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二章・08



 まず、ラ〇ザップをしっかり題材にするのは流石に大人の都合で却下であったため、今回のテーマにはある程度の調整が求められた。ラ〇ザップはどう考えたってアウトだが、しかし「コミット」であれば問題は無い。なにせアレはただの外国語である。そこには著作権もなければ使用料もない。ということで今回俺たちが読む脚本の名目は「桃太郎、コミットする」となった。

 ……いや、俺自身面白いと確信できるような脚本ではない。俺なりに全力のユーモアで脚色したつもりではあるが、なにせ元のテーマが寒い。そこは完全に佐倉の責任である。俺マジで何度も止めたし。しかし佐倉も、もう頑として聞きやしない。

 さて、

 俺たちはかような経緯で以って、「桃太郎、コミットする」というテーマで最大限ユーモラスな芝居を成立させる必要があった。その大まかな道筋は、昨日のうち合わせて決めて置いた。

 そこで、

「……、……」

 問題になることがある。

 ――当然ながら、俺たち三人は誰も、芝居の経験などてんでなかったのである。



「具体的な話に移ろう」

 俺の、そのような導入で以って会議が始まる。

 時刻は昨日と大体同じころ。場所も昨日と同じ、人気のない空き教室である。ただし、窓の向こうの景色は多少ばかりの変遷がある。季節は刻一刻と梅雨に向かっていて、空模様は今日、昨日よりも如何ばかりか曇天の兆しが濃い。

 かような淡色の日差しを受けた教室の時間は、低気圧に引きずられたように冷静に進む。

「俺たちは、――演技力がクソだ」

 俺の言葉を受けて、佳城と佐倉がうつむいた。

 ……というのも、昨日段階で試しに演技力を図ってみたのである。ネットで見つけた適当な声劇台本での試運転で、俺たちは全く明確たる力不足を自覚した。

 まず、一番ひどいのが佳城であった。あんなもんは現国の授業での朗読と変わらない。そこに感情の類は無く、聞き手の俺たちは即座に眠気に襲われた。

 次に、佐倉をテストしてみたところ、逆に感情が乗り過ぎて気色悪かった。一生懸命なのはいいんだけどアイツもう自分一人で気持ちが先走っちゃって聞いてるこっちが赤面ものである。なにより過剰な抑揚がエグくて船酔いを禁じ得ない。

 ということで最後に、一縷の望みをかけて俺が読んでみたのだが、――いや、何をおいてもまず恥ずかしい。何俺マジになっちゃってんのってなっちゃった。それでは読み聞かせとして成立しないし、そもそも俺がやりたくない。

 というわけで、俺たちは今まさに分厚い壁にぶち当たっていたのであった。演技力など一朝一夕で得られるものではなかろう。ここを対処しないことには、俺たちはスタートラインに立つことさえままならない。

 それを痛感し、教室には沈黙の帳が降りた。

 ……かに見えた。

「えっと」

 遠慮がちに視線を引き寄せたのは、佳城の一言であった。

 彼女は躊躇うように一言目を探し、そしてぽつぽつと言葉を紡いだ。

「……えっと、TRPGってわかります?」

 俺は、その言葉を知っていた。佐倉も、何やら心当たりのある様子である。

 TRPGとは、テーブルトーク・ロールプレイングゲームの略称である。或いは、会話型RPGと評されることもあるだろうか。つまりは読んで字のごとく、そのゲームの骨子は「テーブルを囲んでトークをする」ことにある。

 簡単に言えば、それはアドリブの声劇に近い在り方である。参加者が「言葉」でシナリオを進める「ごっこ遊び」。それがTRPGと呼ばれるものの概ねである。

「わかるなら、話が早いんですけど……」

 という前置きを以って、彼女は更に続けた。

「アレも、ある程度『演技みたいなこと』をする必要があるんですよね」

 ああ。という俺の返答で、彼女は少しずつ流暢になる。

「当然、演技力には個人差があるでしょ?」

 どっかの先輩みたいに、そもそも恥ずかしがって成立しないケースもあるかもしれませんし。と佳城。遺憾である。

「そんな時、あの手のゲームはどうするかわかります?」

「うん?」

「客観者として、『語る』んですよ」

 つまり、

 ――「〇〇を××したと登場人物何某は言った」……なんて風に。

「……はあ」

 彼女が言うところとは、例えば「俺は〇〇を××した」と主観で語るよりも、「俺は〇〇を××したとA氏が言った」と客観で語った方が恥が立ちづらい。という話であった。

 演技の壁は「なりきることへの自己客観視」にある。それとの折り合いをつけられないなら、いっそ最初から「客観的に語れば」、それこそ俺何マジになっちゃってんのみたいな葛藤とは無縁に違いない。例えるなら、チャンバラごっこに恥ずかしさを感じる年代の人物が、しかしチェスをしていて駒を動かすことに恥ずかしさを覚えるなんてことがないのと同様である。

