第11話 『心の闇』
サイコメトリー……そう、超能力の一種で記憶や感情を読み取るという物だ。
いや、超能力も驚いたけど衰えて尚この能力値なのか……。とんだ化け物がいた物だ。
ただ、足が悪いのは本当の様だ。
くそ、一瞬だが彼女に触ってしまった。俺の記憶や感情を読み取られただろう。
なんて事だ、俺の鑑定も接触型の能力とはいえ油断した。まさか俺のほかに謎能力を持った人間が存在するなんて。
俺は一瞬のうちに色々な事を考えてしまう。
でも、今一番重要なのは……俺の誰にも打ち明けてない秘密が、そう、俺の……。
――俺の性癖がバレてしまうっ!!!
「北条時子さん、驚きました。それで、貴女の本当のご用はなんでしょう……? 五大財閥の一つの北条財閥……その会長がただの執事である俺に。」
俺は彼女の名前をあえて呼んだ。こっちもあなたの事を知ってるんだぞと言う意味を込めて。
まぁ、俺の能力は相手の性癖までは分からないけど。
「ふふっ、そう警戒しないで……っと言うのも無理な話かしら。氷室和希くん」
やはり、名前を知られている。俺はより一層この老婆、北条時子さんを警戒してしまう。
「すみませんね、心を読まれるのは初めてな物でつい過剰に反応してしまいました」
全然過剰反応じゃないと自分では思っているが敢て皮肉を言ってみる。
くっそー、俺はこういう駆け引きとか頭脳戦が苦手なんだ。ストレートに言ってくれ。
「あら、すごいそんな事まで分かるのね。すごいわぁ、拍手しちゃう」
そう言って拍手を始める老婆を睨みつける。
何なんだこの御婆さん、俺をおちょくってるのか?
しかし、俺の性癖を知られている以上、ここは下手に出る。最悪、土下座する。
「有難うございます。で、ご用件をどうぞ」
「見かけによらず意外とせっかちなのね。それで、要件だったわね。私はただ同じ五大財閥の一つである、あの西宮財閥のご令嬢に取り入った青年がどんな男か見に来ただけなのよ。それに……あの有名な男性政治家の重森重蔵とも会っていたらしいじゃない?」
相手も俺を知ってるとい意思表示か重森さんと会っていた事まで持ち出してきた。
だからこそ、このピンチの場面で俺は踏み込まなくてはならない。
「なるほど、それで僕は、……僕の物(性癖)はどうでしたか?」
「うーん、そうね。想像以上だったかしら、貴方みたいな男は初めてだったわ」
なん……だと……?!
ば、馬鹿な俺の性癖は一般とは少し異なるとは思っていたが初めてだと?! 全くいないなどと言う事はあり得るのか?!
この世界には俺の性癖と同じ人間はほとんど存在しない……その事実が俺の心を孤独にしていく。
つまり、この世界には薄い本で俺のドストライクな物がないという事か?
よく考えたら、男女逆転してるのだ、その可能性は十分ありえる。
いや、しかし、まだそう判断するのは早い。この御婆さんの見てきた人間が特殊と言う線が濃厚。心を折られるな俺。
俺は一人じゃないっ!!
だが数年後、俺が薄い本で絶望しないためにあえて聞かなくてはならない。
「貴女は、今まで……どれだけの人間の心の闇(性癖)を見てきたのですか?」
「……そうね、もう数えるのが馬鹿らしいほどかしら」
そう言って北条 時子お婆さんは力なく笑った。
そのセリフを聞いた瞬間、俺の瞳から涙が零れる。くっそ、なんだよそれ!!
オネショタものがないなんて嘘だろ!!
確かにラノベでも異世界転生物とか悪役令嬢物とか全然なかった。
「そんな、そんな事って……っ!!」
じゃぁ、俺は何の為に転生を……いや、よく考えたら転生したのは同人誌関係なかったわ。
でも、それでも俺の絶望は変わらない。そんな俺の心情をしってか北条さんはただ優しく微笑むだけだった。
「優しい子……そうね、貴方は私とは違うわ。あなたの周りにはきっと沢山の人が集まってくる。だがら絶望に、孤独に負けてはダメ」
つまり、どういう事……?
