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「げふぅ!?」


 翌朝、いや明け方にいきなり腹の上に何か重い物体がのしかかり、目が覚めた。

 寝起きで視点がうまく合わさってないが、どうやら長い髪の女の子のようだ。

 俺のような三十路過ぎたおっさんに、可愛い女の子が起こしに来るイベントが訪れるなんて、まだ頭が起きていないようだな。

 しかし、この重さといい、布団の上からでも腹に感じる女の子独特の柔らかさといい、夢のくせにやけにリアルだな。


「師匠、目が赤い」


 ……あ。


 そうか、今日からウィーネに魔法の制御を教えるんだっけ。

 というか、早すぎるよ、まだ部屋の中暗いよ?


「ウィーネさん、年頃の女性が男性の部屋に入るなんて危険ですよ」

「師匠弱いから問題ない」

「弱くてごめんなさい、ではなく強い弱い以前の問題です。それより、おも……いえ、起きられませんので、降りてください」


 重い、と言いそうになったのを慌てて言い直す。

 ぶっちゃけ、体重四十キロとか五十キロとかの物体が腹の上に乗ったら重いに決まってるが、それでも重いなんて言っちゃだめだぞ? 不要な争いの元を生むだけだからな。

 おっさんとの約束だ。


 ウィーネが俺の上から降りると、ようやく腹に開放感が訪れた。ベッドから起きて、テーブルの上に置いてた自分の装備をつけながら、ウィーネに言葉を投げる。


「それにしても、ちょっと早くないですか? まだ外は暗いですよ」

「わたしは問題ない、早く行く」


 俺のほうに問題があるんだよ、朝飯もまだだし。それより寝癖が酷いな、あとで水でも貰って直さな……い……と……ん? ちょっとまて、ウィーネが何か言ってなかった?

 早く行く?


「つかぬ事を伺いますが、どちらへ行くのですか?」

「ダンジョン」


 え?

 今日からしばらく室内のつもりだったんだけど。


「数日は部屋の中で基礎的な事をお教えしようと思ってたのですが」

「師匠が魔法を使う、わたし見て覚える」


 なんだよその俺の技を盗め、的な考えは。いや確かウィーネは魔力が視えるそうだし、俺が発音する詠唱を聞けば、何となく感覚的に感じるんだろうけどさ。


 しかし、ダンジョンか。

 普段行ってる場所は十八階層前後、最短距離を突っ走っても大体一階層辺り五分ほどかかるし、途中魔物と遭遇してしまうと更に遅れる。まぁ最短距離は探索者の往来も多いから、魔物とは滅多に遭遇しないけどさ。

 それでも片道一時間半ほどかかる。更にダンジョンへ潜る前には、ギルドへよっていくから、余計に時間はかかる。

 それでもギルドには必ず寄る必要はある。ダンジョンに不測の事態が起こってるとも限らないし、そういった情報は、まずギルドに集まるからだ。

 潜る前にまずギルド、探索者になって最初に言われる言葉だ。

 そんな事もあり、一日で往復できる限界は二十階層と言われている。

 それ以上潜るなら泊まりの準備が必要ってことだ。ソロにダンジョン内で宿泊なんて不可能だし、関係ないけどな。

 階段近辺なら魔物は来ないので寝る事も可能だが、そんなところで寝たら悪い探索者たちの良いカモだ。起きたら荷物が一切合切無くなってるだろう。


 とまあ、真剣にダンジョンへ潜るならこんな時間から出発というのも分かるけどね。

 しかしそうか、ウィーネは潜る気満々なのか。

 俺は数日は室内だと思って、昨晩も遅くまで起きてたんだけど。事前に言っておくべきだったなぁ。


「師匠眠そう。今日は十階層で良い」

「十階層ですか?」


 俺が目をこすりながら準備していると、ウィーネからなんとも心が温くなるような言葉が飛んできた。

 十階層は不人気階層の一つだ。

 出てくる敵は十一階層と同じ程度の強さなのに、ドロップは魔石以外ないのが大きな理由だ。それと、ここにはエリアボスがいるのも大きな理由だ。

 エリアボスの居る階層は、通常一部屋だけで構成されていて、エリアボスを倒さないと下へ行くことができない。ま、一度倒すと一ヶ月は沸かないので、楽だけどね。またギルドにも、いつエリアボスを倒した、次に沸く予想日、という情報も貼られている。

 でもって十階層、ここだけは別で通常の階層と同じ広さを持ち、更にエリアボスは階段から遠く離れた隅っこの部屋にいる。つまりエリアボスを倒さずとも下へ行くことができる。

 だからだろう、十階層のエリアボスは誰も倒さない。倒しても十階層という枠組にあるためか、魔石しか落とさないので旨みもないし、貰える魔素の量も多くはない。

 ギルドに貼られている情報も、前回の十階層のエリアボス討伐日は半年以上前だったはずだ。たまに中規模クラン辺りが新人歓迎会と称して十階層のエリアボスを倒しに行く程度で、余程のことが無い限り、スルーされる悲しいボスだ。


 でも仮にもエリアボス、十階層近辺を主な狩り場としているレベル十代だと、出会えばかなり危険であるし、数が少なければ全滅もあり得る。

 いくらエリアボスは部屋から出ないと分かっていても、それはあくまで推測であって、敢えて危険は犯さない。実際俺も十階層は通過するだけで、籠もったことないしな。

 だから十階層は不人気階層なのだ。


 アイドルと言っても過言じゃない若手ナンバーワンの片割れ、ウィーネと二人っきりで行動してたら、あらぬ噂が飛び交うだろう。

 ソロの探索者にとって変な噂や嫉妬など買いたくはない。

 十階層なら最短通路を除けば、まず人はいない。

 怖いのはエリアボスだけだが、部屋からでないはずなので戦いになることもないだろう。


 フラグじゃないからな?


