ジュナの平和な朝模様!
「ジュナさま。ジュナさま。起きてください」
「んむぅ~……」
すずめのさえずりが聞えてくる、真っ暗で静かなお部屋の中。
カーテンの隙間から差し込む光が、朝であることを伝えてきます。
「ジュナさまぁ」
ピピピピピピ。頭の上から加わる催促。
「んん~……。ねむいよぉ。もうちょっと寝かせてあんぶれら……」
「だーめーでーす。学校があるんですから。ほら、起きてください」
「ふむぅぅぅ……」
こんもり膨らむ大きな布団が、動きに合わせてもぞもぞもぞ。
ピピピピピピ。ピピピピピピ!
「ジュナ様ぁ。もう起きないと。タカハル様と出会えませんよ」
「はっ!」
がばぁ! と布団が跳ね上がり、飛び起きたのは、ねぼすけジュナ。
ピンクのパジャマに白い水玉。黄色い髪も少しだけカール。
大きな瞳が半開きのまま、ジュナはやっと起きました。
「おはよぉ~。アンブレラ……」
「はい。おはようございます。ジュナさま」
時計を止めて、静かなお部屋。
上品なベッドの縁に留まる蝙蝠へ、ジュナは声をかけました。
「さあ、さっさと着替えて、朝ご飯です」
「はーい」
吸血鬼なのに、朝は平気?
大丈夫です。なんといっても、ジュナは半妖。吸血鬼には苦手な朝も、ジュナにかかればなんのその。
学校だって普通に行くし、夜も九時には眠ります。満月に近い夜でなければ。
「おはよぉー。おとうさん」
「ああジュナ。おはよう。よく眠れたかい?」
「うん!」
とん、とん、とん。二階から降りてリビングに向かうと、台所には一人の男性。
じゅうう、という美味しそうな音を鳴らして料理をするのは、ナイスミドルなジュナのおとうさん。
折り目の着いたスラックスに、ばっちり決めた白いワイシャツ。大きな背中をバッテンで包む、緑色のエプロンの紐。
今日も整うちょび髭に、撫でつけられた輝く黒髪。
長いフレームの眼鏡からは、優しい瞳が笑っていました。
「あ~! 今日はパンケーキだぁ!」
「そうだよ。さあ、最後の仕上げだ。ほっ!」
おとうさんはそういうと、傍らに立つジュナのためにフライパンを揺らしました。
ふわっと上がる、パンケーキの生地。こんがり焼けたキツネの色は、焦げ目を見せて舞い上がると、ぺたっと綺麗に着地しました。
「のおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「きゃははははは! おとうさん顔がパンケーキだぁ!」
おとうさんは、しっかり者。
……なのですが、たまに抜けているようです。
玄関の外は、爽やかな空気。
ランドセルを背負ったジュナは、扉を開けると振り返りました。
「おとーさん。行ってくるね!」
「ああ。気をつけてな。変な人と、吸血鬼ハンターには気を付けるんだぞ」
「はーい」
「ジュナさまジュナさま。早くしないとタカハルさまが行ってしまいます」
「わかってるよぉアンブレラ。それじゃ、行ってきまーす!」
「行ってらっしゃーい」
手を振る、額の赤いお父さんを後にして、ジュナはさっそく駆けだしました。
アンブレラは少し離れて、見守るように飛んでいきます。
「さあ。昨日はダメだったけど、今日こそはタカハルをおどろかせちゃうぞ!」
「うまくいくといいですねぇ」
にしし、と笑うジュナをよそに、気のない返事のアンブレラ。
ランドセルを背負っていても、軽やかな足はぐんぐん進み、すぐにT字路が見えてきました。
ジュナは止まると、ブロック塀に張り付いて、左の通路を覗き込みます。
いましたいました。学生服に、短髪の子。つんつん跳ねる髪の毛の下には、ツリ目で鋭い三白眼。
「いた! タカハルだぁ。タイミングばっちり!」
