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一章・03




 週末、

「……、」

 日曜日のバスは閑散としていた。


 或いは、俺自身この路線に乗るのは初めてであるからして、元来このようなものなのかもしれない。考えれば考えるほどに、地方都市の人の流通というのは、曜日の感覚が薄くなりそうな気がする。

 そもそも、この辺りに住む人間など週末だろうがゴールデンウィークだろうが家で過ごすのが相場だろう。妥当な娯楽は大抵足の届く位置にあるし、敢えて遠出をしようにも足の届かないような郊外にあるものなど森と山と海くらいである。

 ――A県H市。

 俺の住む街とは、一言で言えば狭い街だ。西は山に、東は海に区切られていて、その最中に広がる街並みには、都市と呼ぶのに最低限入用の施設がひしめいている。誰もかれも代り映えしない景色に飽きが来ていると見えて、移動手段は全く風情のかけらもなく自家用車が主流。都会の個人は一キロ先の目的地までを徒歩で移動すると聞くが、この街では老若男女とも基本的には自前の道具を使って移動する。

 つまりは、例えば先ほど言ったように車であったり、或いは免許の必要ない自転車であったりである。移動速度はそのまま道路の閑散を促すと見えて、広くとってある歩道には殆ど人の通りがない。

「……、……」

 そのような人気のなさが、この牧歌的な日和の下ではちょうどいい。

 バスの一席に収まって、そして窓枠に片肘をつきながら眺める風景というのは、これぞまさしく春、といった趣である。

 また、未だこの辺りまで桜前線が届いていないというのも、非日常感をそぎ落とすのに一役買っていた。

 ただし、ここは元来から、風の強い街である。一歩外に出れば、恐らくは外套無しには呆けてもいられない体感気温なのではなかろうか。

 そういう意味では、いくら春日和の見てくれであろうとこの閑散具合も妥当かもしれない。

 ……などと、毒にも薬にもならないことを取り留めもなく思いながら、俺は殆ど無意識に手元のペットボトルを口内に流し込んだ。

 なんとなくちゃんと味がついたようなものに気が乗らず、今日はウーロン茶を選んでいた。

 口当たりからのど越しまで、それは殆ど抵抗感なく滑り落ち、密室の空気感に少し乾いた胃の腑に落ちる。苦みは薄く、風味もまだらである。舌の根は特別に味覚を受け取ることもせず、ただ俺は水道水を流し込むのとも変わらない感覚で数度喉を鳴らし、それを休んだ際にふわりと、燻したような香りが鼻を抜ける。

 水分の摂取に合わせて、思考がほんの少しだけ潤ったように感じる。

 しかし、枯れた大地に水滴を落としたようにして、かような錯覚は即座に立ち消えた。

「……、……」

 バスは、更に広い道路を進む。

 俺は、ふと思い出す。

 確か、次の営業所で一度降りてから、少し待って別のバスに乗り換える必要があったはずだ。

 さて、

「……。」

 このまま直帰するのもつまらない気がして、俺は更に思い出してみる。

 この辺りに来るような縁は、これまでに殆どなかったようなものなのだが、しかしたった数度通りがかった際には、どこかで大きな公園か運動場のようなものを見た覚えがある。

 ひとつ、寄り道でもしてみようか。



 相応の料金をバスのコンベアーに流し込み、そのまま流れ作業で俺はバスを降りた。

 後続の数人に押し出されるようにして、そのままバス停の向こうへ。

 それから、人の流れを少し逸れた位置で、俺は一旦息をついた。

「……、……」

 想像していたほどの寒さは感じない。

 柔らかな日差しをそのまま体感気温に落とし込んだようなうららかな日和である。今日は珍しく、風が無いようであった。

 さてと、俺は周りを見回す。

 まず初めに目につくのが大雑把な造りの営業窓口である。一見しただけではそこいらの倉庫とも区別がつかないような外見だ。中は広く、天井が高い。あとは幾つかの自販機と、ベンチでバスを待つ数人が見える。

 また、振り返ってバスの方には、更にその向こうに広大なロータリーが見える。端から端まで歩くとすれば面倒に感じるほどのスペースがあって、その最奥には一列にバスが並んでいる。やはり、平素と比べればガソリンを節約したダイヤであるらしい。広大なロータリーは、今日に限っては全くもって持て余しきっているようだった。

「ふうむ……」

 敢えて営業所のベンチによる必要もないだろう。俺は、特に拘泥せずひとまず左手道路の方へ出てみた。

「……。」

 そちらの景色は、先ほどのロータリーよりも更に視線が通るものであった。国道何号線とかであるらしいその道は実に幅広であって、閑散としたその最中を往く車は比較的自由気な挙動で滑っていく。

 道路の対岸には、レンタルショップやらファミレスやらが確認できる。また、こちら側を見回してみると俺の左手の方には地下道の用意があった。更に向こうでは道路が十字に分かれていて、その先には目立った建築物の群れなどは無い。

