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第1話 目覚めの日、来たる


 謎の少女を救ってから、三日が経った。

 少女とはいっても伸長は一七〇センチ近くあり、ガクウと同年代と言う意味での少女である。


 現在の彼女は腕や足に酷い火傷は残ったものの、それ以外は白く美しい肌を取り戻している。

 けれども、ベッドの上に眠っている彼女の瞼は、一向に開くことが無かった。


 全身をローブに包んだガクウは、あの日からずっと自室で看病をしている。

 彼女の看護を一日たりとも欠かしたことは無かった。


 女性なのでおしゃれや身だしなみには気を使うだろうと思い、今日も櫛を使い髪をとかす。

 さすがに服装はこの星の寝間着であったが、最低限出来ることはしてあげたかったのだ。


「お前、本当にバカな事したなぁ」


 そんな中、二人分の朝食を持った黒髪の男がやってくる。

 ガクウより一回り年を取っていそうだが、伸長は一八〇センチ近くでガクウよりは低いが、その引き締まった体はガクウに勝る威圧があった。


「あ、朝食持ってきてくれてありがとう。ジャグーダ兄ちゃん」


 ジャグーダと呼ばれた男は、それを無視してベッドの脇にある机に食事を置いた。


「これじゃあ徒労に終わるのも目に見えている。お前は自分の将来を棒に振ったのも同じだ。これじゃあ恩返しもされやしない。一生こんな誰かもしれない女の介護生活で終えちまうぞ? 見捨てておけばよかったんだ」

「欲しかったのは恩返しじゃない。だからいいんだ」

「……ここまでバカが突き抜けると逆に感心するな。俺はまっぴらごめんだが」


 ちらりとベッドに横たわる少女に視線を向けるジャグーダ。主に大きく盛り上がった胸部分を注視していた。


「……いや、でもこんなに綺麗な顔つきで、おっぱいもデッカいだろ? 三桁だっけか? ちょっとはそういう気持ち、あったんだろう? でなきゃ燃えてる鉄塊の中に突っ込んでいったりしないもんなぁ?」

