第15話 『天才』
一人の女性がデスクで動画をチェックしていた。
その女とはもちろん『お嬢様な私がクラスの貧乏な美少年助けて、一流の執事として育て上げる』の監督である。
「ふーむ」
監督は真剣にあるシーンを眺めていた。
『お嬢様、紅茶をどうぞ』
『ありがとう、拓海。あら、いい香り……味もとても美味しいわ。拓海はもう、すっかり紅茶をいれるのが上手になりましたね』
『ありがとうございます。少しでもお嬢様の力になりたくて頑張って勉強しました』
『そう、拓海は何時も頑張っているわ。私も拓海を見習ってこれからも頑張らなくちゃね。それと、最近は何か困ってる事とかないかしら?』
『いえ、今の所は……。お嬢様には本当に感謝しています。妹ともなんとか暮らしていけますし、クラスでの嫌がらせもなくなりました』
『なら良かったわ。それと二人だけの時は名前で呼んでとお願いしましたよ?』
『由香、お嬢様……僕がいつか一流の執事になったら貴女専属の執事にしてくださいね。僕は貴女の為ならいくらでも頑張れるんです、だから約束ですよ』
青年の花の咲くような笑顔が印象的なシーンだった。
芝居の中で拓海と呼ばれた青年は、最近スポンサーから偶然写真を見せられて(役者として)惚れこんだ氷室和希と言う名前の青年だった。
最初のうちは芝居については素人だが、その類稀なルックスからある程度の演技さえしてくれればいいと考えていた。実際、最初のうちの演技は素人にしては上手いなという程度だった。しかし、今はどうだろうか……。
「まずいな……」
監督である女はぽつりと呟いた。
「なにがっすか監督?」
そこに一人の女が声をかける。
この女は助監督と呼ばれており主に監督の補佐をしている。
「助監督、お前はこのシーンを見てどう思う?」
先ほど再生されていたシーンを最初から再生する。
「あぁ、和希くんっすか。正直驚いてるっすよ。ここまで成長の早い役者を見るのは初めてっすから。天才ってやつっすかね?」
「そうか……実際天才だよ、彼は。だからこそ悩まされる……。それと、俺が聞きたいのはそう言う事ではない。今見たシーンは三話の物だ。そして一話と比べてどう思った?」
「……正直に言うなら、別人が演技してるとしか思えないっと言うべきっすかね」
「そうだ、和希の演技の上達速度が早すぎる。正直、異常だぞ、これは……。このままでは作品にムラが出てしまう」
「えぇ……じゃぁ、どうするっすか?」
監督は考える。一度はOKをだしたシーンだ、今更撮り直すにしても役者やスタッフになんと説明するかと。
「あの……監督、もしかして撮り直すのは確定っすか?」
「いや、残念だが無理だろう。時間も予算も足りない……、せっかく珍しい男性の俳優の起用できたのに、くそっ、私の最高傑作にしたかった……いや、なるはずだったんだ」
助監督は監督の無念を慮る。
あれ程の容姿と演技力を兼ね揃えた男性役者は恐らく他にいない。
他の男性役者はいたとしても、年を取っていたり、大根役者がいい所だ。
彼ほどの光を一度目にしてしまえば他の役者など……。
「監督……。でも、和希くんなら、もしかしたら次回作も出演してくれるかもしれないっすよ。彼ほど扱いやすい男性俳優はいないっすから。それに今回はムラがあっても次回は完成された演技を披露してくれるっすよ」
実際、和希の演技は回を追うごとに目を見張るほど上達していく。なので監督の演技指導にもついつい熱がこもるが和希はその期待にすら応えていく。
打てば響くとはまさにこの事か。
「実際、私は今作でも十分、監督の要求にもよく答えて、立場の違う二人の悩める恋愛関係と、主従関係を演じてくれてると思うっすよ。監督の包容力をもっと出せるか? という指示に『バブみですね、分かります』とか意味不明な事言って演技力で答えちゃう所とか」
「俺もそう思う、だが、この一話と三話では実力に差が有りすぎるんだ。年上のモカですら最近は和希に引っ張られて演技がうまくなってやがる。役者やスタッフの負担を考えても撮り直したかったんだ……」
