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第8話 『お姉ちゃん』

 今日は学校も休みという事で俺は久しぶりに買いものにでも行こうと思っている。

 その事を咲に相談したのだが、咲は今日も何か外せない用事があるらしく申し訳なさそうに一緒に外出する事を断られてしまった。


 俺もなにやら小耳にはさんだだけなのだが、最近咲の西宮財閥の跡取りとしての地位がなんだか危ぶまれているらしい。

 咲と言うハイスペックな能力を持っている少女と同じくらい有力視されている、もう一人の西宮財閥の跡取りがいると言う話だ。

 咲に引けを取らないスペックを持っていると言う、その人物に俺は心当たりが全くないが相当の化け物であると予想される。


 何故なら、西宮財閥の血筋ではないのにも関わらず、その能力だけで財閥のトップにと声が上がるほどの人物なのだ。

 しかし、その人物の情報は執事の安藤さんや、俺の専属メイドの河内さんに聞いても全く情報が入ってこない。それでも、咲の立場が危ういと言う情報だけはやたらと入ってくるのだ。

 そして、今の所、俺は咲の助けとなる事も出来ず、何とも歯痒い状況だ。


「和希様、今日はお買い物に出かけたいとお聞きしたのですが?」


 誰も居なくなったと思っていた食堂で物思いにふけっている俺に話しかけてきてくれたのは俺の専属メイドである河内さん。

 相変わらず、感情が顔に出づらい人だけれど顔はとても整っており美人で、声色は優しく、心根もとても優しい、お姉ちゃん属性を持っている人だと俺は知っている。

 前世の俺だったら何度結婚を申し込んでいたか分からないな。


「はい、もう12月なので、暖かい洋服が欲しいと思って」


「そうですか、僭越ながら、咲お嬢さまに代わり私がご一緒しても宜しいでしょうか?」


「本当ですか? 河内さんが一緒に行ってくれるなら嬉しいです」


 俺は河内さんに笑顔で答える。

 咲や安藤さんとは何度も買い物に行っているが河内さんと二人きりで買い物に行くというのはなんとも新鮮だ。


 まぁ、二人きりと言っても俺が誘拐されてからボディーガードが数人、こっそりと陰から付いてくる事になっているのだけれども。


「では、俺の方は既に出かける準備は出来ているので河内さんも準備してきてもらっていいですか?」


 俺がそう言うと河内さんは可愛らしく首を傾げた。


「準備ですか? 私も既に出来ておりますが……?」


 そう言った河内さんの格好はどう見てもメイド服だ。

 いや、確かに可愛らしいし似合っている。だけど、その格好で買い物に行くのはどうかと思うんだ。


 以前、この世界に来たばかりの頃俺は執事服で河内さんはメイド服というコンビで出かけた事があったけどその時は凄い目立ったのを思い出した。


「あの、河内さん……今日は私服で行きませんか? そのデートみたいな感じで」


 メイド服の河内さんと出かけるのは嫌だとハッキリ言う訳にもいかず、俺は言葉を選んで彼女を私服へと誘導する。


「で、デートですか? 咲お嬢様を差し置いて私などがデートなどと、恐れ多くてとても……。私は和希さまの専属メイドなのでやはりこの格好で行きます」


 どうやら、俺の思いは伝わらなかったらしい。

 しかし、どうしても俺は私服の河内さんと買い物に行きたい。

 だって目立ってしまうし。


「では、河内さんと俺は姉弟という設定で出かけませんか?」


「姉弟ですか?」


「はい、俺は一応芸能界で活動しているので目立つと騒ぎになる可能性があるので変装します。なので河内さんも一緒に変装してください」


「そう言う事でしたら……畏まりました。急いで支度をいたしますが準備に少しだけお時間をください」


「もちろんです、では、一時間後に――」


「30分で支度をいたします。和希様をお待たせする形になってしまい申し訳ありませんが」


「あっ、いえ、そんなに急がなくても大丈夫ですよ?」


「いいえ、直ぐに支度をして来ますので和希様はお部屋でお待ちください、それでは」


 そう言って、河内さんは食堂を出て行ってしまった。

 とりあえず、河内さんを私服に着替えさせることに成功した。

 そして、お姉ちゃん属性好きの俺としてはとても楽しみな外出になりそうだ。


 俺も河内さんに言われた通り、食堂から自室にもどり部屋にある伊達メガネと帽子をかぶり変装完了。

 本当に簡単な変装だけれど、大丈夫だろう。


 それより、私服の河内さんを見るのは初めてな気がする。とても楽しみだ。