「いやいや、あるわけないでしょ」

「しびれを切らして寝込みを襲いこむんじゃないぞ? そうなっちまったら、いくらなんでも擁護なんてできやしないからな」

「するわけないでしょ!?」


 ガクウが顔を真っ赤にして否定すると、ジャグーダは機嫌よく笑いながら部屋を出ていった。


「ったく……」


 部屋からジャグーダが出ていくのを見送り、少女の方に目を向ける。

 ちょうど、部屋から出ていこうとする所であった。


「……うん?」

「……ぁっ」


 ぱっちりと開いている少女の黒い目と、ばっちり目が合う。

 お互いに相手が混乱しているのが、手に取るように分かった。

 膠着状態が続き、静寂が場を支配する。


「ッ……!」


 少女は先手必勝! と言わんばかりに、そのまま窓から出て行こうとする。

 ここは一階だ。何を躊躇う必要もない。

 しかし、外には――――


『吾輩、騒がしくて起きてしまったのだが何事か?』


 お腹を慣らすベルゼフォンがいた。


「キャッ――――!?」


 その姿を見るや否や、少女はバックステップですぐさま窓から離れた。

 目覚めたばかりだからか、急な動きに体が付いてこれず、足がもつれて倒れ込みそうになってしまう。


「危ない!」


 すぐさまガクウが受け止めるが、少女が倒れる勢いを殺しきれず、そのままベッドに倒れ込む。

 結果的に、少女がガクウを押し倒す形になってしまった。


 少女は辺りを見回すと、すぐ様ベッドの脇にある机から鋭利な食器(地球で言うフォークのようなもの)を手に取りマウントを取る。

 そして、震える手でそれをガクウへと振り落とした。

 ガクウは掌でそれを受け止めると、そのまま食器を床へと投げる。

 少女は事態を把握できず、混乱したまま拳を必死の形相で振り下ろそうとした。


「……大丈夫?」


 しかし、心配そうに問いかけて来るその姿を見て、少女は動きを止めた。


「ごめん、怖がらせるつもりは無かったんだ。怖かったよね。ごめんね」


 ――――その声が、あまりに優しくて。


「……私の、方こそ、ごめんなさい。ごめんなさい……っ。もう、何が何だかわからなくて……!」


 少女は緊張の糸が切れたのか、謝りながら泣きだしてしまう。

 余程怖い目にあってきたのだろう、と思いながら


「大丈夫。大丈夫だからね……。ああっ、顔がグシャグシャだ」


 ポケットからハンカチを取り出し、その涙を拭うガクウ。

 それを受けて、少女はますます咽び泣いてしまった。


「なんじゃこりゃ」


 騒ぎを聞きつけてやってきたジャグーダは、部屋のドアからその光景を覗いていた。

 何日も眠っていた筈の少女が、仰向けになっているガクウに跨って泣いている。

 当たり前だ。訳が分からない。


「……襲っといて騎乗させてるとか、ちょっと高度過ぎやしないか?」


 茫然自失の中で何とか言葉を振り絞るジャグーダだったが、その疑問に答える者は誰もいなかった。

 ふと窓を見ると、そこには困惑しているベルゼフォンの姿があった。


「なあ、ベルゼフォン。これどういう状況?」

『お前に言ってもわかないとは思うが、吾輩もさっぱりだ』

「やっぱ何言ってるか分かんねえや」

『なら聞くな』


 常人の類であるジャグーダは、鳴き声の意味が分からない。

 ただ咽び泣く少女と、その涙を拭うガクウを見ているしかなかった。


     ◇


 ベルゼフォンは少女が落ち着かないだろうと、ご飯を食べて朝の散歩へ出かけた。出来る竜は人への配慮も欠かさないのだ。

 一方肝心の少女はと言うと、たくさん泣いて落ち着いたのか、ようやくベッドの上に腰を掛け、ようやくまともに話せるようになった。


「……取り乱して本当にごめんなさい」

「いや、しょうがないしょうがない。俺だって起きて知らない部屋だったら、絶対取り乱すからさ」


 ガクウは少女の目の前椅子を置き、そこに座って話しかける。

 ジャグーダは相変わらず二人の話す姿を、壁に背中を預けて聞いていた。


「俺はリクライト・ガクウ。それで、あのドラゴンがベルゼフォンで、こっちの怖い顔が俺の兄ちゃんだ。よろしくね!」

「リクライト・ジャグーダ。このアホ面の兄じゃない」

「……ええと?」


 複雑な家庭環境なのか、単に揶揄っているのか、はたまた自分の知らない家族の形があるのか? 矛盾する二人の発言に混乱してしまう少女。

 それを見かねたジャグーダが口を開く。


「俺達はこの家の主に拾われてな。全員血が繋がってないんだ。一応義理の息子ってことになってはいるがな。ちなみにその家主様は、遠出して数日家に居ない」

「なるほど、そういう事だったのね……」


 複雑な家庭環境を聞いて、余計なことを聞いてしまったかもしれないと少女は冷や汗を流しす。

 それは裕福な家庭環境に居た者の発想だった。


「それで、お前さんは?」

「私は――――……?」


 名乗ろうと口を開く少女だったが、不思議そうに口を閉ざしてしまう。


「……私は誰なのかしら?」

「いや知らんがな」


 何トチ狂ったこと言ってるんだこいつ? といった気持ちを抑えて返事をするジャグーダ。

 当然だ。自己紹介する流れで自分を紹介して欲しいと言われたら、誰だってそんな気持ちにもなるだろう。

 しかし少女はそんな事は意にも介さず、自分の世界に入っているようだった。


「そうよね。自己紹介されたってことは、元々知らない人同士と言うことよね……。困ったわね。自分の事がさっぱりわからないわ」

「オイオイ、まさかアンタ」

「……そうね。所謂記憶喪失、と言うものらしいわ」


 少女とジャグーダは頭を抱える。

 それもそうだろう。少女からすれば見ず知らずの自分を介護して貰ったらしいのに名乗りもできず、ジャグーダからすれば面倒事の予感しかしないからだ。

 何としてでも思い出させて、空から降ってきた謎の異物の正体を聞かなけれ、ば安心して眠ることもできやしない。


 対してガクウはと言うと、そりゃ爆発して黒焦げになる恐怖体験をすれば記憶も失ってもおかしくないといった所感だった。

 直に爆発する光景を見ただけあって、記憶喪失になってしまったことに納得せざるを得ない。

 そして、それを思い出させるのは酷だろうとさえおもった。


「なんとかして、想いださなくちゃ……」


 しかし、少女からは不安、恐怖、焦りなどが手に取るようわかる。

 自分のアイデンティティの喪失に加え、恐らく自分達に迷惑をかけたくないのだろうと言う事も、ガクウには推察できた。


「記憶を思い出すのには、同じ事をさせるか、印象深いモノを見せればいいって話を聞いた事があるな。しかし燃やすの荒っぽすぎるし? 何か空に飛べるものはないもんかねえ?」


