第26話
斎藤のお姉さんと病院で音楽をやる日々は楽しかったけど、俺の怪我も治り退院する日がやって来た。
俺はスマホを持っていないので、退院後はパソコンを使って斎藤さんと連絡を取ることにしていた。
斎藤のお姉さんとはノルマも期限も無いからゆっくり音楽をやっていこうって言う事になった。
そして、退院祝いに咲からバッチを貰った。それをいつも身に着けている様に言われたので今日も胸に付けている。
まぁ、それは置いておくとして今日は久しぶりにドラマ撮影に来ていた。
だいぶ、俺のシーンだけ遅れが出ているので頑張って遅れを取り戻したいと思っている。
そして今は撮影が一段落し、俺は一人、撮影現場の隅っこで椅子に座り休憩をしていた。
主役のモカさんは別のシーンの撮影をしているので今はいない。妹役のトーコちゃんは今日は休み。そして、いつもは一緒の河内さんも電話がきて今は席を外している。
「あれ? あんたは……」
そんな声が聞こえ、声の方に視線を向けるとドラマで俺のクラスメート役をやっている少女が一人いた。
「氷室和希よね」
「えっと、はい、そうです。君は俺を虐めてたクラスメートの――」
「ちょっと、人をイジメっこみたいに言わないで頂戴。私だって別にやりたくてイジメ役やってる訳じゃないんだからね!」
「ご、ごめん」
俺は少女のあまりの剣幕に反射的に謝ってしまう。
「それと、この業界では私の方が先輩なんだから敬語をつかいなさいよ」
「す、すみません」
「ふんっ、まぁ年も私の方が一つ上だし当然よね」
「そうなんだ、それで君の名前は?」
俺がそう言うと少女は一瞬呆けた顔をしたかと思うと、次の瞬間には鬼の形相になっていた。
「信じられない! 私を知らないなんて! いい?! よく聞きなさい、私の名前は北条由依よ! アンタには負けないからね!」
そう言って彼女は無い胸を思いっきり反らしながら俺を指さした。
へー、北条由依ね。……北条? なんかファッションビルであった超能力者のお婆さんも北条だったよな。
もしかして、あの北条財閥の関係者だろうか。
言われてみれば、どことなくお婆さんに似てる気もする、目元とか。
「ちょっと、聞いてるの?!」
彼女をまじまじと観察していたら、反応が遅れて怒られてしまった。
「えっと、はい。北条さんってあの北条さんですか?」
「家は関係ないわ! 私は、私の実力だけでトップ女優を目指すの! アンタと違ってね!」
なんだかずいぶん目の敵にされてるきがする。
「俺と違うってどういう意味です?」
「そのままの意味よ! アンタは西宮に飼われてるらしいじゃない? 今の役だって監督に取り入ってもらったんでしょ?! いいわよね、男性ってだけで持て囃されて」
「取り入ったと言うか何と言うか……、でも、監督に気に入られて役を貰ったのは事実ですね」
まぁ、俺の場合はゲーム会社の資金援助がかかっていたのだ。俺の意思など関係なくやるしかなかったのだけれど、それはこの少女には関係ない事だ。
「ほらね! みんな、噂でその話も知ってるんだからね! アンタはこの業界では有名人だし……けどね、この業界は礼儀をキチンとしておかないと虐められるわよ」
「えっと、もしかして心配してくれてるんですか?」
「べ、べべ、別に心配なんてしてないわよ! ただ、アンタが病気だか怪我で入院したせいで私たちのスケジュールも大幅に狂ってるんだからね! 一応、皆に会ったらもう一度、謝罪しておきなさいよ」
俺は退院してからドラマ撮影に復帰した日に一度、ドラマのスタッフさんや役者さんに全員に謝罪をした。
それでもちょい役の人達にはまとめての謝罪だったので個別にちゃんとしろって事なのだろうか?
「はい、有難うございます。北条さん」
「ふんっ、特別に私の事は由依先輩と呼ぶことを許してあげるわ」
少し照れて恥ずかしそうに、そう言った彼女が可愛くて思わず笑ってしまう。
「はい、由依先輩!」
「まぁ、アンタはトロそうだしこの業界の事を私が教えてあげるわ! まず、朝でも昼でも夜でも挨拶は常におはようございますなの、理由はね――」
「へー、そんな事まで知ってるなんて流石です由依先輩」
俺たちが二人でしばらく楽しく談笑してるとスタッフらしき人物の女の人が近寄ってきた。
「いたいた、和希君。次の撮影場所が変更になったんだ。移動するからついてきてくれるかな?」
あれ? なんか今、この女の人に違和感を感じたような。
でも、それは一瞬の事だったので気のせいだったかなっと思うことにした。
「変更って、どのシーンになったんですか?」
「私も詳しくは知らないけど、監督にそう言われたんだ。急いできてほしいって」
「監督って言うと今、廃工場の視察いってるんじゃなかった? ほら、アンタの妹役のトーコとか言う女の子が誘拐されるシーンで使われる」
「そ、そうそう、そうです」
スタッフの女の人も同意する。
「あー、監督今日は視察いってるんだったね。それにしても、今日はトーコちゃんは休みだし、俺を呼ぶなんて……もしかして、何かトラブルかな?」
「そうかもね、でも、安心しなさい。私も一緒に行ってあげるわ」
「「えぇっ?!」」
スタッフの人と一緒に由依先輩の発言に驚いてしまう。
「由依先輩は忙しいんじゃないですか?」
「何? 私が一緒に行くのは嫌なの?」
由依先輩が俺をジロリっと睨む。
「い、嫌じゃないです……」
