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二章・12

※全然告知してなくて申し訳ないのですが、諸事情ございまして今回は少し早めに上げております。どうぞ、ご了承頂ければ幸いです



 ――その島には、必ず暗雲が立ち込めていた。

 それは、決して比喩ではない。分厚い雲がその島一帯を覆い、対岸から見るその島の風貌に朝は訪れない。ただし、比喩でないというのも早計であった。その島は、

 ……明確に、不穏であった。


「……、……」


 彼は一人、小舟を漕いでその島を目指す。

 彼の名は桃太郎。

 その手は武骨で、オールを払う腕はよく鍛え上げられたものである。また、強い潮に揺れる船上を、彼は全く身じろぐことさえなく立っていた。その胸を張った在りようには、鍛え上げられ収斂を極めた肉体の強さがありありと見て取れる。

 その口は真一文に、その視線は強く、弛まず。

 見据える先は、――鬼ヶ島だ。


「……。」


 暗雲の最中へ、小舟は今まさに立ち入った。

 こちらを捕捉する影はない。当然だ。彼らと自分らとの戦力差を思えば、そこには慢心しきってなお有り余るだけの隔絶がある。鬼ヶ島に住まう魔性においては、その腕の一振りで大人一人の首が消し飛び、その足の一踏みで大人数人が体幹を崩す。魔性、――鬼とは、辛うじて人の形を保った暴力そのものである。

 ゆえに、鬼には慢心があった。他方彼に慢心などはない。彼は精神を明確にすり減らしながら、強いて静かに波に乗り、……そして島の一か所に、小舟を泊めた。

「連中は、……いないか」

 彼が選んだ潜入地は、島の明かりの対岸にある雑木林であった。前もっての調査で、鬼たちは島の一か所に集合して生活していることを得ていた桃太郎は、ひとまずはあの、小舟の上でみた一際の明かりを、鬼たちの集落であると踏んでいた。

 そして、敢えてその対岸を選んだのは、決して臆病風の寄るところではない。

 臆病でこそはあった彼は、だからこそこの島を「勉強」する必要があった。

「……、……」

 周辺一帯に人の手が加わった様子はない。どうやらここは、鬼の生活圏よりも外にある空間と見える。島自体はそう広いものではなかったが、これだけ木々の鬱蒼とした空間であれば、ひとまずのセーフティゾーンとしての活用も視野に入るだろうか。

「――いや、それはないな」

 臆病であることは活路だが、臆病風に吹かれることは敗北と同義に違いない。或いは、彼が鬼の警戒につかまりここに逃げ込む羽目になれば、鬼たちは即座に村を襲いに行く可能性さえも考えられる。

 なにせ暴力とは、故もなく振るわれるものだからこそ暴力なのだ。彼らはおそらく、確信もなくただ気が向いたから、桃太郎を「村からの刺客だと決め込んで」村を襲うだろう。鬼への襲撃は、たった一度で確実に完了させる必要があった。

 それにあたり、彼は森を検分しながら、遅々たる歩みで集落の明かりへと近付いて行った。

「――――。」

 狭い島であることは知っていた。

 しかし、予想を超えていたとは言わざるを得ない。彼も目測よりもずいぶんと早く、彼は明かりの足元へとたどり着き、


 ――ずしり、と。

 一つ、足音を捉えた。


「……ッ!??」

 草に紛れ地面に匍匐する。それ以上に、彼にできることはない。彼はただ息を殺し、鼓動を殺し、噴き出す汗を感じていた。

 その足音は、彼のすぐ耳元で聞こえた。ゆっくりと視線を上げると、そこにあったのは、


 ……血を浴びた大木のような、鬼の巨躯であった。


「あー。飲み過ぎたかもしれん……」

 幸い、その挙動を見るに、鬼は彼の存在に気づいてはいない。鬼は千鳥足で周囲を徘徊し、なにやら向こうで「用を足している」様子であった。

 その間、彼に動くことはできなかった。

 闇夜に着物の色が紛れてくれているようで、鬼の視界にて彼はどうやら草木の一片に紛れられていたらしい。ただし、音は違う。

 草の根に身を隠したのは、今に至っては悪手の一言だ。彼の不用意な身じろぎ一つが、明確に不自然由来の音を立てる。風がない日を選んだのは間違いであった。この空間において、鬼と彼以外に音を立て得る存在は皆無であった。

「ういー、すっきりぃ」

 足音が近づく。心臓が早鐘を打つ。叫びだしそうになる唇を嚙み締めて耐える。足音が彼の膝の直近を打ち据え、


 ――そして、「ぐにっ」と。

 彼の腰を踏み込んだ!


