第6話 宇宙からの侵略者
保管所の出入り口には、ベルゼフォンが辺りを見回している。
すると、ボンジャーグとジャグーダが外へと出て来るのが見えた。
二人はどうした? とベルゼフォンが紙に爪で文字を書いて聞く。
大事な話中だとボンジャーグが答えたので、ベルゼフォンはそのまま辺りを見回すのを続行した。
一人と一匹の会話が終わると、ジャグーダはボンジャーグに話しかけた。
「マスター・ボンジャーグ。話しておきたいことがある」
「お? 改まってどうした」
「ガクウの様子がおかしい」
「ローブにハマってるからって、そこまで言ってやることは無いだろ」
「ちげーよ」
本気でジャグーダが睨みつけて来るので、ボンジャーグは悪い悪いと頭を掻く。
ジャグーダは溜息をつきながらも、ことの重要性を理解させようと話を続ける。
「……いいかマスター? よく考えてみろよ。爆発四散した乗り物の中、あの女は多少の火傷で済んだ。真っ黒に焦げちまってもおかしくない惨状だったのに、だ。なんでだろうな?」
「うん? それはまあ、運がよかったとしか俺からは言えないが……」
そう言う割には、ボンジャーグはジャグーダの言葉を真剣に聞いている様子だ。
それがわかると、ジャグーダは安心して話を進める。
いつまでも冗談ばかり言われていたら、話が進まないからだ。
「じゃあ、どうしてアオイはガクウと同じで竜の真意がわかるんだ?」
「さあな。だけど、ガクウがわかるのは別に竜だけじゃないだろ」
「ここで問題なのは、ガクウとなぜ類似した点があるかだ。アイツだって、もしかしたら他の動物や俺達の真意がわかるのかもしれない」
ガクウが竜の言葉がわかるのは、その声の真意がわかると言う不思議な力のお蔭である。
例えその声が言葉をなしていなくとも、声さえ聞けば相手に何を伝えたいかを理解できるのだ。
これは人や他の動物も同様であり、特別な訓練した者でなければ真意を読む力、『読声』を阻むことは難しい。
無論、この二人はとうの昔にそんな訓練を終えて耐性を付けていた。
昔はそう言った人間がたくさんいたそうだが、今はガクウを含めても両手の指の数ほどしかいないと言われている。
「ガクウはそれを知った時、明らかに焦っていた。それだけじゃない。アイツの身体はもうボロボロだ」
「……看護のし過ぎで疲れが溜まってたわけじゃなく、か?」
「そんなタマじゃないのは、アンタだってとっくにご存知のはずだろう? 今のアイツの拳を受けてみろよ。弱々しくて驚いちまうぜ?」
ベルゼフォンの背中の上でガクウに頭をはたかれた時、その弱さにジャグーダは信じられないものを見る目で見ていた。
もっとも、ガクウはアオイを心配させたくない為か、ジャグーダを睨んで有無を言わせなかったが。
「……わかった。アイツらは俺が影から見守っておこう」
「サンキューマスター。愛してるぜ」
そういって、ジャグーダは立ち去ろうとするが、ボンジャーグに肩を掴まれてしまう。
「で、お前はどこ行くの?」
「聖剣引き抜きに」
なんてことはない、とでも言いたげなジャグーダに、ボンジャーグはため息をついた。
「お前もいい歳だし、いい加減諦めろ。どうしてそこまで勇者に選ばれたいんだ?」
「そんなの決まってる。――――俺がこの世界を、楽しめるようにする為さ」
ジャグーダは楽しそうな笑みを浮かべる。
それはまるで、悪魔が獲物を見つけているかのようだった。
しかし、ボンジャーグは冷めた目でジャグーダを見つめる。
「……まず偽悪ぶってるのがダメだと思うぞ」
「うるせー!!」
ジャグーダはその身を闇に包み込み、その場から消え去る。
やれやれと困った様な、嬉しい様な顔でその姿をボンジャーグ見送った。
「……なあ、ベルゼフォン様は何か知ってるか?」
『さあな』
ボンジャーグの問いかけに、ベルゼフォンは首を横に振うだけだった。
◇
ガクウとアオイは、ボンジャーグに散歩することを伝えると、ベルゼフォンを連れ町へと繰り出した。
もっとも、ボンジャーグにからかわれそうになったので、緊急離脱とも言える。
町ではガクウの勧める吟遊詩人のたまり場で詩を聞いたり、
美味しいケーキの様な食べ物を食べられるカフェに行ったり、
公園でクッションの様な雲に乗れったり、
町が見渡せる高台で夕陽を見たりした。
アオイからすれば、どれも自分の知識では体験でき無さそうな出来事ばかりだ(ケーキは除く)。
それはアオイにとって、今までの不安を吹き飛ばすには十分な時間だった。
それも終わり、現在はベルゼフォンの背中に乗って、三日月が微笑んでいるかのような夜空を駆け抜けている。
『吾輩と雲、どっちの乗り心地がよかった?』
「え? そうね……雲かしら」
『吾輩ショック……!』
「どんまいベルゼフォン! いいことあるって!」
