第2話 『2日目』
俺が西宮咲という美少女の屋敷に泊めてもらってから一夜が明けた。
俺に宛がわれた部屋はその屋敷にある客室で部屋にテレビや、ノートパソコンが備え付けられていた。
咲から部屋の物は自由に使っていいと言われていたので昨夜のうちに色々とこの部屋にあるノートパソコンを使って世界の情報を調べていた。
昨日の夕方、咲に車の中でこの世界のことを色々聞いてしまったけど、どうやらこの世界はあべこべ世界の様で、男女の役割が逆転しているようなのだ。
要するに、男性は家にいて家事をする、とかそう言う感じだ。
さらにこの世界は男性がとても少なく男女比が1:50で、なんと一夫多妻制も認められてる事がわかった。
どうやら、貞操観念も逆転しているようで、この世界の男性は上半身を見られるだけでとても恥ずかしいらしい。
「女性が痴漢で捕まるとか、マジか……」
俺が昨日の夜、ネットの記事を見ながら呟いた一言である。
そんな世界で俺の取り合えずの目標は、この世界にうまく溶け込む事だ。
変に目立った行動をしてトラブルになるのは御免だ。
そして、出来るならこの世界は折角男性が少なくて大切にされている様なので、その辺も生かして上手く立ち回りたいものだ。
まぁ、大切にされてると言っても、俺の体の元の持ち主は虐待されていた様子で体中に痣や傷が無数にある。
そして、俺は今、屋敷の使用人であるメイドさんたちに朝も風呂を使っていいと言う事を聞いて、脱衣所で自分の体の傷や痣を見ていた。
見ていてもあまり気持ちのいい物ではないが、幸いなことに後に残りそうな傷や痣は無さそうだった。
俺は、広い浴槽に体を綺麗に洗ってから浸かる事にした。
「~♪」
広いお風呂って気持ちがいいな、しかも貸し切り。
自然と鼻歌まで歌ってしまう。
前世で流行った音楽だけど、この世界はどうやらパラレルワールドの様でこの世界にこの歌は存在しなかった。
代わりに、知らない音楽が沢山あって昨日は世界の事を調べるのと同時に色々な音楽を聴いていた。
本当に知らない世界に来てしまったんだな……。
まぁ、前の世界でも元々孤児で親も、親しい友人もいなかった俺だけど何となく孤独を感じてしまう。
俺は頭を振ってそんな思考を振り切り、風呂からあがる事にした。
――やめやめ。この世界で親しい友人だって、それこそ恋人だって出来るかもしれないんだ。ううん、絶対作ってみせるっ!
脱衣所で屋敷のメイドさんが予め用意してくれていた新しい洋服に袖を通す。
まぁ、新しい洋服と言っても執事服なんだけれど。
生憎、この屋敷に俺に合う洋服が無かったので、屋敷の使用人用のこの執事服を借りることになったのだ。
執事服を着こなす、イケメン。割と絵になる。
俺は鏡で自分のチェックする。少し痩せすぎだけれど、何度見てもイケメンだ。
◇ ◇ ◇
風呂からあがって朝食を食べに食堂へと向かう。
俺が部屋に入ると咲は既に席に着席していた。
朝食と言われていた時間より5分ほど早めに来たが少し遅かっただろうか。
咲の執事である安藤さんやほかの使用人も壁際に立って控えている。
「すみません、少し遅れちゃいました?」
俺は咲や使用人の方達に謝りながらテーブルへと向かう。
近くのメイドさんが俺の席の椅子を引いてくれた。
俺は軽く頭を下げて席に着席する。
そんな俺を見た咲が可愛らしく口元を押さえて上品に笑いながら答えてくれた。
「ふふっ、いいえ、まだ時間前よ。それにしても和希ってやっぱり面白いわね」
咲に面白いと言われて意味を考えてしまう。
こんなに広い食堂だとやっぱり、落ち着かなくて少しそわそわしたのが態度に出てしまっただろうか?