「――――ッ!!」

 あふれそうになる息を堰き止める。濁流じみた汗が瞳孔を伝う。声は出せない。行き場を失った悲鳴が身体を破って弾けそうになる。彼はその時、死を覚悟した。

 が、

「なんだぁ? クソか? だっはっは」

 鬼は足元を見ることもせず、短くそう言い残して去っていった。

「ッ! ……ッ!!」

 アラートじみた耳鳴りが止むにつれて、慣性で以って未だ暴れ狂う心臓の鼓動が鼓膜に届く。そのあまりの速度に、彼は吐き気をさえ感じる。踏まれた箇所が異常に熱を持ち、しかし背筋があまりにも冷たい。それでも彼は、

「――――…………、……。」

 匍匐前進を、更に続けた。



 集落を構成する家屋は、どれをとっても粗末な造りであった。

 穴の開いていない小屋を見つける方が難しいほどでさえある。そのようなボロの群れを、桃太郎は死角を縫うようにして進んでいた。

 目ではなく、耳に頼る。周囲にある存在を、全て確実に捉えるためだ。向こうで聞こえる鬼の晩酌の喧騒はけたたましいほどであったが、しかし彼は、集中力を研ぎ澄まして聴覚情報を分析し、小屋から小石が崩れる音一つさえも確実に聞き分けて進む。

 彼が歩く場所は、鬼の集落中心地からはある程度離れた場所にあった。中心地で焚かれた火柱はうずたかく、彼の歩く道もはっきりと暴き出す。また、酒を飲み踊る鬼たちの影も同様にここまで届いていて、桃太郎は幾度と無く、その影が揺れるのを視界の端に捉え肝を冷やしていた。

「……、……」

 ひとまずは、見通しのいい場所を見つけたい。彼が持参した「作戦」には、鬼の生活サイクルと、加えて集落施設の分布の把握が不可欠であった。そのためには、彼は最も妥当な地点に潜伏し、彼らの行動を観測する必要がある。

 高所であるのは最低限。さらに言えば、あの篝火の一帯が全て見通せる場所であるのが望ましい。ゆえに桃太郎は粗末な小屋の通りを蛇行するようにして、鬼の集まるその一角へと静かに近づいていく。

「……。」

 近づくごとに、鬼たちの怒鳴り声が分厚くなる。耳が馬鹿になりそうな大音量だ。しかし聴覚情報の分析を怠ることはできない。鬼たちの視線が千鳥足気味にさまよう裏舞台で、そして彼は遂に、妥当と思われる観察地点を見つけた。

「ここ、で……、いいか」

 それは、この辺りのものでも特にガタが来ている様子の二階建ての小屋であった。一階は壁よりも穴の方が多く見える始末であって、そこから二階まで渡す梯子は潮風を多分に含み腐り落ちる手前といった様子だ。人間が使うにも心もとない見た目のそれを、鬼が使うということはまずないであろう。

 その小屋の裏側から、桃太郎はボルダリングの要領で二階へと昇る。果たして二階に上がってみると、そこでは天井屋根の概ねが剥がれ、夜空が広がっていた。

「……、……」

 ただし、夜空に感動を覚えるには、篝火があまりにも過剰であった。そもそもこの島の暗雲を思えば、大して感慨を催す景色でもなかったに違いないが、しかし空は強い火柱に燻されるようにして判然としない。

 彼はそこで、更にしばらく、熱気に頬を焼かれながら鬼たちの動向を探った。

 彼が見定めるべき挙動はたった一つだ。鬼の一人が輪を外れて篝火に背を向けるたびに、彼はその背中を視線で追う。しかしその大抵は厠の用であると見えて、本命の場所に向かう鬼は一向に現れない。