 ……しかし、

「なんだ、じゃあTRPGを披露しようってハナシ?」

「違いますよ」

 彼女は即答する。あくまでも先ほどの例えは、例えでしかないという風に。

「演技の巧拙は大抵、それが『本当の主観じゃない』から起きるんです。自分が演じるキャラクター何某氏への理解と言い換えましょうか。演技が演技である時点で、クサくなって当然なんです」

 例えば私なんかは、登場人物への理解を放棄したがために聞き手を眠くしますし、また佐倉くんなんかは逆に入れ込み過ぎて過剰演出になるんじゃないですか。と続けて、

「じゃあ、そもそも『主観で』語ることが出来れば、演技力は必要ありませんよね?」

「……えー」

 彼女の言わんとすることに思い至り、俺はしっかりめの不服を態度に出す。

 なにせ、彼女の文脈が示すこととは……、

「――アドリブです。それなら間違いない」

「…………。」

 ……まだ切った張ったには早いと思うなあ。

「それは、……佳城、賭けが過ぎるだろ」

「賭けかどうかは、ゲームマスターにかかってるでしょう」

 ゲームマスター、と彼女は言った。或いは、TRPGの例えになぞらえた言い回しであるなら、つまりは物語のルーラーである。プレイヤーの選ぶルートを調整し、わき道にそれたならルールで以ってそれを正し、ただし「面白そう」なら往々にして見逃す。そのような存在だ。

「TRPGじゃあゲームマスターは人ですケド、今に限ってはそうじゃないでしょ?」

 ――ゲームマスターは、脚本です。

 幸いマンチも生まれない状況ですし、と佳城はそこに更によくわからない言葉を付け加えた。

「明確で、その上で自由度にゆとりがあるような脚本を用意出来たら、あとはそれを意識してかつ『自由に』喋っていくだけで、演技力の問題は解決しませんか?」

「……、……」

 演技力は、まあ問題あるまい。なにせそこで起こるやり取りは、――取捨選択は、演技ではなく素であるからして、

 ただ、

「面白くなるっていう確証が、それじゃあ完全に皆無じゃねえのかね」

 アドリブには常にかような不確定が付きまとう。

 例えば「桃太郎が鬼を退治するという結末」がいかに絶対であったとしても、そこに至るまでの道のりを見誤れば、最終的には「桃太郎が鬼を退治するという結末」ありきでのオチがつく羽目になる。

 アドリブとは、演技力の補強に使えるような補助具ではない。むしろ常に脳裏に「脚本との整合性」についての計算が出来るような上級者にこそ取られるべき選択であると、俺は強く感じた。

 しかし、

「そこはまあ。――私に考えがありますよ」

 それは、全く自身気に告げられた一言であって、俺たちは一様に反論を失ってしまった。

「任せてくださってかまいません。それよりも、ほら。脚本を確認しておきましょう」

「……、……」

 脚本をルールブックに見立てるとすれば、「脚本の山場」は「アドリブの中継地点」として改める必要がある。先ほど俺たちが見繕った桃太郎声劇の脚本を、更にルールブック的に仕立て直す作業が、佳城のかような一言を以って開始された。



 さて、

 佐倉の言う絵本の読み聞かせ会というのは、今を以って四日後のこと。つまり今週末の土曜日に開かれるということらしい。いや全く、突貫工事前提のスケジュールである、というのは今更の話に違いない。幸い俺たちが採択した演出というのが、強いて「演出性を削ぐ」ことであったために、俺たちは残る日付を全てリハーサルとその打ち合わせにつぎ込むことが出来た。

 と、そのようにして、

――全く千秋一日の思いで、俺たちは本番当日を迎えたのであった。




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