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第22話 『南波留佳織』

ある人気ドラマのヒーロー役が少女を庇いボーガンの矢で撃たれたというニュースが世間をに賑わせていた頃から数日がたっていた。


 ここは西宮財閥の所有する屋敷の中。そして一人のゴスロリ服を身にまとった少女が床に這いつくばり一人の少女に向かって首を垂れていた。

 所謂、土下座と言う物である。


「お願いします、もう一度だけでいいのであの方に会わせてください……!」


 ゴスロリ服の少女は必死に額を地面に押し付ける。

 しかし、そのゴスロリ服の少女を見つめるもう一人の少女の瞳は冷たい物だった。


「……嫌よ、和希には会わせない」


 そう冷徹に、他に人がいればビックリするだろう程、冷たく答えたのは西宮咲にしのみやさきだった。


「別に和希がアンタに会いたくないと言っている訳じゃないわ。でも、私が嫌なの」


「どうすればいいのです? どうすれば会わせてくださるの?! わたくしに出来る事なら何でもいたします!」


 少女、南波留佳織なばるかおりは頭をあげて真っすぐに西宮咲の目を見つめる。

 普段の彼女を知ってるもがいれば驚くだろう程、真っすぐな瞳だった。

 しかし、咲はそれが余計に気に入らない。


「和希に会ってどうするつもり?」


「決まっています、謝罪させていただきたいのです。もちろん、許してもらえるなんて思っていません、それでも、私は謝りたいのです……」


 その返答が更に咲をイラつかせる。


「アンタは謝って満足するかもしれないわね、でも、何故、アンタの自己満足に付き合わなくちゃならないの?」


「それは……っ」


「きっと、和希はアンタを許してしまうわ。それこそ何でもなかったかのように……だからこそ私は南波留なばる、アンタを和希に会わせたくない」


 咲は佳織の目を真っすぐに見つめ返しハッキリと言った。


南波留なばる……アンタがどこでどんな馬鹿をやって、どんな人から恨みをかっていようと関係ないわ。でもね、それに和希を巻き込んだ事を私は許せないの」


「分かっています、これが私の自己満足の為だという事も。そして、私を狙った犯人の事も……」


「なら、分かるでしょ? もう、帰って貰えるかしら」


 佳織は床に付いたままの手に力を入れる。


「それでもお願いいたします。私を恨んでるであろう人達には既に謝罪してきました。だから、お願い……もう一度、もう一度だけでいいのです……拒絶されたらすぐに帰ります、一目だけでいい……氷室和希様に会わせてください……っ」


