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一章・スロースタート




 俺の母、舞浜静は二年前に他界した。

 それはちょうど俺の受験を間近に控えた時期の出来事であって、それを理由に俺は、その後の二年間を浪人生として過ごすことになる。

 ここまでの生活で、残された家族もそれぞれ感情に区切りをつけられてきたように、俺は思っている。

 そして、それから三度目の春を目前に控えて、俺はようやく高校に進学することが出来た。



01


 俺を拾ってくれたのは、この街で一番郊外に位置する高校であった。

 H市私立N高等学校。海にほど近いこの街の中心部からは、公共の移動手段でおよそ四十分程度。港町のくせに潮風も届かない陸の孤島にて、俺の三年間は開始する。

 今日は、その第一歩である。

 天気は快晴、時刻は九時を回ったころのこと。

 おろしたての学生服を着こなして、

 ――俺は二年遅れの新入生と今成った!

「…………。」

 がしゃん、と昇降口の扉が景気の良い音を立てる。

 その向こうには、目を疑うほどに人気がない。

「……、……」

 ちなみに今日、曜日的にはド休日である。大型浪人生たる俺は、学校も始まってないのに担任教師に呼び出されて来てたのであった。

 ……ということで、仕方なく裏口に回る。

 大まかにL字の形をした校舎を大回りに、校舎を沿って移動しているとすぐにそれは見えてきた。

 昇降口と比べればずっとこじんまりとした造りのそこで、まず俺はドアの手応えを確認してみて、

「……」

 施錠は無いようだったので、静かに戸を引き中に入る。

 一見して、右手の教員用靴箱と左手の来客用窓口がまず目に入った。靴箱は先ほどの昇降口で見たより半分程度低い背丈であって、他方の窓口はカーテンが閉められている。

 ノック、でいいのだろうか。

「すみませーん?」

 少し遅れて、カーテンが開かれる。

 その向こうにいたのは、教師のイメージでは少しばかり若く見える女性であった。

「はいー?」

 言って、窓が開く。

「あれ? 生徒さん? まだ学校始まってないよ?」

「ああ、……はい」

 ここで俺は、用事を伝えようとしたところで遅れて気付く。

 やばいそういえばあの担任教師って名前なんだったっけ……ッ!

「あの、自分、呼び出されたといいますか……」

「はあ、えっと、どなたに?」

 曖昧に笑ってごまかす俺に、その女教師(?)はいぶかしげな表情を返した。

「なんだー? 侵入生?」

「えっと、……は?」

「新入生と侵入生がかかってる感じ?」

 もっかい言うけど。

 は?

「……うそですごめんね。君ってもしかして、舞浜くん?」

「ああ、はい」

 言われて俺は、改めてフルネームを伝え事情を説明する。そこに、仕方がないので担任教師の名前を忘れたことも付け足した。

「そっか、話は聞いてるよ。今呼び出すからちょっと待っててね」

 それから、スリッパを適当に見繕うようにと教師用靴箱の方を視線で差され、

「あとね、……一応、端島先生だからね」

「…………恐縮です」

 深めの礼を、俺は返す。

 それから少しだけ待って、担任教師の女こと端島先生が俺を迎えた。



 彼女の案内で、俺は見知らぬ校内を滞りなく進んでいく。その道すがらには何度も階段の上り下りを経ていて、なんだか慣れるまで苦労しそうな造りだと、どこか他人事のように俺は考えていた。

 そんな、ちょっと気を抜いていたころに、不意に端島先生が振り返った。

「流石に」

「はい?」

「……新入生には見えないね」

「……、……」

 なんでいきなりそんな酷いこと言われないといけないの?

