第31話 『輝き』
俺は気持ちよく歌い終わり、深くお辞儀をしてオーディションを終了した。
観覧席からは惜しみない拍手や歓声を貰い嬉しくなる。
そしてここからはゲストや審査官からコメントやアドバスを貰う事になる。
「ありがとうございました、それではゲストに話を聞いてみましょう。今井さん同じ歌手としてどうでしたか?」
司会の人が今井と言う歌手の女性に話を振った。
「うーん、そうですね。メロディや歌詞はそこそこよかったですかね。ただ……」
そういって、今井と言う女性はそこで言葉を切った。
歌詞やメロディはそこそこって言われたことに少しだけ腹が立ったが、音楽に正解などないし人がどう感じるかなど人それぞれだと思う事にした。
それより、今は言葉を切った後のコメントが気になる。
「ただ、なんですか? 今井さんずばっと言っちゃいましょう!」
司会の人に促されて今井と言う女性歌手は再び口を開いた。
「歌声があまりよくなかったです。歌唱力もまだまだでしたが、今後に期待できますけど声はねぇ……それに、音程も不安定でしたね」
「えっ……」
そのコメントに思わず心臓がドキリと大きく跳ね思わず声が漏れた。
俺の声ってそんなにダメなのだろうか? 自分で聞いている声と人が聞いている声は違うらしいが、俺は自分の歌声を録音して聞いているのでそこまで悪くないと思っていたのだけれども。
音程もかなり意識していたつもりだったけど、不安定な部分があったのだろうか。
「なるほど、声ですか~、声じゃどうしようもありませんね。それと歌唱力ですね、うーん、確かに私もそう感じました。では、続いて作曲家の緑川さん、どうでしょう?」
「そうですね、曲はそちらの男の子、えっと、氷室和希くんが作ってるのかな?」
「えっと、はい、メロディは俺で編曲は斎藤さんが……」
「なるほど、なるほど。そちらの女性の技量でなんとか曲としていいように聞こえていますが、実際は特出した点のない平凡な……いや、微妙な物に感じましたね。あまり、作曲家としての才能はないかもしれませんね。もし、デビューするなら私が特別に曲を作ってあげてもいいですよ。ははっ」
緑川という作曲家の女性のコメントを聞いて、俺は愕然としてしまう。
前世の名曲がダメだった? ――違う。
こっちの世界では音楽の趣味が違う物なのか? ――違う。
まさか斎藤さんが手を抜いたとか? ――違う!
もしくは斎藤さんの編曲したのがまずかった? ――違う、違う!!
そこまで考えて、首を振る。
斎藤のお姉さんは完璧に仕事をしてくれた、そこを疑う余地なんてありはしない。
もう分かっているだろ?
ダメだったのはメロディでも曲でも歌詞でもない。
――俺だ、俺の歌がダメだったんだ……。
それしか理由が思いつかなかった。
「それでは、次にモデルのヨシオくんどうでしたか?」
今度は俺にやたら噛みついてきた男性の人だった。
「僕はそうですねー、正直に言うと退屈でつまらない曲だったかなーって。無料でも遠慮したいって思いましたー」
「ヨシオくん、無料じゃなくて寄付するんだよ。そこを間違えたら可愛そうだよ、あはは」
「あははっー、そうでしたー。でも、こんなお粗末な歌だとお金を稼いで寄付なんて夢のまた夢ですね」
なんだか、とても情けない気分だった。
前世の名曲を使えば、斎藤のお姉さんの才能が有れば、そうすれば俺でも歌手になれるなんて夢を見てしまった事が、烏滸がましくも高野亜里沙さんの様に輝きたいと願ってしまった事が。
ただただ、愕然としてしまう。
結局は曲も、斎藤のお姉さんの才能も、どちらも他人の力で、俺自身には何の魅力も力もなかったという事実に。
そして、一瞬でもその両方を疑ってしまった事を酷く後悔した。
俺は膝から崩れ落ちたい衝動にかられる。
――もう、ここで無様に膝をつていも何も変わらない、ならいっそ……。
そう思った時だった。
「和希、胸を張りなさい!」
「和希君、しっかり!」
咲と涼子の声が会場に響いた。
俺はそれを聞き反射的に顔を上げた。
咲はその真っすぐで綺麗な瞳を俺に向けている。
涼子は祈るように俺を見つめていた。
咲や涼子だけではない、このテレビ局まで応援に来てくれた皆が心配そうにみていた。
でも今はその皆にさえ申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
わざわざ応援に来てくれたのに俺のせいですべてを台無しにしてしまった。
「和希、貴方は自分の力で羽ばたくのでしょ?! どうしてここに、このステージに立ちたかったの?! それを思い出しなさい!」