 まるで助け舟を出してやったと言わんばかりの笑みを浮かべるジャグーダ。

 確かに部屋にこもりっきりでは記憶は取り戻せないだろう。悲惨な記憶は思い出させたくないガクウだったが、少女は記憶を取り戻す事を望んでいる。

 優先すべきはどっちの意思か? それを考えると、ガクウの出す答えはすぐに決まった。


「実は君って、空からやってきたんだ」

「え?」

「俺も驚いた。だから、空を飛んでみれば何か想い出すかも。俺ならベルゼフォンをいつでも呼び出せるけど……どうする?」


 少女は少し考えると、意を決したように口を開く。


「試せる事があるなら、何でも試したい」

「よし来た!」


 ガクウは窓から身を乗り出し、指笛を鳴らす。

 その音色は優しく森の隅々まで駆け巡ると、森の動物たちがざわめき風が巻き起こる。

 そして、赤黒い竜――――ベルゼフォンが窓の外に顕現した。


 少女はおびえた様子を見せると、ベルゼフォンは優しく笑みを浮かべる。


『何用だ? ガクウ』

「今度こそ隣町までお願い! 三人で!」

「え?」


 いつの間にか数に加えられてる事に素っ頓狂な声を出すジャグーダだが、誰もそれを言及する物はいない。


『淑女を乗せるとあれば、吾輩も張り切らざるをえないな』

「お願いするわ。ベルゼフォン」

『うむ任せ――――うん?』


 少女の顔に、二人と一匹の視線が集まる。

 それもそうだ。今、あり得ないことが起きたのだから。


「……私、何か失礼でもしてしまったのかしら?」


 困惑する少女の肩を、そっと掴むジャグーダ。

 そして、じっくりと顔を覗く。


「お前、ガクウと同じで、竜の言葉がわかるのか?」

「わかるもなにも、さっき喋って――――」

「普通は、俺みたいに鳴き声にしか聞こえないんだ」

「え?」

「竜の言葉がわかるやつなんざ、ガクウぐらいしか俺は知らん」


 そうなの? と聞き返す少女に、そうだよと頷くガクウ。

 自分が普通じゃない事を知り、ますます自分を見失っていく少女。


「俺も竜の言葉をわかるやつを見るのは始めてだ! 何か嬉しいな! 仲間だよ仲間!」

「なか、ま?」

「そう! 仲間!」


 ガクウが笑みを浮かべて握手をすると、自然と少女も笑みを浮かべる。


「それはきっと、とっても光栄なことだと思うわ」

「やった! 光栄だって!」


 ガッツポーズとり、子供のように喜ぶガクウ。


『よかったなガクウ』

「なーにバカみたいにはしゃいでんだか」


 ベルゼフォンとジャグーダは言っていることは正反対だが、思っていることは同じだとガクウにはわかる。

 それはジャグーダの口が、ベルゼフォン同様笑みがこぼれたのを見逃さなかったからだ。


 喜ぶのに満足しきると、クローゼットから少女の為に買っておいた服を取り出してベッドの上に置く。


「それじゃあ着替えて出発だ! 俺達、部屋の前で待ってるから!」

「ええ、お願い。……色々とありがとう」

「どういたしまして!」


 そう言って、ガクウとジャグーダは部屋を出る。

 少女は笑みを浮かべながらカーテンを占めると、用意された服に着替え始めるのであった。


 ……しかし、部屋の外で待つガクウは、内心は焦っていた。

 少女の命を救った、あの魔法の影響かもしれないと。

 どこまで彼女の体に影響があるのか、しっかり見ておかなければならないと決意する。


 その時ジャグーダは、ガクウが冷や汗を流したのを見逃さなかった。


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