 ……いや、それでも全く皆無であるはずはない。鬼たちにとってその用事は確実に必要なことだ。彼は、その機会を伏して待つ。

 そして、――遂にその時が来た。

「……おーい、酒がねえぞー?」

「あーん? なんだよ、もうかよ」

「おらっ、テメエ行ってこい!」

 蹴りだされた鬼が渋々と言った様子でそれに従う。彼は、それを更に視線で追った。

 のしのしと、鬼の背中は闇夜に消える。それが全く家屋の陰に隠れたころに、彼は音もなく潜伏場所を飛び降りた。

「……、……」

 姿勢を低く、そして強いて柔らかく大地を踏みしめる。巨躯たる鬼の歩幅は尊大の一言であって、しかし彼はその速度に、音を殺しつくしてなお食らいつく。

 かような道中をしばらく、息が絶え、脂汗が体を冷やし始めたころに、――鬼はようやく、彼の目的地への案内を終えた。

「ったく。俺は使いっパシリじゃねえんだよ……っと」

 扉のない家屋に鬼は踏み入り、……そして出てくる。再びまみえたその後ろ姿には、巨大な酒甕が吊るされていた。

「……、……」

 その背中が家屋の群れに消えたのを確認し、

 彼は、あの鬼がくぐった扉へと侵入する。

 ――そして、入った途端、体感気温が明確に下がった。

 ただし、怖気の類ではない。ここには確実に「水分」が存在していた。あの鬼の挙動を見れば、その水分とは確実に酒の類であった。彼が鼻を鳴らしてみると、その空気には鬼が吐くそれとは違う「生の酒精」が介在していた。

 ここは、――彼らの酒蔵であった。

「……。」

 彼は荷物を下ろし、闇夜に紛れその中身を検分する。指先の感覚で手繰り寄せたのは、人差し指程度のサイズをした小瓶である。

 内容物は美しい紫の色をしていて、傾けてみればそのかすかな粘度がぬらりと光る。いっそ溶かした宝石のような美しさを持つそれはしかし、人が不用意に嗅げば即座に昏倒するような劇毒だ。

 さて、

「……、……」

 彼は、これを鬼の酒に混ぜるつもりであった。

 高濃度の劇物ではあるが、しかしこの性質上希釈には弱い。恐らくは、酒甕一つに全て注いで、ぎりぎり鬼に効果を見込める程度であろう。仮にここでこの小瓶を開けるとすれば、彼には見回す限りは数限りない酒甕の群れから最も妥当な、――つまりは次に選ばれるであろう一つを見定める必要があった。

 ……さて、と。

「……。」

 彼は、数多ある甕の中身を検分する。その半分は木蓋を取るまでもなく漏れるアルコール臭で中身がわかり、そして残りの半分は、確認したところ伽藍洞であった。

 まずは、中身のあるものを蔵の奥に、また中身のないものを蔵の手元へと運びなおす。更に、蔵の入り口付近に並べた空っぽの甕の先頭に、たった一つ中身が詰まった一つを配置しなおした。

 そしてそこへ、彼は小瓶の中身を注ぐ。彼の研ぎ澄まされた夜目はその劇物が、まるで煙が堕ちるように甕の水面に広がり、やがて薄らいでいき、そして透明に馴染んだのを確認した。

