二章・02
「……、……」
「……、……」
合流してしまった。
何故かはわからない。
もしかしたら敗残兵的なシンパシーを感じたみたいなアレかもしれなかった。
「……佳城さっ」
「はい?」
「友達っ、……あの、出来た?」
お母さんかな?
いや、むしろ娘との距離感図り損ねたまま過保護振り切ったお父さんかもしれない。どっちでもいい。やばい。
「お察しですね、誰かさんのおかげで」
「いやっ、アレは割と俺なりの全力なんだぜっ?」
「はあ。……まあ、持ち直しましたケド」
「そうなの……?」
あれ? 俺まだ持ち直せてないんだけど。
というのは(半分)冗談だが、確かあの後波乱の自己紹介タイムでは、彼女も挨拶に交えて身の上のカミングアウトをしたはずであった。
俺の方である程度ファーストインパクトを引き受けた分、彼女というセカンドインパクトには比較的冷静を保っていた気がするのだが。
「舞浜くんは、……まあ珍獣扱いで割とご人気だったみたいですけどね」
ご人気って……。
それ丁寧な言葉なの? 俺聞いたことないんだけど。
「おかげでこっちはちゃんと距離感測られましたよ。――ああなるほど、タメ口を使ったら高杉君みたいにシメられるんだって」
「いやシメてねえ! シメてねえよ俺なんでそんな話になってんの!?」
「高杉君死ぬほど委縮してたじゃないですか」
「おう……」
高杉あとでシメる。都市伝説を俺が体現してやる。覚悟しとけ。
「まあ、それは冗談ですケド」
冗談なの?
いや何が冗談なの? 高杉君のくだり? 俺が珍獣扱いされてるくだり? それとも君が友人関係持ち直したってくだり?
というかもし持ち直したって話が嘘ならぜひとも俺とズッ友になってもらいたい。(推定)ぼっち同士仲良くしませんか?
「いや、……そりゃ高杉君の件ですケド」
「……そっか」
そうかそうか、ぼっちは俺だけか! これはしたり!
「こっちは無事に、持ち直したと思いますよ」
そっちは? どうなんですか? と、佳城が俺に問う。
ちなみに俺たちは未だ、先ほど視線がかち合ったトイレ出入り口のほど近くにいた。正確にはその少し外れに当たるだろうか。
先ほど俺は、右手に広がる上級生教室の並びを避けて左手に逃げていた。その、俺が進んだ先にあったのは未使用教室が並ぶ廊下であり、更にその最奥にあったのがこのトイレである。
つまりは、ここがこの校舎の最果ての一端に当たる。袋小路の廊下を前に、俺たちは似通った姿勢で壁に背を預け話していたのであった。
「こっちは、まあ……」
返答に、俺は少し悩む。
「うまくやれる気が、しないでもない」
「はあ」
それから、
……まあ。と彼女は一つ区切った。
「珍獣扱いよりかはやりやすかったのかもしれません。アリガトウゴザイマス」
「……なんで気持ちこもってないの?」
「勘違いでしょ?」
俺への対応が加速度的に雑になるね。どうしてだろうわかんないな。
「どうしてもぼっちが嫌なら、そうですね、私のグループに混ざりますか?」
「いやそれ女子しかいねえだろ? どんな顔して混ざりに行けばいいの?」
「ファンデーションばっちりキメた顔して混ざったら行けませんか?」
「いけないんじゃないっ? 俺はダメだと思うよ!?」
っていうか俺がダメだと思われると思う。却下である。
「いっそ珍獣キャラで行ったらどうです」
「……まって珍獣キャラって何?」
「独特な生態を持っていただければ」
「持っていただければってなんだよお前敬語だけど実はめちゃくちゃ失礼じゃねえか!?」
ちなみにこれは実のところ昨日の時点で気づいてた。
佳城何某、慇懃無礼のお手本みたいな女である。
「いやっ。っていうかそっちもこんな辺鄙な場所のトイレまで逃げ込んできたんだろっ? 上手くいってないんじゃなきゃそうはならないじゃん!」
つまり同様に辺鄙な場所のトイレまで逃げ込んできた俺はまさしくうまくいっていないのだがそれはもうコイツにはバレているようなので開き直ることとする。
「何アンタ女子のトイレ事情に言及してんです?」
「言及っ?」
初めて言われたよそんなフォーマルな言葉で!
「……変態なんですか?」
「へっ、変態じゃないよっ」
「変態はみんなそう言うんですよ」
「まて、変態じゃないやつだってそう言うはずだっ」
なにせこの世界には変態と変態じゃないやつの二種類しかいないわけで。
「はあ。……嘘です冗談ですよ。正直、こっちも難儀してますね」
「……あ、そうなの?」
唐突なクールダウンに、俺は殆ど空返事のような言葉を返す。
そのまま続ける言葉を選び損ねる俺に、彼女は更に言葉を付け足した。
「別に、ある程度ならうまく出来そうなんですけどね」
「……、……」
ある程度、という一言に、俺は少し思うところがあった。
「なんか、ほら。無理しちゃいそうになりませんか?」
「それは、……そうだね」
俺だって元来は、輪の真ん中で秩序を保つような人間ではない。しかし年長者という立場が否応なしに俺をそこに引きずるということを、先ほど教室で起きたやり取りだけでも強く感じていた。
結局、逃げてきたけど。
「私なんて『お姉さま』とか呼ばれましたよ初対面で」
それは嘘だね。それは嘘だ。
「おっ、お姉さま!」
「えっ」
「わっ」
その切迫した声は、俺たちの会話の外から投げられたものであった。
「お姉さまっ。ここにいらしたんですね!」
……いらした?
何こいつビップなの?
「あ、あー。えっと、渚ちゃん?」
「はいっ」
「……嘘だろ」
渚のちゃんと呼ばれた彼女は、全く今日が初顔見せとは思えないほどの表情で佳城に詰め寄った。ぱっと見では素朴な女子である。後ろでまとめて肩に下した二房の髪束が多少の洒落っ気であるが、しかしそれ以上に張り付けた表情の誠実さが彼女の印象を形作る。
そんな真面目そうな女子に、他方佳城はちょっと困惑気味だ。
「お姉さんはやめてって」
「それはもうあだ名じゃないですか先輩!」
「……、……」
……ちょっとなめられてるね、佳城さん。
「何? みんなはどうしたの?」
「あ、えっと。先に帰ったみたいです」
「あー、……そっか」
それを聞いて彼女は露骨にしおらしくなる。まさか寂しいのだろうか。傍から見てるとちょっと面白い。
「それで、えっと。用事は?」
わざわざ残ってくれてまで。という続きの言葉には、渚ちゃんが食い気味に答えた。
「ちょっと、相談に乗ってほしくて」
「はあ?」