「何度でも言うわ、嫌よ」


 何度言われても、少女、西宮咲の答えは変わらない。

 咲は別に南波留なばる佳織を恨んでるわけではない。

 彼女が最も許せないのはあの日、南波留なばるがボーガンで狙われてると気づいたときとっさに動いた和希を止められなかった自分自身なのだから。


 咲と安藤が犯人に気が付いたと同時に和希も気が付いたのだろう。しかし、三人の反応は全く違った。咲は恐怖から動けず、安藤は咲を護る為に動いた。

 そして、和希は見ず知らずの、しかもその日、会って暴力まで振るわれた相手を助けるべく、何の迷いも躊躇もなく駆け出していた。


 咲はとっさに和希に手を伸ばしたが届かなかった。それを、どれ程後悔した事か。


「話はここで終わりよ。安藤、お客様がお帰りよ。それでは失礼させていただくわ、南波留なばる


◇ ◇ ◇


 佳織は咲の屋敷から追い出され、自分の家に帰る途中の歩道橋の上で一人ため息をついて流れ行く車を眺めていた。


 ――いっそここから飛び降りてしまおうか。……なんて、助けられた命、それは出来ませんわ。


 護衛達には無理をいって少し離れた位置から見守ってもらっている。

 佳織は何度目になるか分からない深いため息を付く。


「あらあら、随分深いため息ね。そんなんじゃ幸せが逃げていくわよ」


 そんな佳織に話しかける者がいた。

 佳織は声がした方へ視線を向ける。そこには70代くらいと思われる気品あふれる身なりのいい老婆がいた。

 遠くから見てる護衛達も老婆なら問題ないと判断したのだろう。


「何の用ですの、私は今忙しいのです……」


「とてもそうは見えないわね、せっかくだし気分転換に私とお散歩でもどう? まぁ、近くの病院までなんだけど」


「……近くって何処の病院ですの? しょうがないから送って差し上げますわ」


 老婆は足が悪いのか杖を突いている。この歩道橋に上るのもきっと大変だっただろう。

 佳織は仕方なく、老婆を目的地まで送ってあげることにした。

 足が悪い老婆が転ばない様に佳織は老婆に手を差し出す。


「あら、親切にありがとう。貴女って意外と優しいのね」


 老婆はそう言って佳織の手をとった。

 そして、二人はゆっくりと歩道橋の階段を下りていく。


「足元、気を付けてくださいまし」


「ふふっ、それで? 深いため息をついて何を考えていたの?」


 佳織はその質問に老婆から顔を逸らしてしまう。


「別に……ただ会いたい人がいたのです、けれど会う事を許してもらえない、それだけですの」


「あら、素敵。恋人か何か?」


「違います……けど、命の恩人なのです」


 老婆は佳織に優しい視線を向ける。


「そう、でも、どうして許してもらえないのかしら? 貴女はとっても親切でこんなにも優しいのに」


「優しくなんてないですわ、酷いやつなのです、私は……。ただ、変わりたいと思ったのです」


「そう、貴女は変わろうとしてるのね……」


「変わる……少し違うかもしれません、変えてもらったのです。私はどうしようもないクズでした、今もそうかもしれませんけど……」


 佳織の自信のなさから声が段々と萎んでいく。


「クズなんかじゃないわ。それに今、足の悪い私を病院まで優しく私をエスコートしてくれてるじゃない? 貴女は優しくなった、自信を持っていいわ」


「違うのです、私が優しくなったっていうならきっと、あの方ならこうすると思ったからです……あの方ならやると思ったことをやってるだけ、それだけなのです」


「あの方って命の恩人の方?」


「はい……初めてだったのです、家とか関係なく私をただ一人の人間として助けてくれた人は……」


「そう……」


「なのに、私は酷い事をしてしまって……私を庇って怪我までして、それで、その方が笑いながら私に言ったのです『痛いのには慣れてるから平気だ』って……自分がすごい怪我してる時に私を気遣って言ったのです、すごい方でしょ?」


「えぇ、すごい子ね」


 佳織は和希の事を本当のヒーローの様にキラキラした瞳で語った。

 しかし、次の瞬間にはすぐに俯いてしまう。


「はい、だけど私はもう会わない方がいいのかもしれない……」


「どうして?」


「後から知ったのですけど、その方は親から虐待されていたらしいのです。私も詳しくは教えてもらえなかったのですけど、家の情報に詳しい人から聞いたから多分間違いないと思います」


「それで?」


「私がその方に酷い事をしたって言ったでしょ? 私は気に食わないという理由だけでその方に暴力を振るったのです。その両親と私は同じです。きっと、怖かったはず、痛かったはずです、それなのに……私を庇って助けてくれたのです」


「そう、そうなの。あのね、それでも私は、貴女は彼に会うべきだと思うわ」


 佳織はそう言われて老婆の灰色の深い瞳をじっと見つめてしまう。

 すると、老婆がふと何かに気が付いたように言った。


「あら? 耳を澄ませて……歌が聞こえない?」


 老婆はそう言ってある方向に目を向ける。

 佳織たちはいつの間にか近くの病院まで来ていた様だ。


『~♪ ~♪』


 そして、その病院の敷地内にある庭園からとても綺麗な歌が聞こえた。その歌は聞いたことがないメロディだったがとても耳心地の良い物だった。


 佳織が目を向けると、少し高くなったお立ち台の上で歌を披露する青年の姿があった。

 その隣にはパジャマ姿でギターを持った女性と、それを取り囲むように入院患者とその見舞い客と思われる人達が沢山いた。

 その中心で歌う青年が佳織の会いたかった人物、氷室和希だと気づくのにそう時間はかからなかった。


「あれは……」


 佳織の口から思わず言葉が零れてしまう。


「ふふっ、行きなさい。貴女は会うべきよ」


「でも……西宮にしのみやが許さないのです」


「大丈夫、西宮には私から口添えしておいたわ」


 佳織は俯いてしまっていたが老婆の言葉に驚きで顔を上げる。


「御婆さん、あなたは、一体……」


「そうね、私は通りすがりのおせっかいお婆さんって所かしら」


 佳織は老婆に深く、深く頭を下げてから病院へと、氷室和希の元へと駆け出した。


◇ ◇ ◇


「北条さま、本日は有難うございました」


 佳織を遠巻きから見守っていた護衛の一人が老婆にお礼を言った。


「ふふっ、少しお節介だったかしら?」


「いえ、お嬢様はきっと南波留なばるの跡取りとして相応しい人物へと成長するでしょう」


「そうね……でも、これは一つ貸しよ? 南波留なばるさん」


 そう言って北条財閥の代表、北条時子ほうじょうときこは可愛く笑ったのだった。

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