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「師匠……?」

「勉強を教える人の事」

「師匠の意味を聞いているんじゃないわよ! いつの間にそのおっさんが師匠になったかと聞いてるの! しかもさっき拾ったって言ったわよね」

「うん、師匠拾った」

「あーもう、わけわかんないわよ! この馬鹿姉!」


 どういうことよ、ときつい目でフィーリュが俺を睨んできた。

 おおう、可憐な少女のきつい眼差し、いただきました。

 でも、そう問われても俺にも分からない。


「失礼しました。私の名はエー……」

「あんたの名前なんて聞いてない! この馬鹿姉がどうしてあんたを引っ張ってきたのかを聞いてるの!」


 短気だな、こいつ。

 剣神、育て方間違ったんじゃないのか?


「あいにく私にも理解不能です。この階層で魔法を使いながら魔物を狩ってたら、突然ウィーネさんが現れ、私の腕を掴んでここへ連れてきたのですよ」

「エージローの魔法綺麗だった。わたしも真似する」

≪確かに汝の魔法制御は美しいな。旋律を奏でるように魔力が流れる。これは誇っても良いぞ≫


 あ、はい、ありがとうございますえっち先生。でもここで賛同されても仕方ないです、空気読んでください。

 ちなみにえっち先生の声は俺だけしか聞こえない。だから普通に返事すると、他人から見れば独り言をつぶやく変なおっさんにしか見えないので、人目のあるところでは返事しないようにしている。


「つまりウィーネ姉は、そこのおっさんが使う魔法を気に入ったので拾ってきた、という訳ね」

「そう」

「返してきなさい!」

「ぇー」


 しょんぼりするウィーネ。なんだか叱られた子猫みたいで可愛いかも。

 でも俺より十以上もレベルが高いんだよな。


「それに他の大手クラン所属だったらどうするの? 争いの種を作る訳にはいかないでしょ」

「大丈夫、師匠ぼっちだった」


 うるさいやかましい、心が痛くなるだろ!

 そうさめざめと心の中で泣いていると突然フィーリュから殺気が飛んできた。

 反射的に両手に持った二振りの剣を構える。

 そんな俺の姿を見て、楽しそうに笑みを浮かべるフィーリュ。


「ふーん、じゃここでそのおっさんを処分すれば、何もなかったことになるわけね」

「ちょっ!?」


 蛇に睨まれた蛙のように身動きが出来ない俺の前に、フィーリュの視線から逃すようにウィーネが立った。

 その途端、殺気が消し飛ぶ。


≪ほぅ、精霊魔法か≫


 えっち先生が感心したようにつぶやく。

 人間が使う魔法は神々の力の一部だが、エルフやドワーフなどの半妖精は、精霊と契約した魔法だ。

 神のように威圧的な魔法ではなく、包み込むような魔法であり攻撃よりも補助が得意らしい。

 フィーリュの殺気を飛ばしたのもウィーネが何らか補助魔法を使ったのだろう。

 しかしいつ詠唱したんだ? 全く読めなかったぞ。


 ウィーネは妹と対峙すると、杖を構えて言い放った。


「魔法覚えるまで処分だめ」


 覚えたら死んでも良いって事かよ!?


 その後、ウィーネとフィーリュは時には手を出しながら言い争い、その隙に逃げようとしたけどフィーリュに元凶が逃げるなと遮られ、あげく邪魔だからと腹を殴られ気絶させられた。


 一体俺が何をしたんだよ。


♪ ♪ ♪


「……ん?」


 目が覚めるとそこは、いつも泊まってる安宿の天井ではなかった。

 周りを見渡すと、かなり豪華な調度品などが置かれ、窓もこの世界では珍しいガラス製で出来ている。どこだここ?