「はぁ……監督は作品を愛してますからね。まぁ、これから完璧な作品にしていきましょう。私達にはそれしか出来ないっす」
監督は助監督の言葉に静かに涙を流した。
◇ ◇ ◇
次の日。
「えぇ! 演技指導をもっと徹底して厳しくやるって?!」
子役である最上燈子が驚きの声をあげる。
主役である黒羽モカですらうげーっという顔をしている。
「あー、徹底するっていうか、基礎のおさらいっすよ。和希君は演技の素人だし。ちょうどいいでしょ? 時間や予算も少しなら余裕あるっすから。ね、監督?」
「お、おう」
「もしかして、俺の演技だめでしたか?」
和希は少ししょんぼりとした雰囲気で監督に尋ねた。
「い、いや、そうじゃない」
監督である女は狼狽える。
「和希くんはまだまだ伸びしろがあるっす。きっとここで基礎を学ぶことは今後の為になるっす。だから基礎練習を受けてほしいっす。」
助監督は熱心に和希に頭を下げてお願いした。
「まぁ、確かに俺は素人ですから監督たちがそう言うなら従います」
「はいはーい、和希くんが受けるなら私もやります!」
モカが元気よく手をあげならが監督に詰め寄る。
「というか、むしろ私が和希君に色々教えます! 手取り足取り! いろいろと」
「そ、そうか、確かにモカなら演技も上手いし適任かもな」
「そんな訳で今日のスケジュールは変更で頑張って皆で演技の練習するっすよ!」
「いやいやいや、待ってよ! 私だって和希お兄ちゃんに色々教えてあげたい! モカさんだけずるいよ」
いざ、練習をしようとうるとトーコが駄々をこね始めた。
仕方がないので監督はトーコを手招きして近くに呼んだ。
「何ですか、監督?!」
監督は興奮しているトーコを宥め、小声で話し始めた。
「お前、最近……その、演技うまくなっただろ?」
「えへへっ、そうですか? って煽てたって誤魔化されませんよ?!」
「まぁ、落ち着け。それで和希も上達したと思わないか?」
それを聞いて一瞬だけトーコは考える。
確かに和希の演技はメキメキと上達していている。それこそ他の男性役者ではもう太刀打ちできないほどに。
「それは思いますけど……それに何の関係が?」
「いいのか? 和希がお前より演技がうまくなって愛想付かされても……」
「ど、どうして、演技と和希お兄ちゃんが私に愛想を尽かすことに関係があるんですか?」
「バカ、お前バカ。和希が言ってたぞ、お前は年下なのに演技がうまくて尊敬できる女だって」
「えへへ、そうですか? 演技上手くて尊敬できちゃいますか」
「確かに今はそうかもしれない。でも、今後はどうかな? お前も伸びしろはあるんだ。今、必死にならないと和希に抜かされて……」
「ぬ、抜かされて……?」
「嫌われるな、アイツは努力しない女に興味はない。間違いない」
監督はそう言い切った。それを聞いたトーコは顔面蒼白になる。その様子に監督の女は満足そうに頷きながら続けた。
「だから今必死になれ。そしてあいつを演技でメロメロにしてしまえばいい」
「え、演技でメロメロに……?」
「そうだ、幸いお前は彼の妹役だ、一緒に撮影する機会は沢山ある」
「わ、私やります!」
トーコはやる気に満ち溢れていた。
それを見た、監督である女は和希とモカに向き直る。
「和希、悪いがそういう訳だ。モカも悪いな今日の撮影は中止、和希との基礎練がメインだ」
「私は構いませんけど、トーコちゃんは大丈夫なんですか?」
モカは若干不機嫌そうにそう言った。
逆に燈子は気合十分と言う感じで答える。
「私は大丈夫です。なんか前よりいい演技が出来そうな気がしますし、できるなら基礎練やりたかったくらいだよ」
「それじゃぁ時間もないし、さっさと練習を始めるっすよ」
助監督が指揮を執って各自準備を始めた。
そんな中、監督が和希とモカを呼び止める。
「二人ともちょっといいか?」
和希とモカは顔を見合わせ監督の近くによる。
「実は二人にドラマの番組宣伝の為、バラエティーからオファーが来ている。これに是非出てほしい」
その一言に、和希は白目になって面倒ごとが来たと思うのであった。