光を見つけた少女
「柏木って恋してると思う?」
その言葉に、開こうとした部室のドアから手が離れた。
「なに言ってんの?」
「落ち着け蓬生。澪にだって理由があるだろ?」
部長の葵ちゃんを宥める副部長の関屋君のいつも通りのやりとりに安心する。
けれど、賢木君が何を言いだしたのか分からない。
「だってさ。我が文学部の才女は、いっつも恋を題材としてる。気になるだろ?」
「そう言えば、柏木はよく『源氏物語』を読んでたな。近代文学では、『たけくらべ』とか『伊豆の踊子』とかだったような」
…怖い。そんなに観察されてたとか怖すぎる。
「あんたら怖いわ。因みに私は?」
「お前は、夏目漱石だろ?『夢十夜』。特に、『第一夜』がお気に入り」
「うわぁ…」
「ごめん澪。俺も少し…」
「空!お前は味方だと思ってたのに……!」
少し拗ねた賢木君を二人が笑う声が羨ましくて胸が痛む。
「見てたんじゃないよ。顔合わせの時、二人が好きな話をあげてたから」
「そう言えば……。たしかに蓬生は『夢十夜』って言ってたな。先輩達が『有名どころじゃないのに!』って興奮してたっけ」
確かに、私と葵ちゃんは顔合わせの時に、好きな話を上げている。顔合わせは三回もしているんだから、私達の話を覚えても無理はないんだろうな。けれど、私は好きな話は違う話をあげたのだけど……。
「だからこそ、彼女が恋してるか気になって…」
「人の恋路を面白がるな。今、紫が来たらどうするのよ。嫌われるわよ」
呆れた葵ちゃんから私の名前が出て、思わず持っていた鞄をドアに当ててしまった。
「どちら様?」
関屋君の丁寧なの言葉が聞こえてきて、思わず逃げ去る。
「柏木先輩?」
「ごめん!用事ができたって葵ちゃんに言って!」
途中ですれ違った後輩に葵ちゃんに伝言を頼む。返答は聞いてないけど、竹河君は、真面目な子だから必ず伝えてくれるはず。
いつもより早く帰ったことで母にはとても心配された。
「部活は〜?」
料理する手を止め、飲み物を差し出し自分も向かい側に座る母は、相変わらず美しい。子の欲目とかではなく美人という括りに入る。
「別に…」
だからこそ、今日は素っ気ない返事になってしまう。この美人な母は、恋愛に関しては困ったことはないと思ってしまうから。
「恋すてふ…かしら」
「なっ!?」
満面の笑みを浮かべさぞ楽しそうな母の言葉に、思わず顔が赤くなる。
「母を舐めないことね!さぁ、その燃ゆる想いを話しなさい!!」
この母は、何か文学的な事を絡めないと話していけないのか。
そうおもうけど、そんな母だからこそ口答えは許されないんだろうな。
私の母は、欧州の血を引いているらしく、日本人離れしている容姿をしている。
そんな母とひ弱な父の間に生まれたのが私なのだけれども。私は、どちらかと言うと父親似なのが問題だった。
サラッとした黒髪は長く、肌は不健康かと思うほど白い。お化けか日本人形のようだと言えば分かりやすいかな?
それでも、『つぶらな黒い瞳とスッとした鼻筋にチェリーのような唇はプリッとしている』と聞けば、可愛らしいと思うでしょう?
けれども父の血なのか、気の強い男女からはお化けと怖がられた。もちろん、普通の子供達には可愛らしいと言われる。
つまり、私は『お化けだけど、可愛い女の子だった!』と、良い印象も悪い印象も持たれやすい容姿なのだが、それが問題だった。
母は昔から美少女で、父は昔からひ弱な子だった。
美少女のようで、お化けのように怖い私はどうなったか。
結論、周りが二つに分かれた。
『お化けだ〜』っと周りからイジメられれば、『どんな目してんの!』と友達が起こり、喧嘩が起きた。
それがどこに行っても行われ、私は自分が怖くなった。
そして、遂に母の前で泣きじゃくったんだと思う。
四、五歳ぐらいで物事がよくわからなかったけど、周りの空気だけは容姿のお陰で読むことができたから。
私のせいで、周りがケンカする!もう、お外出たくない!
