけど……」
「すみません、お願いします」
そう言って和希は部屋を出て行った。
斎藤は和希が出て行ったあとで、今回の配信は第二回目にして早くも伝説になるかも知れないと考えていた。
あの、メロディ、歌声、そして何よりも和希の様な美少年がキレのあるダンスをすると言う目新しさ、もしかするとあのダンスと曲が一世を風靡するなんてことも……そうすると、動画の再生数も凄い事になるだろう、そう考えると斎藤はワクワクを抑えきれなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
和希は思ったより早くシャワーを浴びて部屋に戻ってきていた。
それから斎藤と一緒に機材を軽く確認して、今は配信の5分前だ。
「和希くん、緊張してるかい?」
「そうですね……今さっき画面を確認したら既に一万五千人以上の人が配信を待ってくれてるみたいなんで、少しだけ」
和希の表情こそは穏やかだが、声に若干の固さがうかがえた。
「そうだね、でもまぁ、キミの人気を考えれば当然、むしろ、少し少ないくらいじゃないかな?」
「そうなんですかね、自分ではよく分からないですけど……。でも、沢山の人に応援してもらえるのは嬉しいですね」
和希の言葉に斎藤は深く頷き同意する。
「そうだね、特に今日は君の歌をメインとした配信だって告知しておいたらね。既に来ている人たちはその話をチャットでワイワイとしているみたいだね」
そう言って斎藤はパソコンの画面に目を向ける。
つられて和希も画面を見ると、既に待機している人達のコメントが高速で流れていた。
「話しているって言えるんですかね、これ? コメント流れるの早くて拾えないですよ。前回の配信でも大変だったんですよ」
和希は前回の配信を思い出し、若干笑顔を引きつらせながら答えた。
「ふふっ、でもぱっと見た感じ君の歌を楽しみにしているってコメントが多いみたいだよ」
「そうですか、じゃぁ今日も期待に……期待以上に答えられるように頑張りましょう」
「そうだね、おっと、そろそろ配信の1分前だ」
斎藤が腕時計で時間を確認して和希に伝える。
それから、二人は互いに喋らず、和希は部屋にある時計を、斎藤は腕時計を見てすごす。
時計の秒針が進み、30秒前……そして10秒前に。
「5秒前、4、3……」
二人は無言で見つめ合い、頷きあった。
そして。
「こんばんは、スパノバの氷室和希です。皆、聞こえてるかな?」
「同じく、サー・イトゥーだよー。今日はよろしくね」
和希と斎藤の言葉に、チャット欄が更に加速する。
『こんばんはー』
『聞こえてます! 画面も見えています!』
『和希くん、私服がカッコいい』
『しゅき』
『今日は歌配信と聞いて楽しみにしてきました』
『画質がすごい、これが4k……いや、8k? 何にせよ、カッコいい和希君が見れて嬉しいです』
どうやら、無事に配信が始まった事にとりあえず、安堵する和希と斎藤。
そして二回目の配信という事で斎藤よりなれている和希がメインで話を進める。
「無事に配信出来てるようで安心したよ。それと、今日は予告していた通り歌がメインの配信だよ。新曲もあるからお楽しみに。それと、ちょっとしたお知らせもあるから是非最後まで見てほしいな」
『新曲?! 聴きたい聴きたい!』
『新曲まじっすか?!』
『これは聴かずにはいられないな』
『お知らせって何だろう?』
『まさかデビューが決まったとか?』
『ちょっとしたお知らせって何だろう』
和希が一言発信するたびにコメント欄が凄い速さで流れていく。
話には聞いていたがそのあまりの速さに斎藤も若干笑顔が引きつった。
「あぁ、デビューはまだ残念ながら決まってないんだ。さー……イトゥーさん、最初に言っちゃっていいですかね?」
和希は普段は斎藤さんと呼んでいるが配信中は気を使ってサー・イトゥーと呼ぶことにした。
「あ、あぁ……構わないよ。それにしても和希くんはよくこの速さのコメントを拾えるね」
「いや、俺もパッと目に付いた物を読んでいるだけですよ。それと、お知らせだけど実は正式に高野亜里沙さんのチャリティーコンサートに出演させて頂く事になったんだ」
『うおおおおおっキタ―――』
『まじかあああ、チケットってまだ売ってる?!』
『チケットは和希くんにオファーがいったという高野さんの発言が事前に出てたから既に完売が約束されていた』
『チケット誰か売ってくださいっ!』
『高野さんだけでもチケットは完売しただろうけど今回は凄い速さで完売したらしい、と言うか抽選で当たった人しか買えないシステムだったはず』
『チケット買っておいてよかったあああああああぁ!!』
「実は返事を数日前にしたらすぐに返事を貰えてね。決まったのはついさっきなんだ、高野さんのコンサート関係者の早い対応に感謝します。それと返事をする期限がギリギリになって申し訳ありませんでした」
そう言って、和希と斎藤はカメラに向かって頭を下げた。
『チケット転売ヤーが高値で売りそう、でも買いたい』
『高野さんのコンサートは転売対策されてるから無理だぞ』
『チケット転売詐欺には気を付けよう』
『なんで私はあの日チケットを買えなかったのか、神よ……』
『うおおおおっ、チケット買っといてよかったぁ!!』
『たしか、チケット販売の日ってサイトのサーバーがダウンするほどのアクセス数だったんでしょ?』
『サーバー落ちてた時はダメかと思ったけど抽選に当たっててよかった!』
今回のチャリティーコンサートのチケット販売は購入希望者からの抽選で選ばれた人の見が購入できるシステムで、和希が出演する可能性があると言うだけで沢山の人が購入するために動いていた。実際、購入希望の申請を特設サイトからするのだが、かなりの人数がアクセスしたためサーバーが一時ダウンする騒ぎになったと、ニュースでも報道されていた。
「チケットを購入してくれた人はありがとう。そして購入できなかった人はごめんなさい。まだ、当日どういった動きになるか分からないけど皆が楽しめるように精一杯頑張るから楽しみにしててね」
『まじか……チケットの抽選ハズレたという現実が受け入れられない』
『当日和希くんと会えるのを楽しみにしています!!』
『イトゥー、お前も頑張れよ、お前の音楽聴きに行くからなー』
「それじゃぁ、お知らせはまだあるけど最初の曲を行ってみようか」
『そういえば、新曲!』
『いきなり新曲は来ないだろ』
『やばい、母親に風呂に入れとせかされている。でも、曲を聴きたい』
「まずは、『流星』からで、新曲は21時40分ごろからだから覚えておいてね」
和希は斎藤を見て二人で頷きあう。
そして、斎藤はギターを持って演奏を始めた。
和希は斎藤の紡ぐメロディに合わせて歌い出す。
『流星キターー』
『いま、一番のお気に入りの曲』
『やっぱ、この歌声が癖になる』
『男性の歌声っていいよね、特に美少年な所もいい』
『はぁ~、まじ生きがい』
その後、和希と斎藤は雑談を挟みつつ、今まで動画などでアップしていった曲を演奏していく。
演奏している間は視聴者も聴き入っているため、コメントが少なくなるが演奏が終わり、雑談になると一斉にコメントし始めるというサイクルが出来た。
そして、時間はあっという間にすぎて和希が新曲を披露するという約束の21時40分が近づいていた。