「えっと、そうかな? 具体的にどの辺が?」
「ごめんなさい、変な意味じゃないの。ただ女性に優しい男性って珍しいからつい」
きっと先ほどメイドさんにお辞儀をしたことを言っているのだろう。
そういえば、この世界の男性は結構女性に横暴な態度を取る人が多いらしい。
でも安藤さんも優しそうだけれどな……。
それと、国から男性補助金と言うものが出るらしく安藤さんみたく執事として働いてる男性はとても少ないそうだ。どうして、安藤さんは働いているのだろう、いつか聞いてみたい。
「優しいって別に普通だよ」
「そうかしら? でも、私は和希みたいな男性をとても好ましいと思うわ」
咲が優しく微笑みながら言った。
その表情に少しドキリとしてしまう。
「あら? 和希、一番上のボタンが開いているわよ」
咲は椅子から立ち上がり俺のすぐ近くまできて、俺の第一ボタンを閉じてくれた。
その、あまりの近さからふわりと女性特有のあまい香りがした。
「ごめん、さっきお風呂を借りていて。でも、第一ボタンくらいいいかなって思ったんだけど」
「ダメよ。ちゃんとビシっと決めていた方がカッコいいわ。それに角度によっては胸元が見えてしまうかもしれないし。女性はそういう所をすぐ見てしまう物なのよ。和希はもっと気を付けないと」
「そうなんだ、でも、俺は咲になら見られてもいいかな」
俺がそう言うと咲は顔を赤くして綺麗な青い瞳を大きく見開いた。
「和希、冗談でも女性にそう言う事を言うものではないわ。本当に襲われてしまうわよ」
「うん、ごめん。でも、咲にしか言わないから大丈夫だよ」
「もう! 全然分かってないわ!」
それから、俺たちはテーブルの席に座り直して、楽しく談笑をしながら食事をした。
◇ ◇ ◇
「ねぇ、和希はさ、その自分のお母さんの事どう思ってるの?」
咲は少し思いつめた表情で俺に尋ねた。
「母親?」
うーん、俺の母親ね。多分、俺を虐待してたのって母親なんだろうな。
俺自身に虐待された記憶はなくても、この体の持ち主はきっと心が死んでしまうほど辛かったのだろう。
昨日、俺があの公園にいた理由は分からないけどきっと、いい事ではないに違いない。
「うん」
「咲は、俺が昨日あの公園にいた理由を知ってる?」
何となくだけど咲はそれを知ってる気がして聞いてみた。
「それは……」
しかし、咲はとても言いにくそうに言葉を濁してしまう。
それを見て、やっぱりろくでもない理由だったかと気づいてしまった。
「多分、母さんは俺の事が嫌いだったんだと思う」
「和希……」
咲は心配そうに俺を見つめる。
本当に優しい子なんだな。見ず知らずの俺をこうして屋敷に泊めてくれたりしたし。
「でも、お陰で咲みたいな可愛らしい女の子に出会えたのは幸運だと思う。よかったら、もう少しだけ咲のそばに居させてくれないかな?」
そう言って向かいの椅子に座る咲の手を握った。
いや本当に、俺は他に行く当てとかないんで……。
ここを追い出されると困ってしまう。だから、俺は相手に媚びる事も辞さない。
「そ、そう、もちろん構わないわ。自分でも少しだけ人より容姿が優れてるとは思ってたけれど和希から見てもそうなのね。よかったわ……」
咲は顔を赤らめ少し早口でそう言った。
やっぱり、すごい美少女の咲もこの世界だと男子に免疫がないんだな。
それを見て、俺は少し悪戯心がわいた。
「うん、そして、いずれは結婚してほしい」
俺がそう告げると、咲は体をビクリとさせ、とても驚いていた。
「えっ?! け、結婚?! わ、私達まだ知り合ったばかりだし……で、でも和希みたいな魅力的な男性にそう言われたら、私、お、落ち着くのよ、西宮咲――」
俺は彼女の手を握る手にさらに力を込めて咲の綺麗な瞳を覗き込むように顔を更に近づける。
「子どもは何人欲しい? 俺は咲となら何人でもいいよ」
「こ、子供?!」
咲は、一人であわあわしだし、ぶつぶつ言って百面相を始めた。
きっと、今、頭の中で物凄い速さで色々考えてしまっているのだろう。
俺はそれをみて思わず吹き出してしまった。
「ぷっ、あははっ」
「へっ? ……か、和希、私を揶揄ったわね?!」
咲は今度は怒りと羞恥で顔を真っ赤にしながら言った。
「ごめん、ごめん、咲があんまり可愛かったからつい」
「も、もう! 本当に襲われても知らないんだから!」
彼女の声が屋敷に木霊した。