 部屋の広さも三畳一間の寝るだけのスペースではなく、軽く二十畳近くあり、ベッド自身もとても柔らかく、さらにいかにも高そうな布団が敷かれていた。

 また、部屋の出入り口とは別の扉も三つほどある。多分トイレ、風呂、クローゼットってところだろう。


「宿だよな?」


 おかしい、俺はダンジョンに居て、迷宮都市でも有名な双子に殴られ気絶したんじゃなかったっけ。

 ベッドから降りていったん自分の確認をする。

 着ている服はいつもの安物のローブ、ではなくバスローブのようなゆったりした豪華な部屋着だった。

 軽く身体を動かすが、特に異常はない。

 腰へと手を回すと二振りの剣がないことに気がつき、慌てて周囲を確認すると、テーブルの上に俺の装備品が置かれていた。

 ふぅ、あの二振りの剣は、取るのにものすごく苦労したんだよ。俺の全財産以上のものであり、無くしたら一大事だった。

 テーブルの上から装備品を取り、バスローブを脱いで普段の姿へと着替える。

 そして一息つくと先生に尋ねた。


「えっち先生、ここってどこ?」

≪汝が気を失ったあとも、あの娘たちはしばらく戦っていたが、そのうち飽きたようで、気絶した汝を髪の長いほうがここへ運んできた。場所はダンジョンの入り口からさほど離れてない≫


 ああ、じゃあ中央区にある宿屋ってところか。

 中央区は高級な宿や店が建ち並ぶところだ。ダンジョンの入り口から近いので人の往来も多い。

 もちろんそれに見合った金額がかかる。一泊大銅貨三枚(三千円くらい)ではまず泊まれないだろう。


 そう思い立った途端、顔が真っ青になる。

 やばい、手持ちは銀貨一枚(一万円くらい)しかないけど、それで足りるのか?

 いやまて、五十個くらいの魔石があったはずだ。それを売れば手持ちが銀貨二枚以上になる。なんとかいけるか?

 でもこんな高そうな宿なら、銀貨五枚とかもあり得る。世界一有名なネズミの園の近くにあるホテルなんか十万とかするらしいしな。前世の話だけどさ。


 よし、逃げよう。


 窓から外を眺めると、大体三階くらいの高さだった。これくらいなら飛び降りても大丈夫だ、伊達にレベル二十三あるわけじゃない。

 忘れ物はないよな。装備もきちんと確認したし、そもそも荷物なんて空間袋以外は、剣が二振りしかないのだ。

 よし、飛び降りよう。

 窓を開けていざ飛び立たんあいきゃんふらーい、と思った矢先、ドアがノックされ誰かが入ってきた。


 振り返ると、そこには見た目二十才に届くか届かないか、という感じの、とてつもない美人のエルフが俺の姿を見て変な顔をしていた。

 ああ、そりゃ部屋に入ったら今にも窓から逃げだそうとしているおっさんがいたんだからな。そりゃ変に思うだろう。

 だが敵も然る者、一瞬でにこやかな笑顔に戻し、「目が覚められたようですね、元気そうで安心しました」とだけ言って、テキパキとテーブルの上にお茶を並べ始めた。


 さすがの俺も今更逃げる訳にはいかず、おとなしく窓を閉めて姿勢を正す。


「これは失礼いたしました。私の名はエージロー=カサキと申します。ところでここはどちらでしょうか?」

「ここはクラン捧げる剣ブレードデヴォートと契約をしている中央区域の宿泊施設です。昨日、私の娘が貴方を暴力に訴え気絶させてしまいまして、そのお詫びとしてここで治療させていただきました」