ベルゼフォンの首を渡り、頭を撫でるガクウ。
フラフラと歩くので見ているアオイがヒヤヒヤしたが、無事こっちに戻ってくると胸を撫で下ろした。
夜空を見上げれば、赤、青、黄色と様々な色の星が、金平糖を転がしたかのように散らばっている。
自分の知識にはない星の並びで、やはりここは地球ではないのだと実感した。
「随分とカラフルなのね。ここの星は」
「えー? そうかな?」
「例えばあの緑色の星とか、多分私の星からは見えない星でしょうね」
アオイが指さすと、ガクウはどれどれと頬をすり寄せ星を確認する。
確かにどの星か分かりやすい距離だが、アオイにとっては心臓が跳ね上がってしまいそうな距離でもあった。
「ああ、アレは船座の船首にもなってる星だな」
「星座の文化、こっちにもあるのね……。じゃあ、あの赤い星とかはどんな正座があるのかしら」
「それは勇者ジオーグの星座だよ」
「勇者ジオーグ?」
勇者、目が覚めてから割と耳にする言葉だったが、名前は聞いた事が無かった。
ガクウは立ち上がると、身振り手振りを使って説明し始めた。
「そう! 五百年前に、世界を滅ぼそうとした魔神を倒した英雄で、彼が訪れた街には必ず像が立ってるぐらい尊敬されてるんだ。俺の父さんは、その子孫なんだ」
「よくわからないのだけれど、その魔神はどんな悪いことしたの?」
「世界滅ぼそうとしたんだ。ガオー! そんでもって、勇者ジオーグに聖剣で叩き切られ、天に召されたのさ。ぐわー! って」
『甘いな。吾輩ならもっと偉大に吠える』
「えー? そうかなー?」
ガクウは吠え方ダメだしされ、不服を漏らしながらアオイの傍に座りこむ。
「……そう。それはとても悪い事ね」
しかしアオイはそれどころではなかった。
話を聞いて、頭がまた傷みを訴えた気がしたのだ。
記憶に関係ある話だったのか? と首を傾げる。
ガクウは『読声』で真意をさとったのか、すぐさま話題を変える。
「あっ! 実はね、うちの近くに神殿があるんだけど、そこには勇者ジオーグの聖剣があるんだ。今度抜きに行ってみる?」
「……ああ、ジャグーダさんが何か言ってたわね。でも抜いていい物なのかしら?」
「聖剣に勇者として認められたもの以外は抜けないんだ」
「つまり、抜けた人は勇者ってこと?」
「そういうこと! まあ父さんでも無理だったし、毎日行ってる兄ちゃんも厳しいだろうなぁ……」
勇者の子孫でも無理だったと聞き、その難易度は果てしない物なのだとアオイは察する。
それと同時に、毎日行っているジャグーダは何のか? という疑問が生じた。
「あの人、そこまでして勇者になりたいの? 名誉に固執する人には見えなかったのだけど」
「うーん、多分力の方じゃないかな」
「力?」
どういった物なのか分からず、アオイは首を傾げる。
「うん。世界で一番強い力が秘められているんだってさ」
「……なんでまたそんなものを?」
そんな夢物語の様な話を信じるなど、アオイにはできない行いだ。
思わず問いかけてしまうが、ガクウは真剣な表情で答える。
「多分、良い事に使いたいんじゃないかな。兄ちゃん、真面目だし」
「真面目……真面目?」
ジャグーダを悪い人ではないと推察しているアオイだったが、真面目な人間にはどうにも見えない。
真面目な人間が偽悪ぶるとは、どうにも思えなかった。
「あ、でもアオイちゃんなら聖剣抜けるかも! ほら、俺の知らない事いっぱい知ってるし!」
「貴方だって私の知らない事いっぱい知ってるじゃない。理由にならないわね」
「そっかぁ……」
美しい満月を見る。
先程まで三日月だった気がするが、アオイは気のせいかと頭の隅に置く。
まるで、都合の悪い事を忘れてしまうように。
「そういえば、こっちではあの月でいいのかしら?」
「うん、そうだねー」
アオイの知識では、この言葉では月の事をナールだと知っていた。
……だが、それはおかしくないか? と、彼女の脳が訴える。
土星の衛星を月とは呼ばず別の名前で呼ぶように、この星の衛星の訳が月なのはおかしな話だ。
これを訳した人間は、なぜそのように訳したのか? とアオイは疑問を持たずにはいられなかった。
「……でも、おかしいな。今日は三摘のはずなのに、満杯になってる?」
月の変化をそう表現するのか、とアオイは素直に感心したかった。
しかし、自分が思った違和感をガクウも感じ身の毛がよだつ。
「気の所為じゃないかしら。きっと今日は、その満杯という日だったのよ」
そう言って、アオイは月を再び見上げる。
――――突如として、月に瞳が一つ浮かび上がった。
それはまるで、瞼を開いたかのように。
そして、アオイはそれを知っていた。
記憶が、知識が、洪水のように引きずりだされる。
危険信号を発するように。
『――――やあ、原住民諸君』