 問題は十階層の地図をほとんど覚えてない事だけど、それはまあ何とかなるだろう。地図が描かれている紙、じゃなく魔物紙(魔物の革を紙代わりにしたもので、低階層によくドロップする)も空間袋に入っているからな。

 地図見ながら移動する必要があるのでその分隙は出来るが、レベル二十三とレベル三十代のペアなら十階層の魔物などモノの数ではないから、まあ安心だろう。


「分かりました。十階層へ行きましょう」


♪ ♪ ♪


 ザシュ、という心地よい音とともに魔物が崩れ、粒子となって消えていく。

 やはり十階層の魔物ではちょっと弱すぎた。魔法を使う必要もなく、レベル差にものを言わせた剣だけで倒せる。

 これじゃ全く魔法制御の授業になってないけど、つい魔力を節約するような戦い方をしてしまうんだよな。悲しいソロの習性だ。


「……………………」


 ウィーネ嬢もご不満のようだ。背後から無言の圧力がヒシヒシと感じる。

 本当は万が一を考えて魔力は可能な限り節約するのは、正しい事なんだけどね。

 うーん、次は詠唱してみるか、戦いながらだと下手だけど。


 と、そこへ新手がすぐ近くにポップした。シュゼールンという狼っぽい魔物が三体。

 それなりに素早いけど、落ち着いて対処すれば問題ない。というかレベル差があるので、多分まともに攻撃を受けたとしても、ダメージはほとんど入らないだろう。


 両手に持った短剣を構え、呪文を詠唱しながら床を蹴り、一気にシュゼールンへと駆け寄った。

 そして徐に一閃。

 ほとんど抵抗もなく、あっさりシュゼールンの首が半分ほど斬れる。短剣だからリーチが短いのは仕方ない。

 すかさず二体目へ短剣を向け、唱えた魔法を解放する。


≪風よ敵を穿て【風弾ウィンブリット】≫


 風の初級魔法、風弾ウィンブリットだ。

 非常に詠唱が短く、それでいてレベルがあがればそこそこのダメージも期待できるし、更に消費魔力もごく僅か、尚且つ風なので目に見えないというおまけもつく、優れものだ。

 俺はほとんどこの呪文と、中級魔法に属する風刃ウィンカッターの二つをメインに使っている。


 剣先から見えない風の弾が飛び出て、狙い通りシュゼールンの額に命中し、頭を貫く。

 残りの一体は、一瞬で仲間が二体もやられたのを目の前にし、狂ったように威嚇してきた。

 だがその目には怯えの色が見える。


 ゆっくり歩いて近づくと、シュゼールンは吠えながらも、後ろへ下がっていく。

 ひゃっはー、俺つえー。

 と、優越感に浸るもここは十階層、そもそも俺のレベルには向いていない階層だ。


≪切り裂く風、敵を撃ち払え≫


 前にバウンドワーム相手に使った風刃ウィンカッターを唱え始める。

 風弾ウィンブリットは単体相手だけど、こちらは中級魔法に属し、魔力を注ぎ続ければずっと操作でき、複数相手にも一掃できちゃう優れものだ。

 詠唱の早い風弾、複数相手でも一掃できる風刃、この二つだけで十分戦えるんだよな。


 後ろで控えているウィーネにも分かるよう、一言一言丁寧に唱え、そして解放した。


≪【風刃ウィンカッター】≫


 目に見えない風の刃が、シュゼールン目がけ一直線に走り、そして胴体を真っ二つに断ち切った。

 三体倒すのにかかった時間は一分も満たない、まさに完勝だ。


 どうだ、おっちゃん大サービスで魔法二つも使ったぞ。

 そう思いながら後ろを振り返ると、そこには誰もいなかった。


 ……あれ?


 迷子?

 そんなわけない。

 じゃあウィーネ自らここを離れたのかな。

 うーん、どうしよう。

 でも俺程度でもこの階層なら無双できるのだから、俺よりレベルが上のウィーネならまず心配は不要だ。

 しかしさすがに生徒と別れたまま、ってのは都合が悪い。雇い主に見捨てたと思われてしまう。

 いや、レベル差を考えると見捨てられたのは俺の方かも知れないけど。

 そんな事を考えながら、しばらく辺りを見渡していると、遠くから足音が聞こえてきた。

 やっと戻って来たか。いったいどこへ行ってたのやら……。


 そして俺はふと思い出す。

 ウィーネと初めて会った時妹と二人でダンジョンに潜っていたそうだが、ウィーネは一人勝手に行動し、そして俺を見つけたらしい。

 今回も俺と二人で潜って、ウィーネは勝手に行動したということか。

 全く、せめて一言残しておけよ。これは言っておかなければならないだろう。


「ウィーネさ……ってぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 足音の聞こえた方へ振り向いた途端、ウィーネは後ろに何十数匹もの魔物をつれてきていた。

 え? これ何? 噂に聞くモンスタートレインってやつ?

 ネットゲームでは見たことあるけど、現実で見るのは初めてだ。

 っていうかどういうことだよ!?


 しかも一体だけ妙に身体のでかい魔物がいる。初めて見るけど、あれってでかい豚のように見えるな。

 ん? 豚? オーク?

 この階層にオークっぽい魔物は一匹しかいない。

 種別オークキング。

 コードネームは破壊者デストロイヤー


 そして……十階層のエリアボス。


 ウィーネは俺に近寄ると、何故かキラキラしたような眼差しで俺を見上げる。


「たくさん連れてきた。たくさん魔法使って見せて」

「元の場所へ返してきてください!」


 奇しくも妹と同じような台詞を吐いてしまう俺だった。









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