 ――これで、彼の任務の最初の一手は完了した。

「……。」

 闇夜に紛れ、彼は森の片隅に消える。涼風のような音が立ち、その度くすぶる草むらが森の最中へと軌跡を描く。それが森に入り込むと、やがて音が、闇夜に消える。

 そして、

 ――鬼ヶ島は朝を迎えた。




「ああ……」

 朝靄に、日差しが滲む。

 潮風が不意に香る。それは、岩叢が溶け込んだように冷たく、「彼」の肺を満たし、額を冷やす。

 ――とある鬼は、

 そんな朝に目覚めた。

「……、」

 酷い頭痛がする。立てた片肘が眩暈に崩れる。それを更に数度。

 何度試しても、どうしてだか立ち上がることが出来ない。彼のうめき声は、

 ――しかし、それが理由ではない。


「なんてこった……」


 目前に広がる光景に、鬼は明確に絶句した。

 ――つまりは鬼の一味が朝霞みの下、端から端まで昏倒していたその光景に。

 彼は、

「……、……」

 沈黙を禁じえない。

「――ああ、起きたか?」

「なんだァ? テメエ……」

 鬼が見たのは、一人、朝の薄暗闇に立つ「人間」の後姿であった。

 あくまで人の種程度のものだが、何やらよく鍛えられた身体であるらしい。その四肢を覆う着物は、夜を縫い付けたような色の烏羽織だ。

「こりゃァ、テメエがやったのか?」

 覇気を込めたはずの声は、喉とキバと唇を経て、か細いささやきのようなものに変わる。

鬼は、それにこそ瞠目を禁じ得ない。

「――毒か?」

「ご明察」

 答えるシルエットが、こちらへと振り返った。

 青い日を受けて輝く両眼が、強く輝いていた。

「……卑怯な野郎だ」

「なんとでも言えよ。どうせお供も居ないような『みそっかす』の身の上だ」

 彼が、紫闇色の羽織を脱ぐ。

 その下から現れたのは、

 ――朝の幽かな日差しをつんざく、桃色の陣羽織だ。

「……、……」

 つらり、と音が立つ。

 抜き放ったそれが、優美に、たおやかに、淡い色の朝焼けを照り返している。

 未だ半身で、「彼」はそれを、ふと虚空に向けた。――その切っ先の照準にあったのは、鬼ヶ島の天辺である。

「……テメエは、喧嘩売ってんのか?」

「買ってくれるだろ? ……これだけ手を尽くして広告して見せたんだから」

 空いた片手で、彼が朝霧をつうと割いた。その五指の先にあったのは、暴虐の鬼がこぞって地面に頭をこすりつけている光景である。

 つまりは、……その挙動こそが宣戦布告であった。

「貴様がこの鬼たちの首魁だろ? なにせお前だけが起きてこられたんだから。だから、お前に買わせてやるよ」

「……なんだと?」

「――戦争を。格安で」

「上等だテメエ……ッ!!」

 朦朧とする手足で、しかし鬼が地面を抉る。それは、猛る牡牛のような突進だ。二足で立つこともままならないその鬼は、ゆえに野生滴る四足疾走で「彼」の喉笛を狙う。

 それは暴力性の発露であった。脈動する野太い四肢の乱動が、視認し得るほど強く暴力を迸っている。それを見据える「彼」は、――しかし冷静に、

 腰溜めの水平に、一刀を構える。

「――――。」

 その身体の軸は、頭頂から両足の中心にかけて地面に水平である。右足は引き、出した左のつま先は、地面を掴み鬼の額に向く。身体の正面は、引いた右足と出した左足のちょうど中心を向いて、上半身、左の肩を盾のように鬼の咢の正面に置く。

 否、それは盾のように見えるだけの、至極攻撃的な射出装置だ。筋膨張する左肩が、溜めた熱を靄のように発露している。他方、引いた右肩はどこまでも弛緩している。鯉口を掴み、だらりと垂れている。

「うっだァアアアアアアアアアア!!」

 他方鬼の疾走は更に圧を増す。前腕を同時に突いて、後足を同時に引き絞り、地面を穿ってその度加速する。咢を力の限り膨張させ、その喉から湧き出す怒号にはドス黒い赤の憤怒があった。

 彼は見据える。その咢の奥にある喉笛を、

 鬼は、見境のない嵐のような暴力をまき散らし走る。

 彼は刹那、――膨張した左肩をただ一方へと爆発させた……!

「――うぉおおおアアアッ!」

「――ガアァアアアアッ!!」

 閃光一条、朝を絶つ。

 それは腰溜めに構えた鯉口から放つ水平一線。

 ――それが、鬼の咢を打ち据える。

「――――ッ!」

「――――ッ!??」

 そして、……止まる。

 鬼の牙が、白刃を荒々しくも噛み堰き止めた!

「――――っがあああアアアアアアアッ!!!!」

「ぐぅお!??」

 ただし、――拮抗は刹那。

 鬼の牙を「叩いた」白刃が煌めく。光が尾を描く。

 その弧に沿って、――「人間風情」の膂力に沿って、鬼の巨躯が横一文に吹き飛んだ!

