第4話 『転入生』
配信を終えた次の日俺は学校に来ていた。
まぁ、芸能活動をしてるとはいえ普通の高校生なので当然なのだけれど。
「和希くん、おはよー」
そう俺に挨拶してくれたのは隣の席で髪をツーサイドアップにした可愛らしい女の子である国木田涼子だ。
歌の公開オーディションの時の横断幕は彼女がメインになって作ってくれた物らしい。
俺を応援してくれるとても心の優しい人なのだ。
「おはよう、涼子。実は久美子さんに話があるんだけれど、久美子さんって今週の日曜日とか空いてるかな?」
「お母さん? うーん、土日は買い物とか掃除とかしてるから大丈夫だと思うけど。用事があるなら私から伝えておく?」
「うん、お願いしていいかな? 実は曲の作詞をしてもらえないかって思ってね」
「あぁ、そうなんだ……。ごめんね、和希君、それは無理かも。お母さんいつも仕事ですごい疲れてるし、忙しいみたい。それだと土日も仕事しないといけなくなっちゃうから……でも、一応聞いてみる事はできるけど」
そういえば、久美子さんは体を一度壊しているから無理をさせられないのだった。
「いや、俺の方こそ突然無理を言ってごめん。作詞の方は別の方法を考えてみるよ」
「本当にごめんね、和希君」
涼子が本当に申し訳なさそうにしてしまう。
涼子にそんな顔をさせたかった訳じゃなかったので逆に俺の方も申し訳なくなってしまう。
しかし、そんな俺たちに話しかける人がいた。
「お、おはよう、和希君」
俺のもう一人の隣の席のサッカー女子のユウコだ。
「おはよう、ユウコ」
「そういえば、二人とも聞いた? なんか今日、また転入生がくるって」
「へぇー俺が言うのもなんだけど、こんな時期に珍しいね」
今は12月の初め、そろそろ年末で冬休みに突入する。
それにしても、このクラスにまた転入生とは珍しい事もあったもんだ。
普通ならそういうのって違うクラスになるんじゃないの?
「なんでも、外国人らしいよ」
「へー外国の」
「それって女の子?」
「うん、なんでも外国でも有名な人らしいんだよね。見かけたっていう先輩が言ってたんだけど、私はそういうの疎いから忘れちゃった。サッカーの事なら覚えてられるんだけど、もちろん和希君のこともね」
「あはは、オーディションの時も応援にきてくれたしね。ありがと」
「うん、でも、あれは審査員とゲストがひどすぎたよ、ネットでも皆いってたもん」
俺はネットで自分を調べたりしないのだけれど、どんな感じだったのだろうか。
「ユウコちゃん、それで外国の子ってどんな子なの?」
涼子がユウコに問いかける。
「なんでも有名な歌手とかなんとか……どこの国かは忘れちゃった」
なんとも曖昧な情報だ。
まぁ、もうすぐ先生が来る時間だしそのうち分かるだろ。
しかし、歌手となると俺のライバルだな、まだ俺はデビューしてないけど。
◇ ◇ ◇
あれから先生がやってきてHRが始まった。
そして、ユウコが言っていた転入生の話は事実だったらしく今俺の目の前に、少女――いや、妖精かエルフと見間違えるほどの美しい少女がいた。
なんて綺麗な銀色の髪だ。
「ロシアから来ましたアリナ・エヴァノフです。ロシアでは歌手をやっていました、よろしくお願いしマス」
流暢な日本語で少女が挨拶をする。
そして、声がやばい。綺麗すぎるのだ。
こんな聞き心地のよい声は初めて聞いた。ずっと聞いてられるわ。
教室の皆が拍手をしながら、よろしくーと声をかける。
それにしても、アリナ・エヴァノフ、何処かで聞いたことがあるような……。
どこだったかな、俺は必死に記憶をたどる。
そうだ、確か斎藤さんが入院している時に歌を聴いて衝撃を受けたって言ってたような気がする。
なんだっけ、ロシアの白銀の歌姫とかなんとか言ってた様な。
「エヴァノフさんは日本語は上手ですがまだ、日本には不慣れなそうなので皆でフォローしてあげてくださいね」
先生が笑顔でそう言う。
なんか俺の時と違くないか?