 ……ああ、あの双子のハーフエルフの母親か。

 って、母親? どうみても二十才に満たないのに。どちらかと言えば双子の姉と言った方が分かる。さすが長命種族、はんぱないわ。


「そうですか、私のほうも身体は問題なさそうですので、ここで失礼させていただきます」


 何か嫌な予感がする。

 それにいつ何時宿代の請求がくるかもしれないのだ。ここはさっさと帰って酒の一杯でも飲んで忘れるに限る。

 一礼をしてそのまま立ち去ろうとすると、腕をむんずと掴まれた。

 そのまま引きずられ無理矢理椅子へ座らさせられた。


 ……ウィーネに腕を掴まれ引きずられたけど、確かに母親だな。


 しかし思ってた以上に力強い。

 仮にもレベル二十三の俺を軽く引きずるんだから、結構レベルは高いのだろう。さすが都市最強の一人剣神ソードガイアの嫁さんは伊達じゃないな。

 この母にしてあの娘ありか。

 そして目を細めて俺を見つめてきた。


「せっかく煎れたのですから、お茶でも飲んでいってください」

「あっはい」


 これは勝てない。

 そう本能でそう感じ、大人しく座ることにした。


「あら、思っていた以上にお茶の飲み方をご存じでしたのね。元貴族と伺っていましたが、それも教育されたのですか?」


 ティーカップに口をつけ、軽く一口飲んでから音を立てずにソーサーへ戻すと、そんなことを言われた。

 ああ、そっか。探索者は粗暴な者が多い。上品に飲み食いする奴らなんてそうそういないし、手づかみなんて当たり前だ。

 でも俺はさすがに手づかみで食うのには抵抗がある。カトラリーは最低限欲しい、お箸でも良いけどね。


「一応は……とは言っても、このような高価な茶器で飲むことなどここ十数年ありませんでしたし、もう滅多に使わないようなマナーです、もはやさび付いたものですよ。それにしても、このお茶は玄米茶ですか? おいしいですね」


 一口飲んだら米の匂いが口の中に広がった。これって玄米茶だよな。

 ティーカップで飲む日本茶は違和感あるけど、米なんてあったのか、知らなかったよ。

 ついおにぎりが頭の中を過ぎってしまった、久しぶりに食べたい。


「そのような名前かどうかは知りませんけど、それは東方の大陸から取り寄せたものです。不思議な味と匂いですが、意外と口に合いましたので、こうしてお客様がお見えになった時にお出ししています」

「それは大変珍しいものを……ありがとうございます」


 ふむ、別大陸のものか。

 船でしか運ばれないものだからとてつもなく高級品だろう。きっとこのお茶一杯で銀貨とか、下手すると金貨が必要になるかもしれない。

 おにぎりは食べたいけど、銀貨や金貨を出してまで欲しいとは思わない。人間は慣れる生き物だ、米でなくパンが主食でもいつの間にか十分になってる。

 あ、でも探索者を引退したら東方の大陸とやらに渡るのもいいかもな、金が貯まってれば。


「話は変わりますが、エージロー様の魔法はとても綺麗だと、娘に聞きました」

「それはお恥ずかしい限りです。私程度の魔法使いなど掃いて捨てるほどいるでしょうし、ウィーネさんのそれは褒めすぎかと思います」

「ウィーネはハーフエルフながら精霊との親和性が非常に高く、こと魔法に関しては当クランでも私を除けば随一の使い手です。そのウィーネがエージロー様の事を手放しで褒めているのですよ」


 ちゃっかり自分は娘以上の精霊魔法の使い手って自慢してるよ。

 でも事実なんだろうね。

 あれ、ということはこの母親、娘よりも更にレベルが高いのか。

 いや、魔法の威力は関係あるけど制御にレベルは関係ない。でもさっき俺を引きずったし、やっぱり娘くらいのレベルは最低あるのだろう。


「いや、そう言ってもらえると魔法使いの一人として嬉しい限りです」

「ところでエージロー様はどこかのクランに所属している、という訳ではないのですよね」

「……はい、元貴族のためか敬遠されてまして、今はソロのほうが楽に思えていますよ。それでも数少ない人間の魔法使いですからギルドの覚えも悪くありません」


 母親の質問に、ふとフィーリュの、どこにも属してないなら処分すればいい、という言葉を思い出す。

 そのため、クランには属してないけど、ギルドには顔を覚えられる程度は認知されている、とけん制してみた。


「そうですか、それなら娘の講師役を一ヶ月、お願いできますか?」

「え?」

「是非エージロー様に魔法を教わりたい、と娘からせがまれまして。もちろん報酬はギルドを通して、今回の迷惑料含めきっちりお支払いいたします」


 ギルドを通して。

 つまりギルドを通して俺に指名依頼をかけるということだ。

 探索者は、ギルドからの依頼を受ける義務がある。理由があり、それをギルドが認めない限り断ることはできない。

 もし断れば追放だ。そこまでいかなくとも、今後魔石などの買い取り価格が下がる事もある。それは生活に直結する。

 もちろん大手のクランに所属しているのなら、例えば絵画アートキャンバス黄泉への道ヘルロードといった、捧げる剣ブレードデヴォート以上のクランならギルドの指名依頼そのものを無かったことにできるし、そもそもギルドも依頼を断るだろう。