「うぐ!? ぉぉおおおおおおおおおおお!?」

「っだあああああああああああああああああああああああああ!!」

 ――轟音が立った。

 朝靄が弾け飛んだ。

 その背後に隠れた黄金色の朝日を、彼の一刀が暴き出した。

「……、……」

 その沈黙は、鬼の首魁のものであった。

 鬼は瞠目する。彼には、自分がどうして「空を仰いでいるのか」がてんでわからない。

 遅れて、激痛が走る。温かい何かが唇を伝って頬を横切った。それで、彼は気付く。

 ……俺は今、伏しているのだ、と。

「……。」

 彼が吹き飛んだ跡を、土煙がなぞっていた。

 彼の巨躯が家屋の一つをなぎ倒し、彼は今、瓦礫の山に倒れこんでいる。

 たまらず、鬼は「彼」を見た。

 ――「彼」は水平線を超えるに至った朝日に照らされ立っている。その向こうにあるのは薪の跡と、海と、空だけであった。

「ああ、……クソッタレ」


 それで鬼は、

 負けを認めた。


「……、……」

 あの突進は確実に、自らの生命を賭した全力の疾走であった。……どうやらこの景色を見るに、かように全力であった一撃を「あの人間」は正面から打ち返し、そして横一線にこの巨躯を殴り飛ばしたということらしい。

 ならば、……これは仕方があるまい・

「いいよ、分かった。俺の――」

「……うぉおおおお!? 頭がいてえ!?」

「クソッタレがよォ! 俺様としたことが二日酔いみてえな気分だ!」

「おい、……待てよアレ、人間じゃねえか!?」

 粛々と上る朝日が、ふとそのような怒号に掻き消えた。

 見れば、鬼の面々が何やら意識を取り戻した様子である。彼らは一様に酷い酩酊を伴った類のおぼつかない挙動で以って、伏したまま蠢いている。

 ただし、その視線は押しなべて一点、……つまりはこの空間で唯一の「人間」へと注がれていた。

「なんで人間がいるんだよ!? 活け造りかなんかかァ!?」

「それなら剥いてんだろバカかテメエはッ。ありゃ、あの村の餓鬼に違いねえ!」

「喧嘩売りに来たってか!? なんつー馬鹿だよ旨いに違ぇねえなあ!」

 おぼつかない身体で、それでも上体を起こしながら、鬼たちは「彼」をかように嗤う。

 ――殺せ! 殺そう! そんな喝采が響き渡る。

「……、……」

 そんな最中に、

「――うるっせェぞォッ!!」

 とある鬼の怒号が響き、喧騒は即座に立ち消えた。

「――一つ聞かせろ、人間」

「……なんだ、鬼」

 その「鬼」は、呟くように言う。

「俺たちは、――どうして死んでないんだ?」

 ――ああ、そんなことか。

 彼は答える。

「俺は別に、あんたらを殺すのを、……鬼になるのを、目指したわけじゃないんだ」

 そして、彼は言う。

「俺は……、


 ――桃太郎になるって、コミットしたんだからさ。




 ……という一言でもちまして、この物語は見事に大団円を迎えましたとさ」

 佐倉の台詞を、佳城がそのように引き継いだ。

「ちなみにこれは全く蛇足のお話でございますが、桃太郎の覚悟を見た鬼の首魁は、これより村との和解を進めるに至ります」

 彼女は唄う。

 ただし、その声に音階はない。それでも彼女の声が歌に聞こえたのは、その弾く鍵盤があまりにも雄弁であったためである。

「鬼と村との隔絶は未だ凄まじきの一言であり、その和解交渉は難解を極めます。ちなみに、驚くべきことにその和解交渉。より積極的であったのは鬼の一団であったのだと言う噂です」

 彼女が鍵盤を叩き、押し込み、撫でるたび、物語は更に終局へと向かう。

「その噂について、鬼の『一人』は、このように語っております」

 終局へと、ひたすらに向かう。

「……『彼』はただの人間であった。その鬼は必ず、そんな一言から始めます。そして、こう続けるのです。――ただの人間一人に、俺たちは負けた。だからこうして全力で謝っている、と」

 そして、

 ――佳城は最後の一押しを、鍵盤の運指に込めた。

「それが、どのような意味であるのかは皆様の想像に任せることといたしまして、さてとこのような辺りで、此度の物語は、これにて大団円とさせていただきましょう。

 ――それでは皆様。ご清聴のほど、どうもありがとう」

「――――。」

「――――。」

「――――っ!」


 ――拍手が、一つ。


 それが一つに増え、二つに増えて、――数えられないほどの「音」に代わる。

「……、……」

 俺たちは、それを浴びる。力の籠った破裂音が、俺の全身を打ち据える。

 俺は、

 ――深々と、頭を下げた。




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