六
そういえば、エルフって元々妖精の血を引く種族だったんだっけ。
妖精と言えばいたずら好きな種族で、地球でも色々な伝説が残っているけど、こっちの世界も同じで、色々と迷惑をかけまくるそうだ。
そのためか、エルフやドワーフといった妖精の血を引く種族も、先祖返りなどで極まれにいたずらが好きなやつが生まれるらしい。
ちらと、ウィーネを見てそう思った。
ウィーネが引き連れてきた魔物は三十匹以上。それだけならまだ何とかなっただろうけど、問題は、でかい斧のような武器を片手に粋がってる巨大なオーク、十階層にいるエリアボスだ。
こいつを討伐するのに、ギルドが推奨する人数は二十レベルを四人ほどだ。
でもこっちは俺二十三、ウィーネは三十代。正直戦力的に心許ない。
しかしここで下手に逃げるとモンスタートレインになってしまう。他の探索者たちに見られでもしたら、悪評が一気に広まって表を歩けなくなる。
そして一度広まれば、自称正義の探索者とやらに狙われる確率は格段にあがる。こうなればもう探索者としては死んだも同然だ。
ここで倒すしかない。
魔物どもは俺という探索者が一人増えたためか、今はまだ様子見しているようで、襲いかかってはきていない。が、当然時間の問題だ。
「ウィーネさん、色々と言いたいことはありますが、まずは二人でアレを倒しましょう」
俺がそう言うと、ウィーネは驚くような声をあげた。なぜ自分も戦わなければならないのか、という顔だ。
そして一言、蒼き盾よ、とだけ呟くと同時に、彼女の周囲にうっすらとした蒼い壁のようなものが生み出される。
≪ほう、精霊魔法の蒼の障壁か。詠唱速度、魔法強度、精霊との親和性、どれを取っても申し分ない。この娘、なかなかの使い手だな。ただ惜しむべきは魔力伝導率に若干のムラがある点だ。なるほど、詠唱を学びたいと汝に伝えてきたのは、自分の足りない場所が分かっているからか。素晴らしい才能と、それに値する努力だな≫
先生、こんな場面で評価しないでください。
しかしべた褒めだな。
前にフィーリュの殺気を吹き飛ばしたのは精霊魔法を使ったから、と言ってたけど、なるほど詠唱が速い。これじゃそうそう魔法詠唱は読めないだろう。
って、そうじゃなくって!
この魔法って盾だよな、つまり自分は安全地帯へ逃げ込んだって事だよな?
「これは師匠の試練です」
「普通試練は師匠が弟子に対して与えるものだと思います。というか、手伝ってください、さすがにあの数は私一人では無理です」
「わたしが一緒に戦うと魔法見られない」
そういう問題じゃないから!
俺が死んだら魔法は二度と見られないだろ!?
そう叫びたかった。
だが叫べなかった。なぜならオークキングが一声吠えると、魔物たちが一斉に襲ってきたからだ。
俺ここから生きて出られたら、浴びるほど酒を飲んだあとに、このくそハーフエルフの母親に文句を言うんだ!
泣きながら、俺は両手に持った二振りの剣を振り回した。
♪ ♪ ♪
≪このままでは汝は死ぬな≫
「なら助かる知恵をくれよ先生!」
半分以上魔物を倒したが、そろそろ息がやばくなってきた。
いくら十階層の魔物で、ダメージはほとんど受けないとはいえ、体力的に辛い。
低階層にいる魔物は連携など何も考えず、本能の赴くままむしゃらに襲ってくる。が、エリアボスがいる場合、そいつの指示に従うのだ。
そしてエリアボスは総じて知能が高い。
オークキングはまず、俺の体力を削る事に専念したのだろう。うざいくらいに二匹ずつ、左右同時に襲ってきやがる。
少しでも疲れた様子を見せると、すぐオークキングがそばに来て斧を振りかざし、襲いかかるフリをしてくる。
さすがにアレで切られれば、下手すると死ぬから警戒しなければならない。その分魔物への対応は遅れるし、ダメージは殆ど受けなくとも疲労は蓄積してくる。
なんだよ、随分と狡猾じゃないか。
徐々に押され始めて来ている。
右にきたシュゼールンを剣で切ろうとしたとき、左のバラスというタコのような魔物の触手が俺の腕を叩き、逸らす。
そのせいでシュゼールンは剣筋から逃れると、即座に反撃してきて、俺の腕に噛みついてきた。一瞬痛みに顔をしかめる。
なんだよこいつら!
