第7話 『チーター』との初戦闘
山の頂にある神殿の地下奥深くには、台座に勇者ジオーグの聖剣が刺さっていた。
この聖剣を引き抜けた者には勇者であるとが認められ、世界で一番の力を振う事を許されるのだ。
聖剣には七つのくぼみが存在し、そこに火、水、土、風、光、闇、星の宝玉を埋め込めば、星をも砕く力を得られると言われている。
その宝玉は、それぞれの神が神殿で管理しており、勇者が現れると授けると言われていた。
そして、そんな聖剣を引き抜こうと、今日もジャグーダがやってきていた。
聖剣の柄を手にし、引き抜こうと力を入れる。
「――――ッ!!」
だが、どれだけの労力と時間をかけても、聖剣はうんともすんともいいはしない。
睨みつけるように聖剣を見つめ、ありったけの力を込めて柄を握る。
「なぜだ……!? なぜ俺を認めない!? 俺程優秀な男もいないはずだ。俺が勇者になれば、世界から戦争を消せる確信があるッ! それなのに、どうしてお前は答えない……ッ!」
涙がこぼれそうな目で聖剣に訴えかけるが、聖剣は何も言わない。何も答えない。
それは、お前は違うと無言で語っているようにも見えた。
今日もそう察したジャグーダは、いとおしいモノに触れるかの様に柄を撫でる。
「そうかよ……。また明日来るぜ」
ジャグーダは聖剣に背を向けると、そのまま出口へと歩いていく。
その時、外から明確な圧を感じた。
まるで月がこちらを睨み、今にも襲い掛かってくるようだった。
急いで神殿から離れようとするが、聖剣の方を振り返り苦笑いを浮かべる。
頭を掻きむしると、即座に聖杯の前に立つ。
「《眠りの守り手よ》!」
天井に蠢く闇が収束し、盾の形として顕現する。
その瞬間、神殿の真上から極光が降り注ぎ、大きな爆音と共に神殿は砕け散り土埃が舞った。
土埃の中では、神殿だったものはもはや瓦礫の山となり果てていた。
台座に依然として鎮座する、勇者ジオーグの聖剣を残して。
「怪我はないか」
神殿を破壊した衝撃で怪我をしたジャグーダが、聖剣に問いかける。
聖剣はそこにあるだけだ。いつもと変わらず、その輝きが損なわれていることはなかった。
「ならよかった」
無事を確認すると、風の魔法で土埃を出来るだけ維持できるように操作する。
何者で何の為の狙撃なのかはわからないが、聖剣を守るには多少は時間を稼げるだろうと考えたのだ。
もっとも神殿の地下奥深くである為、そんな心配は不要だったかもしれないが。
その時、町から轟音が鳴り響く。
何者かが暴れているようだった。
「じゃあな。愛してるぜ」
聖剣に投げキッスをすると、町に向かう為足を引きずりながら走り出す。
◇
ベルゼフォンから飛び降り、闇の魔法で身を隠しながら町の外れに降り立つガクウ。
その腕の中には、アオイは抱き上げられていた。
地面に着地したことを確認すると、アオイはすぐさまガクウから降りる。
町の外れには、森の木々に囲まれた地下シェルターの出入り口があった。
武装している官憲(司法に関する職務を行う公務員。この場合は地球で言う警察の類)が市民を避難誘導しているのも見える。
「よしっ! 官憲はちゃんと機能してる! アオイ、絶対シェルターから出て来ちゃダメ――――」
「シェルター満員です! 近くの官憲の指示に従い、別のシェルターへ移動してください」
ガクウの言葉をさえぎるように張り上げられたその声は、アオイの顔を青ざめさせるには十分だった。
「……ここは町から一番近いシェルターだ。俺はここで防衛を手伝う。アオイは官憲の人の指示に従って、近くのシェルターに逃げて欲しい。ここは絶対に俺が守るから」
「ええ、わかったわ。でも気を付けて。アイツら、私の星の科学技術じゃ傷つけるのも不可能に等しかった。そして、無慈悲な力を理不尽に振って来る。絶対に油断だけはしないで」
「……とにかく、ヤバいのは分かった!」