アオイの知る声が、月から聞こえる。
頬を撫でる様な、なんとも悍ましい声。
それは、月の瞳から発せられているように聞こえた。
「GM! なんでこんな所に……ッ!」
『私はGM、『虐殺遊戯連合』のゲームマスターをしている』
「え?」
なぜ知っているのかと、思わずアオイの顔を凝視するガクウ。
彼の持つ『読声』も万能ではない。
今の声に憎しみと恐怖しか無ければ、それしか感じ取ることができなかった。
そう、アオイは知っていたのだ。
この声の主を。その在り方を。
『今回君達に挨拶を贈っているのは他でもない。この星が、記念すべき千回目となるゲームの舞台になるからだ。ルールは実に簡単。私達『チーター』は、飽きるまで君達をありとあらゆる手段で狩りつくす。無駄なあがきだとは思うが、君達には全力で生き残って欲しい』
「は……?」
言っていることが理解できず、ガクウの口から思わず間抜けな声が出てしまう。
何故ならそれは、戦争よりも達の悪い事を言っているからだ。
そして、その声が嘘をついていないと、『読声』を使えるガクウだからこそ確信できた。
確信してしまった。
だが、そんな命をおもちゃのように扱う行為など、ガクウには理解ができなかった。
『それでは――――ゲーム・スタート!』
GMがそう言うと、瞳が赤く光り始める。
「……逃げて! 光線が降って来る!!」
「え!?」
アオイが注意するや否や、その瞳から光線が放たれた。
大地全てを覆い尽くそうとでもしているかのような極光。
アオイは思わず頭を伏せ、ガクウは急いでベルゼフォンの頭の上に立つ。
「『《輝きの激流よ》』!」
ガクウの手とベルゼフォンの口から、破壊の光が放たれた。
アオイが辺りを見回せば、ありとあらゆる場所から瞳の極光に抗おうと、対抗する為の光が伸びている。
それは、ガクウ以外にもあれに対抗しようとする者がいると言う事だ。
対抗する地上からの光線の雨は、全て瞳の極光に衝突する。
それと同時に、空と大地を揺るがすほどの爆風が巻き起こった。
「『《侵略不可避の輝きよ》!』」
一人と一匹が叫ぶと、光の壁が二重でベルゼフォンの目の前に展開する。
その爆風はあまりに強烈で、前の壁を破壊し、後ろの壁にひびを入れた。
そこまでしてようやく爆風が収まり安全を確認すると、アオイがすぐさま口を開く。
「気を付けて! 今のに紛れて『チーター』も来るはずよ!」
「侵略宇宙人!? わかった!」
「なぜそこまでわかるのかしら!?」
『読声』で即座に事態を把握すると、光の壁を今度はベルゼフォンを包むよう球体に展開し、光の壁越しに上空を見回す。
その直後、先程居た町から爆音が聞こえた。
先程の瞳の極光の余波などにしては、余りに遅かった。
「もう来てる……!」
「うそーん!? ベルゼフォーン!」
『言われずともわかっている!』
ベルゼフォンはすぐさま飛ぶ向きを変え、町の方へと飛び立つ。
「止まって! 逃げなきゃダメよ!」
アオイはガクウの腕を掴み、震える声を張り上げる。
ガクウは『読声』で彼女が『チーター』と名乗る者達をどれだけ危険に思っているか、完全に理解できていた。
そして、その恐ろしさも。
「ダメだ!」
だが、ガクウは顔を歪ませながらも、それを即座に切り捨てた。
「どうして!? 『チーター』は、強いとかそういう次元じゃないの! 人間が勝てるものじゃないのよ!」
「でも、町には人がいる! 俺達は見捨てられない! ……怖いだろうけど、アオイちゃんの事も必ず守る。だから一緒に来てほしい」
アオイは、その言葉が本心からの物だとなぜか理解できていた。
彼は町の人々も、私の事も見捨てられないのだと持っているのだと。
だが、そんな声を聞く前から、アオイはガクウの優しさを知っていた。
得体のしれない自分の命を救い、どれだけの仕打ちをしても優しさを忘れなかったガクウの事を。
「……無茶を言うけど、自分の身も守ってね」
「……ああ」
その願いに、ガクウは力強く頷いた。
二人の仲で結論が出た時、キィンと耳をつんざく様な音が聞こえた。
ガクウが懐から鏡を取り出す。音はそこから鳴っているようだった。
「その鏡は?」
「鏡話!」
ガクウは鏡に手を振れると、その顔からはボンジャーグの顔が映った。
『ガクウ! お前はアオイちゃんとそのままシェルターに行って、シェルターを守れ! ベルゼフォン! お前は俺の所に来い!』
「……わかった!」
『よしっ!』
どうやらテレビ電話のようなモノらしい、とアオイは納得する。
『吾輩も了解した』
「ベルゼフォンも分かったって言ってる!」
『よしっ!』
もう一度鏡に手を触れると、それを見ているガクウの顔が映し出された。
「行こう!」
『ああ!』
ガクウ達は、『チーター』に襲撃された町へ急行する。