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プロローグ 燃ゆる鉄塊落ちる時


 木々に囲まれた山には、岩をくり抜いて作られたかのような家が一軒建っている。

 その扉からは一九〇センチを超える体格を持つ、赤毛で十七歳程の青年が飛び出す。

 腰にはどこにでも売っているような剣を鞘に納めていた。

 青年が空を見上げれば、めでたくなるような快晴であった。


 周りを確認すると、青年は指笛を鳴らす。

 その音は、森の隅々まで広がる。どこから聞いても優しくうるさ過ぎず、それどころか心地いい不思議な口笛だった。


 それだと言うのにそれを聞いた動物達は急いで音の発生源から離れていく。

 動物たちが慌てふためく鳴き声が森中に響き渡たると、空から赤黒い鱗を持つ巨大な竜が青年の目の前に降り立った。


 この世界おいて、竜は神の次に敵に回してはいけない存在である。

 その鱗は大抵の魔法を跳ね返し、咆哮から繰り出されるエネルギーの放出は町を瓦解するには十分だ。


 赤黒い竜は長い首を下げて、鋭い眼光で青年の顔を覗く。


『何用だ? ガクウよ』


 威厳に満ちた鳴き声で、ガクウと呼んだ青年へ問いかける。

 常人には伝わる事がないその言葉は、ガクウの不思議な力で彼だけに伝わっていた。


「山を越えた町まで買い物行くから、乗せてって!」

『……いや、吾輩散歩帰りなのだが』


 威厳は見事に砕け散った。


 そうとは言っても、この二人からすればいつもの会話である。


「散歩の途中だったんだろ? それに、ベルゼフォンだってうちのご飯食べるじゃないか」

『……うーむ、致し方ないなぁ』

「いやったー!」


 ベルゼフォンと呼んだ竜の許可を取ったかと思うと、すぐさま背に飛び乗る。


『しかし、今日はジャグーダが買い物当番では無かったか?』

「兄ちゃん、聖剣引き抜くのに忙しいからって」


 それを聞いたベルゼフォンは、思わずため息をつく。


『いつになったら抜けることやら……。そろそろ父親に言いつけたらどうだ?』

「いいよ、兄ちゃんなりにがんばってるのは、俺が一番よく知ってるから」

『そうか? それならいいが……』


 事実が明らかになって怒られるのはジャグーダ本人だろうしな、という言葉をベルゼフォンは飲みこんだ。


 適当な鱗を掴んだのをベルゼフォンが確認すると、翼の調子を確かめるようにはためかせる。

 周りの木々が今にもなぎ倒れそうなのを見ると、満足したように笑みを浮かべた。


『よし、それでは行くぞ』

「おー!」


 そのままベルゼフォンは雲を突き抜け、青い空を自由を我が物顔で飛んでいく。

 背に乗ったガクウも体全身を駆け抜けていく風と、眼下に見える森林の光景を楽しんでいた。


「ひゃっふー! やっぱりベルゼフォンと空を飛ぶのは最高だな!!」

『お前も飛ぼうと思えば飛べるだろうに』


 こうして乗せる度、ガクウは何度も感嘆の声を上げる。

 それはベルゼフォンにとって、嬉しくもあったがどうにもくすぐったかった。


「ベルゼフォン程飛ぶのが上手い奴もいないさ!」

『それもそうだ。吾輩ドラゴン故、人に劣れば恥である』


 空を舞いながら胸を張るベルゼフォンに、ガクウはぺしぺしと軽く鱗を叩く。


「そう照れるなって!」

『吾輩照れてなどいない。それより帰りはどうする? 山崩しの修行でもするか?』

「いや、今日はナマモノ多いしなぁ。やめとくよ」


 空を飛びながら楽しそうに談笑するガクウとベルゼフォン。

 だが突然、今羽ばたいているさらに上――――宇宙から何かがやってくる気配をガクウは感じ取る。

 それは何かの命であることは間違いない。だがそれにまとわりつく物は今までに感じ取ったことはなく、決して無視することのできない異物であった。


「……ベルゼフォン、上から変なのを感じないか?」

『何? ここより上など、余程の超人でなければ――――いや、確かにそうだな。命を感じる』


 二人は揃って異物を感じ取れる方向へ顔を向ける。

 深く観察してみると、それは地上へと落ちて来るのが感じ取れた。


『気を付けろ! 兵器の類かもしれん!』

「兵器なら生命体を乗せなくてもいいはずだ。新しい乗り物とかかもしれない。いや、まずは父さん達に報告をして――――」


 その時だった。

 感じ取った異物が黒き空の果てから青き空へと突入した異物が、その全身を炎に包まれる。


 ようやくガクウに視認出来るところまで、炎に包まれた異物が落ちて来る。

 その異物は、町一つ分ほどある大きさで、何やら鋼鉄の塊で出来ている円盤のようだった。


 落ちないように抵抗しているのか、いくつもの穴から炎を噴射する。

 だが、二つほど炎が出ていない穴があり、円盤型の異物はひっくり返ってしまった。


「……あれ、大丈夫か?」


 異物はその動きと炎の熱に耐えきれなくなったのか、突如としてその中心から爆発四散した。


「そんなわけなかったな!!」


 散らばった異物は遥か彼方へと飛んでいく。

 爆発はあまりに大きなもので、遠くにいるはずのガクウ達も地面に叩きつけられてもおかしくない威力だった。破片は国中に飛び散る事だろう。


 その中で、ガクウは命の息吹を確かに感じ取った。