俺の時も、もっとフォローしてほしかったよ、先生。
「それで、エヴァノフさんの席ですが……」
「先生、ワタシ、あそこの席がいいです!」
アリナがそう言って指さしたのは俺の隣の席……涼子の席だった。
「えっ?」
涼子は何が起きたのか分からず目をぱちくりさせている。
「私は和希の隣が良いです! 和希、ワタシ、分からない事沢山あります、だからいっぱいフォローしてください」
アリナが笑顔で俺の元までとことこと歩いてきて手を握ってくる。
その瞬間に鑑定を発動する。
アリナのステータスグラフが頭の中に流れ込む。
「っ?!」
俺はその凄まじく高いステータスに思わず声を出しそうになる。
これがロシアの歌姫と言われる少女のステータスか。
まじ、はんぱねぇ……、歌唱力やばい。
そして声の魅力も高すぎ。
そして、容姿も端麗とか、どうなってんだこの娘。
あーでも、その可憐な見た目とは裏腹に運動神経は悪そうだ……。
「あっ……」
隣の席の涼子からそんな声が漏れた。
俺とアリナが手を繋いでるのが気になったようだ。
「よ、よろしく……」
しかし、俺はアリナと言う少女のステータスに圧倒されてしまいそんな言葉しか返せない。
人の事コミュ障とか言えないな。
そして、アリナは涼子に向き直った。
「席、譲ってください」
「えっ、で、でもエヴァノフさんの席は廊下側の……」
涼子がしどろもどろになりながら何とか言葉をひねり出す。
「ワタシは和希が好きなんです、だから席譲ってください」
なんかいきなり告白されてしまった。
初対面だよね、俺たち。
「えっと、で、でも……」
「貴女も和希が好きなんでスカ?」
アリナにそう言われた涼子は顔を真っ赤にさせてしまう。
「わ、私は……そ、そんな……恐れ多くて……」
涼子は俺をチラチラと見ながらなんとか答える。
完全に俺を意識してますね、なんか可愛い。
「だったら、譲ってください。ワタシ、和希の事好きです、愛していマス」
俺はアリナの好感度の高さに久しぶりに白目になってしまう。
なんでこんなに最初から好感度高いの?
「うぅ……や、やだ……」
涼子は顔を真っ赤にしながらなんとか言葉をひねり出した。
「何故? 日本には人の恋路を邪魔すると馬に蹴られて死ぬという言葉があると聞きました」
「わ、私は……私も……和希君が……」
涼子はこれ以上顔が真っ赤にならないのではないかと言うくらい赤くなってしまう。
それを見かねたのか先生がやっと口を挟んだ。
「エヴァノフさん、日本には郷に入っては郷に従えという言葉もあります。貴女の席はあちらですよ?」
「そうですか。ゴメンナサイ、ご迷惑をおかけしました。それじゃぁ和希、またあとでね」
アリナは俺にウインクをして自分の席へと歩いて行った。
しかし、涼子は顔を真っ赤にしたままだった。
◇ ◇ ◇
昼休み、俺は何時もの様にお弁当を教室で食べていた。
そこに、アリナが声をかけてくる。
「和希、一緒にご飯、食べましょう」
彼女は休み時間のたびに俺の所に来て話しかけてくる。
しかしどうして、彼女の好感度が高いのか聞き出すいい機会かもしれない。
「ねぇ、エヴァノフさん――」
「リナ、リナって読んでくだサイ」
アリナが前のめりになりながらそう言ってくる。
確かロシアって親しみを込めてあだ名で呼び合うんだっけ? よく知らないけど。
「えっとさ、リナはどうして、俺をそんなに……」
「好きって事ですカ?」
「あぁ、うん、そう言う事」
「ワタシ、ロシアで和希の事知りました。和希がドラマ、えっと日本でのタイトルは知らないですけど、執事のやつです。それを見てファンになりました」
「あぁ、ファンとして好きって事か」
「Нет《いいえ》! 和希への好きは愛してるって意味です、和希とエッチなことしたいです」
俺はその直接的な物言いに思わず想像してしまい顔を赤くしてしまう。
「ちょっ、ちょっと、エヴァノフさん、それセクハラ! セクハラだよ!」
今まで大人しく聞いていた涼子がリナに抗議する。
「ごめんなさい、まだ日本語に不慣れで」
リアは笑顔で恥ずかしそうに言った。
いや、わざとだよね、多分。
「和希、私に執事の誓いをやってくだサイ。あのシーンが一番好きなんです」
執事の誓いは前に咲にもやった。
やっぱりこの世界の女の子にはウケがいいみたいだ。
「あぁ……あとでね。流石に教室では――」
「えぇ?! 本当デスカ! 嬉しいです、絶対断られると思ってました。和希はやっぱり優しいネ」
「えぇ?! 和希くん、わ、私も! 私にもやって!」
涼子が身を乗り出していった。
それを聞いた教室にいた女子達も次々にやってほしいと言い出しカオスな状況が生まれた。
「むぅ、リョーコはやっぱりライバルですか……。そうだ、和希、放課後学校を案内してください」
リナの提案に俺は少しだけ考える。
放課後は咲と一緒に帰る事になってるけど、たしかにリナの学校案内も必要か。
「あぁ、いいよ。でも、咲に許可を貰えたらね」
「サキって誰です? まさか彼女っ?!」
リナが突然、目に涙を浮かべて不安そうな声でいった。
「咲は俺がお世話になってる人だよ。日本だと結構有名な財閥の令嬢なんだけど」
それを聞いたリナは心底安心した様子で胸を撫で下ろす。
「そうですか。ちなみに、和希に彼女がいないのは本当なのですよね?」
「そうだね、寂しい事に彼女はいないよ」
俺がそう言うとリナが俺の腕に抱き着いてくる。
リナの大きな胸が俺の腕に当たり形を変える。
「えへへっ、ならワタシが立候補しマス!」
「リナは歌姫って呼ばれてるくらいだし、そう言うのはまずいんじゃないの?」
俺は気になっていたことを聞く。
「大丈夫です、どうせ、ワタシに男性のファンなんて数えるほどしかいませんカラ。逆に和希はワタシと結婚したら大変かもしれませんネ。女性のファンが多いですから」
確かに、この世界がいくら、一夫多妻制を認めていると言っても俺が婚約発表とかしたら嫉妬で大変かも。




