花柳村の猫
むかぁしむかし、花柳村に幸せな猫がおったのさ。子どものいない貴族の女房、猫をたいそう可愛がった。
だがな、根も葉もない反乱の噂がたったそうな。
何もやっとらん
旦那はそう言って牢の中で息絶えた。
女房は悲しみのあまり食事も摂らぬし水も飲まぬ。ただただ泣き崩れ、袖を濡らす。ただただ。
とうとう女房は呪詛を書き、毒を喰らった。
満願成就のその時はきっと貴方に見えます。
猫が女房の鼻を嗅ぐ。口元から溢れた赤い泡を舐めとった。きっと怪我をしたんだと、そのまま女房に寄り添うと、いつまで経っても動かない。女房の呪詛を舐めとった猫。
さてさて、噂を立てた貴族のお方。それから厄災に見舞われた。
何やら猫の声がする。夜道を見遣る家来衆。一人が岩で頭をぶつけ、一人が鼻をこそがれた。
老いた父母熱に浮かされ、子は落馬で足を失ふ。
狩りに出かけた貴族のお方。万病に効く心の臓、取りに勇んで参ります。
山は深き暗闇に、いと美しき女に出会う。うつつをぬかした貴族のお方。
だぁれも、知らない現の世界。
なぁにも知らない貴族のお方。さぁさ、こちらへと、女を見遣る。
そこに女は居なかった。
そこには猫の啼き声が。
七日の後に在ったもの。
そこには貴族の御くびが在っただけ。
花柳村には幸せな、それはそれは幸せな、女房の猫がおりました。されど猫は今も哀しく、孤独を抱きて眠ります。
七日の後に見えるまでは、決して振り返ってはなりませぬ。