第23話 『小さなコンサート』
この話は22話である『南波留佳織』より数日前の話になります。
俺が意識を失って西宮財閥が経営する病院に担ぎ込まれてから数日がたっていた。
その間、俺はただひたすらにぐーたらと食っちゃ寝の生活を送っていたのだが、そんな生活も三日ほどで飽きていた。
入院した当初は咲の家に俺の知り合いから結構連絡が入っていたらしい。
主にドラマ撮影の監督さんとか、俺をレストランに招待してくれた重森さんとか色々な人からだ。
一応、命に別状はないという事で皆、安心したがすごく心配していたと咲から聞いた。
しかし、今日は平日という事で咲は学校に行っており、安藤さんも屋敷や西宮財閥関係の仕事で忙しいらしくお見舞いに来てくれるのは夕方ごろだ。それでも、毎日お見舞いに来てくれて正直有り難い。
そして中でもドラマ撮影に付き添ってくれている俺の専属メイドである河内さんは頻繁に着替えなどをもって来てくれていた。今も、河内さんは俺のお見舞いに来てくれており話し相手となってくれている。
しかし、河内さんはあまり喋らない女性なので主に聞き専だ。
そろそろ話のネタも尽きたので外を散歩したくなった俺は河内さんにお願いして病院内を散歩することになった。
まだ動くとわき腹が痛いので車椅子での移動になるが、今日は天気がとてもいいので病院の庭園へと向かう事にした。
そこは、病院の敷地内という事でとても綺麗に整備されている、だけど人は殆どおらず俺と車椅子を押してくれている河内さんだけだ。
「こんなに綺麗なのに誰も来ないなんてもったいないですね」
俺は河内さんに問いかける。
「病院なので当然ですが、皆様病気や怪我の方ばかりなのであまり外には出られないのかもしれませんね」
それからしばらくは二人で花などを見て回ったが風が気持ちよく少しだけ眠くなった。
「和希様? 眠いようなら病室に戻られますか?」
俺は目をつむり河内さんに答える。
「もう少しこのままで……」
あぁ、本当に気持ちがいいな。こんなにのんびりしたのはいつ以来だろうか。
こっちの世界に来てからも忙しかったし、前世でも会社に入ってからはずっと忙しかった。
だからだろうか、思わず前世の好きだった曲を口ずさんでしまう。
「~♪」
「とてもいい曲ですね、何と言う曲ですか?」
「あー、これはですね……」
前世の曲なので当然こっちの世界には存在しない。
なんて河内さんには答えた物か。
「『星の夜』って言う曲なんです」
「聞いたことないですね。私は結構音楽が好きなのでよく聞くのですけど、どんな方が歌ってるんですか?」
「いえ……俺のオリジナルです」
前世の作曲した人に心の中で謝る。
別にお金を取るわけじゃないので許してほしい。
「オリジナルですか。和希様は音楽の才能がとてもお有りになるのですね。歌もとても上手ですし」
「そうですか? 河内さんにそう言ってもらえると嬉しいです」
そんな雑談をしながら庭園のベンチのある場所までやってくる。
「折角なのでもう何曲か歌ってもいいですか?」
「はい、聞きたいです」
「立ったままではなんなので、そこのベンチに座って聞いてください。どんな感じの曲がいいとかリクエストは有りますか? 俺はあまり曲を知らないので全部オリジナルになってしまうのですが」
「そうですね、明るく元気の出る曲をお願いします」
河内さんがとても優しい声色でそう言った。
やっぱり、河内さんってお姉ちゃん属性あるよな。なんか甘えたくなる。
「分かりました。では聴いてください『流星』です」
それから俺はわき腹が痛いことすら忘れて必死に前世の曲を歌った。
なんだか懐かしくて、本当に別の世界に来てしまったんだなっと今更なながら実感した。
『星に届くように、高く舞い上がれ~♪ 夢に届くように、成層圏を突き破って~♪ 何処までも真っすぐ~光の筋となれ~♪』
ドラマの主題歌の時より思いっきり気持ちよく歌えてる気がする。
