第5話 異物の究明
中に入っていくと、どうやら何かの操縦室の様だった。
「どうだ。何か思い出したか」
さすがに聞くの早いよ兄ちゃん、とガクウが訴えかけるが、ジャグーダはそれをシカトする。
「……今言えるのは、この船が科学技術で構成されているってことね」
たくさんの機械で構成されているように見えて、アオイはホッと胸を撫で下ろす。
自分に関連したものが、自分の知っているもので構成されているからだ。
これでアオイの知らない未知の技術であれば、自分の知識を本格的に疑わなければならない所だった。
「……少し、時間を頂戴。調べて見るわ」
そう言って、アオイは黙々と焼け落ちた異物を調べ始める。
「時間ってどれくらいだよ」
ジャグーダがそう問いかけるが、アオイは自分の世界に入っており耳に入っていない。
「……オイオイ」
「仕方ないね」
仕方がないので、二人は彼女に危険な事が起きないように見守るしかなかった。
◇
二人はアオイが調べている間、その口からは聞いた事も無い言葉を聞いた。
明らかに自分達の知っている言語のそれではなく、それをブツブツと一人呟いている。
それが彼女の故郷の言葉であるとは推測できたが、一人で機械を触りながら呟く彼女は不気味であった。
「――――わかったわ」
しばらくして、アオイが二人の方を向いた。
「これは、宇宙船のコクピット」
ウチュウセン? と言葉の意味が分からず、首を傾げるガクウ。
「簡単に言ってしまえば、宇宙を船で渡る為のモノよ。しかもこれは、ワープ機能まで備わっているわ」
「自分は違う星の人間だって言いたいわけか」
「ええ、文化が違うもの。私達」
ジャグーダの言葉を、簡単に頷くアオイ。
ここに来るまでで、大体わかっていたことだった。
「……そして、多分だけれど、私が作ったモノかもしれない。調べていくうちに、作れる知識を思い出してきた」
この異物――――宇宙船のコクピットに着て思い出したのは、その仕組みと構造であった。
「でも、ごめんなさい。自分の記憶だけは、どうしても思い出せない……!」
そう言って、アオイは肩を落とし、顔を俯かせる。
今にも泣いてしまいそうな顔だった。
「おっと、その話は本当かい?」
突如として、聞いた事の無い声が焼け落ちた船内に響き渡る。
声のする方を向けば、二メートルはありそうな大男が操縦席に入ってきた。
歳は四十歳程に見える大男の顔と威圧は、普通の人のそれではない。
まるでクマを人の形にしたようなものだった。
一体誰なのか? 外に待っているはずのベルゼフォンはどうしたのか? 敵か味方か?
アオイは警戒をして、咄嗟に構えてしまう。それ程の威圧感だった。
「マスター」
「父さん!」
「え?」
ジャグーダとガクウの嬉しそうな声に、思わず驚愕するアオイ。
何故ならアオイは、彼らの父の事を勇者の子孫だと話に聞いていた。
しかし目の前の男は、控えめに言ってヤクザや軍人にしか見えない。
「よう! お前らも元気そうで何よりだ」
二人の声を聞くと、大男は優しい笑みを浮かべて手を振る。
先程の威圧感が嘘のように霧散した。
「お嬢ちゃんも起きたようでよかったなぁ。話は大体ベルゼフォンから聞いた。記憶喪失なんだって? あ、俺はリクライト・ボンジャーグ。よろしくな」
「……ええ、よろしくお願いします」
笑顔で握手をして来る大男ことボンジャーグ。
この押しの強さは間違いなくガクウの育て親だ、とアオイは納得できた。
「……ベルゼフォンから聞いたという事は、貴方も竜の言葉が?」
「ああ、いや。普通に紙に書いてもらった」
「……そうなんですか」
ベルゼフォンの指を思い返すアオイ。
獲物を刈り取る為の鋭い爪が備わっており、とてもじゃないがペンなどが持てるようには見えなかった。
そんな疑問など梅雨知らず、ボンジャーグはアオイに話しかける。
「それで嬢ちゃん、この異物……宇宙船の知識があるってのは本当かい?」
「はい。私の中の知識が本物なら、それは間違いないかと」
「そうか……」
顎に指を当てて、ボンジャーグは深く思惑している様子を見せる。
そして何やら結論が出ると、改めてアオイに向き直った。
「一つ提案何だが、宮勤めしてみる気はないか? 俺から国に交渉してみるぜ」
「急に何言ってるの父さん!」
慌ててボンジャーグを止めに入るガクウ。
まあ待て、とボンジャーグはガクウに向き直り、しっかり目を合わせた。
「いいか? 今この国中に散らばった宇宙船は、俺達だけじゃ解析に時間がかかり過ぎる。だがお嬢ちゃんの知識があれば、それが全部解明できるって訳だろう?」
そう言って、確認を取るように再度アオイに問いかける。
「ええ、この知識が本物であるならば」
「なら、そいつを俺達に貸してほしい。魔導文明のさらなる飛躍の為にな」
ここで提示されている選択肢は、自分の人生を決める大切なものだ。
ゆえに、慎重に考えるべきだとアオイは考えたし、分からない事は恥を忍んで聞くべきだと考えた。
「……ごめんなさい。マドウとは何かしら?」
「機械動かす仕組みとか、自然現象の探究とかそういうのだ。ともかく、何かを客観的な方法で知的に研究することだな」
ジャグーダの説明から、アオイは科学と大して変わらないモノだと判断する。
名前からして魔法を主軸にしたものなのだろうと、アオイは推測した。
「だがマスター。こんな怪しい奴を宮勤めなんて、どうかしてんじゃねえのか?」
「……父さんは、アオイちゃんを監視したいの?」
