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 一息つくと、俺は腰の空間袋へ手を突っ込んで、一本の薬を取り出し素早く飲む。

 体力回復薬。

 虎の子のアイテムだ。これ一本だけで銀貨五枚、実に俺の五日分以上の稼ぎに匹敵する。

 完全に赤字だが、高価なだけあって一気に体力が戻っていく。


 そして腰を落とし、足でリズムを取る。

 たん、たん、たん。

 俺の行動を不思議に思ったのか、警戒するオークキングたち。


 にやりと俺が笑い、リズムを倍の速度へと上げ、そして一気に詠唱する。


≪駆け抜ける一陣の風、我が足となれ≫


 リズムに合わせながら詠唱、魔力制御を行い、そして駆け出すと同時に魔法を開放した。

 

≪【風足ウィンバースト】≫


 その瞬間、足から俺を後押しするように風が吹き出す。

 これは道中の移動速度を稼ぐために覚えた魔法だ。これを使えば普段の二~三割程度で駆け抜ける事ができるからな。

 戦闘で使うのは初めてだが、この移動速度自体は慣れている。


 そして魔物へと突撃し、そのまま向かってくると警戒していた魔物たちの虚を突き、その直前で上へと跳ぶ。

 今までは余力を残しながら戦ってきた。ゲームで例えるなら、常に回復系のアイテムやMPは半分ってところだ。つまり半分になるか、時間が経過したら帰っていた。

 しかも狩り場は自分のレベルよりかなり下である。

 安全マージン取り過ぎだろ、って自分でも思う。


 だが今日は別だ。空っ穴になるまで魔力を使い切ってやる。

 どうせ魔力回復薬も一本だけあるんだ。


≪風よ敵を穿て≫


 いつもおなじみの風弾ウィンブリットだ。

 だが今回はちょっと違う。


≪魔法拡大、十! 【風弾ウィンブリット】!≫


 天井を蹴り、下へと滑空しながら魔法を開放した。

 魔法拡大とは、後ろに続く数値の数だけ同じ威力の魔法を撃ち出すものだ。当然その分、魔力は恐ろしく消費する。だいだい普段の倍くらいだ。

 ただ、風弾は消費が安い。MPに換算すれば二くらいで、今回発動した数は十個。つまり消費は二十倍になるが、それでも四十のMP程度。俺の魔力総量からすると、三割ほどしか消費しない。


 マシンガンのように風弾が空から魔物へと撃ち出される。

 狙いなんて適当だ。

 しかし半数ほど風弾に当たり、粒子となって消えていった。


 残り五!


 地面に着地。

 いきなり半分以上の魔物がやられたことに動揺したのか、オークキングの統制が取れてない。

 統制の取れてない十階層の魔物など、格下すぎる雑魚だ。

 すかさず魔物へと接敵し、一気に二振りの剣で二体同時に斬りつけた。あっけなく粒子となって消えていく。


 残り三!


