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第3話 『憧れ』

 それは、俺がこのパラレルワールドに来てから三日目の朝の事だった。

 この日も朝から、風呂に入ろうと思っていた俺は不幸? いや、幸運にも風呂場で咲と鉢合わせをしていた。


 なんと俺が脱衣所で服を脱いで風呂場のドアを開けると咲が先に入浴していたのだ。

 一糸まとわぬその姿は、濡れた長い金髪の髪が、透き通るような白い肌が全てが美しかった。


「きゃっ、ご、ごめんなさい、和希。わ、私はもうあがるから――」


 そう言って急いで浴槽から立ち上がる咲。

 この世界が貞操逆転してるなら咲だって、超イケメンである俺の裸を見たいハズなのに必死に顔と目を背けている姿に紳士ならぬ、淑女だなーなんて考えていた。


 それに比べて俺はなんで先客がいないか確認しなかったんだろう。これからは気を付けよう。

 でも、こういうラッキースケベは正直嬉しい。

 咲の裸を見れただけでもこの世界に来たかいがある、なんて考え深く思っていた。


「ううん、俺の方こそごめん、よく確認してなかった。咲はゆっくりしていていいよ。俺は気にしないから」


「えぇ?!」


 むしろ、一緒に入りたい。俺にとってもご褒美だから。


◇ ◇ ◇


 そして今、俺たちは二人で並んで広い湯船に入っている。

 さすがお金持ちのお嬢様の屋敷のお風呂。

 普通の温浴施設の広さくらいはあって二人で入っていても大分広い。

 

「か、和希、私、思うのだけれどやっぱり、年頃の男女が一緒にお風呂に入るのは良くないと思うの」


 咲はそう言って体育座りのような恰好で小さくなっている。


「うーん、確かにそうかもねー」


 俺は咲にのんびりとした口調で答えた。

 やっぱり風呂って気持ちいいわ。しかも、隣には美少女までいる、極楽極楽。


「和希は少し、常識が無さ過ぎるわ。普通なら女の子に、お、襲われちゃうんだから……」


 咲の声は恥ずかしさからか段々萎んでいって最後の方は本当にボソっという感じで呟いた。


「そうだね、気を付けるよ。でも、俺の体って傷とか痣が沢山あってそんなに魅力ないだろ?」


「そんな事ないわ! 和希はとっても魅力的よ……それに、その傷や痣だって後に残る物じゃないって安藤から聞いたわ」


 そう言えば、初日に執事の安藤さんに体を見られてたっけ。咲は安藤さんの雇い主だからそう言う報告もいくんだな。


「それに、例え傷が残ったとしても和希は本当の魅力は内面だもの……外見ももちろん魅力的だけれど、求めてくる女子は多いと思うわ」


「そっか、そうだと嬉しいな」


「ふふっ、やっぱり和希って変わってるね。普通の男の子なら嫌がるんだけれど」


「好意を持たれて嫌がるなんて、普通の男子って贅沢だね」


「そうね、きっと男女比が均等じゃない、この世界はいびつゆがんでしまったのよ」


 咲はとても寂しそうにそう言った。


「なんて男女比が1:1とかの世界なんて物語の中だけなんだけれど……」


 男にとっては楽園の様なこの世界は、女性にってはきっと苦しく厳しい物なのだろう。

 俺はこの世界に来て何かをするべきなのか? 神は俺をただ転生させるだけだと言っていたけど……何か役割があるのでは。


  なんて考えても分からないか。


 ふと静かになった隣を見てみると、咲が顔を真っ赤にして目を回していた。


「きゅ~……」


「えぇ?! ちょっと咲! しっかりして!!」


 そういえば、ずっと湯船に入りっぱなしだったもんな、そりゃのぼせもするか。

 俺は脱衣所へ咲をお姫様抱っこして急いで運ぶことにした。


◇ ◇ ◇


 咲を脱衣所に寝かせてから、俺は急いで服を着て屋敷の使用人であるメイドさん達に咲がお風呂でのぼせてしまった事を伝えた。

 

 そして、うちわで仰がれている咲を見ながら俺は脱衣所を後にした。

 脱衣所を出るとすぐに執事の安藤さんがやってきて、俺に咲の容態を聞いてきた。


 俺がのぼせてしまっただけだと伝えると安心した様子だった。


 そして、一緒にお風呂に入っていたことに対して、何か言われるかと思ったけど特に何も言われることはなかった。


「安藤さん、実は今日、少し街を見て回りたいのですが……」


 俺は今日の予定を安藤さんに伝える。

 こっちの日本は前世とどこが違うのか実際にこの目で見て回りたかったのだ。


「畏まりました」


 安藤さんはそう言うと一人のメイドさんを呼び出し俺に紹介してくれた。


「この者は、これから和希さまの専属メイドといたしますので、何かあれば何なりとお申し付けください」


河内かわうちと申します、和希様よろしくお願いします」


 そう言って俺に頭を下げたのは20代前半と思われる髪を肩口くらいで揃えられた、とても美人な女性だった。メイド服もよく似合っていて姿勢や、お辞儀も正直美しいと思った。