咲の強い意志の籠った声が響く。
俺がここに立ちたかったのは何故だ? 時子さん達には咄嗟に流れで出たいと言った。
けど、その根底にあったのはきっと、ピアニストの高野亜里沙さんに対する憧れがあったからだ。
彼女の様に輝きたいと思う気持ちがあの場でとっさにこの場所に立ちたいと俺に言わせた。
そして、再び咲や涼子、安藤さん、河内さん、クラスの皆に目を向けた。
最後に隣に立ってくれている斎藤のお姉さんに目線を向けと彼女は優しく微笑んで頷いてくれた。
俺は手を強く握って涙が出そうになるのを堪える。
咲が、涼子が、共に演奏してくれた斎藤さんが、あの日の高野さんと同じくキラキラと綺麗に輝いて見えたから。
そして、どうして俺がピアニストの高野亜里沙さんに憧れたのか今分かった。
彼女ほどの世界的ピアニストがどうして、あの時、あの駅でピアノを弾いていたのか不思議だった。
けど、きっと、彼女も誰かの為を思ってあの時あの場所で必死にピアノを弾いていたのだろう。
だから俺はその姿に強く憧れ、すごく輝いて見えたんだ。
――何時からだろう、誰かの為に行動するのが馬鹿らしいと思うようになってしまったのは。
――何故だろう、必死になるのが恥ずかしいと感じるようになったのは。
前世で社会人になる時も誰かの為になる仕事をっと思って始めたはずなのに、いつの間にか自分の為だけに仕事をこなし、必死になる事も減っていき、周りにただ流されるだけの毎日になっていた。
そして俺はこの世界に来てからもずっと利己的な欲求と、周りに流されて行動していた。
けど、この世界の皆は違った。皆が皆誰かの為を思って必死になって行動していた。
咲はずっと、この世界で一人ぼっちになってしまった俺を真剣に心配して支えてくれていた。
涼子だってお母さんを支えるために必死に学校をやめる覚悟をしてまで働こうとしていた。
他の皆だって俺を思って優しくしてくれたり、色々な事を教えてくれた。
ここに集まってくれた皆が輝いて見えるのは自分ではなく他人を思って必死になっているから。そして、その他人とは、間違いなく俺の事だった。
同時に気付く、俺は歌手になりたかったんだ。オーディションに出たいほど本気で、それこそ、とっさに出たいと言ってしまう程に。それに、この一週間、自分でも気づかないくらい必死になって練習してたんだ。
俺はずっと本気で歌手を目指していた。
――俺も輝きたい! ここが俺の人生の分岐点だ! だから、今度こそ俺は――。
「俺は諦めない……!」
「えーっと、和希君? 諦めないと言っても、もう審査は終わってるよ? 会場に来ている女の子に励まされてカッコつけたい気持ちは分かるけど、君は多分、不合格になるだろうね。残念だったけど諦めなよ」
ヨシオという、モデルの男性が俺にそう言った。
その瞬間だった、今まで大人しくしていた斎藤のお姉さんが突然笑い出した。
「えっと、サー・イトゥーさんですよね? 突然どうしました?」
今度は司会者が怪訝そうに斎藤のお姉さんにたずねた。
「いや、和希君があまりにいい表情をするものでね。アンタ達にはある意味、感謝してるよ」
斎藤のお姉さんは何時ものおちゃらけた雰囲気ではなく、ビックリするくらい冷たい表情と声で「それと」っと続けた。
「アンタ等、和希くんに嫉妬したんだろ? この子の才能に」
「はぁ? 何を?! そんな子に嫉妬なんてする訳ないじゃない」
「馬鹿らしい。どうして、我々がその子に嫉妬など」
「そうだ、嫉妬する所なんてない!」
ゲストの人たちが斎藤のお姉さんに必死になって反論する。
「僕はさ、あんまり頭とかは良くないけどさ、音楽に関しては誰にも負けないと自負してるんだよね。いや、正確にはしていたんだけれど、そんな僕が初めて負けるかもって思ったのがこの和希くんなんだよ。そんな子が作った曲が、メロディが、歌詞が、歌声が微妙な、ましてや悪いなんてこと有るはずないんだ。あんたら正直にいいなよ? 本当は怖かったんだろ?」
会場はもはや、しーんとしており完全に放送事故状態だった。
「こ、怖い? どうしてその子を怖がるのよ」
「さぁ? 大方、自分の保身とかじゃないの? 僕はそう言うの分からないから知らないんだけれど」
そういって、斎藤のお姉さんは俺の頭に手を置いて優しくなでてくれた。
「でもさ、覚えておくと良い。僕達は、いや、和希くんはいつか必ずアンタ等のいる場所まで行って、それすらも飛び越えて、歌手で、芸能界でトップを取るって」