 右手に持った小剣を魔物目がけて投げつける。

 あっけなく頭に突き刺さるのを尻目に、真逆へと駆け寄り、左手の短剣で触手を半分切り落とした。そしてこっそり唱えていた魔法を開放する。


≪【風弾ウィンブリット】≫


 タコの柔らかそうな頭を正確に打ち抜いた。こいつブヨブヨしてて切りにくいんだよ。

 小剣は手放したが、残りはオークキングだけになった。

 なーに、この短剣さえあれば魔法は使えるんだ、今日は大盤振る舞いだ、金ならウィーネの母親に文句言って金をふんだくればいいのさ。


 短剣を構えてオークキングと対峙する。

 一瞬にして十匹以上の魔物がやられた事に驚いていたようだが、気を取り直したようで斧を構えた。

 こうしてみるとでかいな。

 俺の身長は百七十センチほど。ごく平均的な身長だが、オークキングは三メートル近い体格を誇っている。

 二倍近い大きさの生き物と対峙すると、その迫力にびびる。

 しかもさっき切りつけたけど、思ってた以上に皮膚が硬い。天然の鎧を着ているようなものだ。生半可な攻撃じゃ文字通りかすり傷を負わすのが精一杯だろう。

 だが俺のメインウェポンは剣ではない、魔法だ。

 残りの魔力は半分切ったくらいだが、でかいの一発二発なら十分撃てる。


 さあ、俺がえっち先生と苦労して作り上げた魔法詠唱の仕方を見せてやるぜ。


「えっち先生、例の奴やってくれ」

≪承知した≫


 先生が返事をした途端、頭の中に曲のイントロが流れ始めた。えっち先生は英知の宝珠なだけあって、曲も記憶、演奏させる事が可能らしく、自作の曲を記憶して貰ったのだ。とは言ってもベースの音のみで、他のコードは無い。

 

 そして短剣を構え、一気にオークキングへと突っ込んだ。


 それに反応したオークキングが斧を横に振り回す。が、軽く跳んで避けると、ようやくイントロ部分が終わった。


≪我アルギルトの名において神々への門を開く≫


 ボーカル部分に合わせ、呪文の詠唱を始める。そしてベースの音のタイミングと同じように魔力を注ぎ込む。

 そう、これは呪文詠唱を作詞とし、それに合わせた作曲をしたものだ。

 単純に言えば自作曲のカラオケである。

 アカペラ風に歌うとどうしても動きながらだとずれる。ならば、バックに曲を流せばずれる事もないのではないか、と思いついたものだ。

 結果は上々、殆どずれることもなく詠唱が可能になった。


 跳び上がったあと、オークキングの頭を横から蹴る。が、軽く頭を振るだけに終わった。ダメージが入ったようには見えない。

 レベル二十三の蹴りでも、びくともしない。十階層の魔物ならこれだけで吹き飛ぶのに、さすがはエリアボスだ。


≪我風の輪廻へ供物を捧げよう≫


 接近戦になればでかい斧だと当てづらい。

 そのためか、オークキングは斧を落とし左ストレートを放ってきた。

 うぉっ!?

 予想外だった動きに避けきれず、浮いたままの俺の腹に突き刺さる。


「かふっ!?」 


 軽く吹き飛ばされ、壁に激突しだ。

 だがカラオケの曲は鳴りっぱなしだ。そりゃえっち先生が頭へ直接流しているのだから、衝撃を受けても聞こえてくる。たぶん鼓膜が破れても聞こえるだろう。

 そして曲が聞こえるなら意識せずとも勝手に口は動くし、魔力も注ぐ。これは何度も反復して練習した結果だ。

 みなも一度はあるだろう、同じ曲ばかり聴いていると、脳内リピートしてしまうという現象が起こることを。


≪巡り廻る渦巻く千の刃≫


 痛みはそれなりにあったものの、レベルがあるおかげかそこまで酷いダメージは受けてない。

 なんだ、エリアボスといってもこの程度か。

 ギルドが推奨するレベルは二十以上が四人。だがギルド推奨とは、余裕を持って安全に且つ確実に倒せる、という意味であり、これ以下でも負ける可能性が高くなるだけで倒せなくはないのだ。


 へこんだ壁から抜けだし、短剣を両手に持って腰に据え、勢いよくオークキングへ突っ込んでいく。

 うぉぉ、タマとったらぁぁぁ!

 途中こけそうになるものの近寄った途端、再びオークキングの右ストレートがとんでくる。

 が、それは読んでる!

 無理矢理身体を捻り、パンチを避け勢いよく肩からぶつかっていく。

 ローブの下に着ている革の鎧と、オークキングの分厚い皮膚がぶつかり、鈍い音を立てる。

 さすがのオークキングも、これは予想外だったか、蹈鞴を踏む。


 え? 短剣はって?

 フェイクだよフェイク、もし万が一折れたら、魔法の発動体がなくなってしまうからな。そうなったら今詠唱している呪文が完成しないよ。


≪贄の剣を掲げ切り裂け≫


 更にオークキングの足の甲を踏み抜く。

 さすがにこれは痛かったのか、目を剝いて蹲るように腰を落とした。

 そこを狙い、トドメにサマーソルトだ。靴のつま先がオークキングの顎を綺麗に捕らえる。

 たまらず後ろへと倒れ込むオークキング。


 俺すげぇ!!