それから、夢中で3曲ほど歌ってしまった。
「有難うございました」
そう言って、河内さんに軽く頭を下げた瞬間だった。
河内さんが拍手してくれてるのとは別に、背後から複数の拍手が聞こえた。
驚いた俺は慌てて振り返ろうとしので体を捻った、そのせいでわき腹が痛んだ。
「うぎゅっ!」
思わず変な声が出てしまう。
「和希様っ! ……もう、あまり無茶してはダメですよ」
河内さんが俺を車椅子ごと、反転させて拍手をくれた人たちの方へ向けてくれる。
「とても素敵な歌だったわ」
「歌声、きれいだったぁ~」
「ねぇねぇ、なんて曲なの?」
「もっと歌って~」
いつの間にか数人の年寄りと、子供たちとその親が集まってきていた。
おそらく病院の患者とその家族だろう。
河内さんしかいないと思ってたのに恥ずかしすぎる。
「えっと……うん、気が向いたらね」
俺がそう言うと子供たちが一斉に『えぇ~?!』っと駄々をこね始めた。
俺は思わず河内さんに助けを求める視線を向ける。
「では、明日も天気がいいらしいですし明日、歌っては如何でしょうか?」
「明日ぁ~?」
「明日も歌ってくれるの~?」
「明日も楽しい曲がいいな!」
俺はまだ了承してないが子どもたちが既に燥いでしまっている。
「おや? もしかして、もう歌は終わってしまったのかい?」
するとそこに何故かギターらしき物を持ったパジャマ姿の20代くらいのお姉さんが現れた。
「えっと、はい、今ちょうど終わりました」
お姉さんは俺の返答を聞くととても残念そうにする。
「そうか、それは残念だな。せっかくギター持ってきたのに……あぁ、僕は斎藤っていう者なんだけど即興でメロディにコード付けをするのが得意でね! それで――」
なんかパジャマのお姉さんが専門的な事を語り始めたけど、俺は歌が少しうまいだけで作曲とかはしたことが無いんだ、だから何言ってるか全然分からない。
「えっと、要するに俺の歌に即興で音楽を奏でてくれるって事ですか?」
「あー、そうそう、そんな感じ」
なんか知らんが斎藤というお姉さんが俺の歌に合わせてギターを弾いてくれるらしい。
「えぇ、ギター聞きたい!」
「「「聞きたい! 聞きたい!」」」
「なんだか楽しそう」
他の子どもや老人たちが楽しそうにしている。今更、歌たくないって言えない雰囲気だ。
「じゃ、じゃぁ……今日は後一曲だけ」
俺は渋々、一曲だけ歌う事にした。
◇ ◇ ◇
『見果てぬ夢を追いかけて、流れ星を追い越し~♪ 君の元まで届け~♪』
斎藤と名のったパジャマのお姉さんのギターが思いのほかうまく、俺も気持ちよく歌えた。
観客はそれほどいないけど。
「ありがとうございました」
「ありがと~」
斎藤のお姉さんは深々と、俺は軽く頭を下げて俺達の初の小さなコンサートは終了した。
「和希様、素敵でした」
「お兄ちゃんの歌もお姉さんのギターもすごくよかったー」
「いい曲だったわね、これもオリジナルなのかしら」
「カッコいいお兄さんの歌、よかったよー。あと、お姉さんもねー」
聴いてくれた観客から惜しみない拍手を貰う、気持ちがいい。
まぁ、人前で歌うのは恥ずかしいから、これからは出来れば気分が乗った時だけにしたいけど。
子どもたちも満足したのか、手を振りながらまた明日と言い残し病院へと帰っていった。
やっぱり、明日もやるんだ……。
「とってもいい歌声だったよ、お兄さん、えっと――」
「氷室和希です、和希って呼んでください」
「和希くんね、了解、了解。おっとそうだった」
斎藤のお姉さんは何やら少し離れた場所にセットしたあった三脚の方へと走っていった。
三脚と言えば当然カメラがセットして有る訳で……。なんだか嫌な予感がした俺は河内さんに車椅子を押してもらい、お姉さんの元まで行く。
「あの……それもしかして――」
「あぁ、今の一曲を撮らせてもらたんだ」
いや、撮らせてもらったって、なに勝手に撮ってるんだよ。
「そう言うのは前もって言ってもらわないと……」
