第4話 『高校転入』
「ねぇ、知ってる? 今日、男の転校生が来るんだって。しかも、すごいイケメンの!」
私立星陵高等学院に通う、平凡な女子高生である国木田涼子がその話を耳にしたのは朝のHR前の事だった。
国木田にとって、男子と言う存在は小学校、中学校の義務教育で数は少ないけれどそれなりに見てきた。
ほとんどの男子が横暴で暴力的で、小学校の頃には髪の毛を引っ張られたりして、虐められたりした国木田にとってはとても怖い存在だった。
「2年の先輩が朝、職員室の場所を尋ねられたんだって、案内したら笑顔でお礼まで言われたって言うんだけど信じられる?」
噂好きのクラスメイトの話に国木田はぼんやりとそんな物語の様な男子生徒がいたらいいなと思った。
もし仮にいたとしても、何のとりえもない自分なんかと接点が持てるとは思わないけれど想像の中ではその優しい彼と恋仲になる姿を思い浮かべた。
――ないない……。うちは貧乏だし、男子に好かれるような容姿でもないし。
実際は国木田の容姿はとても、整っていたが小学校、中学校の頃、男子から虐められてブスと言われなれていた国木田の自己評価は低い。
――でも、もしいるなら少しだけ仲良くなって、話だけでもしてみたいなぁ。
◇ ◇ ◇
咲の屋敷でお世話になって数週間、俺は今、高校に来ていた。
俺の体が行ってた学校だと不登校という事になっていたらしい、らしいと言うのは咲の執事である安藤さんから聞いた話だからだ。
まぁ、元々この世界の男性はあまり学校に通わず家に引きこもってる人が多いそうだが、俺は折角こんな楽しそうな世界に転移してきたのだ。是非ともエンジョイして過ごしたいと思い、咲にお願いして転校手続きをしてもらい無事高校に通えることになった。
ちなみに、転入試験とかは特になかった。男性はその辺の免除もされるらしい、なんという優遇された世界だ。
あと俺の両親……と言うか母親も警察に男性虐待で捕まったって聞いた、父親はおらず、人工授精で生まれたのが俺らしい。そして、この世界ではそれは珍しい事では無いと言う話も聞いた。
この体の元の持ち主はいろいろと問題があったのだろう、体に虐待を受けた形跡もあったし。
俺が憑依する前の人格がどうなったのとかは全く分からない。罪悪感がないかと言われれば当然あるけど、それは俺を転生させた神のせいであって俺の責任ではないと思わないとやってられない。まぁ、その代わりと言ってはなんだけど、いつかこの体を返すことになってもいいように、人間関係には俺の前世の知識と経験を使っていざという時の為に味方を多く作っておく事と毎日日記を書いておくくらいだ。でも、出来れば返したくないけど……。
今の季節は7月、もうすぐで夏休みの時季外れの転校生という事で俺はとても注目を浴びる事だろう。そもそもこの世界では男性と言うだけで注目の的なのだけれども。
学校は俺を拾ってくれた恩人である西宮咲が通っている私立だ、とても高そうな生地で出来ている学ランを着用している。
ちなみに俺のクラスは1年3組という事で、唯一の知り合いである咲は1年1組なので別クラスだ。
正直心細いが、前世の記憶があり、いい大人であった俺がそんなことも口にしていられる訳もなく咲や安藤さんの前では平気なふりをしていた。だが、男性が少ない世界だし正直不安が無いと言えば嘘になるが、同時に楽しみでもある。
「今日は転入生が来ています、皆仲良くしてくださいね。それでは氷室さん入ってきてください」
おっと、考え事をしていた間に俺の出番が着た様だ。そう、俺は教室のドアの前で待機していたのだ。
先生がそう言った途端に教室がワッと騒がしくなる。転校生とか幾つになっても一大イベントみたいな物だし、しょうがないか。気分は既に動物園の客寄せパンダ状態。おそらく今の俺の目からは光が消えている事だろう。
いくら俺のガワがイケメンに見えるからって中身はしょうもない、ただのオッサンだ。
爽やか系イケメンとして、ボロを出さないようにしなくてはならないと言う思いが頭の中を渦巻いている。
咲と安藤さんも普通にしてれば、それだけでカッコいいから大丈夫だと言っていたが普通とは何だろうか。分からない、オッサンには分からない……。
「ひ、氷室さーん?」
先生が俺を呼ぶ声が聞こえる。
俺は覚悟を決めてドアを少し開けて中を覗いてみた。
すると、どうだろうクラスの30人程度の女子生徒がとてもキラキラした瞳でこっちを見ているではないか。
――ま、眩しい。オッサンにその目は眩しすぎる。あと、教室の中がちょっといい香りがする。