「くっ、そんなこと、出来る訳――」
「出来るさ、だってこの子は僕にトップになるって言ったんだ。必ずやり遂げる子だ」
斎藤のお姉さんは病院裏であの日話した俺のトップを目指すと言う軽口をずっと信じていてくれたんだ。
「それに、この放送を見た人はきっと、和希くんを放っておかない。必ず、誰かが見てくれるはずだ。だから、和希くんも胸を張って何か言ってやれ!」
斎藤のお姉さんに背中を押されて一歩前へ出る。
何を言っていいかなんてわからない、それでもこの放送を見てくれている誰かに何か言わなくちゃ。
「俺は、俺の曲で歌手になります。誰に否定されても必ず! もし、俺を、俺達を使ってもいいと言う方がいたら、どんなに小さなホールでも構いません、喜んで駆けつけるので是非呼んでください」
次に繋がる何かが欲しい。今日ここに来たのは無駄じゃないんだって思いたい。
そういって深々と俺は頭を下げる。
そして、その格好のまま俺は続ける。
「それと、最後に……俺はこの芸能界でトップを目指します。俺を見てくれた誰かが笑顔になってくれるような、俺の歌を聴いてくれた誰かが「明日も頑張ろう」って気持ちになるような。そして、この世界で一番輝いてみせます」
俺は顔を上げて自然な、今までで一番自然な笑顔で言い切った。
それを見た司会者、ゲスト、審査員、そして観客を含む全員が言葉を失い会場は静寂に包まれた。
しかし、それを聞いた斎藤のお姉さんだけは満足そうに言った。
「うんうん、よく言った和希くん! んじゃ、言いたいことも言ったし、どうせ、あれだけぼろクソに言われたんだ、不合格だろうし僕たちは帰らせてもらうよ。それじゃーね、ばいばーい」
そして、俺は斎藤のお姉さんに連れられて舞台袖へと捌けた。
◇ ◇ ◇
控室にある荷物を取りに行く途中で、俺たちの前に演奏したバンドのグループに鉢合わせした。
「どいてもらえるかな?」
斎藤のお姉さんが静かにバンドグループに言った。
「アンタ等の曲、すごかったよ。それこそ本当に嫉妬しちゃうくらいに……」
そう言ったのは控室にいる時にもめた気の強そうな女性の人だった。
「うん、ありがとう。でも、見ての通り、今和希くんはアレだけの啖呵を切って置きながら凹んでいてね。これで失礼させてもらうよ」
「あぁ……あたしが言うのもなんだけどアンタ才能あるよ。だから絶対諦めるんじゃないよ!」
◇ ◇ ◇
控室で荷物を回収し、ギターをケースに仕舞っている斎藤のお姉さんに俺は声をかける。
「あの、すみませんでした」
「それは、何の謝罪だい?」
斎藤さんのお姉さんはずっと俺を、俺の才能を信じていてくれた、なのに俺は一瞬だけど疑ってしまったのだ。
「その、俺は一瞬だけ斎藤さんを、斎藤さんの才能を疑ってしまいました」
斎藤のお姉さんは俺をずっと信じてくれていたのに対して、俺は……。
「そうか……でも、気にすることないよ。誰にだってそう言う気持ちはある。それに正直に話してくれたからね」
「あと、一回否定されたくらいで揺らいでしまった事もです」
「うん、和希くんはまだ若いからね。そういう時もあるさ」
中身はオッサンなのだけれど、テレビで泣きそうになった事も恥ずかしい。
だけど、いつまでもクヨクヨしていられない、だって俺たちはプロを目指して明日からも頑張らないといけないのだ。
今回は残念だったけれどもいつか必ずチャンスはやってくると信じて俺は前を向くと事にした。
そして、いつかは芸能界のトップに、輝ける人間になる為に。
俺はこの男女あべこべの男が希少な世界で人物鑑定スキルと容姿を武器に芸能界のトップを目指す。
◇ ◇ ◇
超能力者であり、北条財閥の会長でもある北条時子は今、自分の財閥がスポンサーを務めるテレビ局のオーディション番組へと来ていた。
「ほ、北条様、本日はどのようなご用件で?!」
先ほどまで、オーディションの司会者をやっていた女が駆け寄ってくる。
結局、和希たちがオーディション番組の出番を終えてから数分後に合格発表がされたのだがエンディングには7グループしか参加せず、和希たちは本当に帰った様子だった。
そして、その中から一グループだけが見事プロとしてデビューすることがきまった。
時子としてもそれに異論はない。
ただ、どうしても確かめたいことがあったのだ。
「今日は、少しゲストの方と試験官の方と話をしたくて」
時子がそう答えるとスタッフがすぐに本日のゲストだった三人と試験官を呼んできた。
「おぉー、あの北条財閥の会長さんですよね? お会いしたかったです!」