 とりあえず、気の向く方に歩いてみよう。

「……、……」

 などと考えてみて、そうするとふと、この広い道路の真ん中から見る景色に興味がわいてきて、そして敢えて地下道をスルーし、俺は少し向こうにあった横断歩道を捕まえた。



 十字路の前に立ってみると、その景色はいっそ大河が交差するようでさえあった。

 全く広大な見晴らしを前に、ひとまず信号のボタンを押し、そこで待つ。

 そうして手持無沙汰となった俺の視線は、右往左往とさまよった挙句元の位置に戻り、その先に集中する。

 というのも、なにやら向こう、――横断歩道の対岸に、どこか見知ったシルエットを見つけたのであった。

「……、……」

 向こうの、小指の先ほどのシルエットの挙動にもこちらをうかがうようなニュアンスを感じる。更に視線を凝らしてみると、

 どうやらアレは、先ほどの佳城であるようだ。

「………………………………。」

 ……こういうの苦手なんだよなあ。片手上げて「ういっす」でいいのかな。流石にそれじゃ他人行儀っぽいかな? いや、他人なんだけども。

 どうなんだろう、「人類皆兄弟」みたいなキャラで学生やるつもりはないのだが、あまりそっけないのも違うと思う。どのくらいの距離感を演出するべきなのだろうか。

 ――などと考えているうちに、いつのまにやら信号が青に切り替わっていた。

 結局ははっきりとした答えも出せぬまま、俺は道路の中点へと足を振り出す。

 とにかく「悪い印象を与えない程度に愛想よく」というテーマだけは見繕って覚悟を決めたころ、

 意外、というほどではないが。

 佳城の方から挙手にて挨拶を振ってきて、俺は半ば条件反射で同様の仕草を返した。

「舞浜くんでした?」

「ああ、さっきぶり佳城、……さん」

「佳城でいいデスよー?」

 言いながら、俺たちはちょうど同じタイミングで道路の中点を行き違い、……しかしなぜだか佳城の方がUターン、俺の三歩後ろについたまま、彼女は更に言葉を続けた。

「どこ行くんです?」

「俺?」

「うん」

「あー、……公園?」

 公園? と似たような口調で彼女が呟く。

「そしたら、あそこのことだ?」

「うん?」

 その言葉が俺の進行方向の向こうに投げかけられたように感じて、俺はそちらに視線を放る。

 ……なるほど確かに、横断歩道の向こうには、よく見れば設えられた並木道が見える。ただの街路のデザインというよりは、何かの入り口と見た方がしっくりくる見た目だ。

「東運動場広場でしたっけ、なんか用事でも?」

「いや、特には無いけど……」

 俺の、躊躇ったような口調が宙に浮いたまま、ふわりと会話が途切れた。

 ただし、気配を見るに佳城は未だついてきているらしい。或いは、彼女も単純に暇だったのだろうか。

 ……まあ別に、邪険にするような理由もないんだよなぁ。女子だし(下心)。

「佳城さ……佳城は、この辺詳しいの?」

「佳城さ?」

「……、……」

 そんな女子の呼び捨てとかホイホイ出来てたまるか。

「私は、まあ、……詳しいわけじゃないですね」

 人並み。と短く続ける。

 俺はそれを聞きながら、なんとなく少しだけ歩調を緩める。

 それから、少し遅れて、佳城が俺の隣に追い付いてきた。

「人並みって割には、広場の名前も知ってたみたいじゃん?」

「えー? いや、割と有名じゃないですか、ここ」

「有名?」

 有名な広場ってなんだ? なんかの聖地なの?

「っていうか、ほら。この辺の部活の大会は大抵ここだし? 来たことないです?」

「ああ、……ないかなぁ」

「はあ?」

 それだけ言って、再び沈黙が降りる。

「……、……」

 ゆっくりと、横断歩道の白帯が途切れる。俺たちを待ってくれたようなタイミングで信号がまた切り替わり、やがて背後で車の走行音が鳴り始めた。

 行く先は、やはりというか、車どころか人の往来の一つもない。すぐ先にあったコンビニの駐車場にも繁盛の気配は無く、また、その道路を挟んだ向かい側にあるのが目的の広場の入り口であるようだった。

「そういえば……」

「はい?」

「入っていいんだよな……」

「開いてるし、ダイジョブじゃないですか?」

「……、……」

 入り口の奥に広がる景色は、思っていたよりも整然としていた。広大な敷地に立つ各施設は白磁の壁に春の日差しを受けきらめいている。そのどれもが、恐らくは使用料を求められるものであろう。そのような整序のある雰囲気が、「用事もなく紛れ込む」ような俺にとっては少しばかり肩身が狭い。

 ただ、施設の群れの足元に広がる芝生の美しさを思えば、むしろのんびり歩いてやらないのではもったいないほどでさえある。と、そのような言い訳で以って俺は、敢えて胸を張って入り口の敷居をまたいだ。




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