 たんっ、と地面に降り立つと同時に後ろへ跳ぶ。


≪古の契約を行使せよ≫

 

 曲が終わり、そして呪文詠唱も終わる。

 両手に据えた短剣から緑色の謎の光を発している。俺が詠唱しながら貯めた魔力だ。

 それは、魔法の発動をいまかいまかと待ってるように感じた。


 短剣の先をようやく起き上がってきたオークキングへ向ける。

 さあ、これでフィニッシュだ、風の上級呪文を喰らいやがれ!!


≪【風車ウィンローター】!≫


 次の瞬間、ゴウ、という音を立て、天井まで届くような竜巻が剣先に生まれた。

 わぉ、これだけ近いと吸い込まれそうだな。

 更にバチバチと訳の分からないプラズマみたいなものも走ってる。


 っと、見惚れてる場合じゃない。

 押し出すような気持ちで、剣をオークキングに向かって突くと、それに合わせたように竜巻が勢いよく射出した。

 渦巻く竜巻がオークキングを巻き込む。

 瞬間、竜巻の刃に細切れにされていく。生け贄の真っ赤な血を吸い上げるように、竜巻が蹂躙していった。


 あれだけ堅かったオークキングの皮膚を、いとも容易くミキサーにかけたように細切れか。

 これが上級呪文。

 普段使っている下級や中級とは、一線を画してる。


≪ふむ、思ったより楽に勝てたな≫


 えっち先生、こっちは結構必死だったんだけど。

 ぶっちゃけ魔法がなければ、剣や拳だけではオークキングを倒せなかった。

 でも……結構楽しかったかも。

 今までせっせとレベル二十三まで上げてきたが、これほどの爽快感を得られたことは無かった。

 当たり前だ、作業ゲーだったんだからな。


 後ろを振り返ると、キラキラとした眼差しでウィーネが俺を見ていた。

 ふふん、どーだ。やってやったぞ。

 ドヤ顔しようとした時だ、今更オークキングに殴られた腹が、ずきずきと痛み出す。

 あれ、アドレナリンでも出てたか?

 思わず座り込んでしまうが、そんな俺に構わず駆け寄ってくるウィーネ。

 

「師匠凄い」

「そうですか、それは重畳でした」


 あれ、本気で痛いぞ?

 これ、まずくない?

 何となく顔が真っ青になっている気がした。

 ちょ、ちょっと、これは痛い。みっともないし恥ずかしいが、ウィーネにお願いして運んで貰おうかな。

 どうせ以前も運ばれた事があるんだ。一度が二度になったって大した差はないさ。


「ウィーネさん、申し訳ないのですが少々……」

「もう一回みたい、おかわり持ってくる」


 俺が恥を忍んで運んで貰おうとしたら、言葉をかぶせてきた。

 え?

 ウィーネさん、なんて言った?


「へ? あ、あの、さすがにこれ以上は」

「大丈夫、わたしが責任もってひっぱってくる」

「いやそういう責任は不要……ってああーー! どこへ行くんですか!」


 痛みで蹲る俺を置いて、颯爽と走っていくウィーネ。

 まずい、これ以上は無理だ、痛い。

 本気でやばい。


≪汝はそろそろ限界であろう? 逃げないと死ぬぞ?≫


 えっち先生から忠告がきたが、そんなものは分かっている。

 魔力回復薬は持っているが、肝心の体力回復薬はもう飲んでしまった。

 ど、どどどうしよう。

 痛みを堪え立ち上がり、ゆっくりと、ウィーネの向かった方とは反対の方角へ歩いていく。


 そして微かに聞こえてくる背後から大量の足音。


≪駆け抜ける一陣の風、我が足となれ、【風足ウィンバースト】≫


 風足の呪文で速度をあげ、バランスを崩しながらも、そこから逃げ出した俺だった。



 


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