珍しく鋭い意見をいうガクウを、ジャグーダは感心したように眉を顰める。
だがその鋭さの理由を見て、勝手に納得した。
視線を向けられたアオイは、何を納得した様子なのかと首を傾げる。
「身元も意図も不明なやつを警戒するのは当然だ。疑いを忘れず、常に冷静に行動しろっていつも言ってるだろう?」
「アオイちゃんの自由意志はどうなるのさ」
「だから、それを今聞いてるんだ。いいか? 何も四六時中拘束するってわけじゃない。国に協力することで信頼関係を得ることは、アオイちゃんにも悪い話じゃないはずだ」
ボンジャーグの言っていることは、アオイから聞いても正しいように思えた。
違う星から来た可能性のある人間等、地球人でも対処は難しいだろう。
解剖されないだけマシであるし、好待遇な条件でもあった。
しかし、ガクウはまだ安心できていないようで、怒ったような顔でボンジャーグを睨みつける。
「それ、実質一択だったりしない? 断ったらどうする気なの?」
「当初の予定通り、俺達で面倒見ることになるだけだ。お前の望み通りな」
「そっか」
ホッと胸を撫で下ろすガクウ。
それを見て、ボンジャーグは頬を釣り上げた。
「いやあ、大変だったんだぜ? お国と交渉するのはさあ! でも息子が可愛い女の子放っておけないって言ったら、パパとしちゃ恋愛の成就に期待せざるを得ないというか」
「俺そういう話はしてないよね!?」
「なんだお前、マスターとそんな話してたのか? とうとうお前も色を知る年になったってか? うん? お兄ちゃんは嬉しいねぇ」
「こういう時だけお兄ちゃんしないでよ!!」
ついにはジャグーダも兄面をしだし、年上の成人男性二人して未成年のガクウを囲みだす。
ガクウはまともな反論も言えぬ揶揄いサンドバックと化してしまい、抵抗できないでいた。
「おっと、こういうのはお前の言う通り、自由意志が尊重されるべきだよなぁ?」
「どうなんだいお嬢ちゃん? うちの息子の事、どう思う」
「兄ちゃん!? 父さん!?」
その標的がアオイに代わり、ガクウは慌てるが何もできないでいた。
どうしろって言うんだこんなの! とは彼の心の弁である。
「そんな、急に言われても……困るわ」
ガクウから目を逸らし、誰ももいない方向を見るアオイ。
自分自身ゴクウをどう思っているかわからなかったし、今はただ世話になっているだけの身。
そういう話はまだ早いとアオイは考えていた。
そもそもの話、ガクウが自分をどう思っているかわからない。
ガクウは誰にでも優しくしそうだし、自分もその中の一人なのでは? とさえアオイは思っていた。
ゆえに、顔を合わせることもままならない。
だが大人げない二人は、それを脈ありと見た。
「「フゥ~!!」」
「やめてくれよ! そういうのさあ!!」
義理の父と兄は、徹底的にガクウをからかいに来る。
「そうだな。後はお若いお二人で、ゆっくり今後を話し合うと良い」
「お兄ちゃんは聖剣を引きに行くが、お前は抜剣するんじゃないぞ?」
「兄ちゃん最っ低! 二人なんか大っ嫌いだー!!」
ガクウが大声を張ると、二人は笑って外へと出て行った。
ガクウは一息つくと、アオイに向き直る。
「父さんと兄ちゃんがごめん! 二人も悪気はないと思うんだ。俺、浮いた話なくてさ。それであんなに興奮しちゃって……」
「良いわよ。親子って感じがして、聞くのも悪くなかったし」
「そうかな……?」
「それと、ボンジャーグさんのお話の件だけど、私受けようと思うの」
「え!?」
ガクウは苦い汗を垂す。
それに気づかず、アオイは話を続けた。
「貴方に世話になり続けるのも忍びないし、買ってもらった服の代金も、給料とかが出るなら必ず支払うから」
「いや、それはプレゼントだから、別にお金返さなくていいよ?」
「……そうなの?」
「うん」
「……じゃあ、ありがたく貰っておくわね」
「うん!」
先程まで大慌てしていたのが嘘かのように、ガクウは平然としている。
私の事が好きだとかそういうことは無さそうね、とアオイは推測した。
胸の奥が痛んだ気がしたが、アオイは話を続ける。
「それに、ほら。宇宙船の事を調べたり教えたりすれば、きっと私の記憶の手掛かりになると思うから」
「そっか。じゃあ都に送った後は、お別れになっちゃうのかな……」
「……寂しいの?」
「……うん。でも、大丈夫。アオイちゃんが記憶を取り戻したいなら、その方がいいと思うって俺もわかるから」
そう言って見せる笑顔は、無邪気な子供の様な笑みではなく、複雑な感情が入り乱れているモノだ。
地球の知識しかない自分に、そこまで思い入れてくれているのは、アオイに取って嬉しい事だった。
「……そう。ありがとう」
「なんでアオイちゃんがお礼言うの?」
「そうね……お礼してもし足りないから、かしら?」
「よくわかんないや」
ふと、互いの目と目が合う。
なんだかそれがくすぐったくて、互いに笑いを零してしまった。
「よし! じゃあお別れ前に思い出を作ろう!」
「それ、別れが余計辛くならないかしら」
「え? でも俺、アオイちゃんとの思い出欲しいし」
こういう事を平然と言うのは、よくわからないがアオイはずるいと思う。
そんな事を言われてしまうと、断る気が失せてしまった。
「……そう。じゃあ、しょうがないわね」
「やったー! それじゃあ町の楽しい所案内するよ!」
そう言って、ガクウはアオイの手を引いて外へと出る。
特別な時間が始まる。
そんな予感が、アオイの胸によぎった。