剣の柄でシュゼールンの鼻先を叩くと、キャン、という鳴き声を発して口を離した。更に追撃で蹴りを入れて吹き飛ばすと、すかさず次の魔物が空いたスペースに割り込んでくる。
これはまずい。
悪評が立つのは諦めて逃げる事にするべきか?
ここで死ぬよりはマシなはずだ。
足が魔物たちと逆の方向へ行こうとした時だ。
まるで俺の考えを読んだかのように、えっち先生の声がぼそりと脳内へ響き渡った。
≪我が思うに、汝は本当の戦いを経験したことがないのが、この原因だ≫
さすがにこの状況で会話している暇はない。
バラスの触手を斬り落とす。
だがまだ触手は残っていて、俺の腕を引っかけるように絡めてくる。
……本当の戦いって、なんだよ。
俺が言葉に出さなくとも、えっち先生は会話を続けた。
≪本当の戦いとは、命をかけたやりとりだ。百年以上昔は、それこそ死闘を繰り返した探索者ばかりだったが、今のダンジョンは安全性を随分と高めている。誰も彼もぎりぎりで戦わぬ≫
……そりゃそうだろう。右も左も分からなきゃ、そうならざるを得ない。そうして蓄積していったダンジョンの情報によって、探索者の死亡率が減ったのだ。
偉大なる先達のおかげで、俺らはこうして安定した生活を続けられているのだ。
右手に持っていた小剣を落としてしまう。
それを好機と受け取ったかオークキングが接敵してくる。が、学生の頃、授業でやったサッカーを思い出しながら足を上手く使い、落とした小剣を蹴り上げ手でキャッチした。
≪だがそれでは、いざという時何もできない探索者が増えるばかりであろう? 汝などまさにそれだ。危険を侵さず得るものなど少ないのはこの世の真理である。現にこの八十余年、五十階層を突破したものは皆無だ。汝が五十階層へたどり着くのにいったい何百年かかるであろうな≫
命大事に。これは当たり前だろう? 死んだら元も子もないのだ。
安全マージンと稼げる金額とを天秤にかけ、ぎりぎりのラインで安定して稼ぐのは普通じゃないのか?
それとも、これは攻略本や攻略サイトを見ながらゲームをクリアしているようなものなのか?
俺の行為に驚いたオークキングに隙が出来た。拾い上げた小剣を迂闊に近寄ってきたオークキング目がけ下から振り上げる。
が、それはオークキングの皮膚を浅く斬っただけに止まった、堅い。
≪汝もここで勇気とやらを持てばどうだ。無謀とは異なるぞ? 汝はこのオークキングを討伐出来るだけの力は持っているのだ、安全まぁじんとやらは知らぬがな。何のために我は汝としち面倒くさい魔法の練習をしたのだ? こういう予想外の事が起こった時のためであろう? ここで使わずしていつ使うのだ?≫
いまでしょ!
とでも言えばいいのかよ。
でもえっち先生の言いたいことも分かる。
俺はこうして攻撃しながらでも魔法詠唱がほぼ出来るように練習はしておいた。
傍から見ると変に思われるようなものだから、こっぱずかしくて室内だけしか使った事はないけど。
オークキングが憎々しげに俺を見て、一旦下がる。
追いかけようとするものの、シュゼールンが足を狙って噛みついてきた。
そいつを蹴り上げ浮かし、脳天へと小剣を振り下ろした。
粒子となって消えてくシュゼールンだが、バッツィオという紫色したイモムシが毒の糸を吐いてきた。
内心舌打ちしながら地面を蹴って下がった。
ざっと周りを見ると、まだ魔物は十匹以上残っている。
えっち先生よ、確かに俺はかなり安全マージンをとって戦ってきた。
だけど初めてダンジョンに潜った時、最初の戦闘では足の震えが止まらなかった。目を塞ぎながら丈夫な杖で一階の魔物を叩いていたっけ。
いま思えば何と情けない戦いだっただろうか。
でもあの頃は、それはそれは怖かったよ。あれは初心者の頃の俺にとっては死闘そのものだったんだ。
だからな、本当の戦いを経験したことがない、と言われるのは心外だ。
やってやろうじゃないか!