確かそう言ったのだと思う。
けれど、そこからの話は覚えてる。
母は堤中納言物語の『蟲愛づる姫』を分かりやすくして読んでくれた。
そうして、母は言った。
私が古文が好きなように、あなたは何もおかしくないもの。
自信を持ちなさい。その姿こそが美しいのだから。
内面の美しさが、周りにもわかるのだから。
その言葉が、それからの私を変えた。
避けられても、気にしなかった。周りの心配も『大丈夫だから』といさめて。周りがギスギスしないように、一人で本を読んでいた。
そう過ごして小学校で、始めて二つにも分かれなかった葵ちゃんに会った。
葵ちゃんは、私より可愛くて『美しい』と自負していた。(下手に謙遜した方が恨みをかうから最適解だと思っている)
葵ちゃんは自負するだけで、威張らないので好かれていた。嫌っているのは、私をお化けと罵る人たちで、その人達は、母が言うように、内面の醜さが出ているのだと思っていた。
だから、自分の美しさを認めて、己を偽らず、それでいて周りに気を使いつつ、己を突き通す葵ちゃんに憧れた。
その時、私は初めて行動したのだと思う。
「私は、あなたには劣るけどそれなりには可愛いと思います。だけど、見方によってはお化けにも見られる雰囲気でもあります。だから、私は変わりたいんです!そして、己を突き通すあなたの事が大好きになりました!友達になってくれませんか?」
「えぇ。良いわよ」
そして、葵ちゃんは私の友達になった。
お化けにも見えるし、可愛くも見えるのはあなたが悪いと、様々な癖を直されたっけ。猫背、目線が下に行きがち、マジメに表情を出すこと…etc。
そうして、葵ちゃんに直された事を直しつつ、中学生活を過ごし高校生になった。
そこで、私は自分が気づかぬまま恋をしていた。
「お母さん。いつから気づいてたの?」
「そうねぇ〜?確か、一年生の最初あたりかしら」
「嘘でしょ!?」
「でも、自覚したのはここ最近、一ヶ月ぐらいかしら?」
「お母さん……」
あなたって人は、なんでそんなにわかるのよ。本人が気づいてなかったのに、ビックリだわ。
「なるほど…。だから恋すてふなの?誰にもわからないように、恋しはじめたけども、お母さんがそれに気づいたから?」
「流石我が娘!表情に出てない分、『しのぶれど』をさけたのよ。私の考えでは、『しのぶれど』は表情に出るほどにその人を好きになってしまった歌で、『恋すてふ』は自分が気づかぬうちに恋をしていたら、いつのまにか噂がたっていた歌の雰囲気だわ」
「なるほどなるほど」
「ほらっ!何があったか詳しく話しなさい!」
自分に歌の解釈を自慢げに語り、話を促してくるお母さんに大学教授という印象は持てない。けれども、的確な歌を当てるのは、流石というしかないね。
「あのね?入学してすぐ文学部に入ったじゃない?その時に、私と葵ちゃんは好きな話を『蟲愛づる姫』と『夢十夜』って言ったの」
「そんな話してたわねぇ」
「そのあと、自由に図書室から本を借りてきて読むときがあって。その時に、私と葵ちゃんにその本を差し出してくれた人がいた」
「その子?」
「うん」
その時に、私と葵ちゃんに本を取ってくれたのが賢木君だった。周りの男子が引くなか、賢木君とその後ろに居た関屋君だけが、私達に話してくれた。
「『蟲愛づる姫は、周りの人から異端だと言われていた。それはその過程を知りたいっていう探究心によるものだった。その男尊女卑に負けない強い心は惹かれるものだよ。自然体こそが美しい。特に、自分の好きなものを隠さないコトは素晴らしいよ』」
「…ねぇ?口説き文句じゃなくて?」
「葵ちゃんには『女が白百合になったのは、清らかな心だったからじゃないかな?そんな話を気にいる君も清純だけど、白百合というより高尚な胡蝶蘭かな?』って」
「……凄いわね、その子」
「うん。だけど、彼は…彼達は引かなかったから」
関屋君もなにかと気にかけてくれてたけど、それ以上賢木君は何かと助けてくれた。
「私が困ってたら助けてくれただけで、気になって。それで、いつのまにか目で追ってて」
「うん」
「最近、好きだなぁって。あの人と一緒にもっと話したい。あの人の笑顔をもっと見たいって。そう思えて」
「恋の始まりってそういうものよ。それで、どうするの?やっぱりバレンタインよね?」
バレンタインか…。ちょうど、私の受験も終わっているし良いかもしれない。
「受験も終わっているから、手作りしよっかな?」
「その間まで、彼には会わないの?」
「クラスが違うから、部活も行かない。葵ちゃんには理由を話したらわかってくれるから」
「そうしなさいね。……それまでに、私より先に気づいたお父さんに話しなさいよ?仲間はずれになったら泣くわよ」
「なっ!?」
ちょっと待って!?この夫婦どんだけ人の感情に敏感なの!?……あぁ、私以上に悪意の感情に晒されたんだね。
けど、お父さん!娘に好きな人が出来たからって泣かないで!後、大学受験の心配は?…私だからしないって?それはありがとう!
受験のためにって先生の所に逃げ、教室にもあまり居らず、会っても逃走する事で過ごした日々も終わり、今日はバレンタインデー。
手作りを持って今部活に来ているけど、賢木君はいるのかな?受験シーズンだから三年は昼までだけど、賢木君とか関屋君は、先生から部室待機してろって言われてたから。
コンコン
「失礼します」
「えっ?柏木?」
「はい」
部室に入って目が入ったのは、本に埋もれた賢木君。驚いたように立ち上がる。
…関屋君?一緒に部室待機されてたんじゃ?
「いま、良いですか?」
「良いけど……」
応と答えたけれども、その顔は浮かない。もしかして、嫌われてた……?
「あの……好きです。受け取って貰えませんか?」
「えっ…?」
やっぱり、嫌われてた…。今までの勘違いが恥ずかしい…。
「まって!そんなに暗い顔しないで!俺も好きだから!」
「えっ?」
「君の事が好きです。最初は蟲かぶり姫を読んでるなんて珍しいって思って。気づいたら目線で追ってて気になって。いつのまにか好きになってて。だから読んでいた本の題名も覚えていた。それで、最近になって恋を題材にした本を読んでたから。気になって、蓬生に探りを入れてるところを君に聞かれたたんだよ。」
そのあと避けられるし、会わないし。蓬生には馬鹿にされるし。空なんて、馬鹿だなって言ってくるし。もう生きた心地がしなかった。
そう呟く彼は顔を真っ赤にして照れていて、嘘偽りなく私が好きなんだなぁって思えて。
「ありがとう」
「…一緒に帰ろうか、紫」
「…っ!はい!」
名前で呼ばれても嫌悪感は無く、むしろ誇らしくて。
「母に、『恋すてふ』と言われたんです」
「その本好きは、母親譲りだったのか。俺は『かくとだに』かな」
そう言われて、彼の顔を見たら照れていて。
私は、人生の光を見つけたんだと思ったのです。