「まだ生きてる! ベルゼフォン!」

『承知!』


 彼らは迷いなく異物の一つへと飛んでいく。

 小さな破片が爆風に乗って襲い掛かるが、ベルゼフォンの鱗には傷一つ付く事は無い。

 背中に乗っているガクウは剣を抜き、致命傷になりそうな鉄塊を切り飛ばしていった。


 目的の鉄塊を見つけ、ベルゼフォンが衝撃が起きないように掴み取る。

 灼熱の劫火に包まれていたが、ベルゼフォンの鱗はものともしない。息を吹きかけて火を消す余裕すらあった。


 火が消えたのを確認すると、ガクウはすかさず鉄塊の中へと入っていく。

 中は船の操縦室のような印象を与えるが、それにしては計器や装置が多過ぎる。それも焼け落ちてしまい、もう何を示し動かしていたかはわからなかったのだが。

 そんなものには気を取られず、ガクウは微かな生命力の発生源を辿っていく。


 見つかったのは、全身真っ黒に焦げた人であった。

 一目見ただけで、もう死んでいると悟ってしまう程に、全身が黒く焼けている。


『……風前の灯火、と言ったところか。お前の魔法でも助けることはできぬだろう』


 外から覗き込み、もうダメだと首を振うベルゼフォン。

 ガクウは救えなかった命を忘れないよう、しっかりと顔を見ようとした、その時だった。


「……ぁ、ああ。ァあア……っ」


 もう遺体と間違えてしまう程に生命が削ぎ落ちたそれは、最期の力を振り絞って喉から声を出す。

 人の言葉とは思えない、枯れた音でしかなかった。


 けれども、その声は何かを伝えたい必死の思いがあるのを、ガクウは確かに感じ取った。

 遺体と見間違える程のそれは、まだ生きたいと叫んでいるのだ。


 即座に目の前の命を助けられる方法は無いかと、ガクウは脳内で模索した。

 症例と自分に出来る事を照らし合わせ、一握りの可能性をつかみ取ろうとする。


 そして一つだけ助ける方法を見つけ出す。

 それは、身体の部位を入れ替える魔法だった。


 他人の身体を自分に宿す、冒涜的な魔法であり、正式に国から禁止されている魔法だ。

 だがこれを使えば、黒く焦げた皮膚を取り除き、健康なガクウの皮膚を与えることができる。


 もちろんそれだけでは足りない。

 もっと多くの物を彼は差し出さなければならないだろう。


 だが、ガクウには即決することができなかった。

 それは、余りに無茶な選択だったからだ。


 自分魔法の力量をもってすれば、彼女の負担を全て背負ったところで、普通に生活する分には何も問題は無いだろう。


 だが、長くもって一週間。

 どんな手を尽くしても、それ以上を生きていられる自信が、彼にはない。

 自分が死ねば家族や友達が悲しむのが、目に浮かぶようにわかった。


 けれども、目の前で命が消えていくのを黙って見過ごすわけにもいかない。


 どうすればいいのか。一秒一刻を争う状況で、彼は悩んでしまった。

 そう悩んだとき、ふと父の言葉を思い出した。


「命は一瞬で掻き消える。迷っている暇があるなら、その前に動け」


 それは、戦場での心構えだった。

 一瞬の迷いが、自分の命を落とすことに繋がると、ガクウの父は言いたかったのだろう。


 だが今この時、ガクウはそれを自分ではなく、目の前の命に置き換えて考えた。


 そう、この時を生きているのが奇跡なのだ。

 必死でしがみ付き、ようやく掴み取った命の輝き。


 そんな輝きを、葛藤している間に消してしまっていいのか?


 ―――――良いわけがない!


 ガクウには、絶対にその輝きを未来へ繋ぐ術がある。

 無茶ではあるが、無理ではない。

 なら彼は、やるしか道は無い!


 ようやく答えを見つけると、その顔には不思議と笑顔が溢れた。


「――――……よしっ、絶対に助けるから。安心して」


 それでもガクウには気持ちが伝わったのだろう。彼は優しく手を握った。


 それを見たベルゼフォンは、きっとこの謎の遺体も安らかに眠れるだろうと思える程、酷く眩い光景だった。

 だが、次の行動にはベルゼフォンも目を疑う。


 突然ガクウが自分の左肩に、剣先を突きさしたのだ。

 まるで羽ペンを扱うように、剣で魔法陣を描いていく。


 その魔法陣に、ベルゼフォンは顔をひきつらせた。

 彼はその魔法が何かを知っていたのだ。


『やめろ! お前、自分を犠牲にするつもりか!?』

「ああ、でもこの子は助かる」


 咄嗟に腕を突っ込み、ベルゼフォンは魔法の行使を止めようとする。

 だがそれよりも早く、ガクウが詠唱を唱え始めてしまった。


我が肉体を君に捧げる(・・・・・・・・・・)――――」


    ◇


 この日、彼女(・・)を救ったのは、宇宙全体を大きく変える運命の分岐点であった。

 彼は後の未来における歴史において、英断と呼ばれる選択肢を選んだのだ。


 もっとも、ガクウはそんな事はどうでもよかった。

 目の前の命を救いたい一心だったのだから。


この作品が面白い、これから先が気になると思った方は、ぜひとも評価やブックマークを押して応援してくださると、作者のモチベーションに繋がり非常に助かります。

本作を何卒よろしくお願いいたします。

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