表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

急速眼球運動

急速眼球運動って、知ってますか?

なんでも、人間の眼球は寝ている間もぐるぐる動いているらしくって、それを急速眼球運動というんですって。

面白いですよね。実際どんななのか、ちょっと気になりませんか。


僕はどうしてもそれが見たくなってしまって。でも寝ているときにしか見れないんだから、自分一人じゃどうしても無理じゃないですか。だからちょっと、彼女に協力してもらおうと思いましてね、彼女が寝ているときにこっそりお邪魔したんです。


幸い扉もすんなり開いて、彼女にはバレずに部屋に入れましたよ。え?なんで勝手に入ったかって?そりゃあ、だって、起こしたら悪いじゃないですか。それに君の眼球を見せてくれーなんて、変態っぽくて聞けませんよ。


話をもどしますよ。彼女は自分のベッドで寝息を立ててましてね。だらしなくも布団を蹴っ飛ばしてました。ほら、最近は結構冷え込みますから、だからひとまず布団を肩まで掛けてあげて、そのあとでゆっくり部屋を見回しました。なんだか妙に肌寒いなあと思ったんですけど、案の定窓が開いてましたよ。彼女は別にガサツってわけでもないんですけど、たまに抜けてるところがありましてね。いや、まあそこがイイところでもあるんですけれど、やっぱりちょっと心配でもあるというか…あ、また話が脱線しましたね。申し訳ない。えっと、そう、彼女がちゃんと寝ているのを確認して、それから、恐る恐る彼女の右目を開いてみたんです。


ゆっくりとこじ開けられた右目は最初白目を剥いていましたが、唐突に痙攣を始めたかと思うと、まるで羽虫を追うように小刻みに揺れだしました。

僕は興奮しました。だって話に聞いていた通りの光景が見れたんですからね。焦点の合っていない眼球はちょっと気味が悪かったですけど、それでも嬉しかったんです。


これで当初の目的は達せられたのですが、せっかくここまで来たんだからと思いまして、左の目も開いてみることにしたんです。


僕は右目のまぶたを手で固定したまま――体勢は辛かったのですが――もう片方の手で、ゆっくりと左の目を開きました。


思わず息を呑みました。

真っ黒な瞳孔が、僕を見ていました。開いた瞬間にこちらを見たのではなく、まるで()()()()()見つめていたかのように、ただじっと、微動だにせずにこちらを見据えていました。

それはまるでぽっかりと空いた暗い穴のようで、薄暗い部屋の中で、その一点だけが妙にくっきりと見えたのを、よく覚えています。


僕は焦って思わず声を上げそうになりましたが、すんでのところで思いとどまりました。左目はいつまでも僕を見つめていましたが、一方の右目はギョロギョロと痙攣していることに気づいたからです。


良かった。大丈夫そうだ。僕はそっと胸をなで下ろしましたが、ふと思いました。では、この僕を見つめてくる左目はいったいなんなのか。

生理的な反応といってしまえばそれまでです。所詮は素人の浅知恵ですから、そういうこともあると専門家の先生にいわれればきっと納得するでしょう。しかし、いや馬鹿げた考えだとは自分でも思うのですが、そのときの彼女の左目には、確かにナニかが宿っていました。


無機質な、それでいて明確な悪意を持った、黒く、大きな目でした。それは今でも僕を捉えていて、どこか深いところへと引きずり込む隙を、虎視眈々と狙っていると、僕にはそう思えてならないんですよ。


   ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

男はそこで話を区切ると、糸のように細く息を吐いた。


私は声を投げかけた。

「つまりあなたは、好奇心のために不法侵入をしたと?」  


「不法侵入だなんて、そんな。好き合ってる男女なら、そう珍しい話でもないでしょう?」

男は心外そうに口元を歪めた。


「そうですね。()()()()()()()()()()、そうかもしれませんね」

私は調書を書き上げると、それをファイルに挟み静かに閉じた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