第2話 『初めての配信』
公開オーディションから数日が経過した。
あの番組はやはり多くの人が注目しており、かなりの反響があったようだ。
テレビ局が公式で上げている俺と斎藤さんのオーディション動画がなんと1500万再生を突破したという話を咲から聞いた。
咲も「あんなにいい曲を悪く言うなんて信じられない」っと怒ってくれていたが、俺が今度はそんな事も言えないほど上手く歌ってみせると言うと笑ってくれた。
「いやー、やっぱテレビ局って汚いわー。あの歌の動画を僕達が最初にあげておけば1500万再生いったかもしれないのに」
今、俺の真横で悔しそうにパソコンと睨めっこしながら呟いたのが、音楽活動の相棒でもある斎藤のお姉さんである。下の名前は忘れた。
「あれは番組が注目されていたからこそ、そこまでの再生数になったんじゃないですか? 俺達が最初にあげても1500万は無理ですよ」
「いやー、そうなんだけどね。やっぱり悔しいのよ。あとから上げた歌動画で600万再生いっただけに最初だったらってどうしても考えちゃうのさ」
「まぁ、気持ちは分かりますけど……」
「やっぱり、テレビ局の方は和希くんの泣き顔が映ってるからかな? 君、役者でしょ? 今度の動画では僕達の方でも泣いてみようか」
「泣いてませんし嫌ですよ……」
あのテレビの生放送で泣きそうになったのは俺の中で黒歴史となった。
そして、その動画が1500万も再生されているというこの苦しみ、誰かと分かち合いたい……。
ちなみに、今日こうして斎藤のお姉さんとダラダラと喋っているのは別に暇しているからではない。
一応今後の活動について話し合おうと思っていたからだ。
「それで、あのテレビの放送後に何かしらの反響はあったんでしょ? 西宮の方で何か言われてない?」
「そうですね、一応、河内さん……俺の専属のメイドさんからは俺にCMのオファーとかが来てるって聞いていますね」
「へぇーよかったじゃん。でもスパノバへのオファーじゃないんだね。その辺は残念かな」
「仕方ないですよ、デビュー出来ませんでしたし。でも、チャリティーコンサートのお誘いなら来てますよ?」
「あぁ、僕もその話は知ってるよ。しかも、君の憧れの高野亜里沙さんからでしょ? それでどうするの?」
斎藤さんの問いに俺は考えをめぐらす。
俺としてはチャリティーコンサートには出たいと考えている。
しかし、行き成り世界的ピアニストの高野亜里沙さんと一緒になんてハードルが高くないだろうか。
今現在のスパノバの知名度がどの程度かもわからないし……。
幸いにもチャリティーコンサートには少し時間があり、それまでに少しでも有名になる事を目指すことにするか。
「俺はチャリティーコンサートに出たいと考えています。斎藤さんはどうですか?」
「そうだね、僕としても問題ないよ。それに、チャリティーコンサートで高野さんのファンを僕達が魅了して奪うのも楽しそうだろ?」
斎藤のお姉さんの自信満々の物言いに思わず笑ってしまう。
それに魅了して奪うって高野さんは善意でオファーをくれたのに。でも、まぁ、斎藤のお姉さんらしいかな?
「そうですね、でも、それまでに少しでも知名度を上げておこうと思います」
「知名度ね。和希くんに何か考えが有るのかな?」
「はい、俺に秘策ありです」
◇ ◇ ◇
「それで秘策って、まさかと思うけど……」
斎藤のお姉さんが何故か不安そうな顔をしている。
「はい、ゲーム配信です!」
「いや、音楽全く関係ないよね……?」
確かに音楽は全く関係ない。
だけど、少しでも多くの人に見てもらうために一生懸命考えたのだ。
ゲーム配信なら普段音楽聴かないに人にも宣伝できるし、名前を売るのにも持って来いだ。
ついでに言えば、俺が代表を務めるゲーム会社『Ice Country』のビジュアルノベルゲームの体験版をやる事でそちらの知名度アップも見込めると言う一石二鳥な作戦になっている。
全く一分の隙もない完璧な作戦と言えるだろう。
「音楽は関係ないけど、まずは第一回目の配信なのでいいんですよ」
「ふーん、そんなものなんだ。まぁ、配信用のアカウント自体は前々から和希くんとやろうと思ってたから既に取っておいたからいいけど、それで僕は何をすればいいのかな?」
「斎藤さんは……見ててください」
「えっ?」
「見ててください」
「いや、聞こえてるよ。僕は見てるだけなの? スパノバの記念すべき第一回の放送なのに? でもまぁ、しょうがないか。それじゃぁ、僕は君の横でゲームしてる姿を見てればいいのかな?」
「いえ、もう話したい事は話し終えたので帰っていいですよ」
「……」
斎藤のお姉さんは沈黙してしまう。
まぁ無理もない。でも、仕方ないんだ。
俺と斎藤のお姉さんが二人で乙女ゲーやってもつまらないだろうし……。
「まぁ、分かったよ。でも一応、僕のsnsでも告知はしておくから。ちなみに放送は何時からだい?」
「今日の19時からでお願いします」
「今日?! 随分急だね、二日くらい前に告知しないと後々問題にならないかい? 君のファンとか怒ったりしない?」
「アーカイブが残るので大丈夫だと思います」