そう言って握手を求めてきたのがモデルをやっているヨシオと呼ばれる男性だ。
時子は握手をしながら超能力、サイコメトリーを発動させる。
「本日は少し聞きたいことがあって、北条と東間財閥が推薦した、氷室和希くん、えっとスパノバだったかしら? それはあまり良くなかったかしら?」
時子が問いかけるとヨーコは気まずそうに視線を外しながら超えた。
「え、えぇ……僕はあまり良くないと感じました。それに途中で帰っちゃうし、芸能界事態も向いていなですね、まぁ、あのレベルならその辺にごろごろいますよ。それにしても、笑っちゃいますよね、この芸能界でトップを取るなんて言い出すなんて。まだ高校生の子供だとしても、どんだけこの世界を舐めてるんだよって話ですよ。あっ、それより、北条さん、この後、お食事とかどうです? 僕の行きつけのレスト――」
「そう、話してくれてありがとう」
時子はヨシオの話を途中で遮り笑顔でそう答える。
続いて、作曲家の緑川、歌手の今井、そして試験官を務めた数人の女たちと次々と握手をしながら同じ質問を投げかけていく。
そして、全員が和希たちにあまり良くない評価を口にし、逆に北条には媚を売るような事を発言した。
全員から話を聞き終えた時子は再びお礼を言うとこう口にした。
「私の好きな人物像はね、どんな逆境でも決してあきらめず、それでも前を向く人間なの」
時子の脈絡のない、突然の話の切り替わりにその場にいた全員が疑問符を頭に浮かべた。
「逆に、嫌いな人物像は三つあるの」
「はぁ……三つですか?」
司会者の女が首を傾げながら聞き返す。
「一つ目は嘘をつく人間」
時子は人差し指を立てた。
「二つ目は他人を蹴落とす人間」
二つ目の指を立てる。
「そして、最後は未来ある者の芽を摘み取ろうとする人間」
そういって、三本目の指を立てた時子。
それを見た全員が青い顔をする。
「さて? 貴方たちはどちらに当てはまったかしら?」
そう言った、時子の顔は既に笑ってはいなかった。
「な、なにを言っておられるのですか、北条さん?!」
「そ、そうですよ」
「意味が分からない!」
司会者や試験官、それにゲストの面々が声を荒げる。
「秘密のサインが有ったのでしょう? 和希くんを落とすためのサインが……」
その言葉にぎょっとする面々。
「な、なにを根拠に!」
「VTRを見返せば分かるわ。ばっちり映っているもの。不自然なサインらしき行動が」
「わ、私達を脅してるんですか? あ、東間が黙っていませんよ?!」
「そうです、同じスポンサーである、東間が――」
ゲストや試験官は口々に反論する。
それでも、北条時子は冷静にそして冷徹に答える。
「そうかしら? 不正をしたと知ったら東間はきっと怒るわよ? それに和希くんは西宮の関係者だし、西宮財閥だって、不正に一人の青年を貶めた貴方たちを許さないと思うわ。更に言うと南波留財閥の令嬢の恩人でもあるあの子がテレビで恥をかかされたと知ったらどう出るかしらね? 少なくとも南波留のテレビには呼ばれなくなるかしら? 後は真中財閥だけど、あそこがどう出るかは知らないけれど、一途の望みをかけて縋ってみたらどうかしら? まぁ、五大財閥のうちの四つに嫌われた貴方たちを引き取るとは思えないけど……」
それを聞いた全員がその場にへたり込んでしまった。
そして、北条時子は考える。
――和希くん、貴方は今回の事で大きく成長したようね。でも、きっと貴方が目指す道は歌手だけではないのでしょうね。
今回の放送で、彼という存在は、彼自身が思ってるより多くの人の目に触れたはず。
善意のある人間、悪意のある人間、それこそ数えきれないくらい沢山の人々に。
大きな輝きは多くのモノを引き付ける。
そして、例え善意を持った人間だろうと気を付けなくてはならない。何故なら、他人の善意が彼にとっての善であるとも限らないのだから。
力を上手く使いなさい。けして、間違った方向に行かない様に……。
一章は明日の掲示板を最後に終了となります。
一章の文字数が12万字程度でラノベ一冊分になりますがここまでお読みくださった皆様に感謝を。
二章の更新になりますがしばらく書き溜めてから、再び投稿するかたちを取らせて頂きます。
詳しくは明日の掲示板のお話を更新後に活動報告に書かせて頂こうと思っているので気になる方は覗いてみてください。
また、感想や誤字報告を送ってくださった方々にお礼を言わせてください。有難うございました。
ブックマーク、評価をしてくださった方々にも感謝を、お蔭様で一章を完結まで掲載する事が出来そうです。