 オネショタ好きな俺としては姉弟設定で買い物も悪くない。俺がショタじゃないのが致命的だけれど、河内さんはお姉ちゃん属性なので存分に甘えさせてもらおう。

 今日は楽しい一日になりそうだ。


◇ ◇ ◇ ◇


 それから少しして部屋のドアをコンコンと叩く、控えめなノックが聞こえた。

 俺はどうぞーっと返事をするとドアがゆっくり開く。


「和希さま、お待たせして申し訳ございません。準備が出来ました」


 そこには清楚な出で立ちをした俺の理想的なお姉ちゃんがいた。

 河内さん、すごい、凄すぎる! ここまで俺の理想のお姉ちゃん像を再現してくれる人が今までいただろうか? いや、いない。

 俺は内心でガッツポーズをしながらドアの前に立つ河内さんに近寄る。


「ううん、全然待ってないよ。お姉ちゃん」


 俺が河内さんにそう言うと、彼女の瞳が僅かに揺れる。


「お、お姉ちゃんですか?」


「うん、今日は姉弟っていう設定だからね。だからお姉ちゃんだよ」


 すると河内さんはとても納得したように頷いた。


「そうでしたね。和希さま――」


「和希」


「えっ?」


「姉弟なんだから呼び捨てでお願いします」


 俺は真顔で河内さんにお願いする。

 やっぱり、こういうのは形からはいらないとダメだろう。


「え、えっと、はい……」


 いつもは冷静で落ち着ている河内さんがとても動揺しているのが分かる。

 以前に、好きな子をイジメる男の心境は分からないとか、俺は好きな子は笑顔でいて欲しいとか言った覚えがあるけれど、好きな子をイジメてしまうのは可愛すぎてついイジメたくなってしまうからなのだろう。少しだけそう言う気持ちが分かった気がした。

 河内さんをもっと困らせてみたいと思ってしまう。そして、この可愛い人の反応を見てみたいと。


 俺は河内さんの手を取る。


「それじゃぁ行こうか、お姉ちゃん」


 そう言って俺は満面の笑みで河内さんに笑いかけた。


◇ ◇ ◇ ◇


 俺は河内さんの運転する車で近くのショッピングモールまでやって来た。

 ここまでくる車の中ではまだぎこちない河内さんとの会話を楽しんだ。


 車を降りてすぐに俺は再び河内さんの手を握る。


「か、和希さ、……和希、その一般的な兄弟は手を握るのでしょうか?」


「さぁ? 俺には兄弟はいた事ないので分かりません。でも、河内さんみたいなお姉ちゃんがいたら手を握りたいと思っています」


「そ、そうなのですか……。それと、和希さ、……和希も敬語に戻っていますよ」


「そういえば、そうだったね。そういえば、お姉ちゃん、折角だし俺の服選んでよ?」


「すみません、私はあまり、服のセンスとかないもので……」


「そうなの? でも、今、お姉ちゃんが着ている服はとてもに合っているし可愛いよ」


 俺の言葉に河内さんの瞳は再び揺れる。

 本当に可愛いなこの人は。


「か、可愛い……ですか? 実はこの服は、妹が選んでくれた物なんです」


 妹、河内さんって本当の妹がいたんだ。あんまりそう言う話はしたことが無かったから今日は色々と彼女と話をしたいな。


「河内さん、妹がいたんですね。服を選んでもらったって事は仲もいいんですね」


 俺がそう言うと河内さんは珍しく口に手を当てながら上品に笑った。

 思わずその表情に見とれてしまう。


「ふふっ、和希さ、……和希、口調がまた戻ってますよ。そうですね、妹との仲は良い方だと思います」


「お姉ちゃんの妹ってどんな人なの?」


「そうですね……私とは真逆で明るくて何時も周りを笑顔にしているような子ですかね。歳は和希さ、……和希と同い年で学校は別なのですけれどね。最近は学校で生徒会に入ったらしくとても忙しいといって連絡を寄こさない困った子でもあるんですけど」


「そうなんだ、いつか紹介してよ。お姉ちゃんの妹なら会ってみたいな」


「そうですね……私が和希のお姉ちゃんで専属メイドでもあると知ったらきっと驚くと思います。あの子は結構ミーハーな所があるので、きっと和希の事も知っていますよ」


 どうやら、河内さんは妹さんにも俺の専属メイドであると話はしてないようである。

 本当に最近は連絡を取っていないのだろうか。


「そっか、お姉ちゃんの妹が俺の事を知っていてくれたら嬉しいよ。でも、もっと知ってもらうためにもこれから頑張らないとね」


「そうですね、トップを目指すのですものね」


 河内さんはいつも通りの優しい声色でそう言い、優しく俺の頭を撫でてくれた。

 