貴女と私は性癖が違う。うん、確かにその通りだ。この御婆さんと性癖一緒でも逆に困る。
周りに沢山の人が集まってくる。導き出される答えは――
俺の天才的な頭脳が閃く、無いなら作ればいいじゃない? 幸いこの体は才能の塊。絵もそこそこうまく成れるんじゃね? そして日本に、世界に布教する。俺が教祖だっ! 人が集まってくるぞ。
イケる、イケる気がしてきた。そうすれば、きっと増えるはずだ。俺の好きな薄い本がっ!
そして、更に高校の廊下で先輩だろうか? 女子生徒たちが話してた内容を思い出した。
この世界の薄い本ではオスガキ分からせ本なるものが存在すると。
それって、所謂、オネショタの亜種なのでは? それなら布教も割と簡単にいくのではないかと。
俺は今度は決意の籠った瞳で北条さんと見つめ合う。
俺は画力を手に入れるために今日から特訓を決意する。やっぱりある程度画力ないと売れないよね。
「すみません、取り乱したりして」
「いいえ、構わないわ……それで、貴方はその力を使ってこれからどうするつもり?」
「はい、俺はこの(画)力で世界を変えます。まだ……拙い力だけど、俺が孤独というのなら孤独にならない世界に、絶望すると言うなら絶望しない世界に、そのためにまずは俺が皆に希望(同人誌)を見せます」
「なっ、早まってはダメよっ!」
北条さんは何故か慌て始める。
でも、確かに今の画力ではダメだ、練習しなくては。うおおおおお、燃えてきた。
「はい、だからまずは力を蓄えます」
「ち、力を……? それからどうするのかしら?」
「もちろん、認めさせますよ。日本中に、俺を、俺の力を!!」
目指すは日本一の画力。まずはスケッチブックを、いや、今からデジタルになれるためにペンタブとパソコンを買う必要があるか?
「そ、そんな――私は、そんなつもりでは……落ち着いて話し合いましょう」
なんか北条さんがすごい青い顔をしているが大丈夫だろうか?
「俺は十分落ち着いています。それと北条さんには、感謝しています。俺に決意させてくれた事を。北条さんの言った通りです、貴女と俺は違う。でも、いつか貴女にも見せてあげたい俺の優しい(オネショタ)世界を、そしてそれを理解していただけたら嬉しいと思います」
「……優しい。それは貴方にとってなのかしら、それとも世界にとって?」
俺はその北条さんの問に答える事はなかった。もはや、言葉は不要。
軽く微笑んで背を向けて、まずはスケッチブックを買いに行くことにした。
ケーキとチョコレートを買い忘れたのは言うまでもない。
◇ ◇ ◇
大きな屋敷の玄関を一人の老婆と数人の付き人が歩いていた。
そして、その老婆にメイド服を着た女性が声をかける。
「おかえりなさいませ、奥様」
「ただいま、栗田……」
奥様と呼ばれた女性は普段より少し力なく答える。
その様子を少し心配しながら栗田と呼ばれたメイドはさらに問いかける。
「それで如何でしたか氷室和希様は?」
老婆は力なく視線を下げ答える。
「見えなかったわ……」
「と、仰いますと?」
内心、栗田は驚きを隠せなかった。周りの付き人たちは知らないが老婆、いや、奥様はサイコメトリーの超能力者だ。
今までどんな人間の内面も見てきた。政財界の魑魅魍魎共を押しのけ百戦錬磨の北条財閥の会長 北条時子その人なのだ。
「触れた瞬間分かったのは灰色だった。それだけなの、彼の心に有ったのは灰色と言う色のみ……それ以外無かった」
周りの付き人は奥様の言葉の意味が理解できないだろうが栗田は違う。栗田は一瞬で頭を回転させある一つの結論にたどり着く。
「彼も能力者だったと……?」
「――恐らく。私の力を何かしらの力で防いだと考えるのが自然ね。そして彼は私が心を読むことを知っていた」
その答えを聞いたとき栗田は驚愕した。自分でさえ北条時子に出会っていなければ超能力者なんて信じていなかっただろう。
そして能力を防がれたうえに、こちらの能力を知られた……それが導き出す答えは氷室和希は北条時子以上の能力を持っている? まさか、そんなはずはないっと何度否定しようとも栗田にはそれしか考えつかなかった。
「もしかしたら、私は大変な事をしてしまったのかもしれない。政財界は……孫娘の由依の時代はきっと荒れるわ。それも今までにないくらいに。それでも――」
それでも、氷室和希くんと言う、私の為に……人の心の闇を見すぎた私の為に泣いてくれた優しい青年の未来が世界に取っての希望である事を願わずにはいられなかった。