「ふーん、まぁ了解したよ、じゃぁ本当に僕は帰るけどいいんだね? 帰っちゃうよ?」
斎藤のお姉さんは何度もそう言って確認してきたけど結局俺の答えは変わらなかった。
◇ ◇ ◇
配信者、それはゲーム実況や、歌、雑談配信などを様々な動画を投稿サイトにアップする人の事だ。
前世だとバーチャル映像を使った配信者などが有名だったな。
この世界でも、いる事にはいるけどやっぱり女性配信者が多い。男性のキャラを使って女性が喋っている事が多いみたいだけど。
配信用のアカウントは斎藤のお姉さんが用意してくれたし、機材は西宮で用意してくれて問題ない。
あとは、名前か……。
まぁ、俺の場合は本名のままでいいか。
「和希、今日動画配信するんだって?」
俺がいろいろと思考していると声をかけられた。相手は俺がお世話になっている屋敷の令嬢である西宮咲だった。
「うん、芸能界のトップを目指すからね、少しでも知名度をあげたくって」
「そう、頑張ってるのね。何か手伝えることはない?」
「ありがとう、咲。でも、大丈夫だよ。よかったら、咲も配信見に来てね」
「えぇ、そうさせてもらうわ。本当は同じ部屋で見ていたいけど、気が散ってしまっても悪いしね。それでどんな配信をするつもりなの? やっぱり歌?」
「ううん、ゲームだよ。ほら俺が代表やってる所の。歌の配信は次の時でいいかなって思ってるんだ」
「あぁ、そうなの。楽しみね」
咲の表情から本当に楽しみにしてくれてるのが分かり、俺は嬉しくなった。
◇ ◇ ◇
あれから配信用のパソコンに今日配信するゲームをインストールしたり、機材を確認したりしているとあっという間に19時近くなってしまった。
後は最終確認だけだ、マイクオッケー、カメラの位置よし、既に人も来てくれているようでいくつかコメントも表示されてる。
ヨシッ!! もうすぐ配信時間の19時だ。
俺は気合を入れる。今日の配信は第一回目だから初見の人でも楽しんでもらえたら嬉しいな。
そして、配信時間の10秒前……5秒前、4秒前,3秒前,2秒,1。
「こんばんは、氷室和希です。今日は配信を見に来てくれてありがとうございます」
俺がそう言った瞬間に物凄い数のコメントが画面に流れる。
おぉ、すごい。初配信で、尚且つ今日の昼間に行き成り生配信すると告知したのに既にかなりの数の人がいる。
『始まったー』
『こんばんはー』
『この前のオーディションみました』
『ファンです結婚してください』
『歌よかったです』
『男だ!』
『ドラマ観てます、これからも頑張ってください』
『オヘソまた見せてください』
「初回からこんなにたくさんの方に来てもらえて嬉しいです。ドラマ観てくれてる方ありがとうございます。オーディションも応援してくださった方ありがとう」
俺が喋ってる間にもコメントが引っ切り無しに流れて読み切れない。
『声が素敵、顔も素敵』
『和希くんしゅき』
『今日は何の配信ですか?』
『告知か何かかな?』
『スパチャできる?』
「全てのコメントを拾いきれなくてごめんなさい。今日はゲーム配信になります。あとスパチャですが今回は一応、スパノバとしての活動の一環なので、出来たとしても全て寄付になりますので無理のない範囲でお願いします」
スパチャとは視聴者が配信者にお金を送る事の出来るシステムの事だ。
まぁ、所謂投げ銭だ。
『なんのゲームですか?』
『和希くんと一緒にゲームやりたい』
『歌聴きたい』
人が多いせいかコメントが流れすぎて本当に誰が何を言ってるのか分からなくなってきた。
前世の人気配信者はどうやって対応していたのだろう。
「今日やるゲームは『Ice Country』から発売予定のゲーム『悪役令嬢転生記』をやっていきます」
『知ってる、めっちゃ面白いやつ』
『男性がやっても面白いと思うゲーム』
『初めて聞いた』
『モブがカッコいい』
『一番人気のモブキャラだけまだボイスついてないから和希くんに読み上げて貰えばいいんじゃない?』
コメントが沢山流れる中、ひときわ目立つコメントが投稿される。
きっとこれがスパチャなのだろう。他のコメントに流されず、しばらく表示されているらしい。
しかも、結構な額のスパチャの様だ。
「あっ、行き成りスパチャありがとうございます。えっと……お名前は氷室和美さんですね。俺と一文字違いの名前なんて奇遇ですね」
俺がそう言うとスパチャに皆が反応し『名案』『天才現る』『和希くんのボイスとかやばい』『和美? この名前は偽名だろ』といった様なコメントが大量に流れ始めた。
ちなみにモブとはこのゲームに登場するゲームのキャラでモブキャラなのに無駄にカッコよく戦闘も強く、ヒロインを守ってくれる一番人気の男性キャラの事だ。
ちなみにゲームの攻略対象ではない。
「えっと、では、せっかくリクエストを頂いたので僭越ながらモブの声は俺がやらせてもらいますね」
俺がそう言うとコメント欄が一斉に流れ出した。
『きたぁああああ』
『一回目から伝説』
『録音、みんな録音しておけ』
『私は録画してます』
『和希君の演技に期待』
『これで声優としてもオファーが来る可能性も……?!』
荒ぶるコメント欄の期待に若干笑顔が引きつりながら俺の初配信は始まった。