 だがどこにも属していない個人の俺じゃ、嬉々として依頼してくるに違いない。


「あの……私はレベル二十三の探索者ですよ。しかも男ですし、ウィーネさんの講師としては不適切ではないでしょうか」

「あら、エージロー様は娘を襲う気があるということですか?」


 そんな怖いことなんてできるか。

 忘れてはいない、一瞬で俺に近寄り力ずくで引っ張ったウィーネを。十レベル以上の差を。

 もし襲ったりなんぞすれば、おそらく一秒かからず俺は死ぬ。


「いえいえ、そんな事は一切考えておりません。それに私はまだ命を捨てる気はありません。私が言いたいのは世間の目という事ですよ。それに講師なら私でなくとも、ギルドに伝えれば適切な人材を紹介してくれるのではないでしょうか?」

「先ほども言いましたが、ウィーネは当クラン随一の魔法使いです。この娘に教えられるような人材などそうそういませんし、私も存じません。せいぜい黄泉への道ヘルロードにいる幻想曲ファンタジアくらいではないでしょうか。こちらから頼めるような人物ではありませんし、あのくそエルフに可愛い娘を預けるなんて天地がひっくり返ってもありえません」


 くそエルフって……同族だろうに。


 しかし幻想曲ファンタジアエルミルド、クラン黄泉への道ヘルロードのサブリーダーか、大物だな。

 確かに都市最強の魔法使いと名高いエルミルドならウィーネの講師役にもなれるだろうけど、この母親毛嫌いしているっぽいな。同族だし昔何かあったのだろう。

 でもさ、あんたさっき自分でウィーネ以上の魔法使いって言ってなかったっけ。


「私がウィーネを育てたのですよ。私にはこれ以上あの娘に教えることはありません」


 そうだったー、育ての親だもんな。そりゃ娘に魔法は教えているだろう。

 でもなぁ、どうしよう。教えるのは吝かじゃないけど、人気の高い若手ナンバーワンの女の子だよ? もし他の人に見つかったらどうするのさ、嫉妬で探索者たちから狙われるなんて嫌だぞ。

 

≪良いではないか、教えるついでに精霊魔法を目の辺りにすれば汝の手数も増えるだろう≫


 迷っているとえっち先生からの助言がきた。

 そうか、もし俺の知らない事を質問してきてもえっち先生が居れば安心だ。

 それに一ヶ月だけだし、講師代も一日銀貨一枚、いや二枚くらいなら要求すれば大手クランだし払って貰えるだろう。

 そうすりゃ来月は毎日酒飲める。


「畏まりました。では講師代ですが……」

「はい、一日大銀貨一枚、三十日で大銀貨三十枚です。こちらは半分先払い、残りは依頼が終わったらでよろしいですか?」


 は? 大銀貨?

 いやさすがにそれは貰いすぎじゃないですか?

 だって日本円なら一日十万円だよ? 三十日なら三百万、どこのしゃちょーさんですか。

 一日大銀貨一枚稼ぐ探索者に換算すれば、レベル四十を超える都市最強クラスですよ。


「今回の迷惑料も含んでいますし、仮にも娘は将来クランを背負って立つ人物です。その娘に教える人材ですもの、それくらい妥当だと思います」

「そ、そうですか。そこまで買っていただき恐縮の極みです。期待を裏切らないよう精一杯務めさせて頂きます」


 あまりの大金にちょっと震え声になりながら、なんとか了承した。

 でもこれ、ウィーネに失望されるとその後の人生詰みだよな。






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