「ごめんごめん、でも、僕の生きがいなんだ許してくれ」
そういってお姉さんは俺に両手を合わせて謝罪のポーズをする。
「あのその動画ネットとかにアップしないでくださいね?」
「えぇ?! どうしてだい?!」
どうしてって……俺の前世の曲かってにネットにあげたらまずいだろ。
「いや、単純に嫌なので……」
「えぇ……そこを何とか! いつも再生数100もつかないから、大丈夫だから! ね?」
「えぇ、嫌ですよー」
「そこを頼むよ、この通り! お願いします!」
お姉さんはおもむろに俺の手を掴んでお祈りしてくる。
その瞬間鑑定スキルが発動して、お姉さんのステータスグラフが俺の頭に流れ込んだ。
「っ――」
「ん? どうかしたのかい?」
「和希様?」
お姉さんと河内さんが心配して声をかけてくれた。
俺はこの斎藤と言うお姉さんのステータスに少し驚いて体がビクンってしてしまったのだ。
このお姉さん、全体的に能力が低い。
だけど、それを差し引いてもプラスになるくらいの音楽センスを持っていた。
ほしい、このお姉さん、俺のゲームブランドのサウンドクリエイターとして欲しい。
実際、体験版の時、イラストやストーリーはべた褒めだったけど、音楽は良くも悪くもないと言う感じだった。お姉さん、欲しすぎる。
でも、よく考えたらこんな才能の塊が無名な訳ないよな、既に有名な音楽家だったとか?
まったくそうは見えないけど、パジャマ姿だし……。
「あの、斎藤さんは何のお仕事をされてるんですか? 音楽家ですか?」
「えっ? 仕事? いやー、恥ずかしながら無職なんだよね。過労で倒れて入院したんだけど、その時にクビだって言われちゃって。でも音楽家って、さっきの演奏そんなに良かった? 照れるなー」
お姉さんが照れ臭そうに頭を掻きながらいった。
確かにこのお姉さん、肉体労働も事務仕事とかも全然向いて無さそうなステータスしてたもんな。
きっと会社では……おっと、これ以上はお姉さんの名誉の為にやめておこう。
「あの、よかったらゲームの音楽作る仕事とか興味ありませんか?」
「えっ? 仕事紹介してくれるの?」
「はい、斎藤さんが良ければですけど」
「ゲームの音楽かー。さっきの歌の動画ネットにアップしてもいいなら考えようかな?」
なんと図々しいお姉さんだ。
俺が下手に出てれば付け上がりやがって。
しかし、この音楽センスの塊は他に見たことがない。ここで逃がすのは惜しい。
それにしても、これだけの才能が有りながら何故、音楽業界に就職しなかったのか、このお姉さん謎すぎる。
まぁ、それは置いておくとして、動画か……。
正直ネットの海に流すのは嫌だ。後々、黒歴史って呼ばれるようになるんだ。
でも、再生数は何時も少ないらしいし、ネットの海に沈んでくれれば問題ないか?
「はぁ、本当に再生数100くらいなんですか?」
俺はため息まじりにお姉さんにたずねる。
「うん、いつもは100ま――じゃなくって、100以下だよ、以下、うんうん」
はぁ、悩むなぁ。
お姉さんを取るか、黒歴史を取るか。
でも、俺、イケメンだし。動画、人気でちゃうかもしれない。それに前世ではかなり有名な名曲だし。
うん、絶対、人気出る、むしろ俺美少年すぎるから人気出ない方が可笑しい。
よし、断ろう!
「ちなみにどんなゲーム作るか知らないけど、アップさせてくれたら幾つか趣味で作った曲があるから無料で使っていいよ」
「どうぞ、動画をアップしてください!」
無料、なんて良い響きなんだ。
西宮財閥に借金がある俺からすると、もうこれに飛びつかない手はない。
「本当かい? じゃぁ、そういう事で。また明日ねー。曲のデータもその時に、ばいばーい」
斎藤のお姉さんは俺の返事を聞くと、ほくほく顔でカメラと三脚、そしてギターを担いで病院へと戻っていった。
「和希様、よろしかったのですか?」
「河内さん……俺、少し早まったかな?」
河内さんはニコっと笑うだけで何も答えてくれなかった。