ジュナは一度身を引っ込めると、口に手を当てくすくす笑い。
「それで、今日はどうなさるんですか?」
「うん。タカハルが通り過ぎた時に、『わっ!』って声をかけてあげるの!」
「それはそれはまた。古典的ですねぇ」
「古典的ってなぁに?」
「古臭いって意味です」
「なー!」
アンブレラはそういうと、ついっ、と遠くへ羽ばたきました。
「それでは、お気を付けくださいジュナさま。また日が陰る頃、お迎えに上がります」
「ふるくさくないもん! ジュナにとっては新しいもん!」
「はいはい。それではまた」
ぷんすか怒るジュナははっとして、再び向こうを確認します。
いましたいました。さっきよりもかなり近い。何も知らずに歩いてくる、中学生の標的。
「よしっ。あそこからなら三十秒……」
はたして上手くいくのでしょうか。ドキドキしながら待つこと二十。いよいよその時が迫ってきました。
「じゅう。きゅう、はち……」
瞳をつぶって、落ち着くように。
「なな、ろく、ごぉ……」
ぎゅっと握った手が胸に、勇気と炎を分け与えます。
「よん、さん。にい、いちっ……!」
きた!
「わっ……」
「ワンッ!!!!!」
「うわっ!」
「ひゃああああああ!!!!」
驚いたのは、一人と一人。まんまる目をして右を見ると、大きな犬がおりました。
「な、んだよ驚かせやがって。あ、ジュナ」
「な、な、な、な……!」
せっかく! せっかくあと少しでうまくいったのに!
口をぱくぱく向こうを見れば、憎たらしいほど舌を出した白くて大きなレトリバー。
光の加減か気分のせいか、ジュナの赤い、ルビーの目には、にやりと笑って見えました。
「なぁぁぁぁぁ! いぬ―! このいぬ―!」
「バゥッ!」
ジュナがたまらず叫びました。すると犬も、吠え返すではありませんか。
「んぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ!」
ジュナが途端に悔しがりました。ジュナの耳にはこう聞えます。
(やーいチビッ子。驚いてやんの!)
「なんだとコラー! もっぺん言ってみろ!」
「バウ! バウ! バウ!」
(悔しかったら驚かせてみなー。ま、俺の声には敵わないけどな!)
「こんのー! ばうっ!」
「バウ」
「ばうばうっ!」
「ワンッ」
「ばうばうばうばう! わんわんわんわんわんわんわんわん!」
「ワンワンワンワンワンワンワンワンッ! バウバウバウバウバウバウバウバウ!」
「こら、タロー!」
「やめろってジュナ」
いぬ対吸血鬼。いや人としての尊厳をかけた戦いは、タカハルと飼い主によって引き分けられました。
「だって! タカハル!」
「だってじゃねーよ。何張り合ってんだ」
クールなタカハルはジュナと並んで歩き始めました。残念。今日の朝も失敗。
そんないつも通りの朝を、青く晴れた空から見つめる、一人の少女がおりました。
「あの子、犬と話せるんだ……」
大きな箒にちょこんと座る、黒い衣装の女の子。
おかっぱ頭にとんがり帽子。声の小さなその少女は、顔を上げて区切りをつけると、滑るように飛び始めました。
~『ジュナの愉快な次回予告!?』 ~
「わぁー! ドラキュラだぞぉー!! ……あれ? びっくりしない? あーんもうまたダメだったぁ~!」
「ジュナさまジュナさま。落ち着いてください。まずは自己紹介しなくては」
「あえ? あ、うん。そうだねアンブレラ。……こほん。えっと、来由良戸 ジュナです! よろしくね! ……ってああ! もうスペースがないぃ!」
「次回。魔法少女は転校生。お楽しみに」
「ああー! 知らない魔女さんがジュナのセリフ取ったぁー!」