本当にわかったのか不安そうな目で見るアオイ。
だが、息をつく間は訪れない。
その直後、その場にいる誰もが何者かの接近に気が付いた。
あまりに異様な気配は、憲兵や逃げてきた町の人々ではない。
「絶対に喋っちゃダメだよ」
ガクウは咄嗟にアオイを木々の影に隠し、闇の魔法でその姿を覆い隠しきる。
次の瞬間、爆音と共にそれはやって来た。
それは人型だった。
けれどもそれに肌は無く、青い無機質な何かで出来ている。
それだと言うのに、まるで生きているように感じるのだ。
この星の住人はそれを見て、機械人形を連想した。
「おいおい、ゲームの獲物をしまうなよ。面倒くさいじゃねえか」
だが、こんな不気味で殺意に満ち溢れた笑顔をする機械人形を、彼らは知らなかった。
武装した官憲達はすかさず迎撃に移る。
鍛え上げられた剣で、知識を継承した魔法で。
「やれやれ。あんまり目立ちたくは無かったんだがなぁ」
だがそれらは、『チーター』の腕の一振りで掻き消される。
「圧倒的なポイント量で作った、完璧なステータス! これが俺の『チート』だ!」
それが誇りだと言わんばかりに、それ――――『チーター』は声を張り上げた。
追撃で剣で襲い掛かってきた官憲の頭を握りつぶそうとする。
だが、その直前にガクウが関係の服を引っ張り、その軌道から逃がす。
「俺の援護を頼む!」
「了解です。ガクウ殿!」
ガクウの言葉に素直に頷く官憲達。
勇者の子孫であるボンジャーグの養子だからか、それともかつての戦争で勝利を導いた英雄だからか、はたまたその両方か。
それに対し、『チーター』は面白くなさそうな表情を浮かべる。
「なんだお前? 俺のゲームの邪魔をするなよ」
チーターの言葉に、ガクウはただ冷たい瞳で睨みつける。
普段の彼からは想定できないような、鋭く見られた物の心臓を貫くような視線だった。
「……彼らは、今を確かに生きている。なのに、なんでお遊びで殺せるんだ?」
「は?」
心底訳がわからない、と言いたげな様子で、『チーター』が首を傾げる。
「俺の身内以外には何をしてもいいんだよ。お前だって狩りをする時、一々動物の気持ちを考えるか? それと同じだ。俺にはそれをしてもいい力がある。それこそこの世の真理だ」
あまりに自分勝手な言論に、ガクウは吐き気を覚え口を押える。
その言葉に嘘偽りは無く、本当に彼が心の底でそう思っていることがわかってしまうからだ。
GMの言葉を考えると、何度もこんなことを繰り返していることがわかる。
アオイが彼らの事を知っていると考えると、彼女は恐ろしい彼らから逃げて来たのだろう。
何度も命を摘み取ったはずだ。
なのになぜ、そんな風に思えるのか?
ガクウにはこれっぽっちも理解ができなかった。
戦場での記憶がちらつく。
敵の血に濡れた手のぬくもりを、死にたくないと叫んだ敵兵達の嘆きを、自分を信じられないモノを見る様な目で見る少女を姿を――――。
『チーター』だって、似たような経験があるはずだ。
なのになぜ、こうも歪めると言うのか。
理解ができない。
いや、ガクウは理解したくも無かった。
「バカが!」
その隙を狙い、『チーター』はガクウに襲い掛かる。
「それは、最低な考えだ」
いつの間にか『チーター』の後ろに立っていたガクウは、そのまま『チーター』の腕を捻り上げる。
「なっ、コイツ――――!?」
『チーター』は必死になって抵抗するが、静かに怒るガクウから逃れることができない。
「俺はそれを、否定する……ッ!」
怒りを込めた声と共に、ガクウは淡々と『チーター』の腕を引き千切る。
「イギャァァァアアアアアアアア!?」
町はずれの森に、『チーター』の悲鳴が響き渡る。
実を言えば、ガクウの隊長は万全とは言えない。
むしろ、大きなデメリットを背負っている。
だがそれでも、この程度はあまりに余裕だった。