「はい、よろしくお願いします」


「それと、今日は外を見て回りたいとのことですがわたくし、河内がご一緒させていただいても構いませんでしょうか?」


 河内さんはとても綺麗な女性だけれど表情はあまり変わらないようで、淡々と話している。

 きっと、彼女は俺の護衛と案内の両方を兼ねているのだろう。男性の一人歩きは色々と危ないらしいからね。

 俺は河内さんの申し出を快く了承する。


「はい、もちろんです」


「それでは和希様、いってらっしゃいませ」


 俺と河内さんは執事の安藤さんに見送られながら街へと繰り出すことになった。


◇ ◇ ◇


 繰り出すことになったのだが、どうにも街の皆の視線が俺たちに突き刺さる。


 なぜだろう、それは俺が珍しい男だから? 違う。

 俺がイケメンだから? それも違う

 ではなぜ? それはね、俺と河内さんが執事服とメイド服を着ているからだよ。


 人が沢山いる街中でこの格好は正直きつい。どうせなら洋服を買うお金も貰って来ればよかった。

 居候してる身でお金下さいって言うのもあれだけれど、この視線には少し耐えがたい物がある。


 街には大勢の女性たちがいるけど皆こっちを見ながらヒソヒソ話をしている。


「ねぇ、あれってコスプレかな? すごいイケメン」


「何かの撮影じゃない? 隣にメイド服の女がいなかったら絶対声かけたのに」


 などと、聞こえてくるのはだいたいこんな感じの会話だ。

 

「河内さん、俺たちなんか注目されちゃってますね」


「そうですね、和希さまが男性だからでしょうか?」


 河内さんのずれた回答に思わずズッコケてしまう。

 それもあるけど、どう考えても服装が原因でしょう。


「いえ、多分俺たちの服装のせいかと……」


「確かに、似合ってますからね和希様の執事服」 


 うん、ありがとう。でも、そうじゃない、そうじゃないんだ……。

 俺としてはどこかで河内さんと服を買って着替えたい。でも、そんな思いもこの女性には通じないようだ。


 俺は諦めて、街の散策を続ける事にした。


 やっぱり、この世界はパラレルワールドなだけあって地名が一緒でも道路などの道も全然違っていた。

 当然、俺の知っているお店なんかも一つもない。


 そして、大通りをあてもなく進んでいると駅と思われる場所に付いた。

 やはり、駅と言うだけあって人通りが激しく、皆忙しそうに行きかっている。


 そんな中、ある場所に人だかりが出来ているのを見つけた。


 河内さんを連れて近づいてみるとピアノの音が聞こえてきた。

 全く、知らない曲だったけどすごく旋律が綺麗な物だった。


 どうやら、駅前に置いてあるピアノを誰かが弾いているらしい。

 その様子を人ごみの隙間から覗いてみると、一人の少女がとてもアップテンポで美しい曲を奏でていた。


 俺はその姿に釘付けになってしまう。服装もきちんとした青いドレスを着ていて、まさにピアニストの演奏会といった雰囲気だった。

 その少女のまわりは音がキラキラと輝いてみえ、その姿はまるで映画のワンシーンの様で俺は夢中で少女の演奏を聞き入ってしまう。


 あっという間に演奏が終わってしまい少女は椅子から立ち上がり深くお辞儀をした。


 気が付くと俺はその少女に人一倍大きな拍手を送っていた。すると少女は俺の方を向いたと思うとニコリと笑ってくれた。

 

「今日は、執事服のかっこいいお兄さんに大きな拍手も貰えたし演奏してよかったわぁ」


 少女は少し、関西の京都だろうか? そんな感じのなまりのある喋り方をしていた。

 少女の言葉に見ていた観客も俺の方をチラッと見て笑っている。


 俺は少し気恥しくなって軽く会釈をした。


「あれは高野亜里沙たかのありささんですね」


 俺のすぐ傍に控えていてくれた河内さんがそっと俺に教えてくれた。


「有名な方なんですか?」


「はい、若き天才と言われた世界的なピアニストです」


 歳は今の俺とあまり変わらないくらいなのにすごいんだな。

 ピアニストの亜里沙さんは皆に拍手で送られながら駅の構内へと消えていった。

 俺は彼女が見えなくなるまでその姿を見送っていた。

 

 俺も彼女みたいにキラキラと輝きたいという憧れを抱いたまま。

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