 ちなみにこれが、端島(先生は省いて呼ぶことに今決めた)との今日の初会話であった。改めての簡単な自己紹介と「ついてきなさい」という短い言葉の他には、彼女からは特に説明もなく、俺はいまだに今日の用事すらよくわかっていない。いや浪人がらみなのは絶対なんだけども。

 しかし、他方端島の方は呵々と笑う。

「いや、こっちも初めての経験なんだよな。案外少ないんだ、お前みたいなケース」

「はあ」

「まあ、少ないんだけど。……今年は不思議なことにな」

「?」

 言葉を区切って、端島が立ち止まる。

「ここだ」

「はあ」

 表記には一年二組とある。確か、俺にあてられたクラスであるはずだ。

「入るぞ」

 俺に言って、端島がノックする。返事を待たずに扉を開けると、


「……はー、い?」


 ――遅れて、「これ返事した方がいいのかな」みたいな遠慮がちな声を返した女生徒と、ばっちり目が合った。

「……、……」

「……、……」

 沈黙がたっぷり三秒。

「あの、あれだね。……君は育ちがいい!」

 端島の謎のフォローが、その沈黙を断ち切った。

 なにこれ凄い辛いんだけど。

「あの、……とりあえずこっちが舞浜、そっちが佳城だ。仲良くするように」

 多分なかったことにするのが一番正解だと思う。

 端島の言葉に機を感じて、俺もこの空気感を打破すべくとりあえず喋っておいた。

「はい、えっと。舞浜夏樹です、よろしく……?」

「…………佳城です」

 佳城と、彼女は名乗った。

 どこか大人びた印象のある少女であって、ショートカットの髪型が正直似合ってないほど、その相貌は溌剌と程遠い。

 ゆえに俺は、彼女の身の上にすぐ察しがつき、

 それを端島の言葉が裏付けた。

「お前らは、――どちらも浪人生だ」

 その言葉に、俺は違和感を覚えない。おそらくは佳城もそうであったはずだ。

 不思議なもので、浪人生というのは謎の共感覚でもあるらしい。

 というのも、はっきり言ってしまえば彼女、絶妙にキラキラしてないのである。おそらく彼女から見る俺もそうだろうし、たぶん浪人生なんて全員そうなんだとおもう。(個人的な見解)

「実はな、これは家庭訪問の時点で確認する必要があったことなんだが」

 端島は続けて言う。言いながら教室の中へ移動して、俺はそれに遅れてついていく。

「同級生に、どういうスタンスで接していくのか。……それについての確認を、ここでしたいと思う。問題ないか?」

 問われた俺たちは共に首肯を返し、

「つまり、あれですよね?」

「うん?」

 俺は適切な言葉を探すように、歯切れ悪く端島に答える。

「どのタイミングで浪人だってカミングアウトするか。……ここで口裏を合わせておいた方がやりやすいだろうっていう配慮、みたいな?」

「ああ、大体そうだね」

 つまり、片方が先にカミングアウトしては、もう片方も「流れに乗って」同様に素性を告白する他ない。ならばそのタイミングを示し合わせるべきだろうというのが、端島の言うところであった。

「……、……」

 しかしこの待遇は、過保護に過ぎるような気もしてしまう。その手の「複雑な」コミュニケーションに大人が手を貸してしまうのは、教師としては正しい姿勢なのだろうか。

 それを、敢えて言うのも気が引けてしまうけれど、

「……微妙そうな顔だな?」

 そんな俺の考えは、どうやら端島の予想通りであったらしい。

「確かにこれじゃ、お前たちの不利を『ならす』だけじゃなく、むしろアドバンテージになるかもしれないよな」

「まあ、そうかもしれないですね」

「その通りだし、――それでもいいんじゃないか?」

「……はい?」

 端島の言葉に、俺は面食らう。

「そういうもんだ、社会って。お前たちはラッキーだったってだけで、教師側の都合にもうまくかみ合ってたんだよ、舞浜」

 俺は曖昧な首肯を返す。

 なんというか、この返答では「それでいいのか」という印象が強まっただけでしかない。

 端島の言うところを、俺は測り損ねているのだろうか。

「それじゃ、私には事後報告だけすればいいから、二人で話し合って決めておくように」

 俺の疑問は放っておかれるらしい。端島はそれだけ短く言い残し、教室を後にした。



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