「どんな子がくるのかな? そういえば、男子の転校生もいるって聞いたけどもしかして――」
「それは二年生じゃなかった?」
「じゃぁ、別の子か。この時期に転校とか珍しいね。でも、仲良くなれるといいな」
「でも、同じ日だし何か関係あるのかも? もしかして、兄妹とか?」
「だとしたら、お兄さん紹介してほしい」
「ダメダメ、そう言うのは無理にいったりしたらいけないんだよ」
「そうだね、反省、反省。それにしても転校生なかなか入ってこないね」
「どうしたんだろうね? 先生、本当にいるんですか?」
「ひ、氷室さーん、早く入ってきてくださーい」
教室の中ではワイワイと可憐な女子生徒たちが楽しそうに話しており、とても入っていける空気ではない。
しかし、教室の中では美人な先生が俺を涙目で呼んでいる。
「あれ? 誰かがちょっとドア開けてみてる」
「本当だ、なんか小動物みたいで可愛い」
「怖くないから入っておいでー」
やばい、ドアを開けて覗いてることに気付かれてしまった。まぁ、当然と言えば当然なんだけど。
「氷室さーん、緊張しちゃったかな。でも、皆とっても仲良しのクラスだから氷室さんもすぐに仲良くなれると思うな。だから安心して入って来てね」
美人な先生にそう言われて俺は覚悟を決めた。
大丈夫、ガワはイケメンだ。女子生徒の中にも案外すんなり溶け込めるかもしれない。
女子高生とか社会人だった俺からすると、とても遠い存在だったけれども、今は違う。仲良くするぞー、おー。
「す、すみません……。少し、緊張してしまって」
俺はカツカツっと教壇の中央へと歩みを進める。さっきまで騒がしかったクラスが何故か完全に沈黙した。今は俺の足音しか聞こえない不思議な空間だ。
こいつら本当に呼吸してんのか? 大丈夫か? などと心配になるほど教室は静寂に包まれている。
だがもう、やるしかない!
俺は早口にならないようゆっくり聞きやすい声を心がけて自己紹介を始めた。
「本日からお世話になります、氷室和希です。朝から緊張していましたが、皆様から暖かく迎えていただきホッとしております。前の学校では家の都合であまり通えなかった為友達もおりませんでした、なのでこのクラスでは沢山の方とお友達になれたらと思います。新しい学校で右も左も分からないのでご迷惑をおかけすると思いますが一日でも早く皆様の中に馴染めるようにご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」
そう言って俺は深くお辞儀をした。
いや、普通の高校生ってどんな挨拶すんだよ?! 俺、和希よろしくなー! で通じるのは小学生までだよな? なんか新入社員ぽい挨拶になってしまった。
しかし、ここの学校は名門私立でいい所の嬢さんが通う学校だ。これくらいのかたい挨拶でも許してくれないだろうか?
しかし、現実は残酷な物で、さっきからクラスの連中が誰も喋らねーし、先生も固まってるし。
「あ、あの……何かおかしかったでしょうか? もしそうなら、すみません。世間知らずな物で……」
俺、何かやっちゃいました? みたいな感じで若干引きつった笑顔で先生に尋ねる。
頼む、先生!! 俺をフォローしてくれ。
「えっ、いえ、素晴らしい挨拶でしたよ。氷室さん。はい、皆さんも拍手っ!!」
ふぅ、先生のお蔭でなんとかパラパラと拍手を貰えた。
「それで、氷室さんに何か質問のある人はいるかな?」
先生が教室の皆に問いかけると、女子生徒たちは一瞬顔を見合わせて、数人が恐る恐る手をあげていた。
そして、順番に俺に向かって質問をした。
「あ、あの……す、好きな食べ物はなんですか?」
「好きな、教科は……?」
「えっと、好きな、好きな……」
なんか、皆、俺の好きな物を聞いてくる。
俺は皆の質問に無難に答えるが、誰も好きなタイプとか、彼女いますか? とかは聞いてこない。
ここは思い切って聞いていい所ですよー。
まぁ、俺はガワだけじゃなく中身もイケメン目指してるからサービスで勝手に答える事にした。
「好きなタイプは優しい人です。ちなみに、彼女は今までいた事ありません。ですが、この学校に通ってるうちにそう言う人を見つけられたらいいなと思います」
俺は爽やかな笑顔を意識しながら言い切った。
「「はぅ――」」
クラスのほぼ全員が少し顔を赤らめて黙ってしまった。なんか、俺が想像していた物とは反応が違った。
私、彼女に立候補します! ダメよ、私が先よ! みたいな争奪戦になると思ったのに残念。
まぁ、そうなったらなったで困ってしまうのでこれでよかったのかもしれない。
そう思いながら俺の自己紹介の時間は終わりを告げた。