「それじゃぁ行くわよ」
そう言って由依先輩は女のスタッフに車の場所まで案内してもらうように促した。
「ま、待ってください、河内さんに連絡しないと直ぐには行けませんよ」
「あ、あぁ、マネージャーの人なら用があるから先に行っててって言われてるよ」
えぇ……、あの河内さんが? どんな撮影の時も一緒だったのになんか寂しい。
あと、河内さんは正確にはマネージャーじゃないんだけど。それっぽい事をしてくれはいるけど。
スタッフの間だとそんな認識なのかな。
「そうなの、それじゃぁ、行くわよ、和希っ!」
まぁ、今回は由依先輩が代わりに来てくれるらしいし、たまにはいいか。
◇ ◇ ◇
車のある駐車場まで来たのだがなんだか様子がおかしい事に俺は途中で気が付いた。
いつも、車が停めてある駐車場ではなく、人気の少ない第二駐車場の方に向かっているからだ。
俺は由依先輩の服の袖を引っ張り小声で話す。
「由依先輩、なんかおかしいですよ? このスタッフさん、よく考えたら見たことない気がしますし……それに第二駐車場は撮影スタッフも普段は使わないように言われてるはずですよ?」
「何? 怖いの? 確かに少し薄暗いけど私がいるから平気よ!」
そう言って由依先輩はずんずんと知らないスタッフの後をついて行ってしまう。
俺は既に引き返したい気持ちだったが、彼女を一人だけ行かせる訳にもいかず渋々付いていき、とうとう第二駐車場に着いてしまった。
そこには一台のワンボックスカーと3人の女たちがいた。
「おっ、来た来た!」
「おぉ、ナマ和希くんカッコいい!」
「なんかもう一人いないか?」
なんだ、こいつら……俺を舐めまわすように見てくる。
やっぱり、何かおかしいっと言うか流石に俺でも気づく。
最初に違和感を感じた理由が分かった、スタッフの人は俺を氷室さんって呼ぶんだ。
和希君って呼ぶのは役者を除くと、監督と助監督くらいだ。だから――
この人達スタッフじゃない!
由依先輩も流石に何かおかしいと気づいたのだろう。足が止まる。
「由依先輩、走って!」
俺は由依先輩の手を取って来た道を全速力で駆け出す。
「か、和希っ、ま、待って――」
由依先輩が何かを言いかけるが今はそんな話を聞いてる場合ではない。
「あっ、待て! 逃がすな!!」
「和希くん、待てー!!」
必死に走るがこの世界の女性は男性より筋力が強いらしく俺より足が速い。
脚力に差が有ってこのままだと女たちに追いつかれてしまう。
「由依先輩、誰か大人の人に知らせてください!」
「えっ、和希っ、は、どうするの?!」
「彼女らの狙いは俺です、俺が時間を稼ぎます」
「だ、ダメよ。一緒に逃げましょう!」
そんな事を言ってる間に女の一人に追いつかれてしまう。
あわや、その女に腕が掴まれるという所で、ひらりと身をかわして、足を引っかけて転ばせることに成功した。
「ぐべっ――」
「由依先輩、行って!!」
由依先輩を送り出し、俺は女たちと向き合う。
こう見えても、俺は咲の屋敷に来てから安藤さんから護身術を習っているのだ。
このチートボディを舐めるなよ! 俺はそう簡単に負けたりしない!
「和希っ! 絶対、絶対、すぐ戻るから、それまで待ってて!」
俺は由依先輩がちゃんと逃げてくれたことに安堵する。
「くそっ! 一人逃げられた!!」
「どうせ、女だ! 放って置け!」
「人を呼ばれる前に連れ去るぞ!」
「いててて、酷いなぁ、和希くん」
女たちは俺たちを誘導した一人と車の近くにいた三人の計4人だ。
そして、俺が足を引っかけて転ばせた相手もすぐに立ち上がってしまう。
「どうして、俺を連れ去ろうとするのです?」
俺は時間稼ぎに女たちと会話を試みる。
「そんなの和希くんがイケメンだからでしょ」
「おい、余計な事はいうな!」
「私が一番に楽しませてもらうわ」
「ふざけないで! アンタは一番最後よ」
なにやら女たちがもめ出したので、チャンスと見て女のうちの一人に飛び蹴りを食らわす。
正当防衛だから女だろうと容赦はしない。
「おっと!」
だが、俺の攻撃は簡単に女に受け止められてしまい。足を掴まれてしまった。
えぇ?! どんな筋力してるんだよ。
「捕まえた」
そう言って女は俺を見て粘着くような気味の悪い笑顔をつくった。
俺は余りの気持ち悪さに思わず、掴まれた足を軸に回転して蹴りを顔面にお見舞いしてやった。
「ぐへっ」
見事、女の鼻のあたりに蹴りをお見舞いできたが、無理やり回転したせいか足を痛めてしまい地面に倒れこんだ。
――くそっ、足、捻った。立てない。
「痛いわね! 無駄な抵抗しちゃって!」
「でも、これで得意の蹴りも出来なくなったわね」
「おい、ロープ持って来い!」
俺はあっけなく女たちに取り押さえられてしまうのだった。
「くっ! は、放せ! 俺を捕まえたって絶対楽しめないぞ!」
「それを決めるのは和希くんじゃないんだなー」
「お前はもう黙ってろ! 取り合えず、これ嗅がせろ」
女のうちの一人が俺の口元にハンカチみたいな物を押し付けた。
よく、ドラマなんかで観るあれだ。
しかし、この時俺は思った。
――このハンカチ、香水くさっ!! こんなんじゃ気絶できねーよ!
こいつらの計画の甘さにも腹が立ったし、こんな奴らに捕まる自分にも腹がたった。
そして、結局ハンカチが効かないと分かると、俺は手足を縛られ車の中へと押し込まれたのだった。