 そんな俺と河内さんを見て周りからちらほらと声が聞こえた。

 そう言えば、ショッピングモールの中にいるのを忘れていた。


「ねぇねぇ、あれってカップルなのかな?」

「きっとそうだよ、頭なでなで私もしたい」

「彼氏とか羨ましいな」

「私も彼氏ほしー、和希くんみたいな」

「和希くんって氷室和希くん? いいよねー、彼みたいな優しい彼氏がいたら」

「はぁ……まず出逢いが欲しい」

「ほんとソレ」


 俺と河内さんはそんな周りの声にお互いに見つめ合い、そしてクスリっと笑った。


「どうやら、変装はバレてないみたいだね、お姉ちゃん」


「そうみたいですね。それでは服を買いに行きましょうか、和希」


 俺と河内さんは再び手を繋いで服を売ってるお店へと向かった。

 その後、河内さんに俺が選んだ服を試着してみせて、感想を聞いてみたのだが、どの服を着ても似合ってる、とても似合ってる、凄く似合っていると言う言葉しか聞けなかった。

 彼女自身もそんな自分のボキャブラリーのなさに少しだけ落ち込んでいる様子だった。


◇ ◇ ◇ ◇


 それから俺と河内さんは買い物を楽しんだり、美味しい物を食べたりしてショッピングを満喫した。

 帰りの車の中で他愛無い話を二人でする。 


「ふぅ、楽しかったね、お姉ちゃん」


「そうですね、和希」


「今日は、一日付き合ってくれてありがとうございました」


 俺は改めて河内さんにお礼を言う。

 帰るまでが遠足ってよく言うけれど、何となく姉ではなく一人の女性としてお礼を言っておきたかった。


「いいえ、和希さま。むしろ私の方が色々と楽しませて頂きました」


 河内さんも何かを感じ取ったのか俺を何時ものように様付けで呼んだ。


「実は最近色々悩んでいたんです」


 俺は河内さんに最近の悩みを打ち明ける。

 咲の跡取り問題で力になれない事、学校に転入生でやってきたロシアの歌姫アリナ・エヴァノフと約束をして今度のオーディションで落ちたら歌手としてデビュー出来ない事、そして、俺の憧れである高野亜里沙さんのチャリティーコンサートに呼ばれてはいるが本当に出演していいのか悩んでいると言った事など色々だ。


「そういえば、高野さんのチャリティーコンサートはもうすぐでしたね……」


 茜色の空を車の窓越しに眺めながら河内さんと会話をする。


「そうなんです、デビュー前の俺たちがあの有名なピアニストの高野亜里沙さんのコンサートに出演していいのか、ずっと悩んでいたんです。もちろん、俺たちスパノバの事を沢山の人に知ってもらうチャンスだって事は分かっているんですけど……」


「和希さまは色々考え過ぎです」


「そうでしょうか……?」


「私は、和希さまの芸能活動の様子をずっと近くで……誰よりも近くで見守らせてもらってきました。だから私には分かります。和希さまは自分の心に素直に従って突き進む方だと」


「心に素直に従って突き進む……」


「理由なんてどうだっていいんです、後からだっていくらでも付けられるのですから。だから、楽しい事をしたい、面白そうだからやってみよう、憧れの人の演奏で歌いたい。それでいいじゃないですか、和希さまが出たいと心から思うからコンサートに出演する。理由なんてそれで十分です。他の人がこう思うから出来ない、他人にこう思われるから出ない、和希さまはそう言う方ではないでしょう? 私の知ってる和希さまならこう言うはずです」


 俺だったら言う言葉……なんだろう? 全然思いつかない。俺は仕方なく河内さんの話の続きを黙って待つ事にした。


「誰に否定されても、どんな事をしても芸能界でトップを目指す」


 河内さんの言葉が俺の心に響いた。

 でも、それを悟られない様に少しだけ茶化す。


「誰に否定されてもって部分は同意しますけど、どんな事をしてもはいいすぎですよ。それだと俺があくどい奴みたいじゃないですか」


「ふふっ、そうですか? でも、それが、それこそが私の知ってる和希さまです。咲お嬢様の事も、エヴァノフ様の事も、チャリティーコンサートも色々と挑戦してみては如何でしょうか?」


「そうですね……挑戦してみようと思います。特に、リナの事はオーディションで合格しない限りプロの歌手を目指せないのだから何が何でも合格するつもりで挑んでみようと思います。それこそ、どんな手を使ってでもね。思い悩んでいても何も変わらないですし」


「はい、その意気です」


 そんな話をしている間に車は西宮の屋敷へと到着する。


「和希さま、到着いたしました。今日はお疲れ様でした」


「ありがとうございます、あの河内さん、最後にお願いを一つしてもいいですか?」


「私は和希さまの専属メイドです、何なりとご命令を」


 そして、俺は河内さんに一つお願いをした。

 今日の思い出に二人で写真を撮ってもいいですか? と。

 彼女は快くそれを了承してくれて俺たちは肩がくっつくほど近づいて――。

 

 俺は彼女の頬に軽くキスをした。

 それと同時にカメラのシャッター音がなる。


 色々と悩みはつきないが、それでもいつも、見守ってくれている優しいお姉ちゃんがいるのなら